第306話 入学式の朝~生真面目生徒会長の受難~①

 王立学院の門前にて。

 入学式のその朝は、新入生とその身内を案内するために少なくはない教師や生徒が立ち働いていた。

 王立学院の現生徒会長を務めるパスカルもその1人で、真面目な彼は誰よりも忙しく動き回っていた。



 「ねえねえ、ちょっといい?」


 「はい、何かご用でしょうか?」



 己を呼び止める声に振り向けば、そこにいたのはダークエルフ族と思われる特徴を色濃く宿した、美しい妙齢の女性。

 彼女は振り向いたパスカルににっこり微笑みかけ、



 「入学式を見たいんだけど、どこに行けばいいかな? 父兄席とかあるの?」



 そんな問いかけをぶつけてきた。

 パスカルは即座に頭の中に入れてきたマニュアルをめくり、



 「新入生のご家族やお知り合い用の席をご用意しています。失礼ですが、どちらの新入生のお知り合いでしょうか? 名簿を確認します。後、お名前をお伺いしても?」



 答えながら彼女を受付へとエスコートする。



 「名前? いいわよ。私はヴィオラ・シュナイダー。今日、王立学院に入学するシュリナスカ・ルバーノの身内よ」


 「シュリナスカ・ルバーノ君のご身内のヴィオラ・シュナイダー様ですね。ヴィオラ・シュナイダー……えええっ!?」


 「なっ、なに!? 何か不都合でもあった??」


 「ヴィ、ヴィオラ・シュナイダー様と言うと、もしや、英雄と名高い、あの?」


 「な、なぁんだ。そっちで驚いたのね。急いでたから、王都入り口の手続きすっ飛ばしてシェスタに乗ったままそこまで来たのがバレたのかと思っちゃった」


 「はい?」


 「ん? ごほっ、げふん。な、なんでもないわよ? なんにも悪いことはしてない、わよ?」


 「は、はあ。それで、あの、貴女様はあのヴィオラ・シュナイダー様で間違いないんでしょうか? もしや、同姓同名の別人とかいうオチがあるなんてことは……」


 「え? ああ、それは大丈夫。ちゃんと本人よ? 英雄かどうかはわかんないけど、冒険者ランクは|SS(ダブルエス)だし。そんなの、私くらいしかいないでしょ? あ、冒険者カード、見せる?」


 「あ、ええ。い、一応念の為に見せて頂いても?」


 「良いわよ~。えーっと、たしかこの辺に突っ込んでたと……」



 快く答えつつ、ヴィオラは己の胸の谷間に無造作に手を突っ込んだ。

 その行為によって大きな胸が大胆にひしゃげ、うっかり見えちゃいけないところが見えてしまいそうになる。

 が、当の本人は全く気付いていないようで、



 「ん~?? どこかだったかなぁ? もっと奥に入っちゃったのかも。んっしょっと」



 なぁんて言いながら、もっと奥へと手を送り込み、それによってさらに際どい状況を作り出してくれちゃっている。

 普段のパスカルは極めて紳士的で真面目な性格をしているのだが、彼とて立派な男の子。

 ついつい男の性が顔をにょっこりもたげてくる。

 逆らいきれない衝動に任せて、目の前で魅惑的に形を変える2つの固まりをガン見していると、



 「会長は真面目な男性だと思っていましたけど、やっぱり他の男の人と変わらないんですね。不潔です」



 耳に届いたのはぼそっと呟く少女の声。

 ざわざわと騒がしい周囲の喧騒などものともせずに、パスカルの耳に心地よく響いたその声は、彼が密かに想いを寄せる生徒会書記の少女のもの。



 (し、しまったぁぁ!)



 慌てて目の前の魅惑の膨らみから目を引きはがし、ばっと後ろを振り向くと、こちらを軽蔑の眼差しで見つめる少女とばっちり目があった。

 肩の辺りで髪を切りそろえた生真面目そうなその少女は、パスカルと目が合うとぷいっと顔を背け、スタスタと人波の中へ分け入り、すぐに小柄なその姿は見えなくなってしまう。



 (ちっ、ちがうんだよぉぉ、ミューラ君。いやっ、ちがわないかもしれないが、ちがうんだ。僕が好きなのは君だけなんだ)



 すぐに追いかけてそう言い訳したい衝動に駆られるが、紳士的で真面目ではあるがそういった方面での勇気が著しく足りないパスカルにそんなこと出来るはずもなく。

 彼は好きな女の子が消えた先を捨てられた子犬のような目で見つめ、しょんぼりと肩を落とした。

 そんな彼の気持ちなどいざ知らず、



 「あああ~、あったぁ。ほら、これよこれ。はい、冒険者証」



 脳天気な声と共に腕を胸の谷間から引き抜いた歴戦の冒険者、ヴィオラ・シュナイダーはにこにこしながらパスカルへと冒険者証を差し出した。



 「ああ、はい。確かに。ヴィオラ・シュナイダー様で間違いないようですね。ありがとうございます」



 パスカルは、光の消えた目で事務的に冒険者証の内容を確認し、目の前の女性が、間違いなくヴィオラ・シュナイダーという英雄であるという事実を確かめた。

 そして、新入生の名簿も確かめ、そこにシュリナスカ・ルバーノという名前があることも確認し、パスカルは力なく頷く。



 「シュリナスカ・ルバーノ君のお身内でしたね。家名が違うようですが、どのようなご関係かお伺いしても?」


 「シュリとの関係? シュリは私の孫で、私はシュリのおばーちゃんよ」


 「おっ、お孫さんっ、ですか?」



 ヴィオラの口から出た思いも寄らない言葉に、パスカルは思わず素っ頓狂な声で聞き返してしまう。

 その問いかけに、にっこり笑ってヴィオラが頷く。



 「そうよぉ。可愛い可愛い私の初孫なの」


 「そっ、そうなんですか。お孫さん、なんですか」



 こんなに若くて美人でついでに……。

 パスカルはついついヴィオラのわがままボディの、特に胸の部分に流れそうになる視線をどうにか律しつつ、思う。

 ついでにあんな立派なモノまでお持ちなのに、もうおばあちゃんなのか、と。



 (ま、まあ、人族と違ってエルフ族やダークエルフ族の見た目と年齢は釣り合わないっていうし)



 若い見た目のおばあちゃんが居るのも、彼ら長寿種には普通のことなのかもしれない。

 パスカルの周りには純血の人族が多く、学校に入って知り合った多種族の友人は若者ばかりだから、今までそう言った事例を見ることは無かった。



 (世の中って、まだまだ自分の知らないことがたくさんあるんだなぁ)



 しみじみとそんなことを思いつつ、パスカルは目の前の女性を会場へ案内してくれる人材を捜すべく周囲を見回した。

 すると、ちょうど向こうから手持ちぶさたそうに歩いてくる生徒を見つけたので、片手をあげて彼を呼び止めて、



 「君。この女性を来賓席に案内してもらえないか?」



 そんな風に依頼した。

 面倒くさそうに振り向いたその生徒は、パスカルの顔を見て姿勢を正し、その傍らのヴィオラの顔を見て顔を赤くする。

 かちこちになって、こちらです、と案内する生徒の後ろについていく途中で、ヴィオラはパスカルの方を振り向き、



 「色々ありがとう。助かったわ」



 そう言ってウィンクをする。

 そして、ついでのように、



 「あ、うちのシュリってば、ほんとーにすっごく可愛いから気をつけて。惚れちゃわないようにね」



 そんな注意を残し、颯爽と歩いていってしまった。

 パスカルは彼女のウィンクに当てられ、ちょっとぽーっとなりつつその背中を見送っていたが、視界の端に意中の少女が見えたので、慌てて姿勢を正し誰も聞いていないというのにコホンと小さく咳払いをした。

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