第305話 入学式の朝
いよいよ、王立学院へ入学する日の朝がきた。
ルバーノの王都屋敷は、小さな主の晴れの舞台と言うことで朝から忙しい。
少し前から、屋敷全体を取り仕切る老執事が新たに雇い入れられ、本日も見事な手腕で采配を振るっている。
その彼の傍らで、細かな指示を他の使用人達に届けて歩くのは、執事見習いという体で雇われている隠れ悪魔のオーギュスト。
彼は面倒くさそうにしながらも、老執事の指示の通り、屋敷の中をあちこち飛び回っていた。
そんな中、シュリは1人部屋に籠もり、己の支度の仕上げにかかっていた。
シャイナとルビスに世話をされて、制服はもう着込んでいる。
シュリは、これからの学校生活の為に準備した鏡台の前に座り、己の顔やら髪型やらをせっせといじっていた。
今は、サラツヤの髪をわざとくしゃくしゃにしているところだ。
念入りに髪をもつれさせ、鳥の巣のようになった頭を鏡ごしに確認してシュリは満足そうに頷く。
そして、おもむろに、これまた事前に用意しておいた顔料に手を伸ばした。
色白の、シミ1つないツヤモチ肌に鬼のようにそばかすを散らして再び頷くと、最後の仕上げに特注して作っておいた、分厚いぐるぐるメガネを装着した。
印象的なスミレ色の瞳をメガネで隠して鏡をのぞき込めば、そこには制服こそ体にぴったりとした特別仕立てだが、普段の輝きを失ったくしゃくしゃの髪の、全く冴えない少年がこちらを見返してくる。
シュリは、そんな普段とは全く違う自分の姿に満足したように微笑むと、部屋を飛び出し、シュリの支度が終わるのを今か今かと待っていた面々の前に飛び出した。
自分の冴えない格好へのみんなのがっかりしたような反応を、内心楽しみにしつつ。
「準備できたよ~。どう?」
両手を広げ、己の姿を披露する。
さあ、思う存分がっかりしてくれたまえ、と言うように。
しかし、返ってきた反応は、想像していたものと全く違っていた。
最初に崩れ落ちたのはジュディスだった。
膝からかっくり落ちるようにして床に座り込んだ彼女は、何かに耐えるようにその身を振るわせている。
そしてその瞳は、片時も離れることなくシュリを見つめていた。
「ど、どうしたの、ジュディス? 大丈夫」
びっくりして問いかけると、
「普段と違ったご様子のシュリ様が余りに可愛らしくて、思わず……」
「お、思わず?」
「イってしまいました」
返ってきたのは予想の斜め上を突き抜けた答え。
(……今の僕に、可愛らしいって言える要素ってあったかな?)
くっしゃくしゃの髪に、そばかすだらけの顔に、ダサすぎるぐるぐるメガネだよ、とシュリは自分の今の容姿を客観的に評価しつつ、他の面々の顔も見上げた。
そして問う。
「今の僕、イケてないでしょ? 可愛くなんかないよねぇ?」
ジュディスがちょっと変なだけだよね、と。
しかし、返ってきたのは、なに言っちゃってるんですか、と言うような表情。
そして、
「「「「「可愛いです! これ以上ないくらい!!」」」」」
愛の奴隷、5人の声が見事に揃う。
ええええぇぇ~、と思いながら、シュリはそこにいるペット達の意見も求めるべく、キラキラした目でこっちを見ている3人の方へも目を移した。
ポチは空気を読むスキルを持っているが、イルルとタマにそのスキルはない。
きっと率直な意見を述べてくれるはずだ。
そう信じて。
「イルル、ポチ、タマ。どうかな?」
「うむ! かわゆいな!! 文句なしなのじゃ!!」
にぱっと笑ってイルルが言えば、
「そうでありますねぇ。いつものシュリ様はもちろん最高なのでありますが、今日のシュリ様の感じも新鮮でたまらないであります!」
少々鼻息荒くポチが追々し、
「いつもは正当派可愛いなシュリ様が、今日はあざと可愛い。タマは嫌いじゃない。これも好き」
いつもは半分寝ているような目をキラキラさせてタマが答える。
そんな彼女達を前に唇をむぅ、と尖らせてシュリは思う。
身内に聞いても正当な評価は得られないかもしれない、と。
なので、今聞いた意見はまるっと聞かなかった事にすることにした。
誰がなんと言おうと、今のシュリはイケてない。イケてないはずなのだ。
己に言い聞かせつつ、学校へ向かう馬車へ乗り込むために屋敷の中を歩く。
が、行き会う誰も彼もがキラキラの目を向けてくる事実に、今の自分はイケてないという揺るぎない自信がグラグラと揺れてくる。
そこに、キキとその後を追いかけるように門番見習いでキキに恋をする少年・タントが現れた。
いつもと違うシュリの姿を目にしたキキが、目を輝かせて駆け寄ってくる。
「シュリ様! とっても斬新で素敵な髪型ですね。すごく可愛らし……お似合いです。格好いいです!!」
普段から、シュリが可愛いという褒め言葉をあまり好んでいないという事実を知っているキキは、慎重に言葉を選んで褒めてくれた。心から。
その気遣いは嬉しい。
嬉しくはあるが、今のシュリが望んでいるのは褒め言葉などではなく、むしろ……。
「……うわっ。やばっ。なに、その格好。あり得なくね? ダサすぎだろ」
きらっきらの笑顔のキキの後ろで、タントがぼそっと呟く。
その瞬間、シュリの顔がぱああっと輝いた。
(そう! それ! そんな言葉が欲しかったんだよぉぉ)
胸一杯に広がる感動のままに、だだだっとタントに駆け寄り、シュリは思いっきりタントに抱きついた。
心にあふれかえらんばかりの感謝の思いを込めて。
が、そんな行為はタントにとっては迷惑でしか無く。
「うわっ! ちょ、おい! 一体何の嫌がらせだよ!? キキが見てるっ。見てるからぁっ!!」
少年の悲鳴のような声に、あ、まずいかも、とはっとして身を離したが、時すでに遅し。
「……ふぅん。タントってば、いつの間にシュリ様とそんなに仲良くなってたのかな?」
にこにこしているのに目が全然笑っていないキキの声がひんやりして感じたのは、恐らく気のせいではないだろう。
「ちっ、ちがっ! 誤解だって!! 俺が好きなのはこんな変なヤツじゃなくてキ……」
「私はシュリ様のお世話が仕事だけど、タントの仕事は門番のお手伝い、だよね? そろそろお仕事に戻った方がいいと思うな」
必死に言い募ろうとするタントの言葉を遮って、キキは正論でタントを追いつめる。
「で、でもさ? 俺、ちょっとでもキキのそばに……」
「私のそばにいたらシュリ様とも近づけると思ってるんだろうけど、それってやっぱり良くないよね? シュリ様を大好きな気持ちはよーく分かるし大目に見てたけど、やっぱりお仕事はきちんとしなきゃ」
「ち、ちがっ……」
「じゃあ、またね? お仕事、がんばって」
有無を言わせぬ様子でキキが微笑む。
例の、目が全く笑っていない微笑みで。
タントはちょっぴり涙目だ。
流石に申し訳なくて、シュリはタントに謝ろうとしたが、
「あ、あのさ、タント。ご、ごめ……」
「シュリ様はこっちです! 学校に遅れちゃいますよ?」
これ以上タントとくっつけてなるものか、と言わんばかりのキキに腕をとられ、強制的にタントから引き離された。
タントは、そんなキキとシュリを交互に見て、そして。
「ち、ちくしょぉぉぉぉ!!」
叫びながら、走っていってしまった。
シュリは心底申し訳ない思いでその後ろ姿を見送りつつ、こちらはこちらでキキに馬車まで強制連行されていく。
そしてその後も結局、タント以外の者から正当な評価を得られることなく、なんとも微妙な気持ちのまま、屋敷を後にするのだった。
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