第307話 入学式の朝~生真面目生徒会長の受難~②
そして再び、誰か困っている人はいないかと周囲を見回していると、
「ねえ、ちょっといいかしら?」
そんな風に声をかけられた。
「はい。何かご用でしょう、かっ!?」
後ろからかかった声ににこやかに振り向いたパスカルは、目の前に迫る美女の顔に目をむいた。
まるでこれからキスをするのかという距離感にあるその顔は、さっきのヴィオラとは少しタイプの違う美人っぷり。
ヴィオラはきれいな顔をしていたが、からっと明るい健康的な感じだった。
でも、いま目の前にいる人は、顔の整い方こそヴィオラの方が上だが、何とも言えない色気が満ちあふれていた。
彼女は振り向いたパスカルににっこり甘く微笑んで、
「シュリナスカ・ルバーノの入学式の様子を見たいんだけど、どこに行けばいいのかしら?」
そう問いかけた。
「はっ、はひっ。しゅ、しゅりなすか・るばーの君の入学式に参列、ですね? でしたらこちらへ……はっ!!」
美女の色香に当てられて、ついついそのまま会場に案内しそうになったパスカルは、寸でのところで踏みとどまった。
(ま、まだ身元確認もしてないじゃないかっ。美人だからといって必ずしも善人だとは限らないんだぞ、パスカルっ! しっかりしろ!!)
心の中で己を鼓舞し、パスカルは気合いを新たに美女に向き直った。
「ごっ、ご案内する前に、身元の確認だけさせて頂きたいのですが。そっ、それから、シュリナスカ・ルバーノ君との関係性も。お身内ですか?」
だらしなくゆるみそうになる表情を、どうにかこうにか引き締めて、パスカルは背筋を伸ばして問いかける。
その問いかけに、美女は気怠く首を傾げ、
「身元と関係性の確認? それってどうしても必要なの??」
パスカルにしなだれかかると、その耳元に吐息を吹き込むように問い返してくる。
腕に明らかに感じる柔らかな感触に思わず、必要ありません、と答えそうになるのをぐっと堪えて、パスカルは失礼にならない程度に彼女から距離をとった。
そうしないと、理性が即座に敗北宣言を出してしまいそうだったからだ。
「はっ、はい。みなさんにお願いしていることですので」
どうにかこうにか言葉を絞り出すように答えると、
「ちっ、結構手強いわね」
そんな声が聞こえた気がして、
「は??」
思わず首を傾げると、目の前の美女は取り繕うように微笑んで、
「ど、どうしても必要なら仕方ないわ。身分証は冒険者証でもいいかしら?」
そう返しながら、先ほどのヴィオラと同じように胸の谷間に手を突っ込んだ。
パスカルは、2度と同じ失敗はしないとばかりに、ぐりんっと顔を背け、それを見ないように努力する。
(さっきのヴィオラ様といい、どっ、どうしてソコに収納するんだ!? まさか、最近の冒険者の間で流行っているとか、言わないよな?)
己の理性を総動員して、必死に顔を背けつつそんなことを思う。
そうして、油断をすれば即座に正面を向いてしまいそうな顔と格闘していると、
「んっ、あん。あ。あったわ、冒険者証。はい、これでいいんでしょう?」
ようやく冒険者証を捜し当てたらしい美女がまだホカホカのそれを差し出してきた。
パスカルは、その温もりの原因を考えないよう己に言い聞かせつつ、震える手で受け取って目を落とした。
「はっ、はい。では確認させて頂きます。えーと、アガサ・グリモル様、ですね。冒険者ランクは……Sランク!?」
「あ~、うん。まぁね。でも、昔の話よ? 最近はすっかり冒険者家業は引退したような感じだし、ね」
「そ、そうですか。ですが、Sランクの冒険者様なら身元は安心ですね。高ランクの冒険者の身元は、冒険者ギルドが保証してくれていますし」
「じゃあ、これで入っていいのよね?」
目の前の人物が怪しい人物ではないと確認でき、パスカルはほっと息をつく。
だが、もう1つの確認事項も忘れてはいなかった。
「身元の確認は問題ありません。シュリナスカ・ルバーノ君との関係性は……はっ!! も、もしかして貴女もおばあ様なんですか!?」
さっきのヴィオラの例を思い出し、パスカルは目の前の美女をまじまじと見た。
まったくちっともおばあさんには見えないのだが、さっきのヴィオラだってそうだったのだから油断は出来ない、そう思いながら。
「誰がおばあさんよっ!」
「ちっ、違いましたか。申し訳ありません」
「ったくもう、こっち姿でおばあさん呼ばわりされるなんて思わなかったわよ」
「こっちの姿??」
「な、なんでもないわ。と、とにかく! 私とシュリの関係性は……そうねぇ。まず第1に、私はシュリのおばあさんと古い友達なの」
「なるほど。シュリナスカ君のおばあ様と。ではお友達のお孫さんの入学式を見に?」
「友達の孫の入学式を見ちゃだめって規則は無いわよね?」
「ええ。身内でなければいけないという決まりは特にありません。身元と生徒との関係性さえしっかりしていれば」
「そ。じゃあ、もう行ってもいいわね?」
「はい。今、案内の者を呼びます」
言いながら、パスカルは再び暇そうに歩いてきた生徒をさっと捕まえて、アガサという女性の案内を申しつけた。
「ありがと。助かったわ」
彼女はそう言って、案内役の生徒について歩き出す。
だが、その背中が人混みに消える前に、ふと何かを思いついたようにパスカルの方を振り向いた。
「あなた、純情そうだから、シュリの魅力にやられないように気をつけなさいよ? すっごく可愛いんだから」
さっきも同じような注意を受けたような気がする、と思いつつ、パスカルは小首を傾げて問い返す。
「先ほども、シュリナスカ君のおばあ様から同じような注意を受けましたが、大丈夫ですよ? シュリナスカ君は男の子でしょう?? 僕の恋愛対象はちゃんと女性ですから」
「そう思うでしょう? でもね、シュリの魅力は老若男女関係なく作用しちゃうのよ。私だって、たった5歳の男の子にメロメロにさせられるなんて思ってなかったもの」
「めっ、めろめろ??」
「この私が、私を抱いてもくれない男を好きになるなんてびっくりよ。シュリを好きになってから、他の男を誘惑する気にもなれなくなっちゃって、正直欲求不満だわ。せめて、フレッシュな新入生姿のシュリに、キスくらいもらわないと」
「きっ、きすぅぅ!? し、失礼ですが、貴女はシュリナスカ君のおばあ様のお友達なんですよねぇ??」
「ええ、そうよ。でも、シュリの愛人の地位を狙ってもいるのよ。お嫁さんは無理だとしてもね」
「あ、愛人……」
「つまり、私みたいな大人の女を夢中にさせちゃうくらい、シュリは魅力的ってことよ。じゃあ、そろそろ行くわ。ほんとうに、気をしっかり持って気をつけるのよ」
色々爆弾を落とし、その人は今度こそ人混みの中へ消えていった。
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