間話 フィー姉様とリメラ、ときどきアガサ②
「もしや、そこにいるのはシュリたん!!」
そんな声と共に乱入してきた闖入者は、どことなく見覚えのある姿をしていた。
フィリアの腕の中、声のした方を見たシュリは、
(ん~? なんか見覚えがあるようなないような……誰だったっけなぁ??)
顔を輝かせ感動にうち震える青年を見ながら首を傾げた。
「シュリたぁぁん!! 会いたかったよぉぉぉ~ん」
「……寄るな、変態」
駆け寄ってくる青年を、アビスの拳が出迎える。
彼女は冷たい怒りを込めた拳を青年の腹にのめり込ませ、
「……つまらぬものを殴ってしまいました」
そう言いながら、どこからともなく取り出した手巾で拳を拭った。
その手巾を惜しげもなくぺいっと捨て、まるでゴミ虫を見るような冷え切った眼差しでうずくまってぷるぷる震えている青年を見下ろした。
「で? 我が家のシュリ様に何のご用か?」
問うて貰えるだけでもありがたく思えと言わんばかりの尊大な口調でアビスは青年に問いかけ、ふんっと鼻から息を吐き出す。
とても品行方正とは言い難い己の執事の態度に、シュリは慌ててフィリアの腕の中から抜け出した。
「もう、その質問が先でしょ? アビス。問答無用で拳に訴えちゃダメ。いくら相手が明らかな変態さんでも、害があるとは限らないんだから。売られた喧嘩は買ってもいいけど、こっちから喧嘩は売っちゃダメだよ。わかった?」
ぴくぴくしている、どこか見覚えのある青年に駆け寄りながら、シュリはアビスに注意しておく。
彼女は神妙に頭を下げたが、本当にわかってくれたのかどうか。
恐らくこれからも、シュリに危険だと思う輩へのアビスの対応は変わりそうにないなぁ、と思いつつ、シュリは床に膝をついた。
「ふ、ふぐおぉぉぉ……腹がっ、胃がぁっ」
もだえる青年を、シュリはお行儀良く床に両膝をついたまま見守る。
むやみに優しくしたり触ったりするのは、ちょっと危険な気がしたからだ。
青年は、痛みに悶えつつもシュリの気配を敏感に察したようで、ぐりんっとシュリの方へ顔を向けると、一瞬でその表情をでろでろに溶かし、
「しゅ、しゅりたぁん」
震える手をシュリに向かって伸ばしてくる。
「おにいさん、大丈夫ですか?」
にっこり他人行儀に微笑みながら、シュリはその手をぺいっと払いのけ、何事もなかったように問いかけた。
その瞬間、青年がわかりやすくショックを受けた表情をして、
「おにいさん……。良い響きだ……じゃなくってぇ! そんな他人行儀な!! あんなに熱い決闘をした仲じゃないか、シュリたん!!」
すがるようにそう言い募ってきた。
「決闘??」
そんなことあったっけ? と素で首を傾げるシュリ。
「そんな!? このエルフェロス・リディアンを本当に忘れてしまったと!?」
「エル、フェロス……? ん~、なんか聞き覚えがあるような気も」
「そっ、そんなぁぁぁっ!!」
「……シュリ。エロス君だよ、エロス君。前に王都に来たとき、決闘してくれたでしょう? その、私を、巡って」
崩れ落ちる青年を見て、流石に哀れに思ったのだろう。
フィリアがこそっと近づいてきて、後ろからシュリにそう耳打ちをしてくれた。
それを聞いたシュリは、ようやく目の前の青年の事を思い出す。
そう言えば、そんなこともあったなぁ、と。
「ああ、エロスかぁ。久しぶり」
「……シュリ様。お知り合いですか? この変態と」
「うん、前に王都に来たときにちょっとね。前に会ったときはこんなに変態ちっくじゃなかったと思うんだけどなぁ。思いこみが激しくてはた迷惑な性格はしてたけど」
「い、言いたい放題だね、シュリたん。だが、その突き刺さる言葉も悪くない。悪くないよぉっ! むしろいいっ!! く、くせになりそうだ」
恍惚とした表情で体を震わせるエロス。
シュリは気味悪そうにそれを見つめ、それからほんの少し体を後ろに引いた。
「え、えっと、エロスはいつから変態さんにジョブチェンジしちゃったのかな? それに、シュリたん、って」
「はっはっはっ。面白いことを言うね。変態さん、なんてジョブがあるわけないちゃあないか? 流石はシュリたん、ジョークも素晴らしい!! 因みに、私のジョブは高等魔術師だ。更に上のジョブを獲得できるように、現在は鋭意努力中だよ。シュリたんのお抱え魔術師になるには、この程度で満足している訳にはいかないからねっ」
「えーっと、エロスをお抱えする予定は今もこれからも全くないんだけど」
「はっはっはっ。またまたぁ」
「いや、本気で」
「はっはっはっ……えっと、本気で??」
「うん、抱えないよ?」
がぁぁぁん、とショックを受けたような顔で、エロスは床に沈んだ。
(この人、前に会ったときはフィー姉様を好きだったはず……だけどなぁ?)
首を傾げつつ、問うようにフィリアとリメラの顔を見上げる。
シュリの視線を受けた2人は顔を見合わせ、
「えーと、なんて言ったらいいか……ねぇ、リメラ」
「むぅ、何というか、だな。奴は前回のシュリとの決闘でこてんぱんにやられた結果、その、なにやら目覚めてしまったようで、な」
「め、目覚めた?」
「そうなの。目覚めちゃったみたいで。それからは、ことあるごとにシュリたん、シュリたん、って。余りにその呼び名を聞かされるから、耳に残っちゃって」
「ああ……私もついつられてシュリたん、と呼びそうになってしまったくらいだ」
2人の言葉に、シュリは内心冷や汗を流す。
エロスの不気味な豹変は、前回、負けられない戦いであったとはいえ、やむなく勝利を得てしまったが故に起こってしまった弊害のようだ。
気がつかないうちに熱烈な信者を得てしまった事実に思わず口元をひきつらせつつ、シュリはアビスに合図して彼女の腕の中へちんまりと収まる。
そして、
「え、えっと、そろそろ帰ろうかな。アレが復帰しないうちに」
フィリアとリメラにそう告げる。
「そ、そうだね。エロス君が正気に戻っちゃうとまた面倒だし。名残惜しいけど……」
「そうだな。エロスのシュリたん……いや、シュリへの情熱は正直異常だからな。今のうちに退散した方がいいだろう」
まだいて欲しいと駄々をこねるかと思ったフィリアとリメラだが、思いの外素直に頷いてくれた。
それだけエロスがやっかいだという事なのだろう。
「じゃ、じゃあ、近いうちにまたね?」
フィリアとリメラに手を振り、アビスと共にそそくさとその場を離れる。
そして、2人の視界からシュリ達の姿が完全に見えなくなった頃、
「それでもっ! それでも私は諦めないよ!! シュリたぁぁぁんっ!!!」
エロスはようやく復活し、がばりと起きあがった。
だが、その視界に久々に再会した少年の姿はなく。
「あれっ!? シュリたんっ!?」
驚愕の声を上げてきょろきょろ周囲を見回すエロスの視界から逃れるように、フィリアとリメラもまた、その場を後にしたのだった。
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