間話 フィー姉様とリメラ、ときどきアガサ①
さて、キャット・テイル訪問も無事(?)に終わり、シュリはそのままアビスを連れて高等魔術学院へ向かう。
そこで学業に励むフィリアとその友人であるリメラに会うためだ。
従姉妹であり家族でもあるフィリアなら、同じ王都にいるわけだから気軽に会えそうなものだが、彼女は学院の寮で生活しており、そう簡単に寮を抜け出して会いに来るという訳にもいかないらしい。
そんなわけで、シュリが王都に来てからもう1週間以上たつわけだが、フィリアは1度も屋敷に顔を見せていなかった。
高等魔術学院では、上の学年になると研究室を1つ選んで所属しなければならないようで、フィリアも今年、数ある研究室の中から1つ選び、そこに所属したとのこと。
だが、所属してみて分かったことのようだが、その研究室の教授は変わり者で、なんだかんだと雑用も多く、とにかく忙しいらしい。
今回、シュリが王都に来ることになり、せめて初日くらいは出迎えたいと教授と掛け合ったらしいのだが、どうしても許可がおりなかったと、後日シュリに会いたいという泣き言満載の手紙だけが届いた。
その手紙を読んで、忙しいならこちらから会いに行ってあげないとなぁと思ってはいたのだが、忙しくてついつい後回しになってしまっていたのだ。
フィフィアーナ姫の突撃訪問でそれを思い出したのだから、フィフィアーナ姫様々である。
ちょうどキャット・テイル訪問で時間もいい具合に消費され、学院の授業も終わる頃だろう。
ちょうどいいタイミングだな、と思いつつ、シュリはアビスに抱っこされたまま、高等魔術学院の門をくぐる。
まずは、受付のお姉さんに訪問の理由とフィリアの従兄弟である事を告げて面会を申し込み、学院に立ち入る許可を貰った。
といっても、それらの手続きはシュリがやったわけではなく、アビスが抜かりなく引き受けてくれた。
それまでも何度かフィリアへの届け物などで訪れていた事があるらしく、受付のお姉さんとのやりとりもスムーズだ。
胸の締め付けは外していたが、それでもアビスのイケメンぶりは健在で、お姉さんのほっぺたが赤くなっていたのは多分気のせいじゃないだろう。
そんなこんなで、無事に受付をすませたシュリは、アビスに抱っこされたままフィリアの教室へと向かう。
その途中で鐘が鳴り、これなら授業終わりのフィリアを上手く捕まえられるかもと思っていたら、案の定教室から生徒達がわらわら出てくるところだった。
たくさんの生徒の中にフィリアを探す。
が、生徒達の多さに探しきれないでいると、向こうの方が先にシュリを見つけてくれたようだ。
「シュリ!!」
名を呼ばれそちらを見ると、目をキラキラさせ頬を紅潮させたフィリアが今にも駆け寄って来ようとしているところだった。
「シュリ、わざわざ会いに来てくれたの!?」
「うん。フィー姉様、忙しそうだったから」
駆け寄ってきたフィリアにそう返すと、彼女は少し不満そうに唇を尖らせた。
「フィー姉様?」
彼女の言いたいことを察したシュリは苦笑する。
そして、仕方ないなぁと肩をすくめ、
「フィリアが忙しそうだったから、僕の方から会いに来たんだ」
無駄な抵抗はせずにそう言い直した。
ただそれだけのことで、フィリアはぱっと顔を輝かせ、
「ふふ。ありがとう。会えて本当に嬉しいわ、シュリ。アビスも、シュリをここまで連れてきてくれてありがとう」
にこにこ笑顔でアビスを労いつつ、その両手を差し伸べる。
それを見たアビスはほんの一瞬沈黙し、だがすぐに抵抗しきれないと判断したのか、愛しい主を大人しくフィリアの腕へ託した。
フィリアは嬉しそうにシュリをぎゅうっと抱きしめ、その匂いを胸一杯に吸い込むように大きく息を吸った。
「シュリの匂いね。会いたかったわ、シュリ。シュリが王都の学校に進学するって聞いて、本当に嬉しかったの。それからずっと、貴方にこうして会えるのが待ち遠しくて仕方なかった」
すんすんと、シュリの匂いをかぎながらの言葉に、シュリは神妙にしつつも複雑そうな表情を浮かべる。
人に匂いを嗅がれるって、なんか地味に恥ずかしいなぁと思いつつ、久しぶりだから仕方ないとフィリアのしたいようにさせていると、
「シュリ!? シュリなのかい? わざわざ未来の妻に会いにきてくれたんだね」
そんな言葉と共に横から伸びてきた腕がシュリをかっさらう。
ボリュームのやや足りない胸にぎゅっと抱きしめられたシュリは、その人の顔を半眼で見上げた。
「未来の、妻? それって誰の事かなぁ?」
「うぐ……すまない、少々盛りすぎた。君の未来の第2婦人だよ、シュリ。さあ、名を呼んでくれ」
「第2、婦人?」
「くぅっ、つれない男だね、君は。いいさ、分かったよ。私はその他大勢婦人で構わないから、そろそろ久々の再会を喜びあおうじゃないか」
彼女らしい妥協の言葉にシュリはクスリと笑い、
「久しぶり、リメラ。元気そうだね」
今度はシュリの方から、親愛を込めてリメラの首にぎゅうっと抱きついた。
「本当に久しいね。ちょっと見ない間に大きく……は余りなってなさそうだが、いい男ぶりは増したんじゃないかい? さっきから私の心臓が忙しくて困るよ」
「大きく、だってなったよ! その、ほんの少しくらいは……」
「そうかい? うーん……そうだね、確かに。ほんの少しくらいは大きくなっているかもしれないね」
反論の言葉と共にシュリが唇を尖らせれば、リメラは大げさな仕草でシュリを眺め、いたずらっぽく笑ってそう返す。
そんな彼女の返事に、シュリのほっぺたがぷくっと膨らみ、リメラは楽しそうにその頬をつついた。
そんな2人の微笑ましい再会に、水を差したのはフィリアだった。
彼女はシュリに負けず劣らずその頬をぷっくり膨らませ、リメラの腕からシュリを奪い返すと、
「ずるいわ、シュリ。リメラにばっかり抱きついて」
そう主張した。
「ん??」
「私にもぎゅーってしてちょうだい!」
「あ~、えっと、うん?」
フィリアの抱擁要求に若干思考が追いついていなかったが、とりあえず彼女が求めるまま、その首に腕を回してぎゅうっと抱きついた。
ぎゅうっとしてから離れようとすると、
「まだだめ! リメラより長くぎゅってしててくれなきゃ」
「ハイ……」
フィリアからお叱りのお言葉が飛んできたので、シュリは大人しく彼女の髪に顔をうずめた。
「ねぇ、シュリ?」
「ん?」
「私も1番じゃなくてもいいわ」
「んん??」
「1番じゃなくていいから、私のこともちゃんとお嫁さんにしてくれなきゃだめよ?」
リメラに触発されたのか、そんなおねだりをしてくるフィリアの体が熱い。
ぎゅうっと抱きついていて見えないけれど、フィリアの顔はきっと真っ赤になっているに違いない。
実際のところ、シュリは今でも思っている。
フィリアも、他のみんなも、出来ることならば自分以外の相手を、と。
でも、フィリアの言葉が勇気を振り絞ってのものだと察せられないほど鈍くもなく、それをさくっと断れるほどクールな割り切りタイプでもなかった。
いっそのこと、『よっしゃ、ハーレムルート決定~!!』と喜べるだけの軽さと性欲を持ち合わせていたら話は簡単だったろうに、それも持ち合わせておらず。
シュリはきゅっとフィリアの艶やかな髪を手のひらに握りこんで小さく頷き、
「うん……でも、僕以外に好きな人が出来たら」
往生際悪く言葉を続ける。
が、途端に触れ合ったままのフィリアのほっぺたがぷくっと膨らみ、
「シュリより素敵な男の子なんていないし、シュリ以外を好きになんてならないわ。……シュリのバカ」
拗ねたような、そんな言葉。
「うん……ごめんね、フィリア」
シュリは困った顔をフィリアの髪に隠して、謝罪の言葉を口にする。
僕を好きにさせてごめん、1人だけを選べなくてごめん、解放してあげられなくてごめん。
声に出来ない、たくさんの思いを込めて。
「バカ……でも大好き。私の特別はこれまでもこれからも、ずっとシュリだけよ。最初にシュリを見た瞬間から、変わらず貴方が好きよ」
「……私との抱擁と大分差がある気がして正直妬けるが、まあ、仕方ないか。共に過ごした時間も密度も、明らかに私の方が負けてるしね」
リメラの控えめな文句も耳に届かないほど、フィリアはシュリとの時間に没頭していたが、どんな時も物事を邪魔する存在はわいてでるものである。
お邪魔虫は例に漏れず突然現れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます