第283話 王都への旅路はお約束がいっぱい⑥
(腰抜けどもめ! あんな奴らの協力などいらぬ。ゴブリンの集団など、私だけで十分だ。さっさと蹴散らして、村の娘を救出してやらねば)
夜のうちに動くべきだと村の酒場で熱弁を振るっていた女性……東の自由貿易都市群の商都に拠点を持つ女性だけの傭兵団・月の乙女の団長であるジェスは、苛立ちを露わに足音高く夜の森を歩いていた。
元々は女騎士としてそれなりの地位まで上り詰めた経歴のある彼女は、普段から少々正義感が暴走しがちな一面を持っており、今回はそれが見事に爆発してしまったらしい。
いつもであれば、副官やら団員やらが諫めてくれるのだが、今回は個人的な旅のため月の乙女のメンバーは同道せずに一人で動いていた。
その為、誰一人彼女の無謀を止めてくれる者はおらず、彼女は今現在も絶賛暴走中、という訳である。
ゴブリンなど己一人で十分だ、とジェスは思っているが、その認識に間違いはない。
十数匹程度のゴブリンの集団を潰した経験ならあったし、それだけの強さを彼女は有していた。
伊達に傭兵団を率いていないというわけだ。
今回も条件さえ整っていれば、彼女一人で労せずこの問題に対処する事は出来ただろう。
時間が夜でなく、不慣れな森が舞台でなければ。
だが、そんな不利な状況でも、彼女は根気強く事態の収拾に当たった。
戻らぬ村人やゴブリン達の残した痕跡を調べ、思っていたより多いその数に顔をしかめつつ、それでもひるむことなくその跡を追った。奥へ奥へ、罠に誘い込まれるように。
しかし、そんな状況でもジェスは恐れを感じていなかった。
己の力量を信じていたから。それが過信だと、気づくことなく。
その森の最奥と言ってもいいほど奥まった場所で、ジェスはようやくここだという場所を見つけた。
大地にぽっかりと口を開けたその洞穴は、地下へと向かって緩やかに通路を伸ばしていた。
入り口に見張りは居なかったが、その周囲の地面に、大量のゴブリンが出入りしているのであろう足跡がはっきりと残っている。
ジェスは目を細めて入り口の様子をしばらく伺い、ゴブリン達が這い出てくる気配がないのを確かめてから、その洞穴へ、ゴブリン達の巣へと足を踏み入れた。
洞穴の通路は思っていたより天井が高く、女性としては背の高い部類に入るジェスであっても腰を屈めることなく歩くことが出来た。
奥は深そうだったが、巣の作りはそれほど複雑ではない。
蟻が地面を掘って作る巣のように、通路の脇には時折小部屋が現れる。
行方不明になった村人はいないかと覗きながら進んだが、手前の部屋には居なかった。
少なくとも、生きている人間は。
食料庫なのであろうその部屋には、奴らが狩ってきたらしい獣の死体と共に人の死体も積み上げられていた。
もしかしたら、それが行方不明の村人なのかもしれない。
だが、彼らの顔を知らないジェスには判別する事が出来なかった。
わかったことは二つ。
一つは、ざっと見た限りでは人の死体は男のものであり、女のものは見当たらなかった。
と言うことは、行方不明の村人のうち、二人の女性はまだ生存している可能性があるということ。
まあこれは、ゴブリンの習性上、予想できる範囲内の事だったが。
二つ目は、複数ある食料庫の数やそこにため込まれた死体の数から、この群れが彼女の予想より遙かに大きいものだと言うこと。
十数匹、などという可愛い規模ではないことだけは確かだろう。
彼女は表情を引き締め、より慎重に巣の廊下を進んだ。
と言っても、通路の作りは単純で、時折現れる小部屋以外、隠れる所などありはしなかったが。
しかし、ジェスの警戒とは裏腹に、通路にゴブリンの姿は見えなかった。
彼らは眠っているのか、それとも外に狩りに出ているのか、あるいは……
その理由は、不意にジェスの耳に届いた。か細い悲鳴の形をとって。
形のいい眉をひそめ、ジェスは足を早める。
進むにつれ、その理由はより鮮明に彼女の耳へと届くようになった。
獰猛なうなり声、ぶつかり合う肉の音、蹂躙される女のうめき声とすすり泣き。
それは、ゴブリンの集団を殲滅する際に、必ずと言っていいほど遭遇する出来事にすぎない。
だが、何度経験しても、なれることは出来なかった。
(獣共め!!)
唇を噛みしめ、その瞳に怒りを燃え立たせる。
そして剣を握りしめ、無謀にもその音の発生源へと飛び込んだ。
欲望にギラつく複数の瞳が、一斉に彼女の方を見る。
だが、それにひるむことなく、ジェスは怒りにまかせて剣を振るう。
一度と言わず、二度、三度と。
剣閃が走る度に、血が飛び散りゴブリンの首が宙を舞った。
「おおおっっ!!!」
雄叫びをあげ、剣を振る。
何体倒したか。それでも奴らは次から次に押し寄せてくる。
殺す為じゃなく、彼女を捕らえるため。
奴らが雌を前に考えることは一つだ。
奴らは目を血走らせ、股間をみっともなく膨らませて、ジェスに向かって手を伸ばしてくる。
殺意のないその手を避けながら、殺して、殺して。
けれども奴らの数は無限に湧いてくるかのように終わりが見えなかった。
(こんな王都に近い森でこれほどの群れが出来てるなんてな。予想外だった)
口元に、苦い笑みが浮かぶ。体力の限界が近かった。
仲間がいれば、何とかなった。あと数人、協力してくれる人がいれば。
でも、ここにいるのは己一人だ。
「……こんなところで、終わるのか。私は」
その唇から漏れるのは自嘲のつぶやきだ。
次の瞬間、剣を振るったその手を捕まれた。
逃れようとしたが、もう片方の手も拘束される。
地面に引き倒され、足を持って引きずられながら思う。
いよいよ私も終わりか、と。
後悔は一つ。
救いたいと願った村の娘達を救うことも出来ずに死ぬことだけだ。
彼女の傭兵団は大丈夫だろう。
ジェスがいなくなっても、頼りになる副団長を中心にやっていける。
情けなくも旅先でゴブリンの集団に呑み込まれた団長の事を思い、しばらくは悲しんでくれるかもしれないが、彼女達はいずれ立ち直り前へ進んでくれるだろう。
引きずられて運ばれる途中、泣き叫ぶ女性達を見た。
どうにかして彼女達だけでも助けられないだろうかと思うが、どう考えてもその手段が思い浮かばなかった。
「あとは、明日の捜索隊が全滅せず、救出作戦が上手く行く事を祈るばかり、か」
私に出来ることはもうそれしかない。
そう思ったところで、彼女の終着点にたどり着いてしまったようだ。
一番奥まった場所に引きずってこられたジェスは、自分の前に立つ他のゴブリンの数倍は大きな体をしたゴブリンを見上げた。
一瞬、オーガかと思ったが、その容貌はゴブリンの特徴を備えている。
その異様なゴブリンを見たときに、ようやく今の状況に合点がいった。
ゴブリン達の狂ったような凶暴さは、キングがいた為だったのか、と。
「ぐげげ、ぐぎ」
キングは笑い、他のゴブリンに両腕を拘束されたままのジェスの鎧を力任せにはぎ取った。
服を引きちぎり、ズボンを引きずり下ろす。
奴は舌なめずりをし、ジェスの肌をなめ回した。
そして、両足を力任せに押し開き、腰を割り入れる。
「くっ……そぉ。こんな屈辱……くっ、殺せ! いっそ、一息に殺せぇっ!!」
太股の付け根に押しつけられた熱の固まりに身震いし、叫ぶ。
だが、そんな願いが聞き届けられるはずもなく。
そいつは一息にジェスの身体を割り開こうとした。
それは、ジェスの身体を引き裂いて蹂躙する、はずだった。
でも、そうはならなかった。
なぜなら。
「やっと他が何とかなった。待たせてごめんね、おねーさん」
ヒーローが現れた。
何とも言えず、ぎりぎりのタイミングではあったけれど。
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