第282話 王都への旅路はお約束がいっぱい⑤

 馬車での旅も、当初予定していた旅程の半分を越え、もうじき王都へ着く。

 途中何日か馬車泊もあったが、それ以外は街道沿いの宿場町に都度宿泊していたため、思っていたよりずっと疲れは溜まっていない。


 だが、家族経営のこじんまりした宿屋では、宿屋の娘から夜這いをうけかけ。

 あまり小規模な宿屋は良くないかもと、酒場併設の大きな宿に泊まったら今度は酒場女から積極的すぎるアプローチを受け。

 女性のいる宿は避けた方がいいだろうと、堅実そうな男主人が切り盛りする宿を選んだら、何故か風呂を覗かれた。


 そんなことが色々とおき、身体は休まったが精神は妙に疲弊してしまった。

 シュリとしては馬車泊のほうが気が楽なのだが、宿場町の近くでキャンプを張ることはあまり推奨されないらしい。

 そんなことで咎められるのも面倒くさいし、みんなをちゃんと休ませてあげるにはやっぱり宿を取るのが好ましい。

 宿に泊まればきちんとベッドで眠れるし、交代での夜間の見張りも不要だから。

 自分の我が侭で彼らに苦労を強いるのは忍びない。



 (まあ、女の人のトラブルは身から出た錆、というか、僕のスキルから出た錆だし。王都まではもう少しだし。ま、あとちょっと我慢すればいいことだよね)



 シュリは己に言い聞かせ、きっと今日の宿では平穏無事に過ごせるに違いないと、無理矢理己に信じ込ませた。

 今晩の宿で、平穏どころか物騒極まりない事態に巻き込まれるなどとは夢にも思わずに。


 当然、旅の面々にもそんな未来を見通す力などなく。

 馬車は順調に進んでいく。

 そして周囲が薄暗くなりもうじき日が暮れるという頃、ようやく宿場町とは名ばかりの、森の縁にひっそりとたたずむ小さな村へたどり着いたのだった。


 村に一軒しかない宿に部屋をとって馬車を預け、宿の主人に勧められた酒場へと向かう。

 これまた村に一軒しかないという酒場は、旅人や村人でかなりの賑わいを見せていた。


 テーブルにつき、お勧めだという料理を人数分頼んで出来上がりを待つ。

 その間、聞くとはなしに周囲の話を聞いていると、なにやら物騒な話が耳に入ってきた。



 「おい、聞いたか? ミッツィんとこのミーシャが森から戻らねぇんだと」


 「おう、村長がそんな話してるの聞いた。後でここにも顔出すって言ってたぞ」


 「そうなのか? そういや、最近、森でゴブリンをよく見かけるって話、知ってるか?」


 「おう、知ってっぞ。ダブもロドリンも見かけたって言ってたな」


 「いやな話だな。まさか、群れが出来てるんじゃないだろうな?」


 「かもしれねぇ。今日村長がここに来んのも、その話かもしんねぇな。男衆を募ってゴブリン退治をする気かもしんねぇ」


 「そりゃあ、無茶だべ。俺らはただの農夫だぞ? 冒険者じゃねぇし、ろくな戦い方ができねぇ。一匹二匹ならともかく、集団となるとなぁ?」


 「そだなぁ」



 この村の男達らしい集団が、顔を寄せ合ってそんな話をしていた。

 困った困ったと口々に言いながら唸っている彼らを横目で見ながら、シュリはひっそりとその眉間にしわを寄せた。



 (ゴブリンか。確かに、集団となると、彼らじゃ難しいかもなぁ。今晩の間に、こっそり掃除してあげたほうがいいかな)



 考えながら、料理の前に出てきた飲み物に口を付ける。

 今までもゴブリンの集団は狩った事があるし、もっと強い魔物の群れにも対処してきた。

 この村の住人が集団で事に当たるよりも、上手に処理できるはずだ。

 ただ、表だって動くと目立つので、やるとしたらこっそり片づけるつもりだった。



 「モーリーン、邪魔するよ」


 「あら、村長? 珍しいわね? 奥さんと喧嘩でも??」


 「いや、妻との関係は良好だよ。気遣いすまんな、モーリーン。ちょっとここに集まってる村の衆に話があってな」


 「なぁに? 何か物騒な話? うちには村の連中以外の客もいるんだから、手短にお願いね」


 「分かってるさ。場合によっては外のお客人の力添えも必要になるかも知れない。一緒に話を聞いて貰おう。……楽しんでいるところ申し訳ないが、少々まずいことがおきた。村の者も旅のお人達も、少しだけ耳を貸してはくれまいか」



 村長らしきその男は、そう前置きをしてから有無を言わせずに話し出した。

 昼間森に入った村の者が数人、家に戻っていないこと。

 数日前から、森でゴブリンを見かけた者が多数いること。

 食堂の客はみな、訥々と話す村長の話を黙って聞いていたが、そのうちの一人、旅装の女性が手を挙げて口を挟んだ。



 「村長殿、ちょっといいだろうか?」


 「もちろんだ、旅の人。なんだね?」


 「数日前からゴブリンを見かけていたという事だが、冒険者ギルドに依頼は出したのか?」


 「いや、実はまだなんだ。見ての通り、この村にギルドはない。ここから一番近いギルドは王都のギルドなんだが、近いと言ってもそれなりの距離がある。依頼を出すための資金を集めて、村の若者数人をギルドに向けて送り出す矢先に、今回の事がおきたんだ」


 「そうか。そうなると、冒険者ギルドの支援はないと言うことか。この中に、冒険者はいないか?」



 女性の呼びかけに、バラバラと数人が手を挙げた。

 が、その中にヴィオラの手は見あたらない。

 シュリがちらりとヴィオラを見ると、彼女は肩をすくめ小さな声で答えた。



 「こんなところで名乗り出たら目立つからイヤ。シュリだって、目立つのはやでしょ? 大丈夫よ、ゴブリン程度なら、今手を挙げた冒険者達で十分対処出来るわ。キングがいたら話は別だけど、ここの森はそんなに深い森じゃないし、さすがにその可能性はないでしょ」


 「キングって、やっぱり通常の個体とは全くちがうもの?」


 「そうね。キングは繁殖力強化と部族強化っていう広範囲スキルを持ってるの。だから、キングがいるだけで、それに従ってる連中は身体能力をかなり底上げされる上に異常なまでの繁殖力のせいで雌を求めて凶暴になる。キングだけならともかく、集団全部を相手取るのは結構やっかいな仕事よ」


 「おばー様でも?」


 「ん? 私だったらそうねぇ。雑魚を蹴散らしながら進んで、さっさとキングの首をはね飛ばすわね。とはいえ、一般的な冒険者が同じ事をやろうとしたら死ぬとまでは言わないけど、かなり大変なことは確かだけど」


 「そっかぁ」


 「ま、万が一キングが発生してるって分かったら私が出るわ。ただのゴブリンなら、ちょうどいい経験値稼ぎになるし、横取りせずに任せる事にする」


 「うん、そうだね。じゃあ、僕も様子を見ることにするよ。あの女の人も、結構強そうだしね」



 言いながら、シュリは手を挙げた冒険者達と、ゴブリン退治と行方不明の村人の捜索について話している女性を見つめた。

 冒険者達と共に森に入る事は決まったようだが、いつ行くかという点で揉めている。

 女性は今すぐ動くことを提案し、冒険者達は朝を待って動いた方がいいと主張しているようだ。



 「行方不明の村人の中には若い娘もいる。彼女がもしゴブリンに捕らわれているとしたら……貴殿達も冒険者だ。言わずとも分かるだろう?」


 「ああ、確かに。ゴブ野郎の習性はイヤと言うほど知ってるし、その娘は気の毒だとは思う。だがなぁ。土地勘のない森に夜中に分け入るなんてのは自殺行為だ。見も知らぬ娘の為に命はかけられないさ」


 「村長は報酬をきちんと払うといっている。行方不明者を無事に連れ戻せばその分上乗せする、とも」


 「命あってのものだねだ。それになぁ。奴らに捕まった時点で男連中は殺されてるだろうし、娘達だってもう手遅れだよ。もう種はつけられちまってるさ。だったら助けるのが早かろうが遅かろうが、それほど差はないだろう?」



 冒険者の代表となり話をしている男が、肩をすくめ言った。

 それを聞いた女性の瞳がすぅっと細くなる。



 「……貴様、それでも人間か?」


 「人間さ。娘達を可哀想だと思うし、その家族に同情もするが、人間ってやつは、自分の命が一番可愛い。そうじゃねぇのか? なあ?」



 男の言葉に、冒険者達が口々に同意する。

 女が射殺さんばかりの目で睨んでも、彼らの心を変えることは出来なかった。


 結局、捜索と討伐は日が出てから行われる事に決まった。

 村の男達も、夜の森に入る決断をするのは難しかったようだ。

 若干名、行方不明者達の家族が反論を申し立てたが、多勢に無勢。

 決定を覆す事は叶わなかった。


 捜索に参加する者の食事代はとらぬとの女将の言葉に歓声をあげ、テーブルに戻る男達の背中を睨みつけ、女性は思い詰めたような表情で唇を噛みしめる。

 そして足音高く、酒場を飛び出していった。


 その背中を少しだけ心配そうに見送り、シュリはうーんと唸って腕を組む。

 女性の言い分は良くわかった。

 確かに、行方不明の娘さんの肉体的・精神的苦痛を考えれば、救出は早ければ早い方がいい。


 だが一方で、冒険者の人達の言い分も分からないではないのだ。

 夜の森は危険だし、敵の規模も分からない。そんな状況で闇雲に動くのは確かに危ない。

 たとえ相手がゴブリンであったとしても。油断したその先にあるのは死だ。

 冒険者である彼らはその事を良くわかっている様だった。


 己の命と他人の命、天秤に掛けて己の命を選んだとしても、責められはしないだろう。

 この村の用意する報酬では、その天秤のバランスを崩すことが出来なかった。

 ただ、それだけの事だ。

 冒険者にだって、己の命を守る権利はある。彼らはその権利を行使しているだけにすぎない。


 助けてあげたい、というあの女の人の気持ちは分かる。

 だが、情に訴えても冒険者達は動かないだろう。少なくとも、今日ここにいる冒険者達は。

 眉間にぎゅうっと可愛らしいしわを寄せ、シュリは思う。



 (あの女の人、無茶をしないといいけど)



 と。

 だが、十中八九その心配が現実になるのを半ば確信してもいた。


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