第284話 王都への旅路はお約束がいっぱい⑦

 案の定一人村を抜け出した女性を追って、森へと向かう。

 おばー様や他のみんなは宿で待機だ。

 もし、本当にゴブリンキングが発生していて、群れが大規模なものになっていたら、一歩間違えれば村が襲われる危険性もあり得る。

 おばー様はその時の為の保険という訳だ。

 カレンやシャイナだけでも守れるとは思うが、おばー様がいてくれれば何の心配もない。

 シュリは、安心してことに当たれる。


 女性は、ゴブリンの痕跡を上手くたどりながら、かなりのスピードで木々の間を縫うように進んでいく。

 途中、魔物に出くわすこともあったが、女性は一撃でそれを倒し、歩みを止めることなく先へと進んでいく。



 (うん。強い人、みたいだな。いきなり僕みたいな子供が協力するって出ていっても混乱するだろうし、まずはこっそり援護しつつ静観しよう)



 シュリは彼女を追いながら、こっそりネズミ型のパペットを量産して走らせた。

 もしゴブリンの数が予想より多いなら、目と手は出来るだけ多い方がいいだろう。


 更に進むと、彼女の足下にぽっかりと洞窟が口を開けているのが見えた。

 彼女はしばらく入り口の様子を調べた後、躊躇することなくその中へと進んでいった。

 シュリのパペットは彼女の足下をすり抜け、先行して洞窟へと潜っていく。


 シュリは、パペットの目を通して、いくつもの残酷な光景を見た。

 いなくなった村人のうち、恐らく男性二人は死んでいる。

 だが、女性二人は生きているのだろう、きっと。

 獣や人の遺体が積み上げられた食料庫なのであろうその場所に、新しい女性の遺体は見あたらなかったから。


 無機物の目を通して送り込まれる、不快な映像に歯を食いしばりつつ、シュリは女性の後を追う。

 すると通路の奥から女性の悲鳴が聞こえ、前をいく人の足が速くなった。

 通路を調べながら進んでいたシュリのパペットがいくつか追い越され、シュリが安全確認をしていない場所まであっという間に入り込んでいく彼女の背中を、シュリは少し焦って追いかけた。


 女性を追って飛び込んだ場所、そこはずいぶんと大きな空間の様だった。

 そこには興奮しきったゴブリンがひしめき合っていて、その無数の目が一斉に彼女を見る。

 だが、彼女はひるむことなく、足を止めずに飛び込んだ。

 敵の群れの中へと。ほんの一瞬の躊躇もなく。



 (い、いきなり!? 度胸のいい人だなぁ。ちょっとは躊躇するとか……でも、まあ、僕の周りの人っていつもこんな感じかもなぁ)



 内心苦笑をこぼしつつ、シュリは急いでパペットを送り込んだ。

 四方に走らせ、捕らえられている女性達の安全の確保をはかるところから始める。

 まずはそれからだ。


 パペットを操りながら、シュリは[モード・チェンジ]で獣形態にその身を変化させた。

 小回りの利く小さな狼に姿を変えたシュリは、ゴブリンのひしめき合う中へ、迷うことなく飛び込んだ。


 うえっと思いつつゴブリンの喉を噛み切り、横目で彼女の姿を確認する。

 彼女はものすごい勢いで剣を振り回し、ゴブリンの生首を大量生産していた。 

 彼女はしばらくの間、どうにか持ちこたえられそうだ。

 その間に、他の女性達を助けて保護する。


 シュリはパペットで位置を把握した女性達の元へと走る。

 そして一人一人救出し、安全な場所へと移動させた。


 捕らわれの女性は二人だけではなかった。きっと色々な場所から連れてこられたのだろう。

 声を上げる元気があるのは今日捕まったらしい二人の女性だけ。

 一人はまだ少女と言ってもいい年頃だった。


 彼女達を一カ所にまとめそれぞれ[|無限収納(アイテムボックス)]から取り出した布地で身体をくるんでやってから、みんなを連れ込んだ小部屋を飛び出した。

 念の為、部屋の入り口は土で塞いでおく。

 これで討ちもらしたゴブリンが逃げてきても入り込む事は出来ないはずだ。


 再び元の大部屋に飛び込み、周囲を見回す。

 さっきまで暴れ回っていたはずの彼女の姿が見あたらなかった。



 (まずいな。つかまっちゃったのかな)



 早く助けないと、と若干の焦りと共に地を蹴る。

 通り道のゴブリンを処理しながら、最速で進む。

 進む先に、一際大きな体のゴブリンが見えた。きっとあれがキングだろう。


 キングは、近づくシュリに気が付かない。

 とはいえ、正直に真正面から喧嘩をする必要もないだろう。

 横から襲いかかる為、素早く進路を切り替えた時、声が聞こえた。



 「くっ……そぉ。こんな屈辱……くっ、殺せ! いっそ、一息に殺せぇっ!!」



 そんな声が。

 もしや、これが噂の!? と一瞬そんな思いが脳裏をよぎったが、そんな場合ではないとすぐに打ち消す。


 そして今度はハーフビースト・モードに素早くモードを切り替えると、そのままキングの頭に飛びかかった

 キングを地面に押し倒し、その脳天に爪を突き刺す。

 キングの驚愕に染まった瞳が自分に向けられたのをまっすぐに見返し、シュリはにっと笑った。

 そして。



 「やっと他が何とかなった。待たせてごめんね? おねーさん」



 とんでもない格好のままびっくりしたように目を丸くしてシュリを見ているお姉さんに、そう声をかけた。

 「じゅ、獣人の子供、か?」


 「そうじゃない。今はそう見えるかもしれないけど。もうちょっと待ってて。すぐに自由にしてあげる」



 女性の問いかけに、にっこり微笑みそう返して。

 シュリは再びゴブリンキングへ目を移す。

 奴は怯えた目をしてシュリを見た。

 シュリはより深く爪を差し込みながら奴の目をのぞき込む。



 「悪いけど、人を襲って食い物にし、好き勝手にしたお前達を、このままにしておくわけにはいかない」


 「ぐげっ、ぐぎゃぎゃっ」



 言い訳するように、助けを呼ぶようにキングが叫ぶ。

 その声に呼ばれたように、周囲のゴブリンが一斉に集まってきた。



 (ちょっと、やばいかな。さっさとこいつをやっつけないと)



 そう思った瞬間、シュリの中から何かが飛び出してきた。



 「シュリ、なぜ我らを呼ばんのだ!?」



 飛び出してきたグランは、そう言って土の壁で襲いかかってくるゴブリンの進路を遮った。

 ついでに女性を押さえつけていたゴブリンの頭を軽々と握りつぶし、再びシュリの元へと戻る。



 「シュリ、ダメじゃないかぁぁ! 一人じゃ危ないだろう!? こんな時は遠慮しないで私達を呼べ!!」


 「あ、うん。ご、ごめんね? グラン。えっと、グランが今日の僕当番?」


 「そうだっ! 私が当番の日にシュリに何かあったら、私はどうすればいいんだっ!! 死んでも死にきれんっ!!」


 「ご、ごめん。僕が悪かったよ。だからさ、グラン」


 「なんだぁっ!!」


 「そろそろ倒してあげていいかな?」



 言いながらシュリは、押さえつけられ頭に爪をずっぷり刺されてぴくぴくしているキングをグランに示した。

 グランはそんな醜いものがシュリの下にいるなんて耐えられないとばかりに目を見開き、一息にキングを土で包み込み押しつぶした。

 まるで虫けらのように。

 そしてそのまま土でシュリをすくい上げ、己の腕の中へ迎え入れる。



 「あまり心配させるな、シュリ。こんなことでは私の心臓がいくつあっても足りないし、アリアにイグニス、シェルファに怒られてしまうんだぞ? いつもは遠慮がちなサクラだってこういう時は本気で怒ってくるんだからな? 四人の怒りを受け止める身になってみろ。正直、生命の危機を感じるレベルだ」


 「本当にごめんね、グラン。ついうっかり、忘れてたんだ」


 「わ、忘れてた……しかもうっかり?」


 「う、うん、ごめん」



 シュリは申し訳なさそうにグランを見つめ、その頬にそっと両手を当てた。

 そして彼女の唇に唇を押し当て、舌でその唇の隙間を押し開いて魔力を流し込んだ。

 お詫びの意味もかねて、たっぷりと濃厚に。



 「ごめん。もう忘れないように気をつけるから、許してくれる?」



 とろんとしたグランの瞳をのぞき込み、シュリはもう一度謝罪の言葉を口にした。

 真摯に。けど少しだけ、甘えるように。



 「シュリはずるいな」


 「ん?」


 「お前にそんな風に言われたら、これ以上怒れない」


 「許してくれる?」


 「お前を許さずにいられるわけがないだろう? いつだってな。で? その格好はなんだ? 狼男か?」


 「そうだよ。似合ってる?」


 「似合ってるな。ものすごく可愛い。正直たまらん」


 「格好いい、じゃなくて?」


 「格好よくもある。だがやはり可愛いが勝つな」


 「ちぇ~。早くみんなから手放しで格好いいって言われるようになりたいなぁ」


 「焦るな。お前ならすぐにそうなる。そうなったら、この世界のすべての女はお前の虜だな」



 言いながら、グランは愛おしそうにシュリをなで回す。

 くすぐったそうに首をすくめた瞬間、ぽかんとした表情でこちらを見ている女性が目に飛び込んできた。


 あ、忘れてた、とシュリは慌ててグランの腕の中から降りると、ハーフビースト・モードを解いて彼女の前に立った。



 「人間、だったのか」


 「そう、人間だよ」



 おねーさんの質問に答えてにっこり笑う。

 彼女は、まだ信じられないというようにぼんやりとシュリを見つめ、それからその傍らに立つグランを見た。



 「その人は、精霊か?」


 「あれ? おねーさん、グランが見えるの?」


 「ああ、私は昔から人よりそういう感覚が鋭いんだ。君の、精霊なのか」


 「うん、そうだよ。僕を助けてくれる、大事な仲間だ」


 「仲間か。道具じゃなく?」


 「道具じゃない。大切な人だよ」


 「そうか。君は、いい子のようだな。精霊を友として扱う者に、悪い者はいない。助けて、くれたんだな」


 「助けたって程じゃない。ただ、貴方だけに押しつけるのはどうかなって思ったんだよ。酒場での様子じゃ、他の人は誰も貴方と一緒に動きそうになかったし」



 シュリがそう言うと、おねーさんはほんのり首を傾げた。



 「ん? 君はあの酒場にいたのか??」


 「いたよ。その場で協力を申し出なかった事はごめんなさい。でも、僕が協力を申し出ても、貴方は受けなかったでしょう?」


 「そう、だな。こういった場所に連れてくるには君は少々幼すぎる。助けて貰っておいて申し訳ないが」


 「いいんだ。その気持ちは良く分かるし。貴方一人でも良かったのかもしれないけど、万が一の場合に備えただけ。貴方がゴブリンを引きつけてくれたおかげで、他の女の人達を助けるのはそんなに大変じゃなかったし。ありがとう」


 「ありがとうはこちらのセリフだよ、少年。私の名前はジェス。普段は自由貿易都市群で傭兵団を率いている。が、今は休暇中でな。一人で大変だったから、君が助けてくれて本当に助かった」


 「ふぅん。傭兵団のトップなんだ。すごいねぇ。僕の名前はシュリ。この人はグラン」


 「シュリにグランか」


 「うん。よろしくね、ジェス」



 服を引きちぎられた彼女の為に布を取り出し、その身体を優しく包み込む。

 微笑みかけると、ジェスは今気が付いたといわんばかりにまじまじとシュリの顔を見つめ、その頬をうっすらと色づかせた。



 「あ、ああ。こちらこそ、よ、よろしく頼む」



 なんだ、この気持ちは!? と少々動揺しつつ、ジェスは目を泳がせる。

 びっくりするくらい美しいとはいえ、幼い少年に胸をときめかせるなど、いい年をした女のすることではないだろう、と。


 元は騎士の出身で、基本的には真面目な人間であるジェスは、急にわき上がってきた己の劣情とも言えてしまいそうな感情に戸惑いつつ、自分を律するように両手で己の頬を叩いた。


 ぱぁん、と大きな音がし、シュリがびっくりしたように目を見開く。

 その様子がまた可愛らしくて、ジェスは戦いの余韻で火照る身体が更に熱くなるのを感じ、



 「い、いかーん!!」



 そう叫んで再び己の頬を張った。

 一度といわず、二度三度、と。



 (い、一体なにがはじまっちゃったの? 何かの儀式、とか……?)



 シュリに思わずそう思わせるほどそれは続き、ジェスの頬が赤くぷっくりしてきたところでようやく終わった。

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