第273話 子うさぎルゥのバニーガールな事情①

 (昔の方が、シュー君との距離が近かった気がする)



 最近、ルゥはよくそんなことを考える。

 昔々、ルゥが今よりもずっと色々と小さくて、気弱でいじけた性格をしていた頃の話だ。

 シュリと、初めてであった頃の。


 当時のルゥが、シュリと過ごした時間はほんの少しだけ。

 でも、その時の方がシュリとルゥの距離感は近かった気がするのだ。


 シュリと再会しもう半年以上の時を過ごした。

 その間、ルゥは手をこまねいて見ていたわけではなく、シュリの思いを己へ向けるため日々様々な努力をした。


 せっせと手作りのお弁当を作ったり、シュリと会うときだけ胸のボタンを一つ二つ余分に外して女の子の魅力を振りまいている……つもりなのだが、シュリにはあまり響いていないような気がする。

 まあそれでも、お弁当の方は喜んで食べてくれているとは思うけど、胸の方の効果がどうも微妙だ。


 他の男の子……具体的にはビリーで試してみたところ、たった数秒で鼻息が荒くなり、さらに数分たった頃には目が血走ってきて、さすがに身の危険を感じたルゥは、胸のボタンをきっちり止めて不毛な実験を終わりにした。


 そんな訳で、決してルゥの胸に魅力が無いわけではなく、ただ単に胸の谷間がシュリの心に響かなかっただけなのだろう。

 ルゥはそう自分に言い聞かせ、不本意ながらも己を納得させる。


 別にシュリとて、女の子の胸に興味が無いわけではない。

 しかしながら、彼の周囲には日常的におっぱいで溢れかえっており。

 結果、おっぱいいう魅惑の果実に、他の男の子たちよりほんの少し(?)慣れてしまった、とそれだけの理由なのだが、そんなことをルゥが知るはずもなく。



 (一体なにが、シュー君のツボ、なんだろう)



 最近のルゥはそんなことばかり考えていた。

 再会できて同じ街の同じ学校へ通っているのだから、時間をかけてシュリの心を攻略すればいいと思っていたルゥだが、シュリの王都いきでいきなり予定が狂ってしまった。


 後数ヶ月でシュリは王都へ旅立ち、また離れ離れになってしまう。

 ルゥも全力で飛び級をし、最短で王都の学校への進学を目指すつもりでいたが、それでも数年は離れて過ごすことになるだろう。


 その間に、王都のまだ見ぬライバルに先を越されないよう、シュリの心をがっちり掴んでおきたいのだが、様々な事を試し調査も重ねたがその攻略法がいまだにわからない。

 そんな中、ふと過去の自分とシュリが共有した貴重な時間の記憶を掘り起こしてみたら、素朴な疑問が沸いたのだ。



 (あれ、昔のボクの方がシュー君に可愛がられてない?)



 と。

 そのことに気がついてから、昔の自分と今の自分に接するシュリの距離感の差をこっそり比べる癖がついた。


 シュリは優しい。

 それは昔も今も変わらない。

 笑顔を向けてもらえる頻度も、それほど変わらない気がする。


 だが、問題はスキンシップだ。

 スキンシップに関してだけは、今より昔の方が圧倒的に多い。


 昔会った時は、短い時間の中で頭を撫でてくれたり、抱きしめてくれたり、ほっぺをすりすりしてくれたり、結構なスキンシップ密度を誇っていた。

 しかも、すべてシュリの方から。


 だがしかし、今の二人の距離感は微妙だ。

 ルゥがどうしても抱っこしたいと言えば抱っこさせてくれるし、常識の範囲内でなら触ることも問題ない。

 だが、それはすべてルゥの側からのスキンシップなのだ。


 シュリからアクションを起こしてのスキンシップに限定すると、それが驚くほど少ないことに気がつく。

 滅多にルゥの頭を撫でることはないし、抱きしめたりほっぺすりすりなどもっての他だ。


 シュリの為に大きく育て、まだまだ成長中の胸も、好きなだけ触ってくれてもいいのに触ろうとしない。

 この胸を見て喜ぶのは、ルゥが喜ばせたいと思っていないその他大勢の男の子達ばかりである。


 当時、ビリー達から得た情報から、シュリは胸が大きく色気がある女性がタイプだと判断したのは間違いだったのだろうか?

 ルゥは真剣に悩んでいたが、シュリの思考は至って単純だ。


 昔から多くのおっぱいに親しみ、触れてきたシュリは痛いくらいに実感していただけなのである。

 女の人が差し出すおっぱいに気軽に触れてはいけない。

 ただほど高いものはなく、いい話には裏が……もとい、いいおっぱいには裏があるものなのだ。


 とまあ、難しく言い回してみたが、ただ単に女の人が差し出した胸を触ってしまうと、色々と面倒な事が起こりがちだ、とこの年までにシュリがすっかり学習してしまっただけなのだが、そんなのルゥはもちろん知るわけもなく。


 故にルゥは悩んでいた。

 どうすれば、シュリから触れてもらえるのか、と。


 シュリの方から積極的に触ってくれるまで距離が近づけば、離れている間、まだ見ぬ他のライバル達に出し抜かれることも無いに違いない、そう信じて。

 そして、今日も今日とて、過去の記憶にヒントを求めて思考の海へダイブする。

 そうやって探索する中、ルゥはある気になる単語を見つけだした。



 「僕のウサギさん」



 そうルゥに呼びかけた時のシュリの笑顔は通常の笑顔の何倍もの輝きを見せていた気がする。

 ウサギについて語る言葉も熱かったし、シュリはウサギという生き物に並々ならぬ想いを抱いているのだろう。


 当時のルゥは、ウサギについて知らなかったが、今はその生き物が高位貴族の愛玩動物として人気がある生き物だということは知っていた。

 毛皮の手触りがよく、長い耳が愛らしいのが人気の理由のようだ。


 また、ウサギと似た見た目の、角ウサギと呼ばれる魔物もいるとか。

 こちらは凶暴なので愛玩には向かないものの、比較的狩りやすく毛皮も肉も扱いやすいようだ。


 ルゥはまだ会ったことがないが、ウサギによく似た獣人族もいるらしい。

 長い耳に丸い尻尾の彼らは男女ともに美形が多く、奴隷狩りの被害に遭うことも多いらしい。

 特に女性は、種族的な特性なのか、細身で華奢なのに胸が大きく、男性からは絶大な人気を誇るようだった。


 ウサギが好き、ということはやはりシュリも胸が大きい女性が好きという認識で合っているんだろうけど、とルゥは見当違いの認識を強める。


 まあ、シュリも大きい胸が嫌いというつもりはない。

 男の人の胸板を眺めるよりも、女の人の胸を見ている方が幸せな気持ちになるのも確かだ。


 しかし、シュリがウサギさんに求めるものは、大きな胸そんなものではなかった。


 真っ白な手触りのいい毛皮、つぶらな赤い瞳。

 ウサギの庇護欲をくすぐる愛らしさこそ、シュリが何より求めていたものであり、かつてのルゥが持っていたものでもあった。

 だが、己の認識が誤っていることも知らないまま、ルゥは思う。



 (シュー君が求めるものがウサギさんなら、ボクは完璧なウサギになってみせる!)



 と。

 そして、商人である父親を通じて、あるものを密かに取り寄せたのだった。


◆◇◆


 ちくちくちくちく……


 ルゥが一心不乱に針仕事をする傍らで、ルゥの父親・ロイマンは何とも複雑な表情をしていた。

 その原因は、ルゥの手の中。

 娘が幸せそうな表情でちくちくやってる物体そのものにあった。



 「る、るぅ?」


 「なぁに? お父さん」


 「そ、その服は、一体なんなのかな?」


 「この服? これは、ウサギ獣人の伝統的な民族衣装だよ」


 「み、民族衣装? そ、それが?」


 「うん。女性用のね」



 父親の問いかけに答えながら、ルゥは自分の仕事を確かめるようにそれを広げる。

 それは、なんとも少ない布地の服だった。


 その少ない布地のお尻部分に、特別に取り寄せた白いウサギの毛皮をふんだんに使い、まぁるい尻尾が見事に形成されていた。

 ウサギ獣人の伝統衣装なので、本来なら尻尾を出すための穴があいていたが、自前の尻尾を持たない己の為にその穴をふさぎ、不足している尻尾をそこにあつらえたという訳である。


 己の仕事の出来を、ルゥは非常に満足そうに見つめ、頷く。

 ロイマンは、娘がそれを身につけるのを想像して、つい気が遠くなりそうになった。



 「ど、どうしてこの衣装を? お父さんはもっと他にルゥに似合う服があると思うんだがなぁ? ちょ、ちょっとくらい高くてもお父さんが買ってあげるから、他の服にしないかい?」



 ダメもとで、そんな提案をしてみる。

 だが案の定、ルゥはあっさりと首を振り、



 「この衣装じゃないとダメなんだよ。シュー君、ウサギ好きみたいだから、ボクもウサギさんを目指そうと思って」



 言いながら、手作りのウサギ耳の手直しをはじめる。

 これまた高級な白ウサギの毛皮を贅沢に使ったお耳は、もふぁっとして非常に手触りが良さそうに仕上がっていた。



 「な、なんだって!? シュリ君が?」



 ルゥの返答に、ロイマンは驚愕の声をあげる。



 「ほ、本当かい? ほ、本当にシュリ君が言ったのかい? ウサギ(獣人)が好きだって」


 「うん。ずいぶん前だけど、ボクのことを、僕のウサギさんって呼んでくれて、すっごく可愛がってくれたんだ」


 「ぼ、僕のウサギ(獣人)さんって呼んで、す、すっごく可愛がってくれた!? あの、シュリ君が!?」



 あの可愛らしいシュリ君がそんなことをっ!?、とロイマンは目が飛び出るほど驚いた。


 いや、たしかにウサギ(獣人)はいい。

 男のロマンがつまっている、とロイマンは思う。

 奥さんのテレスをこの上なく愛してはいるが、アレは別腹だろうと思うほどに。


 テレスにバレたら半殺しにされそうな事を考えながら、ロイマンはその脳裏にシュリの姿を思い描いた。

 申し分なく愛らしく、性欲なんて生臭いものなど欠片も感じさせない彼も、所詮は男と言うことなのだろうか。

 ううむ、と唸りながら、ロイマンは思う。



 (ま、まあ、シュリ君はルゥの未来の嫁……いや、婿の予定だし。ちょっと早すぎる気もするが、婚前交渉も責任をとってくれる証だと思えば……)



 複雑な表情で、己に言い聞かせるように。

 実際問題、娘と父親の間で重大な認識違いが進行していたが、互いに全く気づくことなく。

 ちょうどこの場に、テレスがいない事も、それに拍車をかけた。

 もし彼女がいたならば、いつもの調子で、あらあらまあまあ、とおっとり笑いながら、二人の認識をすりあわせてくれたことだろう。


 が、この場に彼女の姿はなく、父と娘は言葉のキャッチボールを問題なく行っているように見せかけて、互いに見当違いの方向へボールを投げ合う。



 「よし、できた。早くこれを着た姿を見せてシュー君に可愛がってもらわなきゃ。僕のウサギさん、って」


 「そ、それを着て可愛がってもらう……。ルゥもシュリ君も、お父さんの知らないうちに、すっかり大人になっちゃったんだな」


 「大人? う~ん、そうだね。前(初めて会ったとき)よりは大人になったかな?? ボクも、シュー君も」


 「そうか……ルゥ、シュリ君に伝えてくれ。あんまり頑張りすぎるんじゃないぞ、と。人生はまだまだ長いんだからな」


 「頑張りすぎるんじゃない……そっか。確かに、最近のシュー君は頑張りすぎだもんね。わかった。ちゃんと伝えておくよ」


 「そうか。最近のシュリ君は頑張りすぎか……そ、そんなにかぁ。でも、若いってのはそういう事なんだろうなぁ」



 ははは、とロイマンは乾いた笑い声をこぼし、ルゥは急に老け込んでしまったような父親の顔を不思議そうに見上げるのだった。

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