第260話 狐狸大戦①

 「我が王立学院では、ぜひシュリナスカ・ルバーノ君に来ていただきたいと、そう考えております」



 口火を切ったのは、王立学院学院長・シュタインバーグだった。

 それを聞いたアガサが、少々慌てたようにその後に続いて口を開く。



 「わ、私共、高等魔術学院でも、シュリを……こほん。シュリナスカ・ルバーノ君をぜひお迎えしたいと考えておりますわ」



 アガサはそう言って、負けないわよ、とばかりにキッとシュタインバーグを睨んだ。

 冒険者養成学校校長のディアルドは、その様子を面白そうに眺めてから、



 「冒険者養成学校も、シュリ、お前を歓迎する準備は整えてるぜ?」



 特にかしこまることなく、いつもの調子でそう言った。

 そんな三人の、三者三様の勧誘を受け、シュリはヴィオラの腕の中、きょとんとした顔をする。

 まさか自分がそんな勧誘を受けるとは思ってなかったとばかりに。

 そんなシュリに、今度はエイゲン校長が声をかけた。



 「シュリ君は急な話で驚いたじゃろうが、いずれはこの話をしようと思っておったのじゃよ。王都の学校へ通うことを考えたらどうじゃろう、っての。幸い、王都でも三本の指に入る上位の学校がこうしてシュリ君を迎えたいと言ってくれておる。どうじゃろうのう? この三校のうちのどこかに決めてみては」


 「三校のうちのどれかに……」


 「なぁに、お三方の話を聞いて、もし興味がわかぬなら王都の他の学校を検討してもいいんじゃし、軽い気持ちで話を聞いてみたらどうじゃ?」


 「もし行くことを決めたら、すぐに王都に行くことになるんですか?」


 「ふむ……そうじゃのう。シュリ君がもしすぐに進級したいと望むなら、決まった時点で王都へ行かせてやることも可能じゃ。じゃが、反対にもう少し我が校で学校生活を送りたいという気持ちがあるなら、今年度はこのまま我が校で学んでもらい、来年度……学年が上がるタイミングで王都の学校へ入学という事になるかのう」


 「なるほど。じゃあ、話を聞いて検討してみます」



 シュリは頷き、ヴィオラの腕の中で居住まいを正す。

 といっても、きりっと表情を整えて自分の前に並ぶ三人の顔を見るくらいしか出来なかったが。

 しかし、それだけのことでもかなりの攻撃力を有していたらしく、



 「うむっ」


 「はぁん……」


 「ぐむっ」



 三者三様のうめき声(?)が上がる。

 シュリは不思議そうにそんな彼らを見つめ、だが大人しく彼らが口を開くのを待つ。

 そんなシュリを前に最初に口火を切ったのは、やはり先程と同様、王立学院のシュタインバーグだった。



 「話をする機会を与えてくれて感謝しますぞ、シュリナスカ・ルバーノ君。ここから先は、シュリ君、と呼ばせてもらおう。よろしいかな?」



 シュタインバーグの問いかけに、シュリは、もちろんです、と頷く。

 そんなシュリを見て、シュタインバーグもまた、相好を崩して頷いた。

 偉い人のはずなのに、その様子は溺愛する孫にメロメロのおじいちゃんのようにしか見えなかった。

 もちろんシュリは彼の孫ではないし、彼はあくまでも公的な立場でシュリを勧誘しに来ているにすぎないのだが。



 「うむ、ではシュリ君。君は我が王立学院のことをどのくらい知っておるかね?」



 問われたシュリは、小首を傾げ頭の中にしまった情報を検索する。

 王都の高名な学校の情報は、ずいぶん前……それこそ初等学校に入学する前にジュディスから伝えられていた。

 いずれシュリ様が入学する学校ですから今からご検討下さい、そう言われて。


 そう言われてはいたが、さすがにまだ先のことだと思って、一切検討など行っていなかった。

 が、頭の中にはそれぞれの学校の情報がちゃんとあるはずだ。

 そうしてしばし黙考し、



 「えーと、確か貴族が多く通う学校ですよね? だから別名、貴族学校とも呼ばれている。その別名の通り、貴族に必要な知識や常識をきちんと教えてもくれる学校だって聞きました。それに、色々な科があるから、幅広く学ぶことも出来るって」



 取り出した情報をそのまま伝えた。



 「ふむ、間違ってはおらぬな。確かに我が校に通う生徒の大半は貴族が占めておる。その理由の一つに、シュリ君の言うとおり、幅広く学べる多彩な科がある、ということも加わってくるだろう。中でも特に貴族が好むのは、内政科、騎士科、高等メイド育成科の三科。他にも、商人育成科や料理人育成科、特殊情報科など、少々毛色の変わった科もあり、貴族だけでなく一番庶民の生徒も少なくはない。更に、それを教える教師陣も様々な能力に秀でた者が集まっておるし、様々な方向性の学業を支えるための学院図書館の蔵書は国内随一であるとの自負もある。まあ、王城の地下書庫の蔵書には少々及ばんかもしれぬが」



 シュタインバーグの説明を聞いて、シュリは深々と頷く。

 様々な科がある、というのはかなり興味深い。

 特に、内政科などはこの先、シュリがいずれこのアズベルグの領地を継承する際に必要になってくる知識をしっかり教えてくれる事だろう。

 ジュディスも確か、内政科に通って領地を治める貴族としての常識を学ぶのもいいかもしれません、なんて事を言っていた。


 確かにシュリも、今後のために貴族の常識をちゃんと学んでおくことは必要かもしれないとは思っている。

 幼い頃から貴族をやってはいるが、貴族らしい貴族をやってるかと言われると、正直微妙だし。

 更に、一つの学校で色々な事を学べそうなのは楽しそうだ。



 「あの、質問してもいいですか?」


 「もちろんだとも」


 「例えば、僕が内政科に入ったとして、内政科の授業以外に他の科の授業を受けることは可能ですか?」



 シュリの質問を受けたシュタインバーグは、その瞳に感心の色を浮かべて若干6歳の少年を見つめる。

 今まで幾度となく受けてきた質問ではあるが、これほど幼い少年からその問いを向けられたのは初めてだった。

 とはいえ、6歳の少年を真剣に学院へ勧誘するのももちろん初めての事ではあったが。



 「ふむ、よい質問だな。基本的には、所属する科の授業を優先で受けてもらう事になるが、優秀な生徒の中には必要な課程を早く終えてしまう者もおる。そういう生徒の中で望む者には、他の科の授業を受けることも推奨してはおるな。そう言う意味では、科をまたがって様々な授業を受ける者は決して少なくはないし、特に禁止もしておらんよ。それに、そういった要望は常に受け付けてもいる。向上心のある者は常に大歓迎だからな。能力と望み次第では、初年度から色々な科の授業を受けることも出来ないことではないと思うがの」


 「なるほど……ありがとうございます」


 「我が校の魅力が、少しは伝わったかな?」


 「はい、十分に」


 「では、ぜひ我が校に……」


 「ちょっと待ったあぁぁ!!……じゃなくて、お待ちになって!!」



 ぜひ我が校に来てくれないかね、と抜け目なく言おうとしたシュタインバーグの言葉を、アガサが遮る。

 ちょっと淑女と言うには微妙な割り込み方だったが、まあ、セーフだろう。たぶん。



 「結論を迫るには少々早すぎるんじゃあありませんこと? シュタインバーグ学院長。折角ここに三校の責任者がいるんですから、すべての説明を聞いた上で選んでもらうべきではないかしら」


 「……相変わらず、素早く猫を被る」


 「なにかしら?」


 「いや、確かにそちらの言うとおりですな。年寄りはせっかちでいかん。少々気がせいてしまったようだ」


 「……そろそろ無害な老人な振りなんてやめたら? 腹黒さが透けてみえてるわよ」


 「なにか?」


 「いいえぇ。何でもございませんわ。では、次はうちの番、ということでいいかしら?」


 「どうぞ、存分に」


 「ああ、構わねぇよ」



 二人の了承を得たアガサが(擬態姿の)年に見合わぬ妖艶な笑みを浮かべてシュリの前に進みでた。



 「シュリはうちの学校が魔法の技術……つまり、魔術を学ぶ事に特化した場所だという事はもう分かっているわよね?」



 シュリはアガサの質問にコクンと頷く。

 高等魔術学院については、ルバーノ家の長女・フィリアがお世話になってる学校だし、この先次女のリュミスも通う予定の学校だから、学校の特徴とか基本的な情報は押さえている。

 それに、王都を訪問した際に学院にお邪魔して見学させてもらってもいるので、学校の雰囲気もそれなりに掴めてもいた。


 フィリアからも、充実した授業内容のいい学校だと入学を進められてもいるし、その友人のリメラからも、熱心な勧誘の手紙が定期的に届いていたりする。

 まあ実際のところは、彼女の手紙は勧誘を口実とした自分の売り込みという色が強い気がするけれど。


 リュミスからも、いずれ一緒に通おうと迫られていたりするし、ルバーノ家内では、何となくシュリは高等魔術学院へ進学するのだろうという空気になっていたりする。

 実際、今回のように複数の学校から勧誘が来たりしなければ、きっと大して迷いもせずに高等魔術学院への進学を決めていたかもしれない。

 学院長がアガサで、融通が利くし。



 「まあ、魔法を学ぶにも研究するにも、うちを越える学校は無いとおもうわよ? 教師も優秀なの揃えてるし、当然だけど優秀な生徒もたくさん集まってくる。学ぶにしても生徒同士切磋琢磨するにしても、最適の環境を与えてあげられるって自負してるわ。魔法の研究機関とか、魔法系の要職への就職の間口も大きいしね。魔法を学びたいって気持ちが少しでもあるなら、うち以上の学校はないでしょうね」



 アガサは自信満々に言い切った。

 確かに、魔法を学ぶなら高等魔術学院が一番だろう。

 シュリ自身、魔法の威力はものすごいが、細かい制御には少々不安がある。

 それに、ごく常識的な魔法の知識も、もっときちんと頭に詰め込んでおくべきだ、と思わないでもない。


 更にいうなら、高等魔術学院を選ばなかった場合、フィリアは涙目で、リュミスは無言で圧をかけてくるだろうし、リメラからの手紙攻勢もましそうな気がするし、正直色々面倒臭い事になりそうな気もした。



 「それに、もしシュリがうちの学校に入学するなら、特別に学院長室を好き勝手に使える権利をあげるわ。鍵もあげるし、授業の無い時間とかは二人っきりにもなれるし……ね?」


 (ね? ……ってなに!? 鍵のかかる密室に二人っきりになってナニするつもり!?)



 シュリは思わず心の中で突っ込み、ヴィオラの腕がアガサを警戒するようにぎゅうっとシュリのお腹を締め付ける。

 シュリが少々苦しく思うくらいの締め付けだから、普通の子が相手ならまっぷたつ……とまではいかないが、非常によろしくないことになるだろう締まり具合だった。



 (……おばー様には、今度、一般的な幼児との触れ合い方について、よぉ~く教え込んでおかないと)



 ついついヴィオラの事を考えていていてアガサを放置していたら、



 「……おいおい。一応お前も教育者の端くれだろう? 正しい大人として不適切な発言をするんじゃねぇ。ったく、こんないたいけな子供相手に、桃色で卑猥な空気を出してんじゃねぇよ」



 そんな発言とともに、アガサの襟首をひょいと掴んでぺいっと排除してくれる人がいた。

 ディアルドは、アガサを後ろに追いやった後、改めてシュリの目の前に立ち、その顔をのぞき込んでニッと笑う。


 苦みばしった大人の男の、子供のようなその笑顔に、胸をキュンとさせる女の人、多いんだろうなぁ……そんなことを思いながら、シュリはディアルドの顔をまじまじと見つめた。



 (こういう人が女心をがっちりたくさん掴んでおいてくれれば、僕の苦労も少しは減るんだろうけど)



 シュリは真剣にそんな事を思う。

 それは、世の男子全てにもの申したい事ではあったけど。

 自分が不当に女心を片っ端から奪っている事実からはそっと目を背け、シュリはこっそり、目の前の大人の男の色気溢れる人物に八つ当たりするのだった。


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