第261話 狐狸大戦②
とはいえ、目の前の人物が好人物な事には違いない。
彼は、(自分でいうのもなんだが)いたいけな幼児であるシュリを、魔女の欲望から守ってくれたのだから。
「よし、最後は俺の番だな。そういや、きちんと自己紹介もしてなかったよな? 俺の名前はディアルド。ヴィオラの昔なじみで、お前も会ったことがあるスベランサのギルド長の兄貴をやってる。で、王都では冒険者養成学校の校長、なんてのもやってたりする」
よろしくな、彼はそう言って、シュリの頭をわしわし撫でる。
薄々察してはいたけれど、やはりこの人はヴィオラの知り合いのようだ。
(まあ、見るからに元冒険者っぽい人だし、おばー様とは冒険者時代の知り合いなんだろうなぁ)
考えながら、脳裏にスベランサのギルド長の男くさい顔を思い浮かべた。
言われてみれば、確かに似ているような気がする。
目の前のディアルドの方が若干、男前度は上だと思うけれど。
などと、スベランサのギルド長が聞いていたら怒りそうな事を考えつつ、目の前の人をじっと見つめる。
ディアルドは、シュリの視線が自分へ向くのを待ってから、落ち着いた様子で口を開いた。
「うちはシュタインバーグの爺さんのとこやアガサのとこみたいに、すげぇ売りがある訳じゃねぇんだが。まあ、お前さんも一応冒険者なわけだし、冒険者の常識とかちょっとした冒険の裏技とか、覚えておいても損は無いと思うぞ? 授業内容に関しても、魔法はアガサのところには勝てないまでも冒険者向けの実践的なやつは教えてるし、教師陣は元冒険者や現役冒険者の面白い奴ばっかだし、それなりに楽しく過ごせるはずだ」
一通り説明をして、ディアルドは男らしい気持ちのいい笑顔で笑う。
シュリは、ふむふむ頷きながら彼の説明に耳を傾け、冒険者養成学校も中々面白そうだ、と頷いた。
ジャズから時折届く手紙にも、冒険者養成学校は実践的で楽しい、そんな風に書かれていたし。
手紙を読む限りでは、あれから後も悪い男に引っかかっている様子はない。
残念な事に、いい男に引っかかってくれている情報も入っては来なかったが。
そういえば、ジャズの父親のハクレンは、度重なる浮気が原因でとうとう家を追い出されてしまったらしい。
ハクレンの浮気の原因は、きっと奥さんに構って貰えない寂しさもあったと思うだけに、ちょっぴり可哀相だとは思う。
出来れば、ナーザをしっかり捕まえておいて欲しかったな、とも。
でもまあ、今更なにをいってもどうにもならない。
娘のジャズも、仕方ない事だと、納得してるみたいだし。
宿に関しては、現在ナーザが中心となって頑張っているようだ。新しく料理人兼従業員を雇って、住み込みで働いてもらっているらしい。
働き者でとても良い人だとジャズの手紙にも書いてあったし、ぜひともその調子でナーザの心をゲットして頂きたいものだと思う。
出来ればシュリが王都に居を移す、その前に。
ナーザは獣人という種族のせいか、はたまた元々の性格か、とにかくものすごくアグレッシブな肉食系。
王都での生活を、夜這い対策から始める、なんて事には出来ればしたくない。
(……まあ、いざとなったら、おばー様に護衛をお願いしよう)
わざわざヴィオラに頼まなくても、五人の精霊達や、三匹(?)の可愛いペット達もいるにはいるが、彼女達に頼むとやりすぎちゃいそうで、そっちの方が心配でおちおち眠れなくなる未来しか見えない。
その点、ヴィオラならナーザとも知り合いだし、血で血を洗うような結末にはならないですむだろう。……ならないですむと思いたい。
そんな事を考えていたら、ついつい表情に出てしまっていたようだ。
「ん? どうした?? 眉間にしわがよってるぞ? 心配事か??」
気がついたら、ディアルドが心配そうにこちらの顔をのぞき込んでいた。
「え? どうしたの?? シュリ」
すぐに後ろからヴィオラの心配そうな声がして、シュリは慌てて首を横に振る。
「大丈夫。なんでもない。ちょっと、考え事」
「そう?」
「そうか? ならいいんだが」
「冒険者養成学校について考えてたんだ。知り合いもいるし、楽しそうだって」
「お、そうか! ちなみに、学費はそれほど高くない。なんと言っても冒険者予備軍や初心者が通う為の学校だからな。それから、ギルド払いという制度もある。ギルドが学費を肩代わりし、冒険者が受ける依頼の達成料から少しずつ返済するっていう、養成学校ならではの制度だな」
「ふぅん? 学費、安いんだ。それに、確かに冒険者にはありがたい制度だね、それ」
よく考えられてるなぁ、とシュリは感心して頷いた。
その様子が、冒険者養成学校に傾いている、と思われたのだろうか。
アガサが猛然と二人の間に割り込んでくる。
「うちだって、そんなにぼったくってないわよ!? 学費が厳しい生徒には、国の魔法機関が学費を援助する制度があるし。シュリは、特別特待生だから、学費は免除でいいし」
「ふむ。我が校も、必要以上に高い学費を設定しているつもりはないが、他の学校に比べると若干高めなことは否めぬな。だが、学費のせいで我が校で学ぶ事を諦める生徒が出ないように、救済する制度はもちろんある。まあ、シュリ君には必要なかろうと思い、説明しなかったがな。しかし、お二方が学費の部分で攻め込まれるつもりなら、我が校も負けてはおられぬ。我が校ももちろん、シュリ君を特待生として迎えよう。学費は当然の事ながら無料だし、他にも優遇措置が色々ある」
そして、アガサに追随するように、シュタインバーグも。
正直、お金には困ってないし、学費が無料という点にはそれほど魅力を感じてはいない。
ジュディスが色々とシュリの財産を運用してくれているお陰で、カイゼルの懐に頼らずとも学費を払えるくらいの資産は、すでに持っていた。
シュリは三人の話を吟味し、しばし考える。
どの学校もそれぞれ良い部分があり、許されるならそれぞれの学校で学んでみたい。
が、シュリの体は一つだし、そうもいかないだろう。
まあ、もしどうしても気になるなら、一つの学校を卒業したら次の学校というように、順番に巡っていくという手もあるが、今はとにかく、最初の一校を決めなくてはならない。
「最後に一つ質問を。学校に通いながら、他の学校の授業も受けられるような、そんな制度はあったりします?」
「あ~、うちにはねぇな」
シュリの質問に最初に答えたのはディアルドだ。
彼はあっさり答えて肩をすくめる。
「うちの授業を受けながら他の学校の授業を? 正直、そんな余裕は無いと思うわ。魔術の授業は、とにかく膨大だもの。でも、シュリがどうしてもって言うなら、そういう制度を立ち上げてもいいわよ?」
次に答えたのはアガサ。
柔軟に対応してくれる姿勢はありがたいが、えこひいきはよくない、と思うのだ。
「シュリ君は、しっかりとした学習意欲と向上心を備えておるようだな。素晴らしいことだ。幸いな事に、我が校にはシュリ君のような向上心に溢れる生徒が多くてな。君と同じ要望が今までに数多く寄せられた。その結果、来年からその制度をちょうど始めるところだったのだよ。主要な学校へはすでに要請を行い、快い返事ももらっておる。まあ、王都内の学校に限っての話だが」
最後に、シュタインバーグが答えた。
シュリの望む制度はすでに備えている、と得意満面の笑みを浮かべて。
偶然なのか用意周到なのか、はかりきれずにシュリは目を瞬かせる。
そんなシュリの様子に、シュタインバーグは笑みを深めるのだった。
「なにそれ!? うちは聞いてないわよ?」
「俺も、初耳だな?」
「どちらの学校からも、もう了承の返事を貰っておる。早く処理しろとせっつかれた書類の中にでも紛れ込んででもいたのではないか? どうせ大して見もせずに処理したのだろう? 書類というものはな、きちんと目を通して理解した上で処理せんと、こうして後々の行動に響いてくる。よく、覚えておくことだ」
シュタインバーグの指摘に、身に覚えのありすぎる二人は気まずそうに目を泳がせた。
そんな二人を後目に、シュタインバーグはシュリに再び話しかける
「一年目はさすがに他校の授業まで受ける余裕は無いかもしれん。だが、一年目に頑張って学び、時間の余裕を確保すれば、二年目からは他校の授業を受けることも、きっとシュリ君なら可能なはずだ。どうだね? 我が校に来てはくれまいか?」
彼の誘い文句を吟味する。
複数ある科の授業を受けることもでき、更に他校の授業も受けられる制度は正直魅力的だ。
断る理由は無いように思える。
しばし黙考するシュリに、だめ押しをするようにシュタインバーグが口を開く。
「君が来てくれないと、私はきっと、学院の皆に怒られてしまう。確か、困ったら助けてくれるんじゃあ無かったかな?」
茶目っ気たっぷりにそう言って、シュタインバーグは最初に出会った時の好々爺の顔で微笑んだ。
困ったら力になりますから相談して下さいね……シュタインバーグに学校で再会した後、深い意味もなく何気なく言った言葉だ。
だが、それが最後の後押しになった。
シュリは、校長室の片隅で、すっかり影が薄くなっていたエイゲン校長へと顔を向け、そして。
「校長先生?」
「ん? なんだね? シュリ君や」
「僕、来年から王立学院へ行きます」
きっぱりとそう宣言した。
その宣言に、シュタインバーグは黙って笑みを深め、アガサとディアルドは何とも複雑な表情を浮かべる。
「……シュタインバーグ学院長?」
「ふむ。なんですかな? アガサ学院長」
「シュリがそちらに入学する件はお譲りします。ですが、我が校の授業も受ける訳ですから、うちの生徒でもある、というくくりでいいですわよね? 当然のこととは思いますが。それから、我が校で学ぶのは二年目から、というのでは遅すぎます。せめて、週に一度は我が校に通うという取り決めを。そちらの授業の後、放課後のわずかな時間でもかまいませんから」
「なるほど。確かにそちらの学校でも学ぶわけですから、高等魔術学院の生徒でもあると言えますな。その件に関してはそのようにいたしましょう。シュリナスカ・ルバーノは王立学院・高等魔術学院・冒険者養成学校の出身である、というように。ディアルド殿も、それでよろしいかな?」
「ああ、俺からは特に文句はねぇ。ただ、できればこっちにも、週に一回くらいはシュリを来てもらいたい。色々、早めに教えておきたいこともあるしな」
「ふむ、二人とも、そこは同じ意見という訳ですな。授業の後ということであれば、こちらの授業予定にも影響せんし、私としてはなんの問題もない。だが、シュリ君の意見はどうでしょうな。どうだね? シュリ君」
シュタインバーグから問うような視線を向けられ、三人のやりとりを聞くと話に聞いていたシュリは、頭の中でそのやりとりを整理する。
つまり、シュリは表面上は王立学院に入学するが、実質は王立学院・高等魔術学院・冒険者養成学校の三校に所属し、籍を置く事になる……ということだろう。
更に、アガサもディアルドもシュリが二年生になるのは待ちきれないらしく、一年目からそれぞれの学校へ、週に一回放課後の時間を使って通って欲しいということだ。
この提案に関しては、王都で特にやりたいことがあるわけでもないし、週に二回放課後がつぶれたところで、特に問題もない。
そう判断し、
「バーグさ……いえ、バーグ学院長。僕は大丈夫です。ぜひ、お願いします」
きりりと表情を引き締めて答えた。
「うむぅっ!!」
「はぁんっ!!」
「ぐぬぅっ!!」
その表情の威力に、再びそれぞれの口から三者三様のうめき声が漏れるが、シュリはきょとんとするばかり。
そんなシュリの前で、シュタインバーグはいち早く体勢を整え直し、
「ごほん。……シュリ君の気持ちはよく分かった。では、そのように手配しよう。何はともあれ、君は来年から我が王立学院の生徒だな。心から歓迎する」
でれっとゆるみそうになる表情をどうにか引き締め、シュリの小さな手をとり、握手を交わす。
こうして。
仁義無きシュリ争奪戦は終わりを告げ、来年からのシュリの王都行きは確定事項となったのだった。
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