第248話 乙女ゲームと決闘の決着
魔法科での決闘なのだ。魔法以外で戦うのはナンセンスだろう。
幸い、シュリの手持ちの土魔法の中に、確かお人形さん遊びの延長の様な魔法があったはずだ。
その名前は……
「マッドパペット」
名前の通り、泥の操り人形を作る魔法。
シュリの言葉に反応して、床から土の塊が盛り上がる。
地面じゃないのに、この土はどこから来るんだろうなぁ、と魔法に関する根本的な疑問を抱きつつ、シュリは泥人形達を精巧な自分の分身へと作り上げた。
だが、精巧な、というには少々かさ増ししすぎかもしれない。
出来上がった五体のシュリ人形は、実際のシュリよりずっと身長が高く、程良く筋肉の乗った理想的な体型をしていた。
それにあわせてか、顔立ちも少し大人っぽく出来上がっている。
そんな精巧に作られた五体の泥人形に色めき立ったのは教師達だ。
マッドパペットの魔法自体は、土の適正があればさほど難しくないのだが、この魔法で一度に作り出せる泥人形は初心者で一体ほど。
習熟した者でも二、三体が限度な上に、細かく命令通りに動かすのも難しくて使い勝手が悪いため、あまり使い手のいない魔法であった。
更に、泥人形の見た目も、子供が泥遊びで作ったレベルであるはずなのだが、それがどうだろう。
シュリのパペットは、芸術家が手をかけて作り上げたかの様に、その表面は滑らかで光沢があり、その造形は繊細で美しい。
「う、美しい……なんて美しいパペットなんだ」
誰かがうっとりとしたつぶやきを漏らし、残りの教師達も同感だと言うように頷く。
その内の一人が、まだ決闘の最中であるというのに、我慢しきれなかったようにシュリの元へと突進した。
飛び交う魔法に当たらないように匍匐前進で目的人物の元までたどり着いた彼は、シュリの服の裾をがっと掴むと、いきなり服の裾を捕まれてぎょっとした顔のシュリを鬼気迫る表情で見上げた。
「き、きみ! 君がこの魔法で一度に作れるパペットは、五体が限度なのかね!?」
「はい? この魔法で一度に作れるパペット、ですか??え、え~と……も、もうちょっと作れると思います、けど」
いきなりの質問に、ついつい素直に答えてしまうシュリ。
が、驚愕の表情を浮かべた年輩の魔法教師の顔を見ながら、ふと我に返る。
そして思った。
あ、今のが限界いっぱいいっぱいですって言うべきだったかも、と。
が、時すでに遅く、口から出た言葉を取り消す間もなく、
「ぬぁに~~!? ま、まだ作れると言うのかね!! すっ、すっ、すばらしい!!」
シュリの肩を掴み、がっくんがっくん揺さぶりながらその教師がけたたましく叫んだ。
何体だ! 君は一体何体のパペットを同時に作り出せるんだぁぁ!! ……と問いつめてくる教師をなだめるように、
「せ、先生。い、今、決闘中!! 決闘中ですからぁぁ!?」
がっくんがっくん揺さぶられながら訴えたが、絶賛興奮中の先生の耳には届かないようで。
そんな、ある意味無防備なシュリと先生を、作られたパペット達が黙々と守っていた。
彼らのボディは魔法抵抗もそれなりにあるらしく。
武器も無いというのに、飛んでくる魔法を拳ではじきまくってくれている。
何ともでたらめボディである。
「なぬおぉっ!? パペットのボディが魔法をはじいているだとぉぉ!!」
それを見た先生が、更に興奮して手が着けられない。
シュリは体をぐらんぐらん揺さぶられながら、仕方ないなぁとため息をつき、パチンと指を鳴らすともう一体のパペットを即座に作り上げた。
それまでの五体とは違い、今度は自分と全く同じサイズ、同じ形のものを。
「ふおぉぉっ!? あ、新たなパペットがもう一体!! しかも、他の五体とは形が違うとは!!」
驚愕した先生の手が緩んだ瞬間を見逃さずに彼の拘束から抜け出したシュリは、にっこり微笑んで新たに作り上げた己の分身パペットを先生の方へと押し出した。
人身御供を差し出すように。
「さ、先生。決闘が終わるまでこの子を貸してあげます。なので、ここで大人しくしていて下さいね?」
シュリの言葉に涎をたらさん勢いでコクコクと頷いた教師は、目の前の研究資料に即座に飛びついた。
それを見届けて、さて、決闘に戻ろうと対戦相手に視線を戻したシュリは、目をまあるく見開いた。
まだシュリはなんにもしていないと言うのに、対戦相手達がやけにヘロヘロなのだ。
(あれぇ?)
と首を傾げるシュリ。
そんなシュリを、彼らは疲れ果てた顔で憎々しげに睨む。
「くっ、泥人形の陰に隠れて、我々の疲労を待つとは卑怯なっ」
「く、くそぅ。お、俺はまだまだ、やれる、ぜ」
「ま、魔力の残りが……ち、力が入らないよ~」
「魔力切れ、だと。ぼ、僕の計算が狂うなんて……」
「魔法で壊れない泥人形、なんてでたらめすぎる! んなの見たことも聞いたこともねぇぞ!?」
彼らのセリフを聞いて、何となく事態を察した。
シュリが研究熱心な先生のお相手をしている間、彼らは好機だとばかりに魔法を打ち続け、それをことごとくシュリのパペットに退けられ。
その事態に彼らは更にむきになって魔法を放ち……結果、魔力切れ寸前という体たらくのようだ。
シュリは青息吐息の彼らを、生暖かく半眼で見つめる。
(っていうか、僕のパペットに魔法が効かないって時点で、もう少し戦法を考えれば良かったのに。まあ、実戦経験もまだないんだろうから、仕方ないのかもしれないけどさ)
シュリはあきれ混じりにそう思いつつ、魔力切れの気絶で決闘を終わらせるのも後味が悪いと、決着を急ぐことにした。
まずはパペットに指示を出し、彼らの元へと向かわせる。
いよいよ高性能な泥人形が襲いかかってきたかと、身構える五人。
だが、パペット達は攻撃するために彼らの元へいくのではなかった。
己に忠実なお人形を見送りながら、シュリは手早く五つの属性の魔法を練り上げる。
上に掲げられたシュリの手の、五本の指の先に浮かぶ小さくはあるがそれぞれ別の属性を持つ魔法の玉に、教師も生徒もみんな目を奪われた。
世の中、複数の得意属性を持つ者は少なくないが、複数の属性の魔法を同時に多数行使できる者は滅多にいない。
そんな離れ業を、まだ幼い少年が危なげなく操っている現状に、誰もが目を疑った。
「じゃあ、いくよ~?直撃は避けるけど、危なそうだったらさっきの打ち合わせ通り、それぞれの受け持ちを守ってあげてね~?」
シュリの声に、五人の決闘相手の元へ散ったパペット達がこくりと頷く。
それを確認してから、シュリは掲げていた手を一気に振り下ろした。
ねらうは対戦相手の顔ぎりぎりをかすめて通り過ぎた先。
顔のぎりぎりを通過させることで恐怖をあおり、床に着弾させた際に派手に爆散させることで魔法の格の違いを感じて貰うという寸法だ。
シュリの計算では、それで彼らは負けを認めてくれるはずだが、さてどうなるか。
こればかりは結果を見てみるまで分からない。
シュリの手元から勢いよく飛んでいったそれぞれの属性の玉は、己と同じ属性を得意とする者の元へとまっすぐに飛んでいく。
正直、避けようもない速さで迫るその玉を彼らは恐怖と共に見つめ、それが己の耳の横を掠めるように通りすぎる際に最大限の恐怖を味わい、そして。
彼らの少し後ろの床に着弾した魔法の玉は、ものすごい勢いで爆散した。
シュリの想像を、少々……いや、かなり上回る勢いで。
(……あれ? 少し、威力がありすぎた、かなぁ?)
シュリのおでこに冷や汗が浮かぶ。
が、すぐにいやな予感を打ち消すように首を横に振る。
(いやいや、だ、大丈夫。周囲のみんなはアリア達が守ってくれるし、魔法の威力がありすぎたときの為に、パペットも送り込んであるんだし)
だ、大丈夫、だよね? と、シュリは魔法の爆散によって立ちこめる煙の向こうをじぃっと見守る。
そうするうちに、少しずつ煙がはれてきて。
煙の中に五つの人影が見えてきた。
それを見たシュリは、とりあえず五人とも無事みたいだとほっとする。
が、すぐにその人影がどれも少々いびつなシルエットを描いている事に気がついた。
まるで、誰かが誰かを、お姫様抱っこしているような……。
そして、ようやく煙がはれ。
そこには、五体のパペットがシュリの決闘相手の五人をそれぞれお姫様抱っこして力強く立つ姿があった。
それを見て、誰もが思う。
あの煙の向こうで、一体なにがあった、と。
◆◇◆
爆発の瞬間。
決闘相手の彼らが爆風を感じて、為すすべもなく吹き飛ばされそうになったのを、シュリ青年バージョンパペットが颯爽と抱き留め爆風から彼らを守ったのだ。
シュリの指示通り、その身を挺して。
攻撃をするのではなく守ること。
それこそが、シュリがパペット達に与えた仕事だった。
魔法の威力は一生懸命押さえるつもりではいたが、それでも足りずに予想外の事態が起こった場合、決闘相手の彼らに致命的な怪我を負わせないための保険としてパペットを送り込んでおいたのだが、それが見事に役に立ったと言うわけだ。
すさまじい爆風から身を挺して守られ、抱きしめられ、最後にはお姫様抱っこまでされ。
土で作られたとは言え、間近から成長したシュリの端正な顔に見つめられた彼らの胸が不自然に高鳴ってしまったとしても、一体誰が彼らを責められるだろう。
そんな訳で、煙の向こうからお姫様抱っこ状態で現れた彼らの顔はみんな一様に赤く、その瞳は潤んでいた。
まるで恋する乙女のように。
◆◇◆
かくして。
乙女ゲームのヒーロー達は、なぜか恋する乙女に変貌し。
決闘は、シュリの思いも寄らなかった形で決着がついた。
決着の後、シュリはパペットを回収して土に返したが、おっきいシュリ人形にご執心な五人の乙メンと、等身大シュリ人形の研究に熱心な先生、それぞれの熱のこもった眼差しに、何とも居心地の悪い思いをし。
素敵だったと、口々にほめてくれる一般人の目には見えない精霊達を引き連れて、微妙に肩を落としてリュミスの元へと戻ると、きらきらと目を輝かせた彼女の腕の中へ、問答無用で閉じこめられた。
そして。
「シュリ、すごく、格好良かった。さすがは私の未来の旦那様」
すごく嬉しそうな声でそう言われ、シュリは、
(べ、別にそんなに格好いい勝ち方じゃなかったと思うけどなぁ)
と思いつつも、まぁ、いいか、とリュミスの腕に身を任せる。
自分的には少々不本意な決着だったが、リュミスが喜んでるのならそれでいいや、と。
そんなリュミスとシュリの姿を、五人の男子が嫉妬混じりの視線で見つめる。
さっきまで、その嫉妬の対象はシュリだった。でも、今は……。
リュミスはシュリを抱きしめたまま、自分に向けられた嫉妬の眼差しを迎え撃って冷ややかに笑う。
そして、
「……決闘なら、いつでも受けて立つ」
かつての己の取り巻き達へ、非常に凛々しく宣言するのだった。
その格好良さに、シュリがちょっぴり落ち込んだことは、誰にも言えない秘密である。
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