第246話 乙女ゲームと魔法科実技

 リュミスのお膝の上で座学を受けた後、今日は上級生と合同で実技の授業があるとの事で、思う存分シュリと触れ合えてホクホク顔のリュミスと教練場へと向かう。

 リュミスはまだシュリを解放するつもりは無いらしく、シュリの体は今も彼女の腕の中。

 シュリは逃れられない腕の中で、ふぅ、と子供らしくないため息をこぼした。

 いい年(?)をして、ずーっと抱っこされっぱなしというのも、結構精神にくるものだな、と思いながら。


 とにかく、リュミスのクラスメイトからの視線が痛いのだ。

 熱いのやら、冷たいのやら、とにかく突き刺さるような視線があちこちから飛んでくる。

 とはいえ、シュリが気づいていないだけで、その半数以上はシュリの可愛らしさにノックアウトされた、おねー様・おにー様方の熱い眼差しだったりするのだが。

 まあ、中には確かにシュリを射殺しそうな視線を注ぐ者もある。


 そこまで強い視線は四つ。

 持ち主は勿論、さっき絡んできた乙女ゲーム四人衆だ。

 彼らは想いを寄せる乙女の腕の中に鎮座するシュリを、実に羨ましそうに睨んでいた。


 ちくちく刺さる視線に、シュリがじっと我慢しているうちに、舞台はどうやら教練場へと移されたらしい。

 決して狭くはないその場所は、今日は戦士科の生徒はいなそうだが、魔法科の上級生と合同授業ということで、やはり人口密度は高くわさわさしていた。


 リュミスはどうやら上級生からの注目度も高いらしく、シュリを連れたリュミスが教練場へ現れるとこちらを注目してくる視線の数が明らかに増えて、シュリは思わずげんなりする。

 せめて、リュミスから離れてひっそり授業を見守りたいと思うのだが、当のリュミスにそれを許すつもりはないらしく、その腕は決して逃がしはしないとばかりにがっちりとシュリをホールドしていた。

 そんなリュミスに、懲りない乙女ゲーム四人衆が近づいてくる。



 「リュミスさん。今日も君の華麗な魔法を見せてもらうのを、楽しみにしているよ。あ、でも、手が使えないと魔法も使いにくいんじゃないかい?よかったらそのクソが……いやいや、可愛らしい坊やは、僕が預かるよ」


 「俺も、お前の豪快な魔法、楽しみにしてるんだぜ?だからさ、そのクソが……っと、ちがった。そのちび助は俺に任せて、思いっきり魔法をぶっ放せよ。な?」


 「うんうん。実技の授業の間もちっちゃい子を抱っこしてあげたいっていうリュミスちゃんの優しさは素敵だと思うけど、リュミスちゃんとずっと密着してるなんて、そのクソがき羨ましすぎ……じゃなかった。きっと、その子も心苦しく思ってるだろうし、良かったら、僕が代わりに抱っこするよ?」


 「魔法を行使する際、他者を抱いたままというのは非効率じゃないだろうか?賢明なリュミスさんのことだ。そのくらい、分かっているとは思うけど。良かったら、その物体……いや、その彼は僕が預かろう」



 四人がそれぞれリュミスに話しかけてくるが、親切さを装った裏側の腹黒さを隠し切れていない。

 ってか、彼らにも気づいて欲しい。

 四人がシュリの事について言及する度に、リュミスの眉間にしわが寄り、彼女のイライラ度が増しているという事に。


 いや、実のところ、シュリとしては彼らの意見に大賛成で、そろそろリュミスの腕の中から解放されたいと切に願っているのだが。

 が、リュミスがそんな戯言に耳を貸すわけもなく。

 リュミスは無言のまま、彼らから逃げるようにすたすたと歩き、彼らはその後を金魚の糞のようについて歩く。

 そんな彼らのウザさに、リュミスはチッと淑女らしからぬ舌打ちをし、更に歩くスピードを上げて人の間を縫っていく。

 さすがに周囲のみんなに迷惑だし、危なかろうと思って、



 「リュミ姉様、危ないよ」



 と声をかけた瞬間、リュミスの進路に大きな人影が立ちふさがった。

 よけきれずにぶつかりそうになったリュミスを大きな腕が抱き留める。

 結果、シュリはリュミスの胸と、受け止めた相手の厚い胸板に挟まれて、ぐえっとなった。

 しかし、相手は勿論そんなことは気にしない。



 「おい、こら、リュミス。あんま危ないことはするなよ?お前は俺の大事なお姫様なんだからよ?」



 まるで恋人にするようにぎゅむっとリュミスを抱きしめて、相手はそんな甘い言葉を吐く。

 リュミスごとぎゅむっとされたシュリは、当然の事ながらさらにぐえっとなり、それに気づいたリュミスの柳眉がこれ以上ないほどに逆立った。

 彼女は利き手の拳を固く握り、体の捻りを上手く利用して、それを思い切り相手の鳩尾へとたたき込んだ。

 身体強化魔法はそのままに、なんの遠慮も無く。


 突然腹部にはじけた衝撃に、今度は相手がぐえっとなる番だった。

 リュミスを抱きしめていた腕で己の腹を抱えた青年がうずくまる。

 それを冷たい目で見てから、リュミスはシュリの体を優しく抱きしめた。



 「シュリ、大丈夫?つぶれてない?」


 「ちょ、ちょっとだけ。りゅ、りゅみ姉様。僕の鼻、ぺたんこになってない?」



 青年の胸板に思いっきり押しつけられた鼻を撫でながら尋ねると、リュミスは愛しい少年を目の前に掲げ、その顔をじぃっと見つめる。

 そして、しつこいくらいに目視で確認してから、



 「ん、大丈夫。シュリの鼻はいつも通りものすごく可愛い。問題ない」



 そう言うと、ちょっと赤くなったシュリの鼻の頭にちゅっと口づけをして、とろけそうな程に甘い笑顔を浮かべた。

 そんな事をしている間に、リュミスに殴られたダメージが少しおさまってきたらしく、



 「う、うぐ。し、仕方ねぇやつだなぁ。おっ、俺のお姫様は。と、とんだ暴れん坊、だぜ」



 そんな言葉と共に立ち上がるリュミスに突然絡んできた青年。

 とはいえ、完全にダメージから回復した訳では無いらしく、額の脂汗はすごい事になっているし、その足は生まれたての子鹿の様にプルプルしてはいたが。

 見た目は体を鍛えている俺様系のイケメンチックでも、やはり魔法職。

 いうほどの強度は備えていないらしい。

 彼はひきつった感が否めない笑顔でニッと笑い、



 「で?そいつがリュミスの婚約者様ってやつ?なんだよ、まだガキじゃねぇか」



 正面から、シュリをはっきりとけなしてきた。

 先輩なんだろうか。他の乙女ゲーム四人衆と違って堂々としているし、余裕を感じる。

 まだ足はプルプルしているけど。



 「シュリはガキじゃない。最高に素敵な男の子」



 むっとしたリュミスが絶対零度の眼差しと共に言い返す。

 が、乙女ゲーム四人衆と違って、彼はひるまない。



 「最高に素敵、ねぇ。でも、あれだろ?そいつ、フィリアの婚約者でもあるんだよな?それに、リュミスの妹達の婚約者でもあるんだろ?とんだ四股野郎じゃねぇか」


 (ちょ!?人聞き悪いこと言わないでっ!婚約は、親達の決めた事だし、僕は姉様達の意志をちゃんと尊重するつもりでいるんだからね!?)



 心の中で反論するシュリは気づいていない。

 姉様達の意志を尊重=四姉妹を妻にするハーレムルート、であるという事に。

 シュリはまだ、姉様達もいつか現実的で素敵な男性に恋をして巣立っていく(……かもしれない)という夢をどこかに抱いていた。

 もうとっくに手遅れだという事は、シュリ以外のルバーノ家の人間の共通した認識だったが。



 「俺だったら、お前だけを大切にする。なぁ、俺にしとけよ?」



 俺様センパイがちょい悪な甘さをダダ漏れにして、リュミスに迫る。

 が、そんな彼をリュミスは半眼で見つめた。



 「……それと同じセリフ、フィリアにも言ったって聞いてる」


 「んなっ!?だっ、だれから!?」


 「フィリア本人」


 「ふぃ、ふぃりあ、から?」


 「そう。かなり強引に迫られたけど、心に決めた人がいますって断ったって、言ってた」


 「お、おう。そ、そうか……」


 「フィリアにも私にも粉をかけてる貴方が、シュリを責めるのは間違ってる。それに……」


 「それに??」


 「シュリのものになれるなら、私は一夫多妻制でなにも問題は感じない。シュリにはそれだけの器と甲斐性がある」


 「ぐっ!!」


 「更に言わせて貰うなら……」


 「な、なんだ?」


 「貴方にはなんの魅力も感じない。可愛らしさも、格好良さも、さわり心地も、能力の高さも……貴方ではシュリの足下にも及ばない」



 リュミスはきっぱりとそう告げた。

 が、相手もまだ食い下がってくる。



 「か、可愛さは流石に負けてるとは思う。だが、格好良さは流石に俺が勝ってんだろ!?さわり心地も、俺の筋肉は中々のもんだと思うし。能力の高さだって、普通に考えてそんなチビより俺の方がつえぇに決まってる」



 シュリより自分の方が強いと主張するその言葉に、シュリの内側で五つの気配がざわりと動く。

 主を愚弄されて色めき立つ身の内の精霊達に苦笑しながら、シュリは彼女達をなだめつつ、リュミスを見上げた。

 精霊達は、シュリの内部にいることもあり、シュリがなだめてあげることはそんなに難しくはない。が、リュミスが怒って暴走した場合、そっちを収拾する方が骨が折れるだろうなぁ、とそんなことを思いながら。



 (お願いだから、リュミスをこれ以上煽らないでよ~?)



 シュリは祈るように、リュミスとその前に立つ俺様センパイを見上げた。

 が、その願いはむなしく。



 「……貴方、シュリより自分の方が優れている、そう言いたいの?」


 「おう。どう見ても俺の方がいい男だし、俺の方が強いだろ?なぁ?」



 俺様センパイは容赦なくリュミスをあおり、



 「そうだね。僕だって、彼に勝つ自身はあるよ?」


 「おう、俺のが強えぇ!!」


 「僕も、流石にその子には負けないよ。僕の場合は、可愛さも含めて、ね?」


 「頭脳派な僕ですが、流石にその子に負けるほどは弱く無いと言い切れるよ」



 他の乙女ゲーム四人衆も遠慮仮借なくあおってくれた。

 あちゃ~、とシュリは片手で自分の顔を覆う。

 そんなシュリに気づくことなく、リュミスはにぃっと笑った。血の気も凍るような、シュリに向ける甘い笑顔とは真逆の、絶対零度の笑顔で。



 「そう……貴方達、少し思い知った方がいい。私のシュリが、どれだけ素敵で、どれだけ強いか」



 彼女はそう言い、シュリをひょいと彼らの方に突きだして、宣言した。



 「決闘を申し込む。……シュリが」



 ……と。



 (あ~……うん。そうだね。そうなるよね)



 シュリは諦めの表情でがっくり肩を落とす。

 可愛らしすぎる決闘相手を突きつけられた五人の個性豊かな男子達は、みんなそろってぽかんと口を開けて、目の前のシュリを見つめることしか出来なかった。


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