第245話 波乱の香り漂う魔法科体験授業

 体験授業が始まってからの四日間、商業科、戦士科と、二つの科を渡り歩いてきた訳だが、どちらの科も基本的にシュリには優しかった。

 まあ、年もかなり離れているし、それも当たり前と言えば当たり前なのだろうけれど。

 なので今回も、人間関係に関しては特に心配はしていなかった。

 特に魔法科にはリュミスもいることだし。


 が、うれしそうな顔のリュミスに抱っこされたまま教室に入った瞬間、その考えは霧散した。

 まず最初は、シュリの前以外では無愛想でクールなリュミスの醸し出す甘々な雰囲気に、クラス中がざわめいた。

 次いで突き刺さる、忌々しい邪魔者を見るような、トゲトゲの視線。


 己に向けられる余りに露骨であからさまな悪感情に、シュリは感心したように自分をしっかり抱っこしているリュミスの顔を見上げた。

 リュミスってばモテモテなんだなぁ、と。普段の自分の事は、すっかり棚に上げて。


 己に向けられた愛しい相手の視線を敏感に感じ取ったリュミスが頬を染めて微笑む。

 あまりに艶やかなその笑顔に、クラス中が再びざわめいた。

 そして、至る所から聞こえる歯ぎしりと共に、突き刺さる視線の棘もその鋭さを増していく。


 ミリーやアリスのクラスでも、彼女達の取り巻きに最初は良い感情を向けられなかったものだが、学年が下なせいなのか、ここまで激しいものでは無かった。

 ミリーの時は、ミリー派、シュリ派の二大派閥が出来上がったものの、最終的には仲良く手を取り合えたし、アリスの時は、アリスファンの女子率が高かったせいもあり、早々にみんなの弟ポジションに落ち着くことが出来た。

 しかし、今回は……。


 なんとなく、やっかいな事になりそうな気配を感じて、シュリは困った顔で腕を組む。

 どうしたもんかなぁ、と思案しながら。

 そうやって腕を組みながら、もう一人の困ったちゃんを見上げれば、返ってくるのは輝かんばかりの笑顔。

 さすがにそろそろ下ろして欲しいのだが、リュミスは全くそのつもりは無いようで。



 (僕がいくら平均よりほんのちょっぴり小さくて軽いからって、ずーっと抱っこしてたら疲れちゃうと思うんだけどなぁ)



 ほんのちょっぴりというところを強調しつつ、シュリはそんなことを思う。

 実際はほんのちょっぴりどころか平均よりかなり小さいシュリなのだが、本人はどうにもそれを認めがたいようだった。


 そんなギスギスした空気の中、男子生徒が数人、こちらに近づいてくるのに気付き、



 (あ~……やっぱりきちゃったか。やっかいごと……)



 シュリは内心そんなことを思いつつ、困った顔で彼らを迎えた。

 バラエティ豊かではあるが、みんなそれぞれイケメンの部類に入る彼らはきっと、みんなリュミスに気があるのだろう。

 にこやかな笑顔を保ちつつも、笑っていない目に宿ったシュリへの敵愾心がハンパない。


 一人の少女に好意を抱く、複数の男子。

 このよりどりみどり感はアレに似てるな~、とシュリは他人事のように彼らを眺める。


 アレとは何か。

 それはゲームのジャンルの一つで、前世の学生時代、友人にすすめられて少しかじった事がある。

 複数の男子にちやほやされるむずむず感が苦手で、それほどはまる事はなかったが。


 リュミスを取り囲む、イケメン達。

 リュミスの腕の中にちんまりとおさまっているシュリを除けば、この構図はまさに乙女ゲームの世界観そのもののように思えた。

 まあ、リュミスのキャラクターはメインヒロインと言うよりも、若干悪役令嬢寄りのような気がしないでもないが。



 (リュミ姉様の立ち位置がフィリア姉様だと、すごくしっくり来るんだけどねぇ)



 生まれつき正当派ヒロインキャラの、今は王都にいるルバーノ四姉妹の長女、フィリアの顔を思い浮かべつつ、シュリはやや現実逃避気味にそんなことを考える。

 通常、[年上キラー]の効能により、ある程度時間が経過するとヘイト値が薄まるのだが、リュミスにガチ惚れらしい面々には流石にその効き目も薄いようだ。

 いまだ突き刺さる嫉妬混じりの鋭い視線が地味に痛い。


 

 「リュミスさん。その子が、君の?」



 近付いてきた四人の中で一番最初に、涼やかで耳ざわりのいい声でリュミスに話しかける、金色の髪の正当派王子様系のイケメン。

 一般女子なら、きゃ~っ、と黄色い声を上げそうな甘いマスクの美形だが、リュミスは興味なさそうに彼を一瞥して答える。



 「そう。私の最愛の男の子」



 愛おしそうにシュリを見つめ、その体をぎゅうっと抱きしめながら。



 「ガキとはいえ、その細腕でずっと抱いてんのは辛いだろ?わがままなガキだな。リュミス、俺が代わってやるよ」



 ぶっきらぼうながら親切めいた口調でそう言いつつ、リュミスからシュリを奪い取ろうとするのは、赤銅色の髪を短く切ってつったたせた、ちょっとワイルド系の男子。



 (失礼な!僕は抱っこして欲しいなんて、一言も言ってないんだからね!!)



 彼の言葉にシュリは憤慨して可愛いほっぺたをぷくっと膨らませ、



 「私からシュリを奪おうなんて百年早い。早くシュリから手を離さないと、魔法で吹っ飛ばす……それに、名前、呼び捨てにされるのは不快だからやめて」



 リュミスは目を据わらせてそんな物騒な言葉を吐く。

 その目と声に含まれた本気度がさすがに伝わったのか、ワイルド君はさっと手を引き、



 「な、ならいいんだけどよ」



 と返しつつ目を泳がせた。

 ワイルド担当なのに弱気だなぁ、とシュリは改めて彼をまじまじと見つめた。

 そうしてはじめて気がついたのだが、髪型や口調はワイルドを目指しているようだが、その体型はひょろっとしていていかにも魔法科の生徒らしいもの。


 これなら普通に陽気な戦士科の筋肉さん達の方がよほどワイルドである。

 そうは思ったが、ワイルドキャラを目指す彼の個性を尊重して、シュリはなま暖かい視線を注ぐに止めた。

 そして、すごすごと引き下がったワイルド君の代わりに進み出たのは、可愛い系の男の子。



 「リュミスちゃんは、小さい子に優しいんだねっ。リュミスちゃんのそう言うところ、僕、すっごくすてきだと思うな」



 彼は男子にしては可愛い顔で、必殺の上目遣い&無邪気な微笑みをリュミスに放った。

 しかし、残念なことにシュリへの嫉妬と嫌悪が混じった、忌々しそうな視線が隠し切れていない。

 更に言うなら、リュミスの腕の中には究極の美少女……いやいや、美少年と言っても過言ではない存在がちんまり納まっているわけで。

 今現在、リュミスの前で必死に可愛いアピールをする可愛い系君の勝ち目はどこを探してもありはしなかった。

 敗色濃厚な彼を押し退けるように、最後の一人が進み出る。



 「リュミスさん。もう授業が始まるから、それは置いた方がいいんじゃないかな?僕らの本分は勉強だろう?それに、その彼も、僕らの学ぶ姿を見学に来ているわけだし」



 さらっとシュリをそれ扱いしつつ、そんなど正論をぶつけてきたのは、メガネの魔道具を身につけた真面目な委員長タイプの男の子。

 彼の言い分には一理ある、と流石のリュミスも感じたのだろう。

 ちらり、とこっちの様子をうかがう気配を感じたので、シュリは今がチャンスとばかりににっこり笑ってリュミスを見上げた。



 「姉様、僕は一人で平気ですよ?授業、サシャ先生と一緒に見てますから」



 外向けの、丁寧な口調でさっさと降ろして欲しいと訴える。

 しかし、シュリはどうやら言葉の選び方を間違ったらしい。

 サシャ先生……その名前を耳にした途端、リュミスの目がきゅうっと細くなった。

 シュリのお腹に回されたままの、ゆるみかけていた腕に再びぎゅっと力がこもり、逃がさないと言うようにがっちりホールドされてしまう。



 「え~と?リュミス姉様??」



 困惑混じりのシュリの呼びかけにも答えずにすたすたと自分の席へ向かうリュミス。

 自分の席でいったんシュリを降ろしたリュミスは、荷物を片づけイスに腰掛けてから改めて、にっこり微笑みシュリを招いた。



 「さ、シュリ。どうぞ」


 「えっと。僕は教室の後ろに…‥」



 何気なく距離をとって、教室の後ろに逃げようとしたが、それより早くリュミスの手がシュリの手を捕まえる。



 「後ろなんか行かなくても、シュリはここで私と一緒に授業を受ければいい」


 「ここ、って??」


 「ここ。私の膝の上」



 リュミスは有無を言わせぬ笑顔で言い切った。

 えええ~……と思うが、リュミスにぐいぐい手を引かれ、逃げようもなく引き寄せられ、リュミスのお膝に座る羽目に。

 リュミスは非常に満足そうに後ろからシュリを抱きしめて、それを見たサシャ先生のほっぺがぴくりとし、クラス中の生徒の視線が突き刺さる。


 リュミスに想いを寄せているらしい、乙女ゲーム四人組の憎々しげな視線をひしひしと感じつつ、シュリはふぅ、と小さくはないため息をもらし。

 もういいや、と無駄に抵抗するのもばからしいと、まだ絶賛成長途上の柔らかな姉の体にその身を預けるのだった。

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