第二百三十八話 中等学校へいこう~お次は戦士科~

 シュリの中等学校授業体験週間の最初の二日間はあっという間に過ぎた。

 正直、授業を体験した時間より、先生達対象の特別授業をしていた時間の方が圧倒的に長かった気もするが、それはまあ置いておいて。

 とにもかくにも、今日から二日間は戦士科での体験授業となる。

 脳筋が多そうで何となく気は進まないのだが、仕方がない。

 これも学生の義務というものなのだろう。



 (……でも、うん。先生相手に延々と授業をして、妙に熱のこもった尊敬の眼差しを受け続けるよりは、筋肉が大好きな人達と体を動かす方がまだましか)



 そう考えて一つ頷き、シュリは前向きな気持ちで、サシャと一緒に戦士科一年生の教室の扉をくぐった。

 サシャ先生にお願いして、今日から抱っこは勘弁して貰ってる。

 その代わりに、がっちりと手を握られてはいるが。

 そんなこんなで、戦士科の先生の下へ。

 これから朝のホームルームをするらしい戦士科一年生のクラスに、シュリとサシャは快く迎えられ、ごつい先生にバンバンと背中を叩かれて歓迎された。


 別に痛くないし、シュリはあんまり気にしていなかったが、サシャ先生がごつい先生を射殺さんばかりの勢いで睨んでいる。

 なんだか、ここ数日でサシャ先生の過保護がものすごい勢いで加速している気がするのだ。

 今もなんというか、子連れの猛獣のようにピリピリしてるし。

 幸い、サシャ先生の誇る鉄壁のポーカーフェイスのおかげで、そんな彼女に気がついている人はいなそうではあるが。


 まあ、でもそれも仕方がないのかもしれない。

 なんといっても、周りの生徒はずいぶんと年上のお兄さんお姉さんばかりで。

 そんな中にぽんっと放り込まれたシュリは体が小さいことも相まって、さぞかしか弱い子羊ちゃんに見えるに違いない。

 そんなサシャ先生の殺人的な視線にまったく気付かない鈍さの先生に、自己紹介を促されたシュリは、



 「シュリナスカ・ルバーノです。気軽にシュリって呼んで下さい。短い間ですが、よろしくお願いします」



 そつなく挨拶をして、ペコリと頭を下げた。

 頭を上げて見回せば、生徒達の反応は様々で。


 そんな様々な反応の中でも、一番多いのはシュリの可愛らしさに頬を染めるゴツい男子。

 女子のそういう視線はないのだろうかと思うだろうが、なんと言ってもここは戦士科。

 女子よりも圧倒的に筋肉男子が多い、何とも暑苦しい科なのである。

 彼らの熱い視線を受け、シュリは内心、うわぁ……と思い心持ち体を後ろに引いた。



 (……男の子ですって、主張するべきだったかな)



 そう思うが、言ったところで無駄なような気もする。

 シュリを男の子と知っているはずの初等学校でも、男子からの熱い視線はとどまるところを知らないのだから。

 考えていたら切ない気持ちがこみ上げてきたので、それ以上考えるのはやめておいた。


 気を取り直し、更に熱い視線からはちょっぴり目をそらし。

 もう一度改めて教室を見回す。

 そうやって見回してみた印象だと、二番目に多いのはルバーノという家名に反応する人達。

 街の領主の家名だという認識もあるだろうし、ただ単にリュミスと同じ学年の人達だから、というだけなのかもしれないけれど。


 そんな中で、ちょっと異質な視線を二つほどみつけた。


 一人は女の子だ。

 明るい金髪を短く切った、少年のようにも見える女の子。

 ちょっとつり目の勝ち気そうな瞳の色は濃いブルーで、シュリに向けられているそのきつい眼差しを除けば十分に美少女といっていい容姿をしていた。

 どうしてだか分からないが、彼女からは親の敵のように睨まれていて、



 (な、なにか恨まれる事、したかな?)



 と気まずくなって、つぃと視線を逸らすと、今度はその隣に座る筋骨隆々でガタイのいい男子生徒が目に飛び込んできた。

 が、その生徒は、素直に男子と断じるには、少々物議を呼ぶ姿をしていて。



 (……男子生徒で、いいんだよね?)



 シュリは内心首を傾げつつ、その生徒をそっと見つめた。


 筋骨隆々とした男らしい体に、まだ成長途上の少年とは思えないほどの高身長。

 金髪に濃いブルーの瞳という、隣にいる女の子と共通の色合いを備えた彼の顔立ちは、体格から想像する程無骨な感じはなく、端正に整った男らしい顔立ちをしてた。


 そこだけ見るならば彼は文句なしの美少年(?)で、黙っていても女の子にモテそうな、いわゆるイケメンというやつである。

 ちょっとガタイがいいだけの。


 が、しかし。

 隣の少女とは対照的に長く伸ばされた髪は、くせ毛なのかわざわざ巻いているのか、緩いウェーブがあり、端正な顔の周りを柔らかく縁取っている。

 ご丁寧にも赤いリボンで軽く結われた髪型は文句なしに女らしい。


 服装も、隣の女の子は少年のような格好をしているのに対し、彼は淡い色合いの清楚なワンピースを着ていた。


 髪と服装だけを見るなら立派な淑女なのだが、その容姿はいくら整っているとは言え、健全な男子そのものである。


 だが、シュリは思う。

 何事も、決めつけちゃダメだ、と。



 (……世の中には、僕が知らないだけで、こんな風に男の子に見える女の子もいる……かもしれないよね?)



 僕だって、良く女の子に間違われるし、本来の性別と違う見た目を持つ人だって世の中にはいるはずなんだよ!と、そんなことを思いつつ、彼(いや、彼女か……?)を見つめていたら、その事に気付いた彼女(いやいや、やっぱり彼かもしれない)は、嬉しそうに微笑んで、その胸元で小さく手を振ってきた。


 そんな仕草は明らかに乙女だ。


 が、ワンピースの胸元を今にも破らんばかりに盛り上がる、はちきれそうな大胸筋は、鍛え上げられた男子のものにしか見えないような気もするし。


 混乱したシュリは、傍らに立つ、戦士科の教師を見上げた。

 彼は、そんなシュリと、シュリの視線の先にいる生徒を見て、ああ、なるほどと納得したような顔をして、



 「おい、アウグスト。シュリ少年が混乱をしているようだぞ。だから、その変な格好はやめておけといったんだ」



 筋骨隆々な乙女に、そう告げた。

 アウグスト、というのは男名前。

 ということは、やっぱり「彼」でよかったのだろうか。

 そんなことを思いつつ、見守っていると、ほっぺたをぷく~っと膨らませたアウグストが立ち上がり、



 「先生っ!アウグストなんて、可愛らしさのかけらもない名前で私を呼ぶのはやめて下さいっ。私のことはアグネスって呼んで下さいって、何度いったら分かってくれるんですか!?」



 可愛らしい口調で、先生に抗議する。

 その声はばっちり声変わりを終えた、響きのいい重低音だったが。


 それを聞きながら、シュリは悟った。

 これはあれだ、と。



 (体は男、心は乙女ってこと、だね。うん)



 やっと納得がいき、シュリはうんうんと一人頷く。

 心が乙女なのだから、アウグストではなくアグネスと呼んであげるべきだろうかと思いつつ、アウグスト改めアグネスを見ていると、ひとしきり先生に己の意見をぶつけたアグネスが、ぐりんっと顔をこっちに向けた。

 彼……いや、彼女はにっこり人なつこい笑顔で微笑んで、



 「シュリ君、私達のクラスへようこそ。歓迎するわ。私の事は、アグネスって呼んでちょうだいね」



 そう言って、ばちっとウィンクをした。

 

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