第二百三十九話 中等学校へいこう~実技の授業へ向かう途中で~

 授業はそのまま実技へとなだれ込み、シュリは生徒達と一緒に教室から移動をする。

 サシャ先生は美人に目のない戦士科の先生に捕まっていて、少し後ろの方で不機嫌そうなポーカーフェイスをしている。

 戦士科の先生が強引に迫るようなら間に入ろうと様子をうかがっているが、今のところ、その心配はなさそうだ。


 そんなわけで。

 シュリは今現在、サシャ先生と離れて歩いているわけだが、かといって一人と言うわけでもない。


 ちっちゃなシュリの隣にいるのは、彼とは対照的に大きな大きな人物。

 筋骨隆々な乙女のアウグスト……改めアグネスは、妙に楽しそうににこにこしながらシュリの隣を歩いていた。

 シュリの歩幅にあわせて、ちまちまちまちま、小刻みに足を動かして。


 更に、そのアグネスの向こうにもう一人の人影。

 その人物は、さっきシュリを睨んでいた女生徒だ。

 名前はアリシア。

 全然似ていないが、アグネスの双子の姉に当たるらしい。

 まあ、ぎりぎり髪の色と瞳の色は同じだから、血のつながりは感じられるが、体の大きさも相まって明らかにアグネスの方がお兄さん……いやいや、お姉さんっぽい。



 「シュリ君は、リュミスちゃんの弟さんなの?家名は一緒よね??あ、でも、リュミスちゃんに弟さんっていたかしら?お姉さんと妹さんはいたはずだけど……」


 「リュミス姉様を知ってるの?アグネス……さん」


 「いやぁねぇ。アグネスって、呼び捨てでいいわよ。それが呼びにくかったらせめて、ちゃんにして?さん付けはちょっと他人行儀だと思うのよね~」


 「あ~、えっと……アグネスちゃん……いや、やっぱりアグネスって呼ばせてもらうね。僕のこともシュリって呼び捨てでいいよ?」


 「ん~、シュリ君はシュリ君って感じだから、君は残しておくことにするわ。で、えっと、なんだったかしら……ああ、そうそう。リュミスちゃんを知ってるかって事よね。当然知ってるわよ。私もアリシアちゃんも、リュミスちゃんと同じ年で同級生ですもの。初等学校ではいつもクラスは一緒だったし」


 「へぇ。そうなんだね。仲良しだったんだね」


 「仲良し、というかなんというか、ねぇ?」



 含みを持たせる口調でそう言って、アグネスは横を歩く双子の姉を横目でちらりと見る。

 そんな彼の視線に、アリシアは不機嫌そうな声音で返した。



 「……なにが言いたいのよ?アウグスト」


 「べぇっつにぃ~?っていうか、私の事はアグネスって呼んでって言ってるでしょ?」


 「いちいちうっさい。ちょっと黙ったらどう?」


 「ごめんねぇ、感じの悪い姉で。アリシアちゃんは、リュミスちゃんをライバル視してるものだから。それも、一方的に」


 「ライバルだなんて思ってないわよ!!あんなやつ!!!」


 「はいはい。わかった、わかった。わかったから、ちょっと大人しくしててね~。私、シュリ君とお話してるんだから。人様の会話を邪魔するなんて、はしたないわよ~?」



 弟に言い込められて、アリシアがむぐっとうめく。

 そして、自分の方を見ているシュリに気付くと、不機嫌そうな顔でぷいっとそっぽを向いてしまった。



 「アリシアは、リュミス姉様と仲、悪いのかな?」



 そんなアリシアを見ながら、隣を歩くアグネスを降り仰いでそっと尋ねる。



 「年上を呼び捨てなんて生意気よ!」



 が、すぐにそんな声が飛んできて、シュリはしまったと首をすくめて、



 「あ、ごめんなさい。アリシアさん」



 素直に謝った。その素直さに、アリシアはほんの少しばつの悪そうな顔をする。

 そんな彼女の頭を、アグネスの大きな拳がコツンと……いや、ゴヅンと叩いた。



 「もう~、そうやってすぐに噛みつくんだから。アリシアの悪い癖よ?機嫌が悪いからって、誰彼かまわず八つ当たりするのはやめた方がいいわって、いつも言ってるでしょう?」



 アグネスは、そう説教をするが、アリシアは両手で頭を抱えていてそれに答える余裕はなさそうだ。

 彼はその見た目通り、ものすごいパワーをお持ちのようである。



 「ほんっとうにごめんなさいねぇ?姉が考えなしだと、弟はほんっとうに苦労するわ……あ、弟で思い出したけど、最初の質問に戻るわね?シュリ君って、リュミスちゃんの弟でいいの??」


 「立場的には、似たような感じかなぁ。実際は従兄弟なんだけど……」


 「……シュリは、弟じゃない。私の最愛の人」


 「リュミ姉様!?」



 背後から突然声が聞こえたのと同時に抱き上げられ、シュリは驚きの声を上げる。

 リュミスはそれに答えるようにぎゅうっとシュリを抱く手に力を込め、その頭のてっぺんにすりすりとほっぺたをすり寄せた。



 「あらぁ、リュミスちゃん。そっちも実技なのね……って、最愛の人ぉ!?じゃあ、シュリちゃんが噂の、ルバーノ四姉妹を手のひらの上で転がす魔性のオトコなのぉぉ!?」


 (一体なんなの!?その聞き捨てならない呼び名は!!)



 ちがうよ、僕はそんな怪しげな者じゃないよ!?と間髪入れずに否定しようとしたのだが、それはほんの少し遅かった。



 「そう。シュリは私の最愛の婚約者」



 シュリが口を開くのにほんの少しだけ先んじて、リュミスがちょっぴり誇らしげに胸を張りそう言って、得意そうにふんすと鼻から息を吹き出した。



 (リュミス姉様ぁぁ……)



 シュリはがっくり肩を落とす。

 が、そんなシュリの様子に気付くことなく、



 「でも、シュリのその呼び名には異議がある」



 続いたリュミスの言葉に、シュリの顔がぱああっと輝く。

 リュミス姉様、信じてたよ!と、抱っこされたまま彼女の顔を降り仰ぐと、



 「魔性のオトコって響きは、可愛らしさが全く足りない。男の色気を感じさせる響きはいいと思う、けど」



 リュミスは極めて真面目な表情で、重々しくそう宣った。

 再び、がっくりと肩を落とすシュリ。一度浮上した分だけ、その落ち込みは深かった。

 そんなリュミスの言葉に、アグネスがう~んと考え込む。



 「可愛らしさが足りない、ねぇ。確かに、魔性のオトコっていうのは、シュリちゃんに合ってないわね~。事実、シュリちゃんという存在から噂の魔性のオトコという言葉は、全然連想できなかったし。可愛い……可愛い、ねぇ」



 腕を組んで、右手の人差し指をほっぺたに当てて、なんとなく可愛らしいポーズで、真剣に考えるアグネス。



 「いや、あのね?そんなの、真剣に考えなくても……」



 いやな予感に背を押され、アグネスの思考を終わらせようと声をかける。

 が、集中しているアグネスの耳には届かない。



 「可愛くて、シュリ君にぴたっときて、グッとくるような……はっ!!」



 何かいい考えが閃いたのか、アグネスがかっと目を見開いた。



 「最高キュートな小悪魔らぶりぃちゃん……ってのはどうかしら?」



 なげぇよ!?と思わず心の中でひっそり突っ込みつつ、リュミスがOK出したらどうしようと、そろそろと彼女の表情をうかがった。

 リュミスが気に入ってしまえば、それがどんなに恥ずかしいネーミングであろうとも、きっとシュリの反対意見は通らない。

 アグネスとリュミスによって瞬く間に学校中へと拡散されてしまうことだろう。



 (さ、さすがにこのネーミングはないよね……!?)



 祈るようにリュミスを見つめる。

 そんなシュリに見守られながら、リュミスは、ふむ、と重々しく頷き、



 「……悪くない」



 一言、そう宣った。

 瞬間、びしりと固まるシュリと、嬉しそうに手をたたくアグネス。



 「悪くはない。シュリの可愛らしい部分は良く表現できていると思う。ただ、小悪魔という表現だと、色気の表現的に少し弱い。ほかの部分で可愛らしさを強調しているから、もう少し違う言葉を入れた方がいいと思う。そう言う意味では元々の、魔性って言葉は秀逸だった」


 「ふむふむ。確かに、魔性の……って部分は捨て難いとは私も思ったわ。小悪魔と魔性を入れ替えて、最高キュートな魔性のらぶりぃちゃん、でも悪くはないけど、いっそもっとシンプルに……魔性のオトコの、オトコって表現をもっとシュリ君らしくして……」



 リュミスの意見を受けて、アグネスがぶつぶつ言いながら再び思考の海へと。

 そして、そこからひねり出された答えは……。



 「……魔性の僕ちゃん……っていうのはどうかしら」


 「……いい。悪くない。さっきより可愛らしさは減ってるけど、僕ちゃん、って表現はなんだか可愛い……採用!」



 なんだよ、「魔性の僕ちゃん」って……と正直思う。

 思うが、さっきの「最高キュートな小悪魔らぶりぃちゃん」よりはずいぶんましなはずだ。

 というか、そう思わなくてはやってられない。


 遠い目をして、諦め混じりの吐息を一つ。

 そのままリュミスの腕の中でたそがれていると、刺さってくる視線を感じたので、ちらりとそちらに目を向けた。


 すると、いいネーミングを絞り出して満足そうなアグネスの大きな体の向こうから、ずっと不機嫌そうだったアリシアが、可哀想な者を見る目でシュリを見ていた。

 あえて声には出さなかったが、その目は語っていた。

 あなたも苦労をしてるのね、と。


 そんな彼女の視線を受け止めながら、シュリは思う。

 同情するくらいなら、二人を途中で止めてほしかった、と。

 心の底から切実に。


 だが、今となってはもう遅い。

 こういうのを、後の祭りっていうんだろうなぁ、と、深いため息と共にシュリは思った。 

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