第二百三十六話 中等学校へ行こう~職員室にて~

 体験授業の初日の本日。

 無事にシュリと合流できたサシャは、まずは職員室で諸々のスケジュールを確認するため、シュリをしっかり抱き抱えたまま職員室を目指した。


 一限目が始まる前の学校で、小さな男の子を抱き抱えて歩く彼女の姿は明らかに悪目立ちしていたが、サシャはまるで気にすることなく歩く。

 が、もう一人の当事者であるシュリは、突き刺さる視線に体をちっちゃくしていた。


 そんなシュリを抱えながらサシャは思う。

 小さくて抱き心地は大変よろしいが、少し小さすぎるんじゃないだろうか、と。

 普段から、同じ年頃の子供が集まる教室でも一際小さくて目立っていたが、こうやって抱いてみればその軽さに驚くほど。

 抱っこするには都合がいいが、これはちょっと軽すぎではないかと思う。

 無表情の仮面の下でそんな事を考えていたらちょっと心配になってきて、



 「シュリ君、ご飯はちゃんと食べていますか?」



 ついついそんな問いかけがつい口をついて出た。



 「ご飯、ですか?えっと、いっぱい食べてるつもりですけど……」



 思いもよらなかった質問に、きょとんと首を傾げてシュリが答える。

 サシャは、ふむ、と一つ頷いて、こちらを見上げるシュリのほっぺたを空いた手でするりとなで、その髪の毛に指をくぐらせてみた。

 その程よく血色のいい薔薇色のほっぺのぷりっとした弾力と滑らかな肌の感触は素晴らしく、キラキラ輝かんばかりの銀の髪は、つやつやしていて髪の太さもちょうど良く、指どおりも大変よろしい。



 (……毛艶は大変よろしいようです。栄養状態は問題なさそうですが)



 じゃあ、なんでこの子はこんなに小さくて軽いのだろうかと、答えの出ぬ疑問を頭の中に渦巻かせていると、



 「あの、先生??」



 聞こえてきたのは戸惑い混じりの可愛らしい声。

 なんでしょう?と再び目を落とせば、目に飛び込んできたのは無意識のままシュリをなで回していた自分の手。

 完全に無意識の内の己の行動、内心ぎょっとしたものの、その動揺を表情に表すことなく、



 「……失礼しました」



 冷静な声で謝罪をする。

 そして、こほんと小さく咳払いをすると、名残惜しがるその手を意志の力で引きはがした。

 努めていつもの冷静さを保とうとするものの、頬が熱いからきっと顔は赤くなっているに違いない。


 職員室まで後少し。


 目的地に着くまでになんとかいつもの顔色に戻さないと、と深呼吸を意識しつつ。

 サシャは心持ちゆっくりした足取りで、段々と人気の少なくなってきた廊下を歩くのだった。





 なぜかサシャ先生になで回され、ちょっともしゃっとした頭のまま、職員室で体験授業の説明を受けた。

 中等学校は、広く浅く様々な事を学ぶ初等学校と違い、専門的なクラスに分かれて進路にあわせた実践的な授業を行っていく。


 アズベルグ中等学校には、魔法科、戦士科、商業科とごく一般的な三つのクラスがあり、生徒はそれぞれ目指す進路に近い科を選択する。

 もし、学びたい学科がここにない場合は、他の地域の中等学校へ推薦状を書いて貰うこともできるようだ。

 とはいえ、受け入れられる人数には当然の事ながら限りがあり、それを越える場合は試験を受けなければならない事もあるようだが。


 担当の先生の説明によると、シュリは今日から、商業科、戦士科、魔法科の順に各学年のクラスを見学して回る予定になっているらしい。


 今日、早速見学に行く事になる商業科は商人育成の為のクラスで、授業のメインは座学となり、その内容は計算とか接客術に重きが置かれているようだ。


 次に見学をする戦士科は、商業科とは間逆の授業形態で、別に座学がないわけではないがその比重は軽く、戦うための体を作ったり、戦闘技能を磨いたり、武器の扱いに習熟する為の実技が授業のほとんどを占めている。


 最後に、リュミスがいる魔法科は、戦士科ほど実践主義ではなく、魔法に関する座学と実技をバランス良く学べるよう、授業構成が組まれているようである。


 担当教員によっては授業への参加も求められるかもしれないが、その時は自分に出来る範囲で参加してみるといいだろう、と担当の先生からすすめられたところでチャイムが鳴った。

 それを聞いたその先生は、後はお願いします、とサシャ先生にシュリに関する事をバトンタッチすると慌しく教室を出ていき、職員室にはサシャ先生とシュリと、他に数人の先生が残るだけ。

 二人は揃って顔を見合わせて。

 ほんのり苦笑を浮かべたサシャ先生の、私達も行きましょうか、との言葉を合図に用事のすんだ職員室を後にした。

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