第二百三十五話 中等学校へいこう

 学校の休みを、ルゥのお父さんのお見舞いに費やした翌日。

 いよいよ中等学校への体験授業週間を迎えたシュリは、いつものように馬車で学校へと向かった。

 いつもとちょっと違うのは、馬車を降りて向かう先。

 いつもならアリスとミリー、リアと共に初等学校の門をくぐるのだが、今日からしばらくシュリの行く先はリュミスと一緒。


 というわけで、いつもはシュリの後ろ姿をしょんぼり見送っていたリュミスだが、今日は無表情の下にあふれんばかりの喜びを詰め込んで、シュリを両腕で抱えたまま、今にもスキップをしそうな勢いで中等学校の門をくぐった。


 しかし、その喜びは長くは続かなかった。

 門をくぐってしばらく。校舎の入り口で待ちかまえていたのはサシャ先生で。

 先生を見た瞬間、むぐっと眉間にしわを刻んだリュミスとは対照的に、彼女はシュリとリュミスの姿を認めるとかすかにその口元を綻ばせた。



 「おはようございます。リュミスさん、シュリ君」



 そんな挨拶とほぼ同時に、リュミスに向かってさっと差し出される両手。

 その手の求めるモノに気付いたリュミスは、更に眉間のしわを深くした。



 「おはようございます、サシャ先生」


 「……おはよう、ございます」



 シュリが元気に挨拶をし、リュミスもシュリに促されて渋々挨拶をする。

 だが、その眼差しは友好的とは言い難く、リュミスの瞳は、差し出されたサシャの手を明らかに睨みつけていた。



 「慣れない場所でのシュリ君のエスコート、ご苦労様でした。ここからは私がシュリ君を引率しますから、リュミスさんは安心して教室へ向かって下さい」


 「そんなの、私がするから、先生は必要な……」


 「リュミ姉様?僕、我が儘はいけないと思うな」


 「むぐぅ……」



 サシャ先生の当然といえば当然の申し出を、リュミスは流れるように断ろうとしたが、シュリに釘を刺されて小さくうめく。

 そうしてそのまま、苦悩するようにしばしうめいた後、シュリの中の己に対する評価を下げるのは得策で無いと判断し、諦めたようにシュリの体をサシャ先生の腕へと引き渡した。

 ほんとーにほんとーに不満そうな顔をして嫌々ながら。


 抱っこから抱っこへ、当然のことのように引き渡されながら、シュリは思う。

 僕ももういい年なんだし、抱っこはしなくてもいいと思うんだけどなぁ、と。


 だが、そんな心の声が伝わるはずもなく、シュリはサシャ先生の腕の中で、心底悔しそうに振り返り振り返り遠ざかっていくリュミスの背中を見送った。

 そうして、リュミスの姿が見えなくなってから、どこか嬉しそうに自分を抱きしめるその人を見上げ、



 「えっと、僕、自分で歩けます」



 一応念の為、そう自己主張してみたが、



 「……慣れない校舎で迷子になっても困りますから」



 と、返ってきたのはそんな言葉。

 通らない主張に、シュリはむぅっと唇を尖らせてサシャを見上げる。

 が、正直、ご褒美にしかならないその可愛らしさについつい赤くなってしまった己の顔色をごまかすように、サシャ先生は腕の中のかわいい生き物からつぃと目を逸らし……。

 その後も諦めずに言葉を尽くしてはみたものの、どうあってもその腕の中からシュリを解放してくれることはなかったのだった。


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