第二百三十二話 お見舞いとお料理教室~父の複雑な親心~

 「こんにちは。今日は具合が悪いのにお邪魔してすみません。お加減はいかがですか?」



 家族の絆の危機を救った恩人であり、現在進行形で娘の想い人である少年は、とても礼儀正しくそう挨拶した。



 「あ、ああ。わざわざ見舞いに来て貰ってすまないね……えーと、シュリ君、だったね。確か」



 対して、弱々しい風情で答えるベッドの上の男……この家の家長であり、ルゥの父親でテレスの夫、アズベルグでもそれなりに名の売れた商人であり名士でもあるロイマンは、ベッド脇で感じよく微笑んでいる少年にひきつった笑みを返した。


 そんな引きつった表情の訳は、彼と一緒に入ってきた目に入れても痛くないほど可愛い娘の様子。

 愛しい愛しい愛娘は、どう見てもこの少年に夢中のようである。

 その証拠に、というわけではないが、娘の赤くて可愛い目はこの部屋に入ってから一度も病身の父親に向けられることなく、隣の少年に釘付けだ。

 そんな様を見せつけられれば、口もへの字になろうというものである。



 (そんな子供の、どこがいいんだ!!)



 心の中でののしってはみるものの、娘だってまだ子供である。

 少年の容姿はまだ幼げではあるが、男の子の成長は意外と早い。

 きっとあっという間に背が伸びて、年頃も見た目も見合った、似合いの一対になることだろう。

 白い花嫁装束も華々しい、似合いの……。


 ちょっと想像力を働かせすぎて、必要以上にダメージを受けたロイマンはクッと唇をかんだ。

 その目はちょっぴり涙目である。



 「あの……どうかしましたか?」



 かけられた心配そうな声にはっとして見れば、娘の想い人である少年が、じっとこちらを見ていた。

 ロイマンは慌てて取り繕うように微笑むと、



 「いや……はは……ちょっと、胃が痛んでね」



 無難に返し、胃の辺りをそっと押さえて見せた。

 嘘ではない。

 実際問題、胃は休む間もないくらい常に痛みを訴えてくるし、今は落ち着いているがトイレから離れられない状態も続いている。

 娘のお弁当の味見がこんな事態を引き起こすなんて、まさか考えてもいなかった。

 ……まあ、確かにかなり個性的な味のお弁当ではあったが。


 そういえば、とロイマンは傍らの少年を見る。

 彼は確か、自分とは比較にならない量の娘のお弁当を食べているはずだが、見たところ、とっても元気そうである。



 (……これが若さというものなのか)



 カックリと肩が落ちた。

 それがまた具合が悪そうに見えたらしく、シュリ少年の眉がきゅうっと寄せられてハの字になる。

 彼は、それはそれは親身に心配そうにロイマンを見上げ、



 「お見舞いに、滋養があって消化が良くて胃に優しい料理の材料を買ってきたんです。今からルゥと作ってきますから、できるまでもう少し休んでて下さいね?」



 そう言った。

 そんなシュリの言葉に、ロイマンの胃がぎゅぎゅうぅぅっと締め付けられる。

 ルゥの作る料理を食べると思うと、体が勝手に悲鳴をあげるのだ。

 もちろん、愛する娘の料理を食べないなどという選択肢は無いわけなのだが、今回の提案は何とか蹴れはしないだろうか?

 ただのお見舞いなのだし……。

 そう考えてロイマンが弱々しく顔を上げた瞬間、娘の赤い瞳が射抜くようにこちらを見た。



 (まさか、シュー君の好意を、断ったりしないよね??)



 娘からのそんな無言の圧力を感じたと思ったのは、決して気のせいではないだろう。

 ロイマンはゴクリと唾を飲み、



 (ハイ。ありがたくお受けシマス……)



 がっくりと頭を垂れ、



 「じゃあ、お父さん。ボク、シュー君と初めての共同作業をしてくるから!楽しみに待っててね!!」



 可愛らしくほっぺを染めた娘が、意中の男とうきうきと去っていく背中を切なく見送り、もそもそと布団に潜り込んだ。

 目を閉じながら胃をさすり、せめて少しでも胃に優しい料理が出てくるといいなぁと、儚い希望を抱きながら。

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