第二百三十一話 お見舞いとお料理教室~母の興味と素朴な疑問~

 ここ最近、娘の話に頻繁に出てくるその男の子は、思っていたよりずっと可愛らしくて綺麗な顔立ちをした少年だった。

 見た目はまだ幼いのに、受け答えは驚くくらいしっかりしていて。

 ちょっと面食らう場面もあったけど、そんなギャップさえも魅力に感じさせる……それがシュリナスカ・ルバーノという少年だった。


 娘の話によれば、彼は領主様の甥に当たり、次期領主と目されているようなのだが、本人からはそんな偉ぶったところは全く感じられず。

 貴族ではない平民のこちらの話にもにこにこと受け答えをする様子は、感じが良くて可愛らしい。


 そう、とにかく彼は可愛らしいのだ。

 見た目は一見女の子のようにも見えてしまうほど。


 我が家の娘の可愛らしさもかなりのものと思っていたが、それに負けず劣らず可愛い。

 そして、その可愛らしさの中に時折かいま見える少年らしい凛々しさが、また何ともいえずにたまらない。


 そんなことを思いながら、ルゥの母親であるテレスは何食わぬ顔でシュリを夫の元へと案内する。

 そして、ルゥと仲良く会話をしながらついてくる、シュリの小柄な姿をちらりと見た。



 (う~ん。元気そうね?)



 どう見ても体調の悪さを押し隠しているようには見えない。

 恐らく……というか、絶対に、ルゥの手作り弁当を食べたのはこの少年のはずなのに、具合の悪い様子が見えない。

 彼の為に作られたお弁当と同じものを、味見と称して食べていた夫は見事なまでにダウンしているというのに、不思議な話だ。

 若さなのか、それとも……



 (胃腸が異常に丈夫なのかしらねぇ?)



 思い、テレスは首を傾げる。

 疑問には思うものの、それを素直にぶつけるのも難しい。


 だって、なんて尋ねたらいいというのだろう。

 ルゥのお弁当を食べて体調は崩さなかったか、とでも?

 とてもじゃないが、そんな質問はぶつけられない。


 ちょっと変わった子ではあるが、ルゥも年頃の女の子。

 そんな心ない質問で、娘の心を不用意に傷つけたいとは思わない。


 ほんの数年前、忙しさから娘を傷つけてしまった事はまだ記憶に新しく。

 あの時、もうこんな失敗はしないようにしようと、夫と誓い合ったのだ。

 当時、仕事に邁進して視界がくもっていた二人の目を覚まさせてくれたのが、今日訪問してくれた少年その人だということは、つい先日娘が教えてくれた。


 そう言われてみれば確かにシュリには、ただ一度会っただけの恩人の面影が色濃く残っていた。

 恐らく、娘が教えてくれなくても気づけたと思うくらいには。


 それくらいに、当時のシュリの印象は鮮烈であったし、今のシュリもあれから数年が過ぎたとは思えないほど、その頃の幼げな印象そのままだった。

 というか、このシュリという少年は、同じ年頃の子供達と比べて少々成長が遅いように思われる。

 身長は確実にその年齢の平均に届いていないし、顔立ちも年齢よりもずっと小さな子のように見えた。


 まあ、ここ数年で劇的に大人っぽくなったルゥも、学校に入りたての頃は周囲の子供と比べるべくもないほどに小さな子だったから、シュリもこれからぐんぐん成長していくのだろうけど。

 そんな風に、娘の想い人に対する考察を続けつつ、端から見てもシュリに夢中な様子のルゥをみて、ほんのりと口許を緩めた。

 そして、一人ベッドの中で、目に入れても痛くないほど可愛がっている娘を嫁に出す心境で一人悶々としているであろう夫の事を脳裏に描く。



 (……こんなに仲むつまじい二人の様子を見たら、もっと具合が悪くなっちゃうんじゃないかしら??)



 苦笑混じりに思いながら、テレスは目の前の夫の部屋へと続く扉を、そっと開いた。

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