第百九十五話 入学式騒動記ーイルルの場合ー
(お、終わりましたわ……ワタクシの鮮烈デビューの絶好のチャンスが、大した見せ場もないままに)
心の中で悲嘆な叫び声を挙げ、見事なまでに派手派手しい金髪を、これまた派手な縦巻きロールに巻き上げ、更にこれ以上はないと言うほどの派手なドレスに身を包んだ、恐ろしいぐらいに派手な少女は、大げさすぎるほど大げさに地面へと崩れ落ちた。
そんな彼女の様子に周囲は再びざわざわしたが、悲嘆にくれる彼女の耳には届かない。
悲劇のヒロインになりきったように嘆く彼女を、周りのものはちょっと気味悪そうに見つめ、触らぬ神に祟りなしとばかりに、そそくさと足早に立ち去っていくのだった。
そんな中、ただ一人だけ全く空気を読まずに彼女に近づく者がいた。
なりきり新入生のイルルである。
彼女はシュリ達とは別の意味で目立ちまくっていた派手派手ロールにちゃっかり目をつけていたのであった。
「おい、そこのクルクル!ちょっとよいかの?」
(クルクル……ワタクシ以外にも巻き髪をしてる高等センスな方がいますのね~……)
がっくりとうなだれた彼女は当然の事ながら気づかない。
そのクルクルが、自分に向けられた呼び掛けだということに。
「ほれ、お主じゃ、お主!そこの、ド派手なドレスとキンキンの髪のお主のことじゃぞ?ほれっ、クルクル!顔を上げんか!」
(あらあら、もう一人の華麗な巻き髪さんも、ワタクシと一緒のブロンドですのね……趣味があいそうですわ……でも、どんなに綺麗に髪を巻こうとも、どんなに目立つ素敵なドレスをあつらえても、勝てなきゃなんの意味もないのですわ……しょせん、ワタクシも貴女も、ただの負け犬なんですのよ……)
惨めですわね、と卑屈に笑う。
「うひゃっ!な、なんじゃ!?急に不気味な笑いをしおってからに……ど、どーしたんじゃ?頭のビョーキかの?わ、妾でよいなら相談に乗るぞ?」
急に笑い出した少女にビックリしたように飛び退き、だがすぐに心配そうな顔になって近寄るイルル。
失礼な物言いだが、彼女が目の前の少女を気遣っているのは確かだった。
だが、それでも少女が顔をあげることはなく、段々不安になってきたイルルは、ついに少女に向かって手を伸ばした。
「のう?どうしたのじゃ、クルクル?元気を出すんじゃ、クルクル。そんなことでは、その立派なクルクルも萎れてしまうぞ?のう、クルクル……」
その見事な縦巻きをつんつくしながら、話しかけるイルル。
本人に悪気はまるでないのだが、呆然自失としていた少女の背中が徐々にぷるぷると震え出した。
「……ると……」
「ん?なんじゃと??なんといったのじゃ?クルクル」
少女がぼそりと呟いた声に反応して、イルルが反射的に耳を寄せる。
その瞬間、己の堪忍袋の緒的ななにかが、ぶちりと千切れる、そんな音を少女は確かに聞いた気がした。
「うがあああっっ!!さっきからクルクル、クルクルうるさいですわぁっ!!!一体なんなんですの!?そのクルクルというのはっ!?」
突如ぶちギレて叫んだ少女の声に、耳がキーンとなったイルルは、思わず耳を押さえてのけぞる。
そして、
「うぬおっ!!みっ、耳がぁ……妾の耳がぁ……」
「貴女の耳なんてどうだっていいですわ!それよりクルクルっていうのはなんですのよ!?妙に耳障りですわ!」
もだえるイルルの耳を引っ張って、彼女はしつこく問いかける。
イルルは、音の攻撃は卑怯なのじゃ~とか、耳への追撃とは情け容赦のない娘なのじゃ~とか、ぐちぐちこぼしつつも、彼女の迫力に押され、
「クルクルというのはの~、お主のことなのじゃ。ほれ、お主の頭は、他の誰よりクルクルしておって目立っておるじゃろ?」
悪びれもせず馬鹿正直にそう答えた。
「ワ、ワタクシのこと!?そのクルクルというのがワタクシの呼び名というんですの!?」
「うむ!だって妾、お主の名前、知らんしの~」
ショックでなのか怒りでなのか、わなわな震える少女に向かい、イルルはあっけらかんと返す。
「くっ、それもそうですわね……仕方ありませんわね……ワタクシはエリザベス。エリザベス・パニエですわ」
「ほうほう、お主の名はエリザベスというのか~。うむ、なかなか良い名じゃの。妾はイルルというのじゃ。宜しく頼む」
「い、今更褒めても何も出ませんわよ?でも、貴女……イルルでしたかしら?その胸の花を見るに、貴女も新入生ですのね?」
「新入生……?」
問われたイルルは一瞬、なんのことじゃと言わんばかりに、こてんと首を横にかしげる。
が、すぐにハッとしたように、
「そっ、そうなのじゃ!妾は立派な新入生なのじゃ。すっごくすっごく新入生なのじゃ!!」
がくがくと頷きながら、少女あらためエリザベスの顔を見上げた。
普通であればそんなイルルの妙な様子に猜疑心を抱くところであろうが、このエリザベスという少女、見た目と相反して思いの外素直な性質を持っていた。
「そうなんですの?ワタクシと一緒ですわね。でも新入生なのに、入学式にも向かわず、どうしてこんな所でノロノロしていましたの?」
エリザベスはイルルの怪しい新入生発言に疑問を抱くこともなく、自分のこともすっかり棚に上げてそう問いかけた。
イルルは、その質問待っていましたと言わんばかりにうんうんと頷く。
「うむ、それなんじゃが、妾、どうも迷子になってしまったようでの~。この後どこに行ったらいいか全くわからんのじゃ」
「あら、そうなんですの?仕方ありませんわね~。ちょうどワタクシもこれから入学式に向かおうと思ってましたし、貴女がどうしてもとおっしゃるなら、一緒に連れて行ってあげないこともありませんわよ」
「本当か!?いやぁ、すまんのう。お主、いいやつじゃの~」
「べ、別にただのついでですわ。でも、まあ、どうしてもというなら、寛大で素晴らしい貴族令嬢に助けてもらったと、お友達に言いふらしていただいてもよろしくてよ?あ、その時はワタクシの名前も忘れちゃダメですわよ??」
完全に親切心からと思いきや、どうやら自分の知名度アップ作戦をまだ完全に捨てきれていないらしい。
そんな彼女の言葉にイルルは、わかったのかわからないのか判断つかない微妙な表情で頷く。
「ん?んむ!分かった分かった。リョーカイなのじゃ」
「……本当に、わかりましたの?」
適当に頷くイルルを、彼女は疑り深く見つめた。
だがイルルは、彼女のそんな疑いを笑い飛ばし、
「ほんとじゃ、ほんと。妾、嘘は苦手じゃし。そんなことより、いそがんと入学式に遅れてしまうぞ、クルクル!」
そう言ってエリザベスの手を取り歩き出した。
「ちょっ!?クルクルじゃありませんわ!エリザベスですわ!!」
叫ぶエリザベス。だが、イルルは聞く耳を持たない。
「よいではないか、クルクルで!エリザベスは良い名じゃが、少々呼びづらいのじゃ~」
わはははは~と笑いながら、イルルは無頓着にエリザベスを引っ張り歩いて行く。
引っ張られる側のエリザベスの口から、「ちょ!?」とか、「う、腕がもげますわ」とか、「ちょっと止まりなさい、馬鹿力」とか、しまいには「お願いですから止まって……」と泣き言が漏れてもまるで気にせずに。
二人が去っていった土煙の向こうから、
「次はどっちじゃ~?」
「み、右ですわぁぁ」
そんなやり取りが遠く聞こえてきて、エリザベスの、主とは真逆に全然目立たない従者は、その目頭をそっと押さえたのだった。
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