第百九十六話 入学式騒動記~その頃の先生モドキ達~

 教師の扮装をした偽先生が四人、一塊になって歩いて行く。

 自信満々なのは先頭を行く一人だけ。

 後の三人は微妙に挙動不審である。

 正確に言うと挙動不審なのは間に挟まれた二人だけで、一番後ろを歩く最後の一人は器用にも歩きながら居眠りをしていた。



 「タマ!起きてください、タマ!」



 船を漕ぎフラフラと歩くタマの手を引きながら、ポチが小声で起床を促す。



 「んみゅう……問題、ない。タマは起きてる……」



 ポチの注意に、タマは目をコシコシしながら答えた。

 だがそんな戯れ言を聞いてもらえるわけもなく、



 「んなわけないであります!目をつぶってるし、そんなにフラフラしているし。寝てないと言うならさっさとポチの手を離して一人で歩いて欲しいのです」



 さらにポチに叱られてしまう。

 しかし、そんなことでへこたれるタマではない。

 タマはしょぼしょぼする目でじーっとポチを見つめ、



 「ポチ……」


 「……何でありますか?」


 「タマは信じてる……」


 「何を、であります?」


 「ポチはタマを見捨てないって……」



 己の中の相手に対する信頼をかき集めて、ポチを籠絡しにかかった。

 基本的にお人好し過ぎるぐらいお人好しなポチは、あっけないほど簡単にタマの策略にはまってしまう。

 ポチだけが頼りと甘えた様子のタマに、狼耳の健康的な美女はほんにゃりとその表情を緩めた。

 困りましたねぇ、でも仕方ないですねぇとばかりに。

 結局タマに対しては何だかんだ言って甘々なポチなのであった。



 「むぅ~、仕方ないでありますねぇ、タマは。寝ててもいいですから、ポチの手だけは離しちゃダメでありますよ?」


 「……うわ、ちょろ」



そんなダメダメなタマとチョロすぎるポチの様子に、思わず声を漏らしてしまうヴィオラ。



 「ん?なんでありますか?」


 「え?あー、うん。なんでもないわ~。それにしても、タマは何て言うか大物よね……究極のマイペースというか」



 小首を傾げたポチに、面と向かってそのチョロさを指摘するのもはばかられ、ヴィオラはほんの少し視線を外し話題を変えた。

 素直なポチは疑うことなくその話題に乗り、小さな笑みをその口元に浮かべる。



 「そうでありますね~。タマは昔からこうであります。肝が太いというか、少々のことでは動じないと言うか。ポチは時々そういうタマが羨ましくなるであります。ポチはこう見えて結構小心者なもので」


 「ふぅん?まあ確かに、そんな感じもちょっとするわね~」


 「その点、ヴィオラ殿も何事にも動じない感じで頼りがいがあるでありますね~」


 「え~、そう??」



 羨ましそうに見つめられ、ヴィオラは不思議そうに首をかしげる。

 だがヴィオラ本人にはまるでその自覚がないらしい。

 そんなポチの意見に、ミフィーがうんうんと頷いて二人の会話に入り込んでくる。



 「あ、それわかるよ~、ポチちゃん!私もお母さん図太くて羨ましいって思うもん!!私なんかさっきから心臓がドキドキして、今にも飛び出しちゃいそうなのに」


 「ミフィー殿も?実はポチもさっきから、心臓が落ち着かなくて落ち着かなくて……」


 「うん、わかる。私、何だか緊張しすぎて気持ち悪くなってきちゃった……」


 「はっ……言われてみればポチもなんだか……」


 「……はいはーい、ネガティブ合戦はそこまでよ~。そんなに心配しなくても大丈夫だって。見つかったところで殺されるわけじゃあるまいし」



 意気投合しあい、お互いに顔を青くする二人をあきれた様に見ながら、手をパンパンと叩く。

 そして、



 「はーい、落ち着いて?深呼吸、深呼吸~」



 と、二人に深呼吸をさせながら、ヴィオラはきょろきょろと周囲を見回した。

 時間的にそろそろ会場へ向かわないと間に合わない。

 だがその会場の場所が、いまいちよくわからないのだ。



 「ん~。このままうろうろするより誰かに聞いちゃった方が早そうね。えーっと、誰か話が聞けそうな人は……」



 ぶつぶつ言いながら周囲を見回していると、早足で歩いてくる生真面目そうな人物が目に入ってきた。

 すらりとした長身の遠目から見ても明らかな美人さん。

 切れ長な目じりの、クールビューティーといった感じの人である。

 その怜悧な外見に加え、ぎゅっと閉じられた口元や飾り気のないひっつめ髪が妙にお堅そうな印象を醸し出していた。


 入学式の時間も近いせいか、他に人影も少ない。

 ヴィオラは、ちょっととっつきにくそうなその人に道を聞くことを決め、他の三人をその場に残して彼女へと駆け寄った。



 「すいませーん」


 「なんですか?関係者以外立ち入り禁止ですよ」



 ニコニコと駆け寄ったヴィオラに、氷雪のような冷たい声と視線が返される。

 だがそんなことぐらいで怯むヴィオラではない。



 「私達、新任の教師なんですけど、まだ慣れないせいで迷ってしまって。入学式の会場を教えていただけませんか?」



 屈託なくそう問いかければ、



 「新任の?確かに今年は新任の教師が何人か入る予定ですが……」



 でも、こんな人達いたかしら?、と怪訝そうな眼差しが返された。

 そう簡単には騙されてくれないらしい。

 なかなか手ごわいわね~、と内心冷や汗を流しつつ、だが表面上は至って平常運転のまま、



 「ご領主のカイゼル様からのご紹介で結構直前に決まったから、私たちに見覚えがないのはそのせいかもしれないですね~」



 切り札を切りつつ、うふふふふ~と笑う。



 「ご領主様の?まあ、確かに、今年は次期跡継ぎと噂の子の入学もあるし、ないとは言いきれないわね……」



 ヴィオラの自信満々な嘘を受けた彼女は、真面目な顔で暫し考え込んだ。

 彼女の脳裏によぎるのは、のほほんとしてずぼらな学校長の顔。

 彼なら、後から決まった新任教師についての情報の伝え忘れも、ありそうなことであった。

 実際、今までも重要な報告を伝え忘れて大騒ぎになった事案も一度や二度ではなかった。

 腕を組み、難しい顔をして考え込む彼女を見たヴィオラは、あと一息とばかりに畳み掛ける。



 「そうなんですよ~。大切な後継ぎのためにどうしてもって乞われて、それで遠方からはるばる……」


 「遠方から……なるほど。それで到着がぎりぎりになった、そういうわけなんですね?」


 「そうっ!その通りなんです!」


 「そうなんですね……でも、言われてみれば、巷で有名な冒険者に、どこか似ているような……確か、名前はヴィオラ・シュナイダー……」



 言いながら彼女はまじまじとヴィオラを見つめた。

 見つめられるヴィオラは、内心冷や汗をダラダラ流していたが、それを顔に出すようなへたは打たなかった。

 意志の力で笑顔を保ち、真っ正面から彼女のまなざしを受け止める。



 「失礼ですが、お名前は?」



 問われたヴィオラは一瞬言葉につまった。

 早く答えねば不審に思われる。だが、素直に本名を答えるわけにもいかない。

 馬鹿正直にヴィオラ・シュナイダーの名を明かせば、後々面倒になることは目に見えていたからだ。

 だから、彼女は咄嗟に偽名を名乗ることにした。

 しかしこんな時いきなりいい偽名など頭に浮かばないものである。

 彼女がどうにかこうにかひねり出した偽名、それは。



 「び……」


 「ビ?」


 「ビ、ビラビラ・シューナイ?」



 そんなセンスの欠片もないもの。しかも疑問形である。



 「ビビラビラ先生、ですか?」



 いえ、ビラビラです……と心のなかで突っ込むが、正直、もうどっちでもいいや、というのがヴィオラの心境だった。

 自分のとっさの命名力のあまりのセンスの無さに打ちのめされ、間違いを修正する気力もわいてこない。


 「はい……もう、それでお願いします」



 ヴィオラは悄然として頷き、そんな彼女を不思議そうに見つめるひっつめ髪の女性。

 だが次の瞬間、彼女はハッとした様な顔をした。

 そして、



 「何落ち込んでるのか知りませんが、ビビラビラ先生。急がないともう入学式が始まってしまいます。早足で向かいますが、遅れないようについてきてください。ビビラビラ先生も、そちらの先生方も」



 どうやらヴィオラを構っている間に時間が過ぎ、入学式の時間が迫っていることを、唐突に思い出したらしい。

 言うが早いか、彼女はくるりと背を向けていそいそと歩き出してしまった。

 ヴィオラは、そんなに名前を連呼しないでほしいと思いつつ、ハイ、と頷きそれに続き、残りの三人もヴィオラの背中を追いかける。

 ヴィオラは落ち込み、タマは居眠り真っ只中だったが、どうやら無事に入学式に潜り込めそうだと、苦労性のミフィーとポチはほっとした顔をこっそり見合わせるのだった

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