第百九十四話 入学式騒動記ーある少女の胸のうちー

 入学式直前の校庭で、彼女は非常に腹をたてていた。

 それはなぜか。

 その理由は簡単である。

 新入生である彼女にとって、入学式である今日は一世一代の晴れの舞台。

 この入学式で、彼女は華々しいデビューを飾る予定だった。

 それなのに、何もかもが上手くいかない。


 まず最初、彼女は入学の前に行われる学力試験で好成績をおさめ、新入生代表の挨拶をするつもりでいた。

 そうすれば、彼女の卓越した美貌と賢さに、同級生も上級生もメロメロなる、そのはずだった。

 努力の甲斐もあり試験の手応えは十分で、彼女は家族に大層自慢しつつ、入学の挨拶を是非お願いしたいと学校側が申し入れてくるのをひたすら待った。


 だが、いつまでたっても学校からの連絡はなく、しびれを切らせた彼女は入学式の数日前に学校へ乗り込んだのだ。

 ワタクシへの申し入れを何か忘れていないかしら、と。


 しかし、返ってきたのは心底不思議そうな学校職員の「は?」という間抜けな声。

 そこで怒っても良かったのだが、彼女は頭の弱い学校職員に慈悲を与えた。

 脳みその乏しい彼のために、寛大にも更なる説明をしてあげたのだ。

 今度の入学式の挨拶をするはずなのに、事前連絡が来ないのはどういうことかしら、と。

 それを聞いた職員は、流石に慌てた表情でそれは大変だと上の者に確認に行ったが、微妙な表情ですぐに戻ってきた。


 お名前は?と問われたので、フルネームで返したら、なぜか彼の視線が可哀想なものを見る眼差しへと劇的な変化をとげた。

 それを目の当たりにし、これは一体どういう状況?と首を傾げていたら、彼は大層気の毒そうに彼女を見つめ、そしていった。


 代表の挨拶は、試験の成績が一番だった子に決まったよ、と。


 え、だからそれはワタクシでしょう?と返すと、彼は困った顔をして再び口を開いた。


 残念ながら、君の成績は三番だったんだ、と。


 その日の記憶はそこで途絶えている。

 あまりのショックに立ったまま気絶した彼女を、従者が背負って帰ったらしい。

 そのまま、翌日一杯寝込んだ彼女は、過保護な父親が早速入手してきた情報をベッドの上で聞いた。


 一位をとり、代表の挨拶を射止めた者の名前はシュリナスカ・ルバーノ。

 彼女の家とライバルの田舎貴族、ルバーノ家の跡取りと目される少年だという。


 よくもワタクシの晴れの舞台をぶち壊しにしてくれましたわね、と彼女は逆恨みに近い感情からその名前を魂に刻み込んだ。

因みに、二位をとったのはリアとかいう平民の女だとか。

 だがまあ、その名前はすぐに記憶の彼方に消えた。


 そんなわけで、シュリナスカ・ルバーノのお陰で彼女の鮮烈なデビューにけちがついてしまったわけだが、そんなことくらいでへこたれはしなかった。

 代表の挨拶などできなくても、目立つ方法は他にもある。


 挨拶などするまでもない。

 学校についた瞬間に勝負をかけてしまえばいい。最高のドレスを仕立て、髪型にも時間をかけて。


 優雅に登校した彼女を見て誰もが思うのだ。

 あの美しいレディはどこのだれなんだ、と。

 そして彼らは思うだろう。彼女を女神のように讃えたい、と。

 寛容な彼女はそんな彼らの欲望に快く許可を与えてあげるつもりだった。


 そんな妄想に浸りきりながら、その新たなデビュー計画のために高価なドレスをあつらえた。

 ちょっと派手じゃないかとの意見もあったが、こんなの目立ってなんぼである。

 彼女は周囲の些細な意見などに耳を貸すことなくドレスを選び、当日は自慢のブロンドをそれはもう念入りに巻きに巻いた。


 その出来上がりをメイドや執事に披露して、どうかしらと感想を求めると、みんなすべからく言葉につまり、愛想笑いと共につつましく視線をはずした。

 きっと、ワタクシの美しさが眩しすぎたせいですわね、と彼女は彼らの反応にたいへん満足し、意気揚々と馬車に乗り込んだのだった。


 学校に付き門を潜ると、彼女の思惑通り、周囲がざわついた。

 みんなが遠巻きに彼女を見つめ、ヒソヒソと彼女のことを噂しあう。

 いいですわ、いいですわ。もっとワタクシを讃えていいんですのよ!、彼女が得意気に髪をさっと振り払い、更に胸を張ろうとした瞬間、そのざわめきは質を変えた。


 周囲の者の目線が一斉に門の方へと向けられ、何が起こりましたの?と困惑しながら彼女もつられて門の方を見た。

 そこには今門を潜ってきたばかりの新たな集団がいた。


 前を歩く、子供達の後ろに行儀よく控える三人の美女。彼女達はただ歩く姿すら洗練されて美しい。

 そして、恐らくそれなりに教育を受けた従者であろう彼女達を従える子供達は恐らく貴族。

 それもそれなりの身分を伴う貴族に違いない。

 その上更に情報を追加するなら、四人のうちの二人は、どうやら新入生のようだ。

 その胸元には彼女と同様、新入生の証である花飾りが初々しくも飾り付けられていた。


 周囲の生徒達は、熱狂と共にその集団を迎え入れる。

 そのあまりの熱狂ぶりに、彼女は知らず知らずのうちに顔をひきつらせた。

 生徒達の歓喜と驚きの表情も、そのざわめきの大きさも、彼女が登場したときとはあまりに違いすぎたから。



 (ふ、ふん。悔しくなんかありませんわよ!だってワタクシは一人で、あちらは四人なのですもの)



 ツンと顎をそらせ、彼女はその四人を睨み付ける。

 周囲のざわめきに耳をすますうちに分かったのだが、四人のうち、赤毛二人は上級生で、あのルバーノ家の娘であるらしい。

 家のライバルとも言える貴族の娘を目の前にして、彼女はまなじりをつり上げた。



 (まあっ。あれがルバーノ家の娘ですの!?まあ、顔はそこそこですけれど、どちらも下品な赤毛ですこと)



 彼女は心の中で相手をこき下ろし、ふんっと鼻から息を吐き出した。

 そうすることで、ほんの少し溜飲を下げた彼女は、次に残りの二人に目を向けた。

 一人は黒髪の少女。顔はなかなか可愛いが髪が黒く地味だったので、彼女はその少女を華麗にスルーする。

 そして最後の一人に目を向けた瞬間、彼女はぐわっと目を見開いた。

 その存在は彼女の目から見ても、文句なしに可憐で儚げで、そして匂い立つように美しかった。



 (な、なんなんですの!?あの超絶美少女は?)



 あまりの衝撃に びしりと固まったまま、ただその少女を見送る。

 どうやら周囲も彼女と同じような状況だったようで、その超絶美形を含む七人が通り過ぎたあと、まるで夢から覚めたように目をぱちくりさせる姿がそこかしこで見受けられた。

 そしてその衝撃が通り過ぎたあと、鮮烈デビューを飾るはずだった彼女の存在を記憶に残したものは誰一人いなかった。

 こうして、彼女が大注目を集めるための作戦は悉く失敗に終わってしまったのである。

 彼女は、呆然と己の分の注目までさらって去っていった集団を見送り、敗北感と腹立たしさに思わず地団太を踏んだのだった。

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