第百九十話 入学式侵入阻止作戦!!⑧

 さて、一方。

 エミーユの私室の前で佇む、二人の影があった。

 イグニスとシェルファである。

 二人は中の様子を探って、そして何とも言えない顔で目を見合わせた。

 自分たちの標的、エミーユ・ルバーノの気配を探って彼女の私室へたどり着いたは良いが、中では絶賛エミーユがイヤらしい妄想大爆発中という状況に、正直困惑していたのである。



 「あ~……どうするよ?終わるまで待つのか?」


 「確かにぃ、ちょ~っと入りにくい状況だよねぇ~?でも、時間、ないよ?急がないと、アリアに怒られるの、うちらだし」


 「う……まあ、そだな。んじゃ、どうするよ?乱入して、問答無用でふんじばるか?」


 「ん~、抵抗されると面倒だな~。大騒ぎされたら、メイドさんとか駆けつけて来ちゃうかもしれないよ~?」


 「うぐ……力づくは得策じゃねぇっての?けどよ~?待ってる時間もねぇんだろ?」


 「そうだねぇ~」



 エミーユの部屋の前で、二人は顔を合わせてうんうん唸る。

 聴力を増幅した二人の耳に聞こえてくるのは、扉の向こうでエミーユが漏らす甘い声。

 シュリの入学式を前に、高ぶった自分を己で慰めているのだろう。シュリの登場する甘い甘い妄想を脳内に展開させて。



 「う~ん。いっそ、妄想を利用しちゃうってのはどうかなぁ~?」


 「妄想を、利用する?」


 「そうそう。幻影をまとって、シュリになりきって、んで、上手いこと言いくるめて縛り上げちゃうの!!」


 「あ~、なるほどなぁ。妄想の中の出来事にしちまうわけか。まあ、普通の状態じゃ上手くいかね~かもだけど、今のやっこさんの状態なら……」


 「うん!きっと上手くいくよ~」


 「ん~、だな!!まあ、とりあえず、それでやってみっか。失敗したら、問答無用で縛り上げちまえば良いだけのことだし」


 「うんうん♪」



 シェルファが軽~い気持ちで提案をして、他に妙案も無かったイグニスが安易にその作戦に乗っかる。

 この時点で二人は、その作戦がどんな結果を引き起こすのかと言うことを、正直侮っていた。

 だが、その結果を今の段階で知る由もなく、二人は更に相談を重ねる。

 とりあえず、片方がシュリになってもう片方は何かあったときのフォローという形で話は決まり、さてじゃあどっちがシュリをやるかというところで二人は顔を見合わせた。



 「んで?どっちがシュリをやるんだ? シェルファか??お前の方が幻影とかそういうの、得意だろ?」


 「え~?うちはや~。もともとエミーユの担当はイグちゃんなんだから、イグちゃんやんなよ~」


 「うえ~、まじか。アタシ、幻影系は苦手なんだよなぁ。でも、まあ、しゃあねぇか。担当は担当だもんな」



 ため息混じりにこぼしてがしがしと頭をかき、だがイグニスは意外と素直に炎の幻影を纏った。



 「どだ?シュリにみえっか??」


 「お~!!見た目はバッチリだよぉ~」


 「おし、んじゃ、いっちょやるか!!」


 「あ~、でもぉ」


 「んだよ?」


 「言葉遣いが微妙……」


 「うぁ……そういやそうだな。もちっと上品にしゃべんねーとバレるか。でもなぁ、自分の事を僕、とか……なんだか、背中がこそばゆいんだよなぁ」


 「ガンバだよ!イグちゃん!!この作戦の成功はイグちゃんの演技力にかかってるよ!!」


 「ううぅ~……僕……僕、なぁ。ボク、シュリ。ボク、カワイイ?……どだ?似てっか??


 「……イグちゃんの中のシュリってどんな??」


 「う~……だから、こういうのは苦手なんだって……ま、頑張ってみるけどよ~。ぼろが出そうだったら上手いこと代わってくれよな?」


 「はいは~い。了解だよ~」



 僕、僕、とつぶやきながら、エミーユの部屋のドアに手をかけるシュリもどきなイグニスに、シェルファは適当な返事を返す。

 まあ、そんなシェルファの対応にはもう慣れっこなイグニスは、特に怒るでも無く扉を開け、中へ足を踏み込んだ。

 とたんにむわっと押し寄せてきた熱気と、発情した女の発する独特な匂いに、思わず顔をしかめつつ、



 「うげ……すげ~女くせー。どんだけ発情中だよ……」



 ぼそっとつぶやいた。

 決して小さな声ではなかったが、自分を慰める事に夢中なエミーユはまるで気づかない。

 部屋に侵入者が居ることすら関知せず、彼女は己の快楽を追求する事に没頭していた。



 「んっ、んぅっ……しゅりぃ。だめぇ……んっ、はぁんっ」



 ひっきりなしに聞こえてくる甘い声と激しめな水音に、イグニスは何とも言えない表情でポリポリと頬をかき、え~、マジでこれに乱入すんの?とイヤそうな顔でシェルファの顔を伺う。

 が、



 「ファイトだよ!イグちゃん!!……あ、違った。頑張って、シュリ♪」



 とってもいい笑顔でぐっと親指を立てたシェルファに、はぁぁっとため息をつき、それからどうにでもなれ、とやけくそな気持ち半分でベッドの上で自家発電に励む標的に歩み寄った。



 (ん~と、シュリはこの女の事をなんて呼んでたっけか??……あ~、思い出せねぇなぁ。思い出せねぇから、まあ、適当でいいか)



 にしても、さかってんなぁ?おっぱい丸出しだぞ??などと思いつつ、彼女の注意を引くように軽く咳払い。

 さすがのエミーユも間近に現れた人の気配に気づいたようで、欲望で潤みきった目を、シュリに擬態したイグニスへ向ける。



 「……しゅり?」


 「おう、シュリだぞ、エミーユ」



 トロンとした声で問われたイグニスは、全くシュリではない口調で己はシュリだと主張する。

 だがエミーユも、正気の状態であればおかしいと気づけたのだろうが、半ば夢見心地の今はその違いさえ刺激になったらしい。



 「な、なんだか今日のシュリはワイルドなのね♪……素敵だわ」



 と、ちっとも疑うことなく、うっとりと目を細めた。



 「う、そ、そうか?」


 「ええ。ねえ、シュリ?もっと名前で呼んで?」


 「ん?名前??ああ、いいぜ。えっと、エミーユ?」


 「んんんっ、はぁん。シュリに、名前を呼び捨てにされるなんて、夢みたいだわ。うっかりイきそうになっちゃった」



 愛しい相手に名前で呼ばれ、エミーユは感極まったようにぶるぶるっと体を震わせる。

 そして、シュリ(に見えるイグニス)に手を伸ばして、むぎゅうっと抱き寄せた。



 「うぉ!?お、おいっ」


 「あら?なんだか今日のシュリ、ちょっと大きい?」



 イグニスが慌てた声をあげ、エミーユがシュリ(に見えるイグニス)を抱っこしたまま、不思議そうに首を傾げる。

 だが、おっきく思えるのは当たり前である。

 なぜなら、今のイグニスはただシュリに見えるように幻影を纏っているだけで、幻影の奥の本体はイグニス本人のものなのだから。



 「そっ、そんなことは、ないんじゃないかなぁ。ハハハ……気のセイだよ、気のセイ……イヤダナァ。ボク、シュリダヨ」



 苦しい言い訳をしつつ、何とかエミーユの拘束から逃れようともがくイグニス。

 もちろん、手加減は忘れていない。

 精霊本来の力で暴れたら、エミーユがただですまないことくらい、さすがのイグニスにも分かっていた。



 「そう??でも、そんなこと、今はどうでもいいわ。シュリに触って慰めて欲しいの。ね、触って?」


 「さ、触るぅ!?って、ど、どこを???」


 「どこでもいいわ。おっぱいでも、他の所でも♪シュリに触って貰えるなら、どこだって気持ちがいいもの」



 言いながらエミーユは、シュリ(に見えるイグニス)の手を己の胸に導いて、シュリの手ごと張りつめた乳房を自分の手で揉みしだく。



 「うおい!?なっ、なにさせんだよ??」


 「なに……って、おっぱいを揉んでるのよ?」


 「おっぱいって、そりゃ分かるけど……だから、無理矢理もませんなって!!」


 「……んもぅ、さっきから騒がしいわよ?シュリ。そんな悪いお口は、私がふさいであげるわ♪」



 エミーユは、ギャーギャー騒ぐシュリ(に見えるイグニス)を甘く睨み、そして、



 「口をふさぐってどう……むぐぅぅぅぅっっ!!!???」



 言葉通り、シュリ(に見えるイグニス)の唇を己の唇でふさいだ。

 慌てたのはイグニスだ。

 シュリにしか捧げたことのない唇を無理矢理奪われ、ちょっと涙目である。

 わたわたと手を動かして何とか抜け出そうとするのだが、エミーユの拘束はそう甘くはない。

 唇を割って熱い舌に無防備な口腔を蹂躙され、その熟練のテクニックに、なんだか妙な気分にさせられていくのを感じたイグニスは、思わず目線でシェルファに助けを求めた。


 それまで、ほーほー、と興味深そうに二人の絡み合いを見ていたシェルファだが、イグニスの必死なまなざしに気づいて、仕方ないなぁと重い腰を上げる。

 ちょっと面白いからもう少し見ていたかったが、時間もないし、これ以上放置したらイグニスに恨まれそうだ。

 まあ、イグニスに恨まれることはそれほど怖くは無いが、余り時間をかけすぎるとアリアに怒られるかもしれない。

 そっちの方がよっぽど怖かった。


 そんなわけで、助けに入ることに決めたシェルファは、イグニスと同様、己の身に幻影を纏って、かわいらしいシュリになりすますと、風の力で作り上げた縄をどこからともなく取り出してとことことエミーユの近くへと歩み寄った。

 そして、ぽんぽんとエミーユの肩をたたき、



 「おば様、おば様。僕といいことしよ?」



 そう言ってにっこりと微笑んだ。まあ、イグニスよりは、シュリの口調を表現できている。

 夢中でシュリに(見えるイグニス)にキスをしていたエミーユは、いきなり現れたもう一人のシュリに、混乱したような目を向けた。



 「しゅ、しゅりが二人??」


 「そだよ~。でも、これっておば様の夢だもん。僕が二人居ても全然おかしくないんだよ~?」



 だから安心してね~、とシュリ(に見えるシェルファ)が微笑むと、頭がゆるみきっているエミーユは、疑うことなく、



 「なぁんだ、そうなのね。二人のシュリと……なんて、なんて素敵な夢なのかしら!!」



 再び淫靡な微笑みをその面に浮かべた。

 二人のシュリと、いったいなにをしようと言うのか。まったく、エッチな奥様である。



 『た、助かったぜ、シェルファ。恩にきる!』


 『うんうん。後で返してね~?それより、そろそろ仕上げに入らないとアリアに怒られちゃうよ?ちょっと強引にいくけど、イグちゃん、うちに話をちゃんとあわせてね~?』



 念話でこっそりそんな会話を交わしつつ、シェルファは今にも襲いかかってきそうなエミーユに可愛らしく微笑みかける。



 「伯母様、僕、いいもの持ってきたんだ。これを使って新しい扉を開いちゃお?」


 「いいもの??新しい扉を開く??」


 「大丈夫だよ、僕にぜ~んぶ任せて。気持ちよく、してあげるからね?」



 訳が分からず首を傾げるエミーユに、にこにこと無邪気な笑みを浮かべたシュリ(に見えるシェルファ)がにじり寄る。

 その手に、丈夫なロープを携えて。



 「ロープ?それをどうするのかしら?」



 なにをされるのかと身構えるエミーユの頬を、シュリ(に見えるシェルファ)がするりと撫で、顔を寄せて妖しく微笑んだ。



 「大丈夫、だよ。気持ちよくしてあげるから、大人しくしてるんだよ?エミーユ」


 「は、はい♪」



 ここぞとばかりに名前を呼ばれ、エミーユは思わずぽわんとしてしまう。

 シェルファはその隙を逃さずに、手の中のロープで彼女の体を複雑怪奇に縛り上げはじめた。訳が分からんという表情のシュリに見えるイグニスを助手としつつ。


 そして、「あんっ」とか、「そ、そこはだめぇ」とか、時折漏れるエミーユの甘い嬌声をBGMにロープと格闘すること数分。

 ベッドの上には、見事な亀甲縛りで縛り上げられたエミーユがゴロンと転がっていた。


 それを満足そうに見つめ、うんうんと頷くシェルファ。

 そんなシェルファを恐ろしそうに見つめるイグニス。



 「い、いつの間にこんな技術を……」


 「ん~?人間の本で勉強したんだよぉ~?人間の本って、結構興味深いものがあるよねぇ。ついつい面白くて、色々覚えちゃった」



 一回試してみたかったから得しちゃったなぁ~、とほくほく笑顔で、シェルファは最後の仕上げとばかりにエミーユの目の上に布を巻いて目隠しをした。

 そして、



 「お利口にしてたら、後でご褒美をあげるから。ちゃんといい子にしててね?伯母様♪」



 エミーユの耳元で甘く囁く。

 その声と、吹き込まれた吐息にびくんっと体を震わせたエミーユは、



 「は、はひ……お、大人しく、しまひゅ」



 と息も絶え絶えに、短い返事を返すのだった。

 シェルファはそんな彼女の様子に、再びうんうんと頷き、それからイグニスを促すと部屋の出口へと向かう。

 そして部屋を出ようとした時、仕事の終わりをまるで見計らったかのように念話が入った。



 『イグニス、シェルファ、首尾はどうだ?私の方は今終わったんだが、手伝いは必要か??』



 相手は、己の仕事を終えたばかりのグランである。



 『ん~、こっちも今終わったところ~。だから平気だよ~』


 『……ああ、終わったっちゃー終わったな。一応』



 グランの問いに、元気よく答えるシェルファと疲れ切った声を返すイグニス。



 『おお、そうか。なら安心だな。じゃあ、私もそっちに行かずに待ち合わせ場所へ戻るとしよう。時にイグニス?』


 『……んだよ?』


 『なんだかやけに疲れているようだが、大丈夫か』


 『あ~……まあ、なんでもねぇよ。問題ない……てか、今はそっとしておいてくれ……』


 『そ、そうか?な、なにやら大変だったようだな……』


 『まぁな……』


 『その、なんだ。とりあえず、仕事は終わったんだ。待ち合わせ場所へ行って、少し休むといい。私もそうする』


 『……そだな。そうするよ』


 『うむ!では、二人とも、のちほどな』



 グランの言葉を最後に念話は切れ、イグニスは深々と何とも言えないため息を漏らす。

 そんな彼女の顔を、シェルファが悪気の欠片もない表情でのぞき込んだ。



 「イグちゃん、だいじょーぶ?早く戻って休もーね??」


 「……お前が言うなよな~」


 「ん??」


 「いや、なんでもねぇ。アリアに終了報告でもして、さっさともどろーぜ。なんか、妙に疲れた」


 「おー!!らじゃ!!」



 無駄に元気のいいシェルファを横目で眺めつつ、こみ上げるため息をかみ殺して、イグニスはエミーユの部屋のドアに手をかけた。

 後ろから聞こえる甘い呻き声のことは、あえて考えないようにして。


 こうして、二つ目の脅威も無事に封印することが出来た。


 甘い拘束と放置プレイに、とうとう我慢しきれずにエミーユが激しく絶頂し、その声に驚いて駆けつけたメイドが彼女を発見するのは今から数時間後のこと。

 この日以来、シュリの周囲をロープを隠し持ったエミーユがうろうろする事になり、そこから事の次第がバレてシェルファとイグニスが大目玉を食らう事になるのは、もうしばらく先の話である。

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