間話 その頃のペット達

 「ふぅ~~、これで調教完了なのじゃあぁ」



 自分の前にずらずらっと整列し、おとなしくお座りをしている亜竜達を前に、イルルはとってもいい笑顔で額の汗を拭った。



 「シュリは、頭をなでなでしてくれるかのう?」



 言いながら、イルルはむふむふ笑う。

 そんな自分を、少し離れたところから、なま暖かい目で見つめるポチとタマにも気付かずに。



 「イルル様……相変わらず、そこはかとなく残念なのです。亜竜のしつけは、すごいと思いますけど」


 「ん……あの笑顔は、正直ちょっぴり不気味」



 そんな風にこそこそと言葉を交わす二人の様子に、全くちっとも気付いた様子もなく、イルルはキラッキラの笑顔で二人を振り返った。



 「ポチ、タマ。亜竜共の調教も終わった事じゃし、ぼちぼちシュリの元へ行くとするかの?う~む、今シュリがおるのは、これは、王都の方か??」


 「あ、イルル様。シュリ様はアズベルグに向かって欲しいって言ってたのです」


 「そう。アズベルグで合流しよう、って」


 「ほうほう。アズベルグか。王都より近いし、妾の翼なら一っ飛びなのじゃ」



 よし、いくか、といきなり龍の姿に戻ったイルルに、周囲は阿鼻叫喚の渦に包まれる。

 亜竜達は逃げまどい、ポチとタマは呆れたようにイルルを見上げた。



 「「イルル様……」」


 「んむ?なんじゃ??」


 「「その格好でアズベルグに向かうのはちょっと……」」


 「なぜじゃ?この方が早いではないか??」


 「「いや、どう見ても危険生物ですから。人から攻撃されますから」」


 「攻撃されたら、やり返せばいいじゃろ?妾に勝てる者など、どうせシュリくらいしかおらんし、危険は無いぞ??」



 心底不思議そうにそう返され、ため息をこぼすポチとタマ。



 「やり返して無闇に人を死なせちゃったらどうするんですか!シュリ様に、嫌われちゃいますよ?」


 「そう。それに、アズベルグはシュリ様の家がある。壊したら、きっともう許してもらえない」


 「う……そ、それは困るのじゃ」


 「「じゃあ、早く小さくなって(下さい)」」


 「うう……わかったのじゃ」



 二匹に怒られ、イルルは獣っ娘形態に素早く戻った。

 すると、周囲の混乱も徐々におさまり、亜竜達がほっとしたような顔で再びイルルに近づいてくる。

 自分になつく亜竜達にちょっと癒されたような顔をするイルルに、ポチとタマが当然の疑問をぶつけた。



 「それはそうと、イルル様。アズベルグの場所、分かっているんですか?」


 「場所が分からないなら、まずは、どこにあるか確認しないと」


 「ん??なにを言っておるのじゃ?アズベルグの場所ならちゃんとわかっておるぞ??龍の里の外の地図は、きちんと頭に叩き込んであるからの」



 場所もわからんで出発するはずがないじゃろ?と真顔で返され、ポチとタマは微妙な顔をした。

 基本的には残念なイルルだが、時折妙に賢い事を返してくるから何とも読み切れない。



 「しかし、おっきくないとお主達をそのまま乗せて連れて行くのは無理じゃし、歩いていくのは骨がおれるしの~。仕方ない。この姿のまま飛ぶから、お主達はちっこい姿になるのじゃ」



 やれやれと肩をすくめたイルルの指示に、タマとポチは顔を見合わせてから大人しく従う。

 二人はたちまち小さな子狼と子狐の姿になり、イルルはニコニコしながらちっちゃくなった二人の頭を撫でた。



 「うむうむ。いつ見てもお主等のそんなちんまい姿は愛おしいのぅ~。妾がしっかり抱っこしてってやるからの」



 言いながらイルルは二人を小脇に抱えて、むむむむむっと背中に力というか魔力を込める感じに集中すると、そこから羽が現れてふぁさっと広がった。



 「いつ出してみても不思議なもんじゃのう。普段はこのちんまりとした体のどこにしまわれておるんじゃろ?便利じゃし、何の文句もないが、我が主のスキルは奇妙キテレツじゃの~」



 肩越しに、己の背に生える龍身の時の羽を小さくしたようなソレを見ながらイルルは小首を傾げる。

 長い長い年月で、暇つぶしに蓄え続けてきた知識の中には、こんな珍妙なスキルの情報など、かけらもありはしなかった。

 自分や、タマやポチのような魔獣を眷属にする際、人を模した姿を新たに与えるような、そんなスキルは。

 元の姿と、人を模した姿と、更には今のポチとタマの様に元の姿のサイズ調整まで出来ると言うのだから驚きだ。

 イルルに至っては、元々、龍身の他に人身をとることも出来たので、龍の姿に、人の姿、今のように龍の特徴を残した姿、そしてポチやタマの様な小さな火トカゲのような姿をとることが出来る事は確認してある。


 最初、この姿になったときは、すっかり子供の姿に逆戻りしてしまったと焦ったものだが、元のようにアダルトな大人な姿にもなれると分かってほっとした。

 言動が残念すぎて子供っぽく見られがちなイルルだが、一応は千年以上も生きている上位古龍ハイ・エンシェント・ドラゴンなのである。

 この年になっての子供な姿を、昔からの知人友人にさらすのは流石に恥ずかしい。

 今はシュリが望むからこの姿でいるものの、万が一知り合いと会うことがあるようなら、絶対にこの姿をみせるつもりは無かった。


 だが、この姿も、まあ、良いところがないでもない。

 タマやポチに比べ小さなこの姿は、シュリに頭を良く撫でて貰えるのだ。

 恐らく、シュリがまだ幼く、その手の届く範囲が限られているせいもあるのだろう。

 主従の関係を結んでから共に過ごした時間はまだ短いものの、その短い時間の間でもかなりの頻度で頭を撫でて貰えた。それは、とても嬉しいことだった。



 (アダルトな姿も悪くないのじゃが、シュリの手が届かないと頭を撫でて貰えなくなるからの~)



 あの姿は、もう少しシュリが大きくなるまで温存しておくのじゃ、そんなことを考えつつにんまりし、イルルは大きく羽を羽ばたかせた。



 「お主等。くれぐれもこの山を下りて無抵抗な人間に危害を加えないようにするのじゃぞ?もし、そんなことになったら、ひっどいお仕置きが待っておることを、しっかりと心に刻みつけておくのじゃ」



 ポチとタマを小脇に抱え、宙に浮かんだイルルはけなげにお座りを続けている亜竜達を睥睨して、しっかりと釘をさす。

 もしうっかり亜竜達が悪さをしようものなら、シュリに怒られてしまう。それだけは、絶対に避けなければならなかった。

 イルルの龍の瞳が放つ威圧感に気圧されながら、亜竜達はこくこくと頷く。逆らいません、悪さなんかしませんと言うように。

 それを見て、イルルは満足そうに微笑んだ。

 そして、



 「よし、じゃあ、妾達は行くが、お利口にしておるのじゃ。たまに様子を見に来るからの」



 そう言い残し、力強く羽を羽ばたかせると、あっという間に上空に見えなくなってしまった。

 亜竜達はそんな彼女達を見守り、そしてそのまましばらくお座りの姿勢を崩そうとはしなかった。






 地上を行く人に見つからないように上空を高速で移動してしまえば、アズベルグまでそれほど時間がかかることなく。

 イルル達はあっという間にアズベルグの街を囲う壁の外までたどり着いていた。

 獣っ娘の姿に戻り、さて街へ入ろうと門へと向かった三人は、人が列を作り順番に街に入っていく様子に出くわした。

 物陰に隠れて観察していると、人々はどうやら身分証明の様なものを門番に提示し、中に入っていくようである。



 「う~む。中に入るには、己の身分を証明するものが必要なようじゃの」


 「そうですねぇ。シュリ様がもう戻ってるならお迎えに来て貰うんですけど」


 「ん……シュリ様、まだ戻ってなさそう」


 「困ったのじゃ~……」



 三人は顔をつき合わせて言葉を交わしあう。

 三人の身分証に関してはシュリもうっかりしていた。

 その事が頭に浮かんでいたら、三人だけでアズベルグに向かわせるような事はしなかったのだが、箱入り息子なシュリは自分で身分証を提示しなければいけない場面に遭遇した事はなく、今回の旅でもほぼヴィオラに頼りっきりだった為、思いつくことが出来なかった。

 普通、いい大人が街に出入りするためには身分証が必要なのだという、そんな一般常識を。

 三人も、困ったならシュリに連絡をすればいいのだが、眷属ペット歴の浅い三人はそんなことすら思い浮かばない。

 どうしよう、どうしようと三人でしばらくうんうん唸った後、不意にイルルが顔を上げた。



 「そうじゃ!人の姿じゃから身分証が必要なのじゃ」


 「えーっと、そうですね?」



 至極当然のことを、さも新たな事実を発見したぞとばかりに主張され、ポチはかくんと首を傾げる。



 「なんじゃ?ぴんと来んか??ただの人間なら、どうにかして身分証を手に入れる必要があるじゃろうが、妾達は人以外の姿もとれるじゃろうが」


 「あ、確かに!」



 イルルの言葉に、ポチがぽんと手を打ち合わせる。



 「あ、でも、流石にドラゴンは街には入れてもらえないんじゃあ……」



 えへんと胸を張るイルルに、ポチが申し訳なさそうなつっこみを入れる。



 「ば、ばっかもん。流石の妾も、そのくらいの常識はわきまえておるのじゃ!確かに大きいままでは無理じゃろうが、さっきのお主等のように、ちっちゃくなればどうじゃ?」


 「なるほど!!」


 「それはナイスな考え」


 「そうじゃろう、そうじゃろう」



 ポチのつっこみに一度はがくっとずっこけたものの、イルルは見事に体勢を立て直した。

 今度こそ、本心から感心するポチとタマに、イルルはふんぞり返るようにして胸を張った。



 「ほんじゃ、いっちょやるかの!」



 イルルのそんなかけ声を合図に、三人はぽふんとその姿を変える。ちっちゃくて愛らしい、小動物形態に。

 この姿でも普通に言葉は話せるが、人の言葉を話す動物など目立って仕方ないので、三人は黙って目を見交わすと、人目を避けるようにこそこそと門をくぐった。

 無事に見咎められずに中に入って、ほっと一息。

 街の片隅で一休みをしていると、ポチとタマの愛らしい子犬ぶりと子狐ぶりに道行く女性が次から次へと足を止めて二人を愛で始めたので、どうにも身動きがつかなくなった。



 「わあぁ~、ふわふわね~」


 「やぁ~ん。ちっちゃくて可愛い~」



 街の女達は、二人を抱っこしてはそんな声をあげ、そのふわふわな愛らしさを直接触って愛でたい人の列があっという間に出来上がる。

 イルルは、そんな人々の熱狂を妙にさめた眼差しで見つめた。

 ちなみに、小さくて紅い鱗も愛らしい、火トカゲ姿のイルルの周りに集まる人は一人もいない。



 (ふ、ふん。うらやましくなんか、ないんじゃからなっ!!)



 ちやほやされる二人から、ぷいっと顔を背けるイルル。

 すると、背けた先にいた男性のエルフと目がばちっと合ってしまった。



 「おや?こんなところに火トカゲがいるとは、珍しいですね?誰かのペットか何かでしょうか??」



 そのエルフはそんなことを言いながら、イルルの方へと近づいてくる。

 火トカゲ姿、と言ってはいるが、火トカゲに似ていると言うだけで、龍であるイルルの小型化した姿はよく見てみれば火トカゲとは別物である。

 近くで見られたらまずい……と言う以上に、ニコニコしながら妙に早足で近づいてくるエルフがちょっと不気味で、思わず逃げようとしたのだが、もたもたと方向転換している間に見事に捕まってしまった。

 小さなイルルの体は、大きな手のひらでがしっと掴まれ、軽々と持ち上げられてしまう。



 「ん~??何となくよく見る火トカゲとは違うような……変異種か何かですかねぇ??」



 言いながら、そのエルフはイルルの体を様々な方向から眺めている。

 因みに、エルフの間では火の精霊に近しい生き物とされている火トカゲを飼育する事は良くあるのだが、人間が火トカゲを飼い慣らしてペットにすることはほとんどない。

 大した炎ではないものの、火トカゲと言うからには火を吐くし、魔法も使えないような一般人が飼うにはハードルの高い生き物、それが火トカゲという生き物だった。

 どうやら、イルルを現在進行形で捕らえているエルフはその事を知らないらしく、イルルがここにいることを珍しがってはいても、不審には思っていないようだった。



 「ふ~む?あなたは変わった子ですねぇ。でも、鱗の色はとぉ~っても綺麗ですよ?私が今まで見た火トカゲの中で一番です。それに、瞳の色も素晴らしい。黄金の瞳なんて、まるで本物の龍みたいですねぇ。あなたの飼い主も目が高い。もし飼い主がわかれば、是非にと譲っていただくところですよ」


 (まあのぅ。妾の鱗は紅龍の里でも一番キレイじゃったからの~。本物の龍みたいな目というか、妾、本物の龍じゃし)



 そんな事を思いつつ、褒められて悪い気持ちはしないもので、イルルはちょっぴりいい気になって油断していた。

 油断さえしていなければ、そうなる前に男の手を逃れる事が出来たかもしれないのに。



 「う~ん。実に興味深いですねぇ。ちょ~っと、失礼しますよ~~?」



 男は軽い口調でそう言いながら、なんとイルルをくるりとひっくり返して、腹側をしげしげと眺め始めたのだ。

 そしてあろうことか、イルルの尻尾に触れ、その付け根の辺りの、今までイルルが人に見せたことのない場所を間近で眺め、



 「ん~、女の子、ですかねぇ??私も火トカゲの性別の見分けが完璧に出来る訳じゃないですけど……」



 そんなコメントをぬけぬけと言い放った。

 あまりの事に思わず固まっていたイルルは、その声ではっと我に返り、わなわなと震えた。

 そして、



 「な、な、な、なにしとんのじゃ~~~~!!!不届き者め!!!」



 後先考えずに叫んでしまっていた。



 「は??」



 それを聞いたエルフ男が固まり、



 「わんわんっ」


 「こんこんっ」



 イルルの叫びを女性にもみくちゃにされつつも聞きつけたポチとタマが、それはまずいですよ!?と知らせるように鳴き声を上げる。

 もちろんイルルも、すぐにしまった!!と思った。

 だが、もう後の祭りである。

 そーっと体が表向きに戻され、じーっと見つめるエルフ男の視線にさらされたイルルは、思わず冷や汗を流しながら、



 「ぎゃ、ぎゃおぎゃお……?」



 精一杯、火トカゲらしい鳴き声をあげてみた。

 だが、エルフ男の不審そうな視線が緩められることはなく。

 これはいかんと思ったイルルは、激しく暴れて男の手を逃れると、



 「せっ、戦術的撤退じゃ!!にっ、逃げるのじゃ~~!!!」



 ポチとタマに向けてそう叫ぶと、軽やかに地面に降りたって驚くほどの早さで狭い路地裏へと逃げ込んだ。



 「わんわんわんっ」


 「こんこんこんっ」



 と、もちろん女性陣の手を逃れたポチとタマも続く。



 「あっ!ちょ、ちょっと!!待って下さい!!!」



 そう叫んだ男があわててその後を追いかける。

 だが、彼が路地裏をのぞき込んだときにはもう、三つの小さな姿は影も形もなくなっていた。


 走って、走って……人の手の届かない小さな隙間に隠れたイルルは呟く。



 「い、いきなり人の大切な部分を無遠慮に見つめるとは……人の世の、なんと恐ろしい事じゃ」



 ……と。

 結局、知らない人怖い状態に陥ってしまったイルルが嫌がるので、街をうろうろする事も出来ず、三人は街の片隅に隠れたまま、シュリの帰りを待った。

 シュリももうすでにアズベルグに向かっていたようで、それほど待たずに合流できたのは幸いだったが。

 シュリと無事に再会し、獣っ娘の姿に戻ったイルルが、シュリの家でくつろぐ変態エルフを見つけて震え上がるのはまだ先の話。

 シュリにイルル達を紹介されたエルジャは、孫の眷属に挨拶をしようとして何やら激しく怯えられ、不思議そうに首を傾げたという。

 

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