間話 一路スベランサへ!~三人娘の珍道中~

 誰も察知していないシュリの危機を見事察知した三人は、大急ぎでエルジャバーノの元へと向かった。

 エルジャは今日もリリシュエーラの元で家庭教師を務めていた訳だが、本日の授業はズバリ地理について。

 大きな地図を持ち込んで、ここがどこで、そこがあそこで、とやっていたわけだが、アズベルグ地方の説明を始めたところで、授業は少々停滞していた。



 「……ここが、シュリの住んでいる場所なのね」



 地図の上に指を滑らせ、うっとりとそんなつぶやきをこぼすのはもちろんリリシュエーラだ。



 「シュリは元気かしら?早く、会いに行きたいわ」



 目にハートを浮かべた教え子を、ちょっぴりうんざりした気持ちで眺めながら、



 (なんというか、自分に好意を持っていた女性が、孫にぞっこんな様子を見せつけられるのも、何だが妙な気持ちですね……)



 エルジャはそんなことを思う。



 「早く会いに行きたいもなにも、シュリがここをたったのはつい先日の事じゃないですか。感傷に浸るのはそのくらいにして、さあ……」



 授業を再開しますよ?と言おうとしたが、最後まで言う前に闖入者達が乱入してきた。



 「「「エルジャバーノ様!!!さ、行きますよ」」」



 彼女達はずかずかと近づき、素早くエルジャの体を確保した。



 「は??行くって、どこへですか??ちょ、ちょっと!?」



 左右から腕を抱え込んだシャイナとジュディスが問答無用でエルジャをずるずると連行する。

 最後に残ったカレンは、驚いたようにぽかんと口を開いてエルジャバーノを見送るリリシュエーラに丁寧に頭を下げた。



 「リリシュエーラ様?申し訳ありませんけど、しばらくエルジャバーノ様をお借りしますね??すごく大切な用事が出来てしまったので」


 「あ、え、ええ。大切な用事なら仕方ないけど、いったい何の用事?」


 「それはもちろん、秘密、ってやつですね」


 「……あっそ」



 にっこり笑って口を割りそうもないカレンを前に、リリシュエーラは早々と降参の旗を上げた。

 決して、彼女達は変わり者だから逆らわない方が身のためです、とエルジャからしみじみと忠告を貰ったからではない。

 将来、シュリの元へ行く事になった場合に備え、彼と関係の深い従者である彼女達に嫌われる事を避けようと思っただけである。

 まあぶっちゃけ、エルジャからそれなりの教材は手に入れているし、しばらくの間は自習に困らないだろうと思った事も理由の一つだが。



 「まあ、しばらくは自分で学んでおくわ。そうね、出来れば一週間くらいで返却してもらえるとありがたいけど」


 「一週間なら、多分、大丈夫だと思います。あちらに着けば、エルジャバーノ様も用済みですから」


 「よ、用済み……そ、そう」



 にっこり微笑んでの微妙にダークなカレンの発言に、ちょっと引き気味のリリシュエーラ。

 カレンは、そんな彼女に再び丁寧に頭を下げると、エルジャを連行していった二人の後を追いかけた。

 追いついてみれば、すでに事情は二人から聞いたのだろう。

 ちょっと疑わしそうな顔をしつつも、万に一つ本当だったらシュリが大変ですと、連行されたはずのエルジャが先頭を切って走っていた。

 そして、四人そろってまずはエルジャの家にいったん戻り、旅支度を調えてから再び家を飛び出して。

 十分な休息を与えてあげたとは言いがたいものの何とか疲れの抜けた馬にまたがり、エルジャの先導でエルフの隠れ里を出た一同は、一路シュリがいるはずのスベランサへと向かうのだった。






 シュリから念話で連絡が入ったのは、隠れ里からスベランサまでの距離をやっと半分ほど攻略し、一休憩している時の事だった。

 急いでいるのに、何で休憩を入れたか。

 それは馬達がグロッキーしてしまった為である。人間の方は、気力体力ともにイケイケだったのだが。

 まあ、それも仕方のない事だろう。

 何しろ、馬は三頭なのに、乗る側は四人。

 馬のいないエルジャを徒歩で行かせると移動速度が極端に低下するため、仕方なく交代でエルジャをそれぞれの馬に同乗させて先を急いで来たのだが、流石に馬達の負担は大きかったようだ。

 一応、エルジャが風の精霊の加護を与える精霊魔法を馬にかけてくれたので、それでも大分距離は稼げた方ではあるが。


 そんなわけで。

 不本意ながら水辺に馬を休ませ、人の方も一息入れていたら、頭の中に愛おしい人の声が響いてきたと、そんな状況なのである。


 久しぶりに聞くような気がするシュリの声は、なんとも甘い響きで三人をとろけさせた。とはいえ実際のところ、最後に声を聞いてからまだ大して時間はたっていないのだが。

 愛おしい主の声が、思っていたより元気そうな事にほっとしながら、三人はシュリの声を聞き、そして自分達の状況を説明した。

 シュリのいるスベランサへ、後もう少しのところまで来ているという事実を。

 だが、それを聞いたシュリが微妙な空気で沈黙する。



 (((ま、まさか、また……!?)))



 三人は示し合わせた訳でも無いのに、同じ事を考える。

 そして、当たって欲しくなかったその予想は見事に的中し、最後に残したシュリの爆弾発言を頭の中で反芻した三人は思わず叫んでいた。



 「「「また新たな女が!!!一気に三人!!!しかもペット!!!!」」」



 その声に、エルジャバーノがぎょっとしたような顔をし、



 「シュリ様のペットだなんて……なんてうらやましい」


 「私もなりたい……シュリ様のペット。そして、シュリ様の全てを舐め尽くしたい」


 「シュ、シュリ君になら首輪をつけられても……ちょっと恥ずかしいですけど、一緒に外を散歩するのも良いかもしれないです」



 妄想たくましくぶつぶつと呟く三人を、それはもう気味悪そうに見つめた。

 そして、



 「え~と、その、三人とも、(頭は)大丈夫ですか?」



 心底関わりたくないと思いつつ、恐る恐る声をかける。

 そんなエルジャの声にはっとしたように表情を引き締め、三人は顔を見合わせて頷きあうと、



 「エルジャ様、ここまでご案内ありがとうございました」


 「私達は、これからアズベルグへ帰還いたします」


 「なので、案内はここまでで大丈夫ですので」


 「「「どうぞ、お家へお帰り下さい」」」



 そう言って、揃ってぺこりと頭を下げた。



 「はあ……スベランサは、もういいんですか?シュリの危機は??」



 訳が分からないのはエルジャである。

 彼はちんぷんかんぷんですという表情を隠さずに、三人に問いかける。



 「シュリ様の事なら問題は無いようです。今、ある筋から情報がびびっと来ましたので」



 ジュディスがにっこり笑う。

 ある筋から情報ってなに!?しかもびびっと来たって、いつ、どうやって!?……とつっこみ所は満載だったが、エルジャはもう学んでいた。

 この三人のシュリの従者に、常識など通用しないということを。

 エルジャは深々と吐息を漏らして、頷きたくは無かったがとりあえず頷いた。



 「……分からない事だらけですが、まあ、良いでしょう。では、私もアズベルグに同行します」


 「「「はい?」」」


 「だって、馬も三頭しかいませんし、あなた達、私に馬を一頭分けてくれるつもりなんてないでしょう?」


 「「「……」」」


 「だったら、同乗させて貰ってアズベルグへ行ってから、自分の馬を入手する事にします」


 「「「え~と、近くの村か町で……」」」


 「久しぶりに、ミフィーの顔も見たいですしね」


 「「「あ~……」」」


 「父親が娘に会いに行くことを、まさか反対したりはしないでしょうね?」



 にっこりと畳みかけられて、三人は沈黙した。

 ここでやっかい払いをしてしまおうと思ったのだが、どうやらそう簡単にはいかないようだった。

 三人は顔を見合わせて、渋々うなずきあう。

 だが、不意にカレンがはっとしたような顔をし、おずおずと手を挙げた。



 「どうしました?カレン??」



 エルジャが首を傾げて問いかけると、



 「え~と、リリシュエーラ様から依頼されてまして……」


 「依頼??なにを依頼されたと???」


 「その、エルジャバーノ様の返却期限は一週間で、と」



 この場にシュリがいたら思わずつっこんでいた事だろう。返却期限は一週間って、レンタルビデオじゃないんだから!?、そんな風に。

 だが、ここにシュリはおらず、エルジャは勝手に切られた一週間の返却期限に、ちょっと微妙な顔をしてコメカミを揉みほぐした。



 「まったく、あの娘は……まあ、良いでしょう。幸い、一週間までにはまだ日にちに余裕はありますし、アズベルグへ行ってからでもなんとか間に合うんじゃないでしょうかね。うん。きっと間に合うでしょうとも!さっ、とりあえず、ちゃっちゃとアズベルグへ向かいますよ」



 早くしないと、ミフィーと一緒に街歩きをする時間がなくなりますからね、と三人を急かし、馬の準備を整えるエルジャバーノ。

 そんな彼の様子に三人は顔を見合わせたものの、アズベルグへ急ぐ事に関して否やはなく、それぞれ出立の準備の為に忙しく動き始める。

 アズベルグに戻ったら、きっと今度こそシュリに会える、その期待に胸を躍らせながら。

 そんな彼女達の頬はばら色に染まり、瞳はかすかに潤んでなんとも言えない色香を撒き散らす。

 シュリと再開する時を待ちきれず、三人が徐々に発情状態になり始めていることをシュリはまだ知らない。

 愛の奴隷を放置しすぎたつけがどれだけのものか、シュリがその身をもって思い知る事になるのは、もうしばらく先の事である。

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