第百七十八話 お姫様と対面する

 王都に到着した日の翌日、シュリはヴィオラと共にアンジェに連れられ、王城に来ていた。

 昨日の内に用意されていたのだろう正装を身につけさせられ、これまたアンジェに連れられ、国王や王妃の待ちかまえる謁見の場へと連れ出される。

 まずは公式の謁見を終え、それから王様夫妻との個人的な場が設けられ。そこには当然の事ながら、件のお姫様も現れて……

 シュリは初対面のお姫様を前に、今朝交わしたジャズとの会話を思い出していた。






 「へえ。シュリ、お姫様と会うんだ?」


 「うん。ジャズは、お姫様、見たことある??」


 「う~ん。私達庶民は姫様が生まれた時とか、お誕生日のお祝いの時とかに、遠目で見るのがせいぜいかなぁ。お可愛らしい姫だとは噂に聞いてはいるけど」


 「ふぅん。そっかぁ」



 うんうんと頷きながら、シュリは朝食を再開する。

 ちなみに、子猫の遊び場亭の食堂で食事をするのはシュリだけ。ヴィオラは、まだ絶賛爆睡中である。

 起こしたのだが、起きたくないと駄々をこねられ、朝ご飯食べ損ねても知らないよ?と言い残して、シュリだけ朝ご飯を貰いにきたのだ。

 で、他に客もいないため、給仕をしてくれたジャズがそのままシュリと同じテーブルに頬杖をついてじぃっとシュリを見ている……というのが今の状況だった。

 シュリが一生懸命に、もむっもむっと朝食を口に詰め込んでいると、その傍らでジャズが悩ましげなため息を漏らした。



 「ジャズ??どうしたの?何か、悩み事??」



 口にたっぷり詰め込んでいた食事をゴクンと飲み込んでから、シュリはジャズに問いかける。



 「う~ん。シュリに会ったら、お姫様がシュリの事を好きになっちゃわないかなぁ、って。それで、もしシュリをお婿さんになんて話になったらどうしよう、って思って……」

 彼女は深刻そうな顔でそんなことを言い出した。

 だが、シュリはそんな彼女の心配事を笑い飛ばす。



 「平気だよ、ジャズ。僕って、年上のおねーさんからは好かれるんだけど、同じ年とか年下とかからはそれほど好かれない(はず)だから」


 「え~?そうかなぁ??シュリの魅力を前に、年齢なんて関係ないと思うけど」


 「大丈夫だよ。お姫様だったら、僕よりもっとずーっと素敵な人を見慣れてるんじゃないかなぁ」


 「えっと、私はこの世の中にシュリより素敵な人なんていないと思うけどな」


 「あ、うん。あ、ありがと、ジャズ……」



 ジャズの愛がちょっぴり重い、と思いながら、シュリは残りの食事をかき込んでいく。

 だが、そんなことを言い出したら、シュリの周りは重すぎる愛ばかりである。



 (まあ、お姫様は僕より年下みたいだし?[年上キラー]の範囲外だから、それほど酷いことにはならないでしょ。まあ、それ以外にも好感度上昇補正はあるから、それなりに好意を持たれるかもしれないけどさ)



 ジャズからうっとりとした視線を注がれつつ、まだ見たことのないお姫様を思いつつ、シュリはそんな風に考えていた。

 そんな、楽観的な事を。






 最初は大きな謁見室で、王様と王妃様だけでなく、他にも家臣らしき人がいる状態での謁見だった。

 そこで、仰々しくヴィオラが王様からお褒めの言葉を頂いて、なにやら勲章みたいなものとか、ご褒美の目録とかを貰っていた。

 それで終わりかと思ったら、今度はもう少し狭い空間に通され、ちょっと砕けた口調の王様や王妃様とヴィオラが談笑し、シュリの紹介もそこで行われた。

 王様も王妃様も気さくな方で、とてもシュリに好意的だった。

 そこまでは、良かったのだ。



 「陛下、妃殿下、姫様をお連れしました」



 そんなアンジェの声が聞こえ、



 「おお。やっときたか。早く入ってきなさい。ヴィオラ、それにシュリも。私の可愛い姫を紹介させてくれ」



 王様が相好を崩してアンジェと姫を招き入れる。



 (お、やっとお姫様とご対面かぁ)



 興味津々に振り向いたシュリの目に映ったのは、騎士の姿が何とも凛々しいアンジェの腕に抱かれた、それはもう愛らしい女の子の姿だった。

 鮮やかなストロベリーブロンドの髪に、淡い水色の瞳。

 着ているドレスも瞳の色に合わせた水色で、ふわふわした綿菓子のような、とっても可愛らしいその姿に、シュリは思わずその目元を和ませた。


 確かシュリより、二つ三つ年下なはずである。

 そんな可愛い盛りの姫は、自分を抱いているアンジェになにやら耳打ちをすると、アンジェは即座に頷いて姫の体を丁寧に床へと下ろした。

 幼い姫は、危なげなく地面へ降り立ち、とてとてとヴィオラの前に進み出ると、完璧な淑女の仕草でお辞儀をしてみせる。

 そして、



 「はじめまちて、ヴィオラ・シュナイダー様。この国のだいいちおうじょの、ふぃふぃあーな・える・どりすてぃあ、ですわ」



 そんな何ともしっかりした挨拶をしてくれた。

 これにはヴィオラも驚いたようで、目をぱちくりしてお姫様……フィフィアーナを見つめた。

 だがすぐに、にっこり微笑んでしゃがみ込み、フィフィアーナと目の高さを合わせて、



 「これはこれはご丁寧にどうも、お姫様。こちらこそ、初めまして。よろしくね??」



 そう言って、彼女の小さな手を握手するようにきゅっと掴んで上下に振った。

 フィフィアーナはそんなヴィオラの行為を吟味するように、ちょっと眉根にしわを寄せたが、すぐに、



 「ひめに対するあいさつとしては、少し気安いですけど、ヴィオラ様だから許してさしあげます。わたくしのことは、ふぃふぃあーな、とおよびください」



 そう言って、花がほころぶように可愛らしく微笑んだ。



 「了解よ、フィフィアーナ。許してくれて、嬉しいわ。仲良くしましょうね」



 ヴィオラはそう返し、それから傍らにいたシュリを引き寄せると、フィフィアーナに引き合わせた。



 「この子は私の孫のシュリよ。フィフィアーナとは年もそんなに変わらないから、仲良くしてあげてね?」


 「シュリナスカ・ルバーノです。初めまして、フィフィアーナ姫」



 シュリは礼儀正しく挨拶をし、丁寧に頭を下げた。



 「あなたが、しゅり?」



 頭を下げたまま、そんなフィフィアーナの声を聞いて、シュリはあれっと内心首を傾げる。声の感じがさっきまでと全然違うぞ?と。

 ヴィオラと話していたときは、何とも可愛らしい甘い声音だったのに、今聞こえた幼い声は、ぞっとするほど冷ややかだった。



 (いや、まさかね。僕にだけ冷たいとか、そんなわけ……)



 ないよねぇ?、と顔を上げた瞬間、シュリは笑顔のまま凍り付いた。

 自分より頭一つ分ほど低い場所にあるフィフィアーナ姫の水色の瞳が、思わずぎょっとするほどに冷ややかな光をたたえていたから。

 これには、周りの大人もオロオロしはじめた。



 「ど、どうしたんだい?フィフィ??」


 「お、おかしいわね?フィフィがこんな表情をするのは初めてよ??シュリが男の子だからかしら??」



 王様と王妃様が口々にそう言って戸惑ったような顔をする。



 「え~っと、シュリ?フィフィアーナに何か変なことでもしたの??」



 そんな見当はずれの質問を耳打ちするのはもちろんヴィオラ。



 「変な事なんて出来る訳ないでしょ?お姫様とは、正真正銘、今が初対面なんだから」



 そのはずなのに、何でこんなに敵視されなきゃいけないんだろう??、シュリが困った顔で固まっていると、解決に乗り出してきたのはフィフィアーナのお世話係のアンジェだった。



 「フィフィ様、どうしましたか?シュリのお話をあんなに熱心に聞いてたじゃないですか??」



 言いながらアンジェはシュリの背後に回り、その肩に両手を置いた。

 その瞬間、フィフィアーナの眉が苛立たしそうにぴくりと動き、それに気付いたシュリはあれっと小さく首を傾げる。



 「ほら、あの話は覚えてますか?街中で騒動があって、シュリが弱い者を颯爽と助けてあげた話」


 「……覚えてるわ」


 「あの時のシュリは、ものすごく素敵だったんですよ?自分よりずっと大きい人をお姫様抱っこで助け出して。まるで本物の王子様みたいでした」



 うっとりとした口調でアンジェが言うと、フィフィアーナの口元から、ぎぎっと歯ぎしりをするような音が聞こえて、シュリは思わず己の耳を疑った。

 だが、その異音は明らかにお可愛らしい姫様の、これまた可愛らしい口元からもれ出ていて、シュリはびっくりしたようなまん丸の目で姫様の顔を見つめる。



 「そう言った行動だけでなく、シュリは内面ももの凄く優しくて、ですね。私みたいな女らしさと無縁な人間にも、その、か、か、か、可愛い、とかほめてくれたり……」


 (いやいや、アンジェ?それは別にお姫様に報告するような事でも……)



 ないよね?と思った瞬間、殺意のこもった視線が突き刺さった。

 そして、頭の位置が近いシュリにだけかろうじて聞こえるようなつぶやきが、シュリの耳に飛び込んできた。



 「……この、女ったらしのくそガキが!!」



 ぎりぎりぎりぎりと聞こえてくる歯ぎしりの音。

 シュリは信じられないものをみる思いで、目の前のお姫様を見つめた。



 「あ、あんじぇは、よっぽど、しゅりが、すき、なのね?」



 歯ぎしりをしながらとっても器用に、フィフィアーナはアンジェを見上げて問いかける。



 「シュリを、好き??わ、私がですか!?」



 その質問に、シュリの肩に置かれたアンジェの手の温度が急上昇する。

 きっと今、アンジェの顔は真っ赤であるに違いない。



 「そ、そんなに、まっかになるくらい、すき、なのよね?」



 そんなアンジェに追い打ちをかけるように、フィフィアーナが問う。その問いかけの後ろに、ぎりぎりぎりぎりという歯ぎしりの音を響かせながら。

 まるで途切れることのない歯ぎしりの音を聞きながら、シュリは他人事ながらフィフィアーナの歯が心配になってきた。

 そんなに歯ぎしりしたら、歯がぼろぼろになっちゃうよ、と。

 まあ、まだ乳歯だろうから、いずれ綺麗な歯に生え替わるんだろうし、余計な心配かもしれないが。



 「ま、まっか、ですか!?あ~……そう、ですか。真っ赤なんですね、私の顔……」


 「すき、なの?」


 「えーっと、その……は、はい。好きです。すみません」



 こんな小さな男の子を好きになってすみませんと言うように、体を小さくするアンジェ。

 だが、もう、フィフィアーナは彼女を見てはいなかった。

 フィフィアーナが見ていたもの、それは、アンジェの前にのほほんとした顔で立つ、シュリの顔だった。

 フィフィアーナは、呪い殺さんばかりの勢いで、シュリを睨みつける。

 その視線を受けたシュリは、あ~……と何かを悟ったように、困った顔で天を仰いだ。



 (このお姫様、アンジェが好きなんだ。で、僕にすっごい焼き餅を焼いてる……)



 なんだか、頭が痛くなってきた、と軽く額を押さえるシュリ。

 だが、そんなシュリの様子に気付くことなく、アンジェはなんとか己の主とシュリの関係性を改善しようと、シュリの良いところを延々と上げていく。

 シュリ自身、え?僕にそんなに良いところあったっけ??と思うくらいの勢いで。

 正直、ありがた迷惑である。

 アンジェがシュリを褒めれば褒めるほど、フィフィアーナ姫の視線の温度は下がり、その歯ぎしりは速度を増していく。



 (アンジェ……お、お願いだから、もうやめて……僕の精神の為にも、フィフィアーナ姫の歯の為にも……)



 心の底からそう思うが、それがアンジェに伝わるわけもなく。

 アンジェの空回りは、国王夫妻が割ってはいり、姫がアンジェとともに退出するまで続いた。

 結局、予定されていた晩餐会に姫が出席する事はなく、シュリとお姫様の初対面は、そんな最悪な形で幕を閉じたのだった。

 

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