第百七十七話 再びの王都
女神様が総出演する夢に悩まされつつも、なんとか王都に到着し、王にヴィオラの到着を知らせるというアンジェと、学院に戻らなければならないアガサと別れ、シュリとヴィオラはナーザと共に、ハクレンが一人しょんぼり営業しているであろう、子猫の遊び場亭へと向かった。
そこで荷物を置いて、アンジェが迎えに来るのを待つのである。
カランカラ~ン、とドアを開けると、
「いらっしゃいませ!」
とハキハキした少女の声が出迎えてくれる。
あれ?ハクレンはどうした??とヴィオラの腕の中でシュリが首を傾げると、奥から飛び出してきた美少女とばっちり目があった。
出てきた美少女、それはもちろんハクレンとナーザの一人娘、ジャズである。
ヴィオラの腕の中にいるシュリを見た瞬間、ジャズは、ぱあああっと顔を輝かせ、
「シュリ!!無事だったんだね!?よかったぁ。心配してたんだ」
言いながら駆け寄ってくると、ヴィオラごとシュリを抱きしめた。
「んん~?なぁに??シュリの心配だけ??」
そんなジャズの包容を受けながら、ヴィオラが悪戯っぽく返す。
「ヴィオラさんも元気そうで良かった。大変だったんでしょう?」
言いながら、ジャズは少しだけ心配そうな顔をした。
「ま、ちょっとはね~」
ヴィオラはジャズを安心させるようににっこり微笑み、その頭をわしゃわしゃと撫でる。
そして、誰かを捜すように宿の中を見回した。
「そう言えば、ハクレンは??ジャズはどうしてこっちにいるの??学校は??」
「あ~……お父さんは逃げ出し……いえ、ちょっと食材の買い出しに出てて。私は、その、お父さんから救援要請があったので、それで。ほら、お父さん、ちょっと強面だから、お客さんがみんな逃げちゃうって」
「あ~、うん。確かにそうね。じゃあ、折角だから、ジャズに宿の受付をしてもらおうかなぁ。いいわよね?ナーザ」
「ああ、かまわん」
「あれ?お母さん??お母さんも帰ってきたんだね。お疲れさま」
そこで初めて母親の存在に気づいたジャズは、彼女の側へ駆け寄って労いの言葉をかける。
「なんだ?今の今まで気づいてなかったのか?」
薄情者め、とナーザが笑うと、ジャズはちょっぴり唇を尖らせた。
「だって、シュリと目があったから、つい、シュリの事しか目に入らなくて。それに、お母さん、気配消してたでしょ?」
「……バレたか」
「そりゃあね。ちゃんと気配を感じてたら、流石に自分の母親の事くらい気付くよ」
「うんうん。中々順調に成長していて、母は嬉しい」
「ほめてもなにも出ないよ?えっと、じゃあ、シュリとヴィオラさんはいつもの2階の角部屋でいいんだよね?」
ジャズは言いながらカウンターの後ろに回り、部屋の鍵を取り出すとヴィオラの手の平に乗せた。
「夕ご飯はどうしますか?」
「あ~……もしかしたら、外に出るかもしれないから、もうちょっと保留で良い?お呼ばれがいつになるかはアンジェが来ないと分からないけど」
「分かりました。えっと、食事が必要なら食堂に来て貰えれば用意しますから」
遠慮なく言ってくださいね!、そう言ってにっこり笑ったジャズに見送られ、ヴィオラに抱っこされたまま階段を上る。
そして、前回も泊まった部屋に入ると、二人揃ってベッドにダイブした。
エルジャバーノのところからスベランサに移動して、問題を解決して、そして王都につくまで、ほぼ休まずに行動していたようなもので、流石のヴィオラにも疲れが伺えた。
ベッドにその身を横たえた途端、早速寝息をたてはじめたヴィオラを横目で眺めて微笑み、シュリはさてと、とベッドの上に体を起こす。
この後、王城に呼び出されたらまた色々忙しくなるだろうから、今のうちに色々連絡を取っておこうと思ったのだ。
連絡を取るべき場所は二つ。
イルル達・眷属チームと、ジュディス達・愛の奴隷チームである。
愛の奴隷と同様、眷属達とも念話をつなげる事が出来ることはすでに確認済みだ。
精霊達とも同様に、念話での連絡が可能だが、精霊チームは今現在シュリと共にいるので、連絡の必要性は特にない。
そんなわけで、まずは眷属チームに連絡をとってみる事にした。
(イルル達、ちゃんとやってるかなぁ)
そんなことを思いつつ、彼女達三人に念話を繋げる。
『イルル?僕だよ。聞こえる??』
まずはイルルに向かってそう呼びかけたが、なぜか返事がない。
あれぇ??と思って、
『ポチ?タマ??僕の声、届いてる??』
ポチとタマに向かってそう問いかけると、
『はい、シュリ様。ちゃんと聞こえているのです』
『……ん。問題ない』
二人はちゃんと返事を返してくれる。
じゃあ、イルルはどうしたんだろうと首を傾げると、そんなシュリの疑問に気付いたのだろう。
ポチが、補足の説明をしてくれた。
『えっと、イルル様でしたら、今、亜竜達の調教の真っ最中なのです。なにやら、ものすごく張り切ってて。今は、おあずけ、を仕込んでいるいるところのようです』
『……おあずけ??』
『はい、おあずけ、です。チョット前に、お手とお座りはマスターさせたようなのです』
『お手とお座り……』
なんか、僕の思っていた調教とちょっと違う、と思いながら、でもまあ、イルルが張り切って躾てるならそれはそれでいいか、と思い直す。
『そっかぁ。じゃあ、まだかかりそうだね?』
『はい。この後、伏せとおまわりとハウスとチンチンを仕込むのじゃ~、って張り切ってるので、まだ時間はかかりそうです』
『ん。特にチンチンは絶対にはずせんのじゃって騒いでるから、まだ大分かかる』
『そ、そう……うん、分かった。僕は今、王都にいるんだけど、そっちが終わる頃にはアズベルグの僕の家に戻ってるかもしれない。取りあえず、また連絡するけど、アズベルグの方がそこからは近いし、アズベルグで落ち合った方が良いかもね』
『アズベルグ、ですか?』
『場所、分かる??』
『さあ??でも、ポチ達は、シュリ様のいる場所が分かるので、何とかなると思います』
『そっか。そうだったね。じゃあ、ポチ、タマ。引き続き、イルルの事をよろしくね?何か困ったら、そっちから連絡してくれても良いから』
『はい!シュリ様』
『ん……頑張る』
そんな二人の声を聞いてから、念話を終える。イルルとは話せなかったが、まあ、いいだろう。
亜竜達の調教を一生懸命頑張ってるのは良いことだもんな、と思いつつ、今度は愛の奴隷チームに念話を繋ぐ。
『みんな、僕だよ』
『『『シュリ様っ!!』』』
シュリの声に食いつくように、三人の愛しい女達の声が響いて、シュリは思わず微笑みを浮かべた。
彼女達の顔も大分見ていない。
流石に彼女達がちょっと恋しかった。
『こうしてシュリ様が念話を下さった、と言うことは、もう危機は去ったのですね?』
ジュディスの様子を伺うようなその言葉に、シュリはびっくりしたように目を見開く。
『あれ?もしかしてみんなは気付いてた?僕のピンチ』
『もちろんです』
『すぐに察知して行動をおこしました』
『で、エルジャ様のお尻を叩いて……』
『『『もうすぐスベランサに着きます!!』』
さあ、ほめてくれてもいいんですよ?とばかりに得意げな三人の声を聞きながら、シュリはあちゃ~、と額を押さえた。
彼女達はまだエルフの隠れ里にいるものだとばかり思っていたから、連絡を焦るような事はしなかったのだが、もっと早く連絡をしてあげれば良かった、と。
『え、えーと、ごめん。僕、もうスベランサにはいないや』
『『『ええっ!?』』』
『じゃ、じゃあ、シュリ様は今どこにおられると?』
『お、王都?』
その瞬間、三人ががく~っとうなだれる気配を感じた。
彼女達は思っていることだろう。
最初にたどり着いたまま王都に居座っていれば、今頃シュリと感動の再会を果たせたのに、と。
『くっ、ではこれから王都へ……』
『あ、待って?ジュディス。王都へは、おばー様が王様に呼ばれたのに付いてきただけなんだ。謁見が終わればすぐに解放されるだろうし、そろそろアズベルグに帰るつもりだから、みんなもアズベルグに向かってくれる??』
『『『アズベルグ、ですか……』』』
『うん。僕もなるべく急いで帰るから。流石に離れすぎてて寂しくなっちゃったし。早く、みんなの顔が見たいよ』
『『『シュ、シュリ様ぁ』』』
シュリの言葉に、三人がとろけそうな声で答える。
『で、では、急いでアズベルグに戻って、毎日身を清めてお待ちしておりますわ』
『色々なところを、念入りに洗ってお待ちしてます』
『あ、シュリ君は私達で丁寧にねっとりと洗いますから、お風呂とか、入らなくても良いですからね~』
欲望に満ちあふれた三人の言葉に、シュリは乾いた笑いを漏らす。
ここしばらく放置したツケは、高く付きそうだった。
『じゃ、じゃあ、再会はアズベルグで、ね?』
『『『はいっ!!!』』』
三人のとってもいい返事を聞きながら、さて念話を切るかと思ったシュリは、はっとあることを思い出し、切る直前に言い残した。
『あ。もしかしたら、僕を訪ねて獣耳の女の子達が三人アズベルグに来るかも!!僕より早く到着するようなら、面倒をお願い。僕の眷属(ペット)なんだ。じゃあ、なるべく早く帰るからね~』
よーし、これで伝え残しは無いぞと、満足して念話を切る。
だが、シュリは自分のその最後の発言に含まれた、誤解を多分にまねく要素にまるで気付いていなかった。
遠く離れた地で、三人の女が、傍らの男エルフがどん引きする勢いで、
「「「また新たな女がっ!!!一気に三人!!!しかもペット!!!!」」」
と叫んだことを、シュリが知ることは無く。
色々と連絡を終えて満足したシュリは、ヴィオラの横でつかの間の休息を得るのだった。
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