第百七十四話 戦いの終わりと後処理と③

 スベランサの街へは、最初のようにヴィオラと二人で向かった。精霊達はシュリの中で待機だ。

 ヴィオラは、シェスタの速度を最速に保ち、スベランサへ急ぐ。

 その結果、急いでいたことを理由に今回も門をくぐることなく、街の中心部にシェスタを降下させる事となった。


 まあ、緊急措置という事で許してもらおう。それに、ミーナに怒られるのはヴィオラだし。

 そんなことを考えながら、二度目の来訪となるスベランサの街を見下ろす。

 前回訪れたときと違い、街中に人のにぎわいはない。

 恐らく、亜竜達の襲撃に怯えて家に引きこもっているか、あるいは逃げ出したのか。

 だが、流石に誰にも気づかれずに街中に降り立つことは不可能だったようだ。

 シェスタの姿をたまたま見かけた誰かが声をあげ、それを聞いた人達が次々に家の窓から顔をのぞかせる。

 徐々に徐々に声は大きくなり、人々はヴィオラの姿を一目見ようと家から飛び出してきた。



 (うわ~……ひっそり戻るのは無理だと思ったけど、思っていた以上の騒ぎになりそう……こうなったら)



 シュリはすでに人だかりが出来始めた降下地点を見下ろし、それからちらりと自分の後ろにいるヴィオラをちらりと見た。

 ヴィオラが、ん?なに??とかわいらしく小首を傾げる。

 シュリは、何でもないよというようにニコっと笑い、大人しくシェスタが地上に降り立つのを待った。

 シェスタが地上にその足をおろすのを待っていたように、押し寄せる歓声と人の波。

 みんながこの英雄を、ヴィオラの言葉を待っていた。不安をこらえるような表情で。

 そんな彼らを見回して、ヴィオラがにこりと微笑む。

 ぽそっと小声で、



 「……別に情報を先出ししてもかまわないわよねぇ?どうせ、すぐに告知するんだし」



 そう呟くのが聞こえた。

 そのヴィオラのつぶやきを聞いたシュリは、次にヴィオラがなにをするのかを察して、こっそり自分も次の行動の準備をしておく。

 そんなシュリに気づかずに、ヴィオラはコホンと咳払いを一つ。

 そして。



 「亜竜は私と孫のシュリとその愉快な仲間達でしっかり撃退したわ!!」



 よく通る声でその言葉を告げる。

 ゆ、愉快な仲間達って……と、シュリが微妙な顔をする中、群衆の中から、ぼそりとこぼれた声が聞こえた。



 「撃退した?」


 「ってことは……」


 「もしかして……??」



 信じられないというように、ぽつぽつ聞こえてくる声。

 その声の疑問に答えるように、ヴィオラの声が更に響く。



 「つまり、もうこの街は安全だってことよ。もうなんにも心配はいらない。このヴィオラ・シュナイダーが保証するわ!!」



 響きわたる声に、一瞬の静寂。だが次の瞬間には歓声が爆発した。

 ヴィオラの名前を呼ぶ声や、喜びの悲鳴、英雄を讃える声……そんな様々な声で周囲は満たされ、ヴィオラに向かって人々が押し寄せてくる。



 「ま、まいったわね~?これじゃ、ギルドに報告に行けないわね~??」



 まいったという割には何となく嬉しそうにヴィオラがシュリに話しかける。



 「そうだねぇ。でも、報告はちゃんとした方がいいと思うから、ここはおばー様にお任せするね?」


 「ん??」


 「街の人のお相手、よろしくね~~」



 シュリはそう言い残し、するりとシェスタの背中からすべりおりた。

 そして、周りに群がる人々の足下を上手にすり抜けながら、冒険者ギルドの扉を目指す。



 「シュ、シュリぃ~~??」



 そんなヴィオラの声を背中に受けながら。

 たどり着いたギルドの正面入り口のドアを押し開け、中に入り込む。

 それだけでだいぶ外の騒ぎが遠のき、ほっと息をついてから、妙にがらんとしたギルドの中を進んだ。中には冒険者はおろか、受付の職員の姿もほとんどない。

 どうやら外の騒ぎにつられて飛び出していってしまったようだ。



 (職務怠慢だな~。まあ、でも、仕方ないか)



 危機的状況に緊張していたところに、全てを解決して凱旋した英雄が戻って来たのだから。その姿を一目見たいと思っても、まあ、責められないような気もする。

 シュリは苦笑しながら、どうやら出遅れて受付窓口を一人任されて腐っているらしい人の元へ向かった。



 「あの~?」


 「え?は、はいっ。なんで……あれ?いない??」



 ぽや~っとしていたところに声が聞こえて慌てて顔を上げた受付嬢は、正面に声の主を見つけられずに首を傾げる。



 「おねーさん、こっち、こっち」



 そんな彼女にむかって、シュリはかろうじて顔の上半分が届くくらいの高さの台にしがみつくようにしながら呼びかける。

 その声に促されるように視線を下へ向けた受付嬢は、驚いたように目を見開いた。そこにはどう見ても冒険者ギルドにふさわしくない、幼く愛らしい子供がいたから。



 「え~っと、ボク?冒険者ギルドになんのご用かしら?誰かの身内??」



 一応、冒険者のヴィオラ・シュナイダーの身内ではあるが、それを告げると話が進まなそうな気がしたので、あえてそこはスルーして、シュリは彼女に自分の要望を告げる。



 「えっと、ギルド長さんか、ミーナさんはいますか??僕、知り合いで二人に用があるんです」


 「ギルド長かミーナさん??ミーナさんは、家族が心配だからってちょっと家の様子を見に行ってるけど、ギルド長ならいるわよ?」


 「どこにいますか??会いたいんですけど」


 「あ~多分、ギルド長の部屋にいるはずだけど。案内、いるかしら??」


 「いえ、大丈夫です。おねーさん、ありがとうございました」



 にこっと微笑み、シュリは受付を離れる。



 「……な、何なのかしら。この胸の高鳴りは」



 そんなつぶやきと共に、熱い眼差しをシュリのちっちゃな背中に注ぐ受付のおねーさんをその場に残して。

 階段を上り、ギルド長の部屋へと向かう。

 ギルドの長の部屋らしい、他とは違う重厚なドアを押し開いて中に入れば、



 「よう、まってたぜ??」



 迎えてくれたのはそんなギルド長の渋い声。



 「ヴィオラの奴は外か??」


 「うん。街の人に捕まってる」


 「そか。まあ、しゃあねぇなぁ。派手に凱旋して、派手に自分の手柄をぶちまけちまったからなぁ。しばらくは解放されねぇだろうな」



 シュリの言葉に苦笑して、ギルド長は苦笑を漏らした。

 そんなギルド長を見上げ、シュリも似たような表情を返し、



 「僕もそう思う。だから、おばー様の代わりに僕が来たよ」



 そんな風に提案した。

 その提案に、ギルド長はためらうことなく頷く。

 彼はどうやらきちんとシュリを一人前の冒険者として認めてくれている様だった。ただの五歳の子供でも、ヴィオラ・シュナイダーのおまけでもなく。



 「おう、わりぃなぁ。んじゃ、いっちょ、よろしく頼むわ」


 「はぁい」



 きちんと一人前扱いされている事に口元を緩めながらシュリは素直に頷き、事の顛末を報告する。



 一つ、このスベランサに向かう亜竜の群はヴィオラが全て戦闘不能にしたこと。


 二つ、もう一つ、アズベルグ方面へ向かった亜竜の群は、シュリの精霊が対処して、こちらももう危険は無いこと。


 三つ、ドラゴンの峰には上位龍が住み着いていたが、拳にものをいわせて追い出したこと。


 四つ、スベランサ、アズベルグ双方、それぞれで戦闘不能にした亜竜達は、きちんとドラゴンの峰に帰っていただいたこと。



 以上、四つの点を簡潔に説明し、脅威は去ったのだということを告げた。

 ギルド長はフムフムと頷きながら最後まで報告を聞き、聞き終わった後、シュリに一つだけ質問をした。



 「スベランサ方面をヴィオラ、アズベルグ方面をお前の精霊が対処した事は理解した。んじゃ、ドラゴンの峰の上位龍はだれが対処したんだ?」


 「え~っと、一応、僕……」



 信じてくれないかなぁと思いつつ、上目遣いでそう告げる。

 だが、ギルド長は素直にその言葉を信じてくれたらしい。

 感心したように頷き、シュリの頭をわしわしと撫でてくれた。



 「シュリ、お前は本当にヴィオラとエルジャの孫なんだなぁ。規格外なところまでそっくりだぜ」


 「おじー様の事もしってるの??」


 「ま、そりゃあな。俺らくらいの世代で知らない奴はいねぇだろうなぁ。ヴィオラの元旦那だし、アイツ自身、相当つえぇしな」


 「ふうん。そうなんだぁ」


 「そうだぜ?お前は、相当すごい奴らの孫なんだからな。まあ、孫のお前もかなりのもんだけどよ」



 そう言ってギルド長は、シュリをひょいと抱き上げ、自分の膝の上に乗せた。

 そして更に頭をなでりなでりと撫でてくる。



 「にしても、おめーは可愛いなぁ……なんつーか、こうしてると、父性本能がぼこぼこ沸いてくるっつーか」



 ギルド長がぽそりとこぼす。

 それを聞いて、シュリは冷や汗をたらりとこぼした。

 これは、やっぱりあれだろうか、と。

 自重をしらないあのとんでもスキルの仕業じゃなかろーか、と。



 (ま、まあ?恋愛状態になることは無いだろうから、そこまで心配しなくてもいいだろうけど)



 なんか落ち着かないなぁと、ちょっともじもじしていると、正面の扉がばーんと開いた。

 入ってきたのはヴィオラ……ではなく、家の様子を見に行っていたはずのミーナである。



 「ただいまもどりました~。も~、ギルドの前がすごい混雑で、ほんと、大変なことになってますよ、ギ、ルド……長?」



 やれやれといった感じでしゃべっていたミーナの視線がギルド長に向けられ、その視線の温度が一瞬で急降下していく。

 ミーナの視界に映ったもの、それは、いたいけな少年を膝に拘束してなで回している、変態的なギルド長の姿だった。

 彼女は無言でギルド長に歩み寄り、その膝の上からばっとシュリを取り上げる。



 「おいっ、何だよ!?返せよ」



 反射的にそんな声を上げたギルド長を、ミーナはぎろりと睨みつける。



 「ギルド長?そんなに膝が寂しいなら、こんなちっちゃな子供を乗せてないで、おつきあいのある女性でも乗せたらいかがですか?」


 「う……いや、あのな?これはそういうつもりじゃなくて、なんつーか、父性本能的な……」


 「父性本能のかけらも感じさせない顔で、笑えない冗談を言わないで下さい」


 「うぐっ……おま、俺には、容赦ねぇのな……」


 「いつもの事じゃないですか。それに、普段のご自身の行動を省みれば、納得出来るのでは?」



 ミーナに言われ、ギルド長は素直に普段の自分の行動を思い起こす。

 たまった書類を古参職員のミーナに押しつけたり、この部屋に女を連れ込んでしっぽりやっているところを見られたり、連絡もしないで何日も仕事をさぼったり……確かに、容赦なくされても仕方のない行動ばかりである。

 ギルド長はがしがしと頭をかいて、苦虫を噛み潰したような顔で唸り、反論できずに黙り込んだ。



 「シュリ君、大丈夫??怖かったわね~?」


 「ミーナさん、おうちは大丈夫だった?」


 「うん、おかげさまでね?旦那も娘も元気そのものだったわ。シュリ君は怪我とか、平気??」


 「うん、大丈夫。おばー様も元気だよ?」


 「まあ、ヴィオラに関してはそれほど心配してないけどね。もう、終わったの?」


 「終わったよ。もう大丈夫」


 「そう。この街を守ってくれてありがとう……ギルド長、各方面への連絡は?」


 「これからするところだよ。シュリから事情を聞き終わったのが、ミーナが来る直前だからな」


 「そうですか。なら、タイミングが良かったんですね。ちょっとでも遅れてたら、シュリ君の貞操が危ないところだったわ……」


 「だからなぁ?俺のは単なる父性……」


 「お黙りなさい、この獣!ったく、女に見境がないだけじゃなく、こんな小さな男の子にも、だなんて。今までよりもっと監視体制を強化しないとダメね」


 「監視体制って、おい。俺って、そんなに信用なかったわけ!?」


 「まあ、それは冗談ですが。とにかく、ギルド長は各方面への連絡と、報告書の作成を。私は、シュリ君を王都からの使者のところへ案内しますから」


 「お、ああ。そうだったな」


 「王都からの使者??」



 シュリが首を傾げると、ギルド長が説明をしてくれた。



 「おう、実はな。ちょっと前に王都からの救援チームが来てくれたんだが、ヴィオラが戦っている事を伝えたら、下手に手を出すよりここの守りを固めた方がいいだろうって事で、街で待機してんだよ。で、一応チームを率いてきた近衛の奴や、他にも上位冒険者がここに詰めてるんだが、そのうちの何人かが、シュリが戻ったら会いたいっていっててよ」


 「王都の近衛や上位の冒険者??」



 そんな人に知り合いがいたっけなぁ、と思いつつ首を傾げるシュリ。



 「まあ、顔を見てみりゃ思い出すんじゃねぇか??取りあえず、俺の顔を立てて会いに行っておいてくれや。どいつもこいつも、知る人ぞ知る、結構な有名人だぜ??」


 「ふぅん??じゃあ、まあ、行ってみる」



 ギルド長の顔などどうでも良いのだが、会いたいと請われているのに断るのもどうかと思い、シュリは素直に頷いた。



 「じゃあ、私はシュリをみなさんのところへ送り届けたら戻ってきますから。さぼらないで、仕事してて下さいね!」



 ミーナはシュリを胸に抱いたまま、ギルド長を半眼で見つめてそう宣言し、シュリと共に部屋を出ていった。

 二人の姿が扉の向こうに消え、扉が閉まったのを確認してから、ギルド長は大きなため息をもらす。



 「な、なんか妙に疲れたぜ。ったく、俺はノーマルだっつの。少年趣味なんか……ないよな??いやいや、ありえねぇって。俺、おっぱいのデカイおねーちゃんに目がねーし……うん、ないない」



 ギルド長はそんな風に己に言い聞かせるように、ぶつぶつと呟いて、乾いた笑いをこぼすのだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る