第百六十三話 ドラゴン、憤慨する!?

 イルルヤンルージュはドラゴンである。


 もちろん、ただのドラゴンではない。

 高い知能と力を持つ古龍エンシェント・ドラゴンとして生を受けてから更に千年を越える時を生き、いつしか上位古龍ハイ・エンシェント・ドラゴンと呼ばれるようになった、ある意味、ドラゴン界の超エリートである。

 ここで誤解して欲しくないのは、ただ長生きさえすれば上位古龍ハイ・エンシェント・ドラゴンと呼ばれる事が出来るのか、という点だ。


 答えは否である。


 長生きしたところで、平凡なドラゴンは平凡なまま終わる。

 上位古龍ハイ・エンシェント・ドラゴンというものは、ある意味突然変異のようなものなのだ。

 通常の古龍エンシェント・ドラゴンの寿命は千年に満たない。

 だが、その古龍エンシェント・ドラゴンの中から稀に、千年を越えてもなお生きる、知能も能力も周囲の者とはけた違いの強い個体が生まれてくる。

 長い長い歴史の中で、古龍エンシェント・ドラゴン達は、自分達よりもより神に近いその変異種を、自分達と区別し敬う気持ちを込めて、上位古龍ハイ・エンシェント・ドラゴンと呼称すようになったのだ。

 上位古龍ハイ・エンシェント・ドラゴンは、そうと認められたときより、同族達から神のように敬われる存在となるのである。


 イルルヤンルージュも、当然の事ながらそうやって敬われ大切にされるはずであった。

 が、イルルは昔から少々残念な龍だった。

 頭が悪いわけでもないし、能力が低いわけでもない。

 むしろ、知能の高さは目を見張るものがあったし、能力においても突出していた。

 普通なら、周囲から尊敬されてしかるべきなのだが、そうはならない残念さが、彼女の持ち味でもあり、また欠点でもあった。


 時が来て、彼女は紅龍の里において里で唯一の上位古龍ハイ・エンシェント・ドラゴンとして認められたのだが、蒼龍の里にも彼女とほぼ同時期に上位古龍ハイ・エンシェント・ドラゴンとして認められた龍がいた。

 不幸だったのは、蒼龍の里の上位古龍ハイ・エンシェント・ドラゴンは誰もが認める才媛であり、強者であり、人格者でもあった、という事である。


 上位古龍ハイ・エンシェント・ドラゴンとして認められたイルルに訪れたのは、そんな相手と否応なしに比べられ、里人にため息をつかれる日々。

 みんなからちやほやされる気まんまんだったのに、そうはならない現状に、元々こらえ性のないイルルが癇癪を起こすまでそう時間はかからなかった。


 そうして、里の皆と色々あり……ほんっとうに、色々あって、イルルは二匹のペットを連れて家出をしてきた。

 決して追い出されたのではない。あくまで家出である。(注・本人談)

 そんなこんなで、住む場所に困ったイルルは、たまたま目についた山に降り立った。それが、このヴィダニア山のドラゴンの峰である。

 元々住んでいた下級の竜達を追い出して、一人気ままな悠々自適な生活をしていたところに、小さな羽虫が迷い込んできたのがついさっき。

 見知らぬ相手に驚いて、反射的に全力でブレスを放ってしまったのだが、なんと、その羽虫はそれに耐えてみせた。

 ちょっと驚いて、なんだか楽しくなり、イルルは羽虫に声をかけてみた。

 そして、もうちょっと遊んでやることにした。


 じゃあ、どうやって遊ぼうか、イルルはうきうきしながら考えて、結局は単純に、さっきよりもちょっと威力を抑えめにしたブレスをさくっとぶっ放した。

 さっきのブレスを耐えられたのだから、今度のブレスも余裕じゃろう?と。

 シュリの受けたダメージなど、まるで考えていない彼女は、これでシュリが丸焦げになるかも知れないなどとは、これっぽっちも考えていなかった。

 ここに彼女の里の者が居たら頭を抱えたことだろう。

 この人の、こういう単純バカなところがイヤなんだよ、と。

 だが、里の者はここにはいないし、彼女はもちろん自分の行為が間違っているなどとは思っていない。

 彼女は羽虫にブレスが到達するのをわくわくしながら待った。


 だが、どうも羽虫の生きが悪い。もうすぐブレスが到達するのに動く気配がないのだ。

 あれ?これ、やばかったかも、とその時点になってイルルはやっと気づく。

 だがもう遅い。

 放ったブレスは、もう引き戻しようがないのだから。

 弄んで楽しもうと思っていた玩具が壊れてしまう事を思って、イルルはがっかりした顔をする。

 しかし、その予想は覆された。


 ブレスが到達する寸前、羽虫から黄金色に輝く光と共にもの凄い量と密度の魔力があふれ出した。

 その魔力は羽虫を包み込んで盾となり、イルルのブレスを軽々と防いでみせたのだった。

 おおおおお~っと歓声を上げ、イルルは赤みがかった黄金の瞳をきらきらと輝かせる。

 その魔力の量と濃さは、驚くべき事にイルルの魔力にも匹敵する勢いだった。

 それをはっきりと感じたイルルは、ただの玩具としか思っていなかった羽虫に、ほんの少しだけ興味を覚えた。

 その興味のままに思う。

 ちょっと、言葉を交わしてみようか、と。

 話してみて、もし面白かったら、側に置いてやってもいいかもしれない。彼女の三匹目のペットとして。

 そんな風に思いながら、魔力の障壁がなくなるのをじっと待つ。

 ブレスを耐えきり、最初は濃い金色だった障壁の色が徐々に薄くなり、そして空気に溶ける様に消えていく。少しずつ、少しずつ。

 そして、その向こうから現れた人影をみて、イルルは大きく首を傾げた。



 (はて?あの羽虫、あんなに大きかったかのう??)



 と。

 だが、金色に輝く魔力の残滓が消えて、その人影が鮮明に見えてくるにつれ、イルルの機嫌が目に見えて悪くなってくる。

 その人影は、一人のものではなかった。ただ、一人に見えただけ。

 つまり、一人に見えるくらい密着しているのだ。二人の人間が。

 そのうちの一人はもちろんさっきの羽虫である。

 イルルが記憶している通り小さくみすぼらしい姿の羽虫は、大きな女に抱きしめられ、なんと……



 (くっ、くっ、くっ、口づけをしてるじゃとおぉぉぉぉ!?)



 そう口づけをしていた。

 しかも、どうやら二人は夢中になって舌を絡め合っているように見えた。

 イルルが体験したことの無いような、見事なまでの大人のキスである。



 (こっ、こっ、この妾ですらしたことのない大人な口づけを、あんなみすぼらしいちびっ子がいとも簡単に体験しておるとは……くっ、うらやま……否、けしからん!!!)



 もはや、イルルの頭の中には、羽虫……もとい、シュリをちょっぴり認めてやろうかと思った事実など、消えてなくなっていた。

 残っているのは、何とも言いようのない腹立ちだけである。

 彼女はその思いのままに、叫ぶ!!!



 「妾を無視して、卑猥な口づけをするでないわ~~~~!!!!」



 その叫びに、やっとイルルの存在に気づいたように、女と口を離した羽虫がこっちを見る。

 イルルは、きょとんとした妙に可愛く見える羽虫の顔を、涙目で睨みつけ、



 「けしからん、けしからん、けしから~~ん!!お主なぞ、妾のペットに食われてしまえばよいのじゃ!!いでよ、ポチにタマ!!!」



 勢いのままに己の可愛いペット達を召喚するのだった。

 

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