第百六十四話 昔から動物には好かれる方でした

 さくらとのキスに夢中になっていたら、いつのまにかブレス攻撃は終わっていたらしい。



 「妾を無視して、卑猥な口づけをするでないわ~~~~!!!!」



  無視されてちょっと傷ついたらしいハイなんたらドラゴンさんから、そんな雷を落とされて、はっと自分の状況を思い出す。

 あ、そういえば、絶賛危険のまっただ中だった、と。

 冷や汗をたらりと流しながら、ハイなんたらドラゴンさんの方を見ると、赤い鱗を更に赤く輝かせて明らかに怒っている様子が伺えた。

 あ~、これはちょっと話し合いをする雰囲気じゃあないなぁと思いながら、シュリは自分の体の様子を確かめる。

 まだ、全快したとは言い難いが、さっきよりは随分ましになってきた。



 (う~ん。これならなんとか戦いに耐えられそう、かな?)



 でも、まあ、あっちがやる気なら、頑張るしかないか。死んだ気になれば、何とかなるもんでしょ、とシュリが前向きに考えていると、無視されたと思ったのか、真っ赤になった龍が地団駄を踏む。



 「けしからん、けしからん、けしから~~ん!!お主なぞ、妾のペットに食われてしまえばよいのじゃ!!いでよ、ポチにタマ!!」



 龍の叫びにシュリは思わず微妙な表情を浮かべた。



 (え?ポチにタマ……って、どうなの?そのネーミングセンス??もしかして、あの龍の人、日本人??)



 あり得ないと思いつつも思わずそう思ってしまうほど、ある意味郷愁を誘うネーミングだった。

 だが、シュリが故郷を思って感傷に浸る間もなく、なにも無い空間から二匹の生き物が召喚され、龍の前に現れる。


 一匹は大きな狼っぽい。

 きらきら輝く青みがかった白銀の毛皮がもふもふしていて、凛々しくも可愛らしい。

 シュリが夢に描いたペットそのものと言っても良かった。

 あの大きさなら、シュリを背中に乗せて軽々と運んでくれるに違いないだろう。

 その光景を思わず脳裏に描いて、シュリの表情がほんわりと緩んだ。

 だが、そんなシュリとは魔逆の反応をさくらが示す。

 さくらは、その狼っぽい生き物を見て、驚きと恐怖の入り混じった声を漏らした。



 「あ、あれはまさか、フェンリル!?な、なんて恐ろしいの!?」



 え~、恐ろしいかなぁ?可愛いけどなぁ、と、さくらの言葉を聞いても、シュリは首を傾げるばかり。

 そんな感じにシュリがちっとも怖がらないので、さくらがフェンリルについて自主的に説明をしてくれた。



 「フェンリルとは、最強クラスと言っても過言ではない魔獣で、知識が高く人の言葉を解す事から、霊獣とか神獣とか呼ばれて恐れられていたりするの。すっごく強くて、すっごく怖い生き物なのよ?」


 「へえ~、賢いのかぁ。ますますいいなぁ。見た目も可愛くてかっこいいし」


 「可愛くてかっこいい!?凶悪で怖そうの間違いじゃなくて??」


 「え?可愛くない?アレ。もふもふで、おっきくて」


 「た、確かにもふもふはしてるけど、か、可愛いといえるのかしら??」



 シュリの主張に、さくらは微妙な表情だ。

 だが、シュリは気にせず、もう一匹の生き物にも目を向けた。


 もう一匹は、シッポがすごーくたくさんある、狐の様な生き物。

 こっちも金茶色に輝く艶やかな毛皮が何ともさわり心地が良さそうだった。

 特にしっぽはあり得ないくらい、ふわっふわしてる。

 アレを枕にお昼寝できたらきもちいいだろうなぁ、とうっとりするシュリ。



 「あ、あっちはまさか、九尾の狐!?妖孤の頂点に立つような存在が、何でこんなところに……」



 そんなシュリとの温度差がもの凄い事になっているさくらが、シュリの隣で驚愕の声をあげる。

 それを聞いたシュリが、ぱっと顔を輝かせて、



 「あ、あの子、やっぱりキツネさん?九尾って事は、あのすてきなシッポは9本もあるのかぁ。うわぁ……くるまれて昼寝したらきっと気持ちいいんだろうなぁ」



 そんなピントのずれたコメントを言うので、さくらはちょっぴり疲れた顔で、無駄だと思いつつもシュリに九尾の狐についての豆知識を教えてあげた。



 「キツネはキツネだけど、アレは妖孤と呼ばれる魔獣の中でも飛び抜けて強い存在なのよ?妖孤は、強くなればなるほどシッポの数が増えるんだけど、その最上位が九尾の狐と言われてるの。一応言っておくけど、アレも怖い生き物なんだからね??」


 「え~?怖いかなぁ??綺麗だし、賢そうだよ??」



 言いながら、シュリはうっとりと二匹を眺めた。

 二匹の方も、そんなシュリを前に、ちょっと戸惑っているようだった。

 人の言葉が分かるのか、可愛いだの、綺麗だのと、シュリの手放しの誉め言葉に、ちょっと照れている様にも見える。

 そんな二匹を見ながら思う。



 (でも、あの二匹はあっちの龍の人のペットだし、僕の敵なんだよなぁ)



 と。

 敵であるならば、気は進まないが倒さなければいけないだろう。

 それに、今のシュリは正直、手加減を出来るような状態ではまだない。

 ちらり、とハイなんたらドラゴンさんを見れば、どうだ、自分のペットは凄かろうと、非常に得意そうな顔をしてこっちを見ている。

 そして、中々襲いかかろうとしないペット達に発破をかけていた。



 「ほれ、どうした!?ポチ、タマ。さっさとあの羽虫を叩き潰してむしゃむしゃと食べてしまわんか」



 そんな龍の言葉に、二匹は顔を見合わせて、それからおずおずとシュリの様子を伺う。え、本当にやんなきゃダメなの?とでも言うように。

 シュリはそんな二匹を見ながら、小さくため息を漏らし、それから抱っこされたままだったさくらの腕の中からひょいと飛び降りて、危なげなく地面に降り立った。

 そして、心配そうなさくらの顔を見上げて微笑む。



 「仕方ないから、ちょっとお相手してくるよ。さくらはここで待っててくれる?」


 「で、でも、相手は二匹……いえ、あの上位古龍ハイ・エンシェント・ドラゴンを加えたら三匹よ?流石に一人じゃ危険だわ」


 「もしかしたらね。だけど、とりあえずは一人でやってみる。でも、危ないと思ったらちゃんと助けて貰うから。ね?」



 だから、お願いーそういって可愛らしく手を合わせるシュリに、結局はさくらが折れた。

 これ以上言葉を重ねてもシュリの意志を曲げることは出来そうに無かったし、どのみちさくらがシュリの決定に逆らうことは出来ないのだ。意見をすることは、出来たとしても。


 シュリは主で、さくらはその契約精霊で、精霊は契約した主の命に反する事は出来ない。

 人よりも、遙かに強大な生命体である精霊を支配下に置くために作り出されたのが精霊契約であり、それは人と精霊を明確な主従の関係性に押し込める為のもの。

 精霊契約を交わすと言うことは、すなわち主の命に逆らえない身になると言うことなのである。


 だから、基本的に自由を愛する精霊は余程の事がなければ精霊契約を結ばない。

 この人はと思い定め、心底惚れ込んだ相手を見つけた一握りの精霊だけが、愛おしい相手と契約を交わすのだ。

 まるで婚姻の契りを交わすかのように。


 だから、さくらはシュリの望む事を拒否することは出来なかった。

 悲壮な顔で頷くさくらを見つめ、シュリは困ったように笑う。



 「大丈夫だよ、さくら。無理はしないようにする。僕が困ったら助けに入れるように、出来るだけ、体を休めておくように。これは命令だよ?わかった??」



 そう言って、シュリはさくらに背中を向けた。

 その言葉を聞いて、さくらは悟る。

 この戦闘に、さくらを参加させないのは、上位精霊として生まれたてのさくらを気遣っての事なのだと言うことを。


 確かに、さっきのブレスを阻むのに、ずっとため込んでいた上質な魔力をほぼ出し尽くしてしまったさくらは、エネルギー枯渇寸前といっても過言ではない。

 それでもシュリが魔力を分けてくれたから何とかなりそうだが、決して万全とは言い難い状態だった。

 その事を、シュリは多分気づいていたのだ。


 敵からさくらを守るように立つシュリの、小さな小さな背中を見つめる。

 シュリを初めて見たときから、シュリの中で眠っている間も、ずっとずっとシュリに焦がれていた。

 それ以上に好きになれないくらい、シュリの事を好きだと思っていた。

 だが、今、さくらは今までより更にシュリを好きになっている自分に気づいてしまった。


 傷ついた小さな体で、それでもさくらを守ろうとしてくれるシュリが愛おしく慕わしい。

 熱のこもったまなざしでシュリの背中をうっとりと見つめていると、不意に、シュリの背中がビクリと波打った。

 どうかしたのかしら、と首を傾げるさくらは知らない。

 今、シュリの頭の中にあるアナウンスが流れたことを。


 さくらの目の前で、ちょっぴり肩を落としたシュリが呟く。

 やっぱり、精霊も対象外じゃ無かったみたいだ、と。

 シュリのその言葉の意味が分からずに、



 (対象外って、なんの??)



 とさくらは心底不思議そうに首を傾げたのだった。

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