第百六十二話 覚醒の時
赤い赤い、炎が迫る。
ああ、死ぬなぁと思って目を閉じる。
そう思ったとき、ふと自分の中にいる光の繭の事を思い出した。
今よりも幼かった頃、シュリが知らない間にその身の全てを使って助けてくれた、まだ見ぬ恩人の事を。
(ごめんね。君も巻き込んじゃう……)
そっと両手を胸に当て、シュリは心の中で繭の中に眠るはずの光の精霊に話しかけた。
その時だった。
(死なせない!私があなたを守る!!)
頭の中にそんな言葉が響いた。どこか懐かしいような、聞き覚えのある声で。
これって、誰の声だったろうと内心首を傾げつつ、
(死なせない、って言ってもなぁ)
シュリは苦笑混じりにそう思う。
そして目を開けると、迫り来る炎を瞳を再び見つめた。
あの炎を防ぎきるのは、さすがに無理なんじゃないかなぁ、そんな風に思いながら。
だが、そんな声に出さない言葉に答えるように、シュリの胸の内側がまばゆく輝く。
そして、誰かの手がふわりとシュリを抱き上げ、そっと抱きしめた。
シュリの傷ついた体を優しく包み込むように。シュリの身に迫る炎を、その体で遮るように。
それに気づいたシュリは慌てた。
そんなことをしたら、シュリの代わりにその人が死んでしまう、と。
シュリの、その気持ちが伝わったのだろう。
くすり、と柔らかく笑う気配と共に、
「大丈夫……あなたは私が守るわ」
すごく懐かしい声が、今度は直接、シュリの耳朶をくすぐった。
反射的にその声の主が、頭に思い浮かぶ。
だが、まさか、と思った。その人が、この世界にいるはずがない。
あの強烈なブレスは、もうシュリをかばう彼女に到達しているはずだ。だが、不思議と二人の間は静寂に満ちている。
何でだろう、と首を傾げると、再びシュリを抱きしめているその人の、笑う気配が伝わってきた。
「あなたの、魔力よ」
「え?」
「あなたが、私に、ずっと魔力を注いでくれたから……今はため込んでいたその膨大な魔力が、私達を守ってくれている」
「僕が、魔力を注いだ?」
「ええ。私があなたの体にいた時は無意識に、私を知ってからは毎日きちんと愛情を込めて、注いでくれたわよね?」
嬉しそうな声が、言葉を紡ぐ。
確かに、シュリはその通りのことをしていた。金色の、光の精霊の入った繭に対して。
まさか、とシュリは自分を抱きしめている人の顔を見上げる。
そして黄金の髪に縁取られた美しい人の、髪と同じ黄金色の瞳を見つめ、大きく目を見開いた。
髪の色も、目の色も違う。
でも、その顔立ちはシュリの良く知る人にとてもよく似ていた。
シュリが、というよりも、シュリの前身である高遠瑞希が、と言った方が正しいのかもしれないが。
シュリは彼女の顔を見つめたまま、呆然とその名前を呟く。
「さ、さくら……?」
それを聞いた、桜によく似た女性が嬉しそうに微笑んだ。
「さくら?それがあなたが私にくれる名前ね?」
「え??」
「名前が決まったことだし、契約をしましょ?我が君」
「契約??我が君??って、ええっ??」
混乱して目を白黒させるシュリを置き去りに、桜によく似たその人は、桜のものとしか思えない声で、契約の言葉を紡ぐ。
その手の平を、そっとシュリの胸に押し当てたまま。
「光の精霊・さくらがここに誓う。我、シュリナスカ・ルバーノを我が主とし、常に傍らで守り支える事を誓う」
いきなりの展開に、言葉の出てこないシュリを、光の精霊・さくらが切なそうに見つめる。
「お願い。私をあなたの精霊にして?あなたを守り、側にいる資格を、私にも与えて欲しいの」
シュリは吸い込まれるように、さくらの黄金の瞳を見つめた。
そして、気がついたときにはうなずきを返していた。
それを見たさくらが、花がほころぶように笑う。
「じゃあ、言って?許す、と。ただ一言だけ。それで私とあなたの契約は結ばれる」
「……許す」
かすれた声でそう答えた瞬間、さくらの手の平の下で、シュリの胸がまばゆく輝いた。
「今は見えないけど、私の印があなたに刻まれたわ。これで私は、あなたのものよ」
嬉しそうなさくらの声。
それがかつての親友のものじゃないと、分かっている。
分かっていてもやはり、嬉しそうなその声を聞くのは、シュリを何とも幸せな気持ちにさせてくれた。
「シュリ、私にもキスをくれる?他のみんなにしたように」
ねだるように問われ、なんのことかと一瞬考える。
だがすぐに、それが四人の精霊と契約したときに交わした、魔力を与える為のキスの事だと分かった。
シュリは微笑み、さくらの頬に手を伸ばす。
「いいよ。でも、さくらはあの時のこと、何で知ってるの?」
「私はただ眠っていただけだもの。眠りながら、ずーっとあなたの中にいた。だから、あなたが体験したことはすべて知ってるのよ?今のこの姿は、あなたが大切に思っている人のものだと言うことも分かってるわ。本当は、この姿をとるつもりは無かったんだけど、あなたが危険だと思って繭を飛び出してきた時、あなたがこの姿を強く思っていたから、それに引き寄せられちゃったの。イヤ、だった?」
不安そうな彼女の問いかけに、シュリは首を横に振る。
驚きはしたけど、イヤじゃない。むしろ、懐かしくてちょっと泣きたくなる。
もう二度と、会えないはずだったのにもう一度会えた。
その事が少しだけ嬉しかった。
もちろん、彼女は親友の姿を模しただけで、当人でないことは十分に理解した上でも。
「イヤじゃないよ。懐かしくて、ちょっと嬉しい、かな」
「そう?よかった……」
素直にほっとした顔をする彼女を可愛いと思った。
意地っ張りで天の邪鬼な桜がこんな素直な表情を見せてくれることは滅多になかったから、なんだか新鮮で面白い。
シュリはそんなことを思いながら、魔力を彼女に与えるために顔を近づけていく。
(まるで桜にキスするみたい……へんな感じ、だな)
でも、不思議とイヤじゃないやーシュリはさくらの顔を見つめたまま、その艶やかな唇にそっと口づけした。
触れ合った唇の隙間から、魔力をねだるようにさくらの舌が入り込んできてシュリの舌に絡みつく。
(桜とキス、なんて、考えた事なんて無かったけど……)
でも、いいよね?とシュリは思う。
前世は女だったけど、今のシュリは紛れもなく男なのだから、彼女とのキスを気持ちいいと思ってもいいはずだ。
(だから、さくらを可愛くて愛おしいって思うのも……おかしい事じゃ、ないんだよね?)
舌と舌を絡め合わせて魔力を与え、さくらを味わいながら、シュリは思う。自分に、言い訳するように。
自分が今、危険な戦場に居ることも、すっかりさっぱり忘れたままで。
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