第百五十四話 謎の視線、そしてスベランサへ
シェスタの高速飛行で目的地へと向かう。
今回のヴィオラはやけにシリアスだ。
まだシュリには話してくれないが、きっとかなり大変な事態が起こっているのだろう。
シュリはシェスタの上で、ヴィオラにしっかりと抱き抱えられたまま、こっそり[レーダー]を起動して、今、どの辺りを進んでいるか確認する。
ヴィオラのホームで目的地のスベランサまで、あと少し。
その近くに山があるようなのだが、そこの色がヤバいことになっていた。
魔物が大量発生しているのかなんなのか、山全体が黄色い光点で埋め尽くされる勢いだ。
目に鮮やかなその色を見つめながら、シュリは眉を寄せる。
山の黄色が、ほんの少しずつ動いている気がした。山から、そうじゃない場所へと。
魔物の領域が徐々に人の領域を浸食しているように見えて、シュリはなんとも言えない不安を覚える。
そしてふと、アズベルグがそのまっ黄色な山からそれほど離れていない地域にあることに気づいた。
もし、山の魔物がなだれ出てきても、すぐに襲われる距離にあるわけではない。
だが、絶対に安全圏とはいえない距離だと、シュリは冷静に考える。
(まあ、いざとなったらなにをしてでも守るけど)
なんといってもアズベルグには、シュリの大切が集まっている。
そこを、壊させるわけにはいかないと、シュリは静かな決意を込めた目で、遠くに見え始めた山を睨んだ。
その山を、外から見ている分には特に異変は感じられない。
……いや、山の上空を何かが飛び回っているのが小さく見えた。
鳥、ではない。
鳥にしては大きすぎる。あれは……
「ワイバーンがあんなに……いつもはドラゴンの峰から出てくる事なんて滅多にないのに」
ぽつりと漏らされた、ヴィオラのそんなつぶやきが偶然にもシュリの疑問に答えてくれた。
「ワイバーンって、竜、だよね?確か」
「竜、と言うか、その劣化版かしら。竜種に比べて知能が低いから、亜竜種ってくくりにされることも多いわね。見ての通りの飛行型で、尻尾に毒も持ってる中々に凶悪な魔物よ」
「そっか。アレがおばー様が呼ばれた理由?」
「そう、ね。理由の一つだわ」
「他の、理由って?」
上を見上げてヴィオラの顔をまっすぐに見る。
ヴィオラは少し迷うように口を閉じ、だが、すぐに再び口を開いた。
「ここまで来て隠してても仕方ないわね。シュリ、あのワイバーンがうようよ飛んでる山、見えるでしょ?」
「うん」
「あの山に今いる魔物はワイバーンだけじゃないの。地上には多分、レッサードラゴンも山ほどいるはずだわ」
「レッサードラゴン……それも強いの?」
「竜種に比べたら、まあ、そこまででも無いわ。力が強いだけのブレス攻撃も出来ない亜竜だし。でも、少ない数なら何とか対処できても、集団になると手に負えないわね。基本、あまり一対一で相手取るような魔物じゃないし」
「でも、それがあの山にはうようよいるんだね?ワイバーンも、みた感じ結構な数だし」
「そうなのよ。私でも、あの数はちょっと手間取るかもね。下手に怯えさせると逃げ出すし、負けはしないけど結構やっかい」
ヴィオラは肩をすくめ、困ったように笑う。
「おばー様のお仕事は、あの山のお掃除ってこと、だよね」
「うん。それと、あともう一つ」
「もう一つ?」
「あの山の頂上付近に、ドラゴンの峰って呼ばれる場所があるんだけど、通常、ワイバーンやレッサードラゴンはそこを縄張りにしているはずなのよ。それなのに、奴らはドラゴンの峰を捨てて山を降りてきた。恐らくドラゴンの峰に、奴らがしっぽを巻いて逃げ出すような何かが住み着いたってことなんだと思う。それを確かめて、排除しないと、今回の騒動をおさめるのは難しいでしょうね」
言いながら、ヴィオラは眉根を寄せる。
そして、ぶつぶつと独り言のようにつぶやきはじめた。
「……でもなぁ。亜竜の暴走も、ドラゴンの峰の問題排除も、どっちも私じゃないと無理な気がするのよねぇ……並の冒険者じゃ犬死にだし。でも、私の体は一つしかないしなぁ……こんなことなら、もうちょい真面目に後身を育てておくんだったわ……」
そんなヴィオラの言葉を聞きながら、シュリはワイバーン達が飛び回る空の先にあるのであろう、ドラゴンの峰を見るように目を細める。
その瞬間、誰かに見つめ返された気がして、シュリは一瞬体をびくりと震わせた。
背筋がぞくりと震え、腕に鳥肌が立つ。
それはシュリがそんな反応をしてしまうほどに恐ろしい力を感じさせる視線だった。
(いやな、予感がするなぁ……)
シュリは唇を尖らせて考え込む。
目立つのがイヤだから、こっそりヴィオラの手伝いをするくらいにしておこうと思っていた。
だが、もしかしたら事態はそれを許してくれないかもしれない、そんな気がした。
シュリは覚悟を決めたように唇を引き結び、再びヴィオラを見上げる。
「おばー様?」
「ん?どしたの??シュリ」
「僕もおばー様のお手伝いをするよ。僕も、戦う」
「や、でも。シュリは、まだ五歳だし。それは流石に……」
「僕のレベル、知ってるでしょ?あのレベルの魔物にやられるほど、僕は弱くないよ。それに、僕の精霊が助けてくれるから、危険なことにはならないよ。ね?いいでしょ??」
欲しいものを強請るように、シュリは可愛らしくヴィオラを見つめた。
ヴィオラはうっと言葉に詰まり、シュリの言葉の内容を吟味するようにしばし考え込む。
確かに、シュリのレベルはけた違いに高い。
ステータス的に言えば、ヴィオラよりよほど安全圏にいると言っても過言ではないかもしれない。
でも、だからといって五歳児を過酷な戦場に送り込むのはどうなのだろうか?
そんなヴィオラの悩みを見透かしたように、シュリは言葉を続ける。
「大丈夫だよ。僕だって魔物狩りくらいしたことがある。だから、殺すのを躊躇ったりはしない。それに、危ないと思ったらちゃんと逃げるから。約束する」
「本当に、約束できる?危ないと思ったら、他の人の命を捨ててでも逃げるって」
「……約束、するよ」
「……わかった。シュリを信じる。じゃあ、とりあえず、スベランサに着いたら冒険者登録をしましょう?」
「冒険者登録かぁ。僕のレベルとかバレて、面倒なことになったりしないかなぁ」
「大丈夫よ。冒険者カードにレベルは記載されないから。確か、種族と名前と年齢と、あとは冒険者ランクが記されるくらいよ?あ、依頼達成数とかも記録されるけど、それは文字で表示されないし」
ヴィオラの説明を聞いて、ふうんと頷く。
レベルが表示されないなら、まあ、大丈夫だろうと思いながら。
そんな話をしている間にも、シェスタは順調に空を駆け、気が付けば大きな街の上空に差し掛かっていた。
ヴィオラは、眼下に広がる街並みに目を落としながら、
「シェスタ、あそこの大きな建物の前に降りられる?」
シェスタに向かってそんな指示を飛ばす。
「いきなり街中に降りて、怒られない??おばー様、いつもこんな無茶をしてるの?」
「違うわよぅ。流石に私だって、いつもはちゃんと門をくぐってはいってるもん。でも、まあ、今日は緊急事態だし、急がないとだし、ね?」
「う~ん。まあ、それもそっか」
ヴィオラの言い訳に、仕方ないなぁとシュリが肩をすくめる。
「よしっ。シュリOKが出たから、ちゃっちゃと降りるわよ、シェスタ」
ヴィオラの号令を待っていたかのように、高度を落としていくシェスタ。
その様子に気づいた地上の人達が、空を見上げてざわざわと騒ぎはじめる。
「おい、あれ見ろよ。あの魔物は、ヴィオラ様の眷属のグリフォンじゃないか!?」
「ヴィオラさんが、帰ってきたのか!?」
「よかった!!これでこの街も助かるぞ!!!」
「ヴィオラ様~、お帰りなさい」
「ヴィオラさーん、待ってましたよ~!!」
「助かったぁ!バンザーイ!!」
街の人の、ヴィオラを歓迎する声が上空まで届く。
それを聞いたシュリは、思わず目を丸くしてヴィオラを見上げた。
「あれ?おばー様って……実はすごい人??」
「もちろん、そうよ~……って今更!?」
SS《ダブルエス》冒険者だって、最初に説明したし、おばー様のかっこいいところも色々見せたじゃないのよ~、とヴィオラはものすごく不満そうだ。
まあ、確かにヴィオラは強いし、王族との繋がりもあるし、王都でも有名だし、すごい事はすごいんだろうなぁとは思う。
だが、いまいちシュリにはその実感が薄かった。
なぜなら……
「うん……正直今の今まで、戦闘力がハンパないけど、バカ可愛い天然がチャームポイントの、少し残念な美人だと思ってた。ごめんね?おばー様」
ヴィオラのすごいところより、ちょっぴり残念な部分のほうがよっぽど身近だった為である。
流石に怒るかなぁと、ヴィオラを見上げる。
だが、その予想は見事なまでに裏切られた。
「可愛くて、美人……って、もう~、シュリってば、正直なんだからぁ」
祖母を見上げたシュリの目に映ったのは、孫の言葉の都合のいい部分だけを拾い上げて、嬉しそうに頬を染めるヴィオラの緩みきった顔。
シュリはぽかんと口を開けてその顔を見つめる。
(えーと……ほめ言葉って言うにはちょっと微妙な表現だったと思うけど……まあ、おばー様がそれで良いならいいのかな……うん)
シュリは苦笑を漏らしながらも、やっぱりおばー様は可愛いなぁと正直に思う。
これで人々の期待を一身うけるSS《ダブルエス》冒険者だと言うのだから驚きだ。
でも、今回は、そのおばー様の手にも少々余りそうな事態。
少しでも、おばー様の助けになれるように頑張らないとな、とシュリはきりりと表情を引き締めた。
が、シュリの褒め言葉が嬉しくて、可愛い頭のてっぺんに、これでもかとばかりにぐりぐりと頬をすり付ける残念おばー様のせいで、なんだか色々と台無しではあったが。
地上に降り立ったグリフォンにまたがったまま、ちっちゃな子供を愛でまくるヴィオラの姿を、街の人達が度肝を抜かれた顔で見ていて、シュリはちょっぴり頬を引きつらせ冷や汗をたらりと流すのだった。
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