第百五十五話 冒険者ギルドでの再会
今日も今日とて、ギルド長の部屋で今回の事件に関する仕事に追われていたミーナだが、冒険者ギルドの外の騒ぎにはすぐに気が付いた。
そして、街の人々が口々に呼ぶ名前を聞いた瞬間、彼女はイスを蹴るようにして立ち上がり、ギルド長の部屋を飛び出していた。
もつれそうになる足を叱り飛ばしながら、階段を駆け下りて冒険者達がごった返す受付フロアへと向かう。
ミーナが一階フロアへ足を踏み下ろすのと、ギルドのドアが開くのはほぼ同時だった。
開いた扉の向こうに見えたのはミーナが、いや、スベランサの街の誰もが待ち望んでいた人の顔。
喜びに顔を輝かせて、彼女の元へと駆け寄ろうと一歩足を踏み出したミーナは、すぐに何とも言えない顔で彼女を見つめて足を止めた。
彼女の様子がどうもおかしいのである。
いや、いつもどちらかというと変わり者で通っている彼女だが、そんな彼女を知っていてもなお違和感を感じるその様子に、ミーナは疑わしそうな顔で首を傾げた。
見た目はいつもの彼女そのもの。
恐らく身につけている装備もそのままだろう。
だが、その表情はいつもの彼女から想像できないくらい弛みきっていた。
まあ、いつもりりしい表情をしているという訳ではもちろんないが、それにしても弛みすぎだと感じるくらいには弛んでいる。
更に、彼女は腕の中に捕らえて(?)いる小さな子供に、執拗なまでに頬をすり付けたり、匂いを嗅いだり、ふっくらとしたその頬に吸いついたり……なんというか、執着の仕方が異様だ。
別に限度をわきまえていれば、正常な愛情表現なのだろうが、なんというか、愛する我が子がいる身から見ても、変質的なほどの愛情表現だった。
(えーっと、よく似てるけど、ヴィオラの偽物??)
ミーナが疑いの眼差しでじーっと見つめていると、諦めきった表情でヴィオラの腕の中に納まっていた子供と目があった。
そのこの年齢は、多分四~五歳くらい。
きらめく銀色の髪に菫色の瞳の、驚くほどに顔立ちの整ったなんとも魅力的な少年だった。
その子は、じーっとミーナを見返したあと、ヴィオラを見上げて何か話しかけている。
それに反応したヴィオラが、やっとどうにかミーナの見覚えのある表情を取り戻して、それから顔を上げてミーナの方を見た。
「あ、ミーナ。ただいまぁ」
そういって笑うヴィオラは、腹が立つくらいいつもの彼女のままで、今までの様子はなんだったんだと内心つっこみはしたものの、ミーナはほっと肩の力を抜いた。
「お帰り……っていうか、遅いわよ、ヴィオラ!」
「あ~、ごめんごめん。でも、これでも急いで帰ってきたのよ?」
頬を膨らませるミーナに、ヴィオラはへらりと笑いながら答え、
「急いでたから、直接ギルドの前に降りちゃったんだけど、いいわよね?急いでたんだし」
続いて出てきたのはそんな言葉。それを聞いたミーナは、口元をひくりとひきつらせた。
(それは、門番への説明を私に押しつけると、そういうことよね?)
疲れ切っていたミーナは、ちょっとばかりイラっとした表情を浮かべたが、鉄の意志でその感情と表情を押し込める。
普段なら、ヴィオラを叱り飛ばして自分で行かせるところだが、今は一刻を争う。
ヴィオラには少しでも早く亜竜の対策に動いて貰わなくてはならない。
その為なら、彼女の代わりに門番に頭を下げることなど、どうということはなかった。イライラはするが、それは自分が我慢すればいいだけの話なのだから。
そう自分に言い聞かせ、ミーナはにっこり笑う。
「分かった。良いわよ。そっちは私が引き受ける」
「み、みーな……怒ってる??」
「……いやぁねぇ。怒ってないわよ?」
「そ、そう……?」
なぜか怯えるヴィオラに、笑顔がひきつってたかしらと、改めて顔を微笑ませたが、なお一層怯えられた。
なんだか納得いかないと唇を尖らせつつ、
「そっちは本当に私に任せて。ちゃんと処理しとくから。それより、緊急依頼が張り出されてるから、さっさと受けて、とっとと色々解決してきてくれない?」
もう一度、しっかりと請け負ってから、彼女への要望を口にした。
「ああ、うん。了解……っと、その前に」
「ん?まだ何かあるの?」
更に面倒ごとを押し付けるつもりかと、隠さずに嫌そうな顔を浮かべるミーナに、ヴィオラがけろりと答える。
「ああ、うん。冒険者登録しとかないと」
「はあ?なに寝ぼけてるのよ??必要ないでしょ?ヴィオラには」
いきなり変なことを言い始めたヴィオラに、ミーナが眉をひそめた。
「うん。必要ないよ、私にはね。必要なのはこの子」
そんな彼女の表情にもへこたれず、ヴィオラはにこにこしながら、腕に抱えたままだった少年をミーナの方へと突き出してきた。
反射的に、その子をまじまじと見つめてしまう。
その子も、きょとんと可愛らしくミーナを見返してきた。
その無垢な表情に思わずキュンとしてしまったミーナは、それをごまかすように目を泳がせて、それからヴィオラを見た。
ものすごく、不審そうな眼差しで。頭がどうかしちゃったんじゃないの?と言うように。
だが、ヴィオラはそんな眼差しにも負けず、にこにこしたまま、もちろんその子を掲げた手を下ろす様子もない。
そんな彼女を見ながら、ミーナははぁ~っと大きな吐息を漏らした。
「私の耳がおかしいんじゃなければ、その子を冒険者にって聞こえたんだけど、流石に冗談よね?大体、その子、いくつなのよ?」
「やだなぁ。冗談なんか言わないわよ。シュリは、今年五歳になったのよ。ねぇ~?シュリ」
なにいってんのよぅとヴィオラが笑い、ミーナの前に突き出されたままの少年ーシュリがこっくりと頷く。
その様子を見て、なんだか頭の痛くなってきたミーナは、指先でこめかみを揉みながら、
「五歳の子を冒険者にって……流石に無理があるでしょうよ?」
そんな正論を返す。
だが、それを受けたヴィオラがあれぇと首を傾げた。
「え~?だってミーナ、言ったじゃない。私に孫がいるって言ったら、冒険者登録は絶対にここで、って」
「は?」
ヴィオラの言葉を受けたミーナの目が点になる。
そして、大慌てで記憶の海の中に沈んだ記憶を探し始めた。
(えーっと、確か、ヴィオラの孫がいるって聞いたときに、冗談混じりにそんなことを言ったような、言わないような……)
うん。言ったかもしれない。
だが、そんなのはあくまで冗談だ。
五歳の子供を冒険者にしろなどと、まともな神経で言えるわけがない。
「や、あのね?もしかしたらそんな感じの事を言ったかもしれないけど、流石に冗談よ??だって、無理に決まってるでしょ??五歳の子が、冒険者なんて……」
しどろもどろにそう返せば、ヴィオラは一瞬きょとんとした顔をしてから、
「え?大丈夫だよ??だってシュリだし」
と、なんだか訳の分からない根拠を押し出してきた。
シュリだし、って何だよ!?と内心盛大に突っ込みつつ、ミーナはその顔をひきつらせる。
やばい、常識が通じない、と。
「シュリだしぃ……って言われても、だって五歳でしょ?」
とにかく、年齢の低さを押し出してもう一度反論する。
「五歳でも問題ないよ。私の孫だもん」
だが、ヴィオラの心には全く響いてないようだった。
(私の孫だもん、ってどんだけ孫バカなのよ!?ってか、五歳の孫を冒険者にして戦場に送り込もうなんて、自分の孫が可愛くないわけ!?)
ミーナはあんぐりと口を開けて、ヴィオラを見つめた。
もちろん内心、盛大に反論しつつも。
そんな彼女の顔を大人しく見上げていたシュリの瞳が、同情的に見えたのは決して気のせいではないだろう。
シュリは、ミーナを見つめ、それからヴィオラの顔を見上げた。
「おばー様?」
「ん~??なぁに?シュリ」
「流石に僕の実力を見て貰わないと、冒険者になるのは無理だと思う」
「え~~??そう???」
「うん。だから、どこかの部屋を借りて、僕の実力をチェックしてもらお?ミーナさんと、あともう少し偉い人にも立ち会ってもらって」
「ん~、まあ、シュリがそういうなら、それでもいっか。偉い人、ねぇ。じゃあ、ギルド長を呼びつけよう」
シュリの提案にヴィオラはうんうんと頷いて、そんな二人の様子を、なに言ってんだ、この二人とでも言いたげな眼差しで見つめるミーナ。
そんなミーナに視線を転じたヴィオラが、
「ミーナ、どっか空き部屋に案内してくれる??んで、ギルド長も呼んできて?大至急ね!!」
そんな事を言い出した。
ミーナは天を仰ぎ、大きく息を吐き出す。
もともと突拍子のないところはあったが、今日はいつもより酷い。
だがすぐに、ギルド長を呼べと言われたのはある意味好機かもと考え直した。
(私が言っても聞きそうにないし、ここはギルド長に一発ガツンと言ってもらおう)
そう考え、大きく頷くと、
「分かったわ。二階のギルド長の部屋に行きましょ?あそこならギルド長もいるし、そこそこ広いから」
そう言って有無を言わせず、二人を先導するようにスタスタと歩き出す。
そして、肩越しに二人がついてくるのを確認しつつ、こっそりと、だが大きなため息を漏らすのだった。
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