第百五十三話 スベランサの異変
王国の西端、国境線の近くに位置する山間の街、スベランサ。
普段から冒険者が数多く立ち寄り、滞在する活気あふれる街だが、今、その街に異変がおきていた。
最初の異変は、街の近くでの亜竜の目撃証言だった。
依頼に向かう途中の冒険者のパーティーがたまたま遭遇したのだが、何とか討伐することが出来てその時点での被害はない。
彼らは亜竜の素材と共にその事を冒険者ギルドに報告し、その話を聞いたギルドの職員は首を傾げた。
通常、この辺りでの亜竜の生息域は、ヴィダニア山脈のドラゴンの峰周辺に限られている。
今まで亜竜が街の周辺で暴れ回ったという記録も特になく、不審に思った職員はギルド長へその事を報告した。
かつては自身も歴戦の冒険者だったギルド長は、その報告を重く受け止め、ヴィダニア山に調査隊の派遣を決める。
速やかに人員を確保して出発した調査隊は、さほど時を掛けずに戻ってきた。その顔色を、紙のように白くして。
その時の調査隊の報告は以下の通りである。
ヴィダニアの山道を昇りはじめてすぐに、亜竜を発見した。
見つからないように迂回して更に山頂近くのドラゴンの峰を目指したが、その後も二桁に昇る勢いの数のドラゴンを次々と確認。
それ以上の調査は危険と見なし、帰還した。
恐らく何らかの異変があり、ドラゴンの峰に生息していたドラゴンが住処を追われたのではないか、というのが最初に派遣した調査隊の見解だった。
その報告を受けたギルド長は、すぐさま第二の調査隊を派遣する。
二回目のメンバーは一回目よりも更に厳選し、Bランク以上の冒険者で固めて送り出した。
が、その調査隊もすぐに逃げ帰ってくる。
彼らは青ざめた顔でギルド長に報告した。
ヴィダニアの山は、亜竜達であふれている。飽和状態になった山からはぐれ竜が里に下りてくるのは時間の問題だ、と。
それを聞いたギルド長は、即座に決断した。
まずは、スベランサの領主に事態の報告をし住民達への対策を依頼、次いで近隣の街へと早馬を走らせてヴィダニア山の現状を伝え、万が一の為の備えをを促した。
更に、特定の場所や相手に手紙を届ける為に保有していた鳥型の魔物を飛ばせた。
飛び立った鳥の数は二羽。
一羽は王都の冒険者ギルドへ、応援要請のため。
そこには、王都のギルド長宛に、国王への報告と救援要請を依頼する内容がしたためられていた。
もう一羽の鳥は、スベランサの懐刀ともいえる冒険者を呼び戻すためのもの。
もう何年もスベランサをホームとして活動する彼女だが、今回はたまたまここを留守にしていた。
何でも、存在が明らかになった初孫に会いに行く為だとか。
どこにいるか分からないので、彼女に手紙が届いても間に合うかどうかは微妙だが、もし間に合うなら、彼女ほど頼りになる人物はいないだろう。
伝書の魔鳥は特定の相手の魔力を覚えさせることが出来る便利な生き物だ。
今回、彼女が旅に出るにあたり、念のためにと彼女の魔力を覚えさせておいたのが吉と出た。
後は、少しでも早く彼女の元へ手紙が届くように祈るばかりである。
後は救援を待ちつつ、自分達で街の防備を固めなければならない。
ギルド長は、職員を集め、近隣の冒険者に向けての緊急召集を発令した。
山を下りた亜竜が、どこへ向かうかはまだ分からない。
だが、その矛先がこのスベランサに向けられる危険性はかなり高い。
そうなったときの為に出来る限りの備えをしておかなくてはと、ギルド長は厳しい顔つきで部下達に指示を飛ばすのだった。
事態が発生してから丸二日が経過していた。
今のところ、亜竜達はまだかろうじて山にとどまっているようだ。
だが、それも時間の問題だろう。
山を下りた奴らがどこへ向かうのか推測するのは難しいが、確実に分かるのは、飢えた亜竜どもは餌をもとめて必ず周辺の街のどこかを目指す。
一応、標的となりそうな場所へは警告を飛ばしてあるが、一番危険なのはやはり、ヴィダニア山から一番近いこのスベランサだろう。
住民や集められた冒険者達が、手分けして街の防壁の補修を行ってはいるが、亜竜達が本気になって攻めてきたら、古い防壁など何の役にも立たない。
だが、薄々そうとわかってはいても、それでも体を動かさずにはいられなかった。
みんな、不安なのだ。そして、怯えてもいる。
そんな負の感情が、少しずつ街の中を支配し始めていた。
そんな中、ギルドの二階の一室で、いかめしい顔の大男がなんとも渋い顔をしてうんうん唸っていた。
その傍らには、そんな男を見守るように一人の女性が立っている。ヴィオラと馴染みのギルド職員・ミーナである。
今現在、彼女はギルド長の元で情報の整理を行う、秘書のような役割をこなしていた。
と、言う事は。彼女の見守る顔の怖い男こそが、このギルドの長なのだろう。
彼はひとしきり、むーむー唸った後、不意にぎろりとミーナに視線を転じた。
「……おい、ミーナ。ヴィオラの奴、まだ連絡をよこさねぇか?」
低くて渋い声が、ミーナの耳に届く。
ものすごい目つきで睨まれているが、それがギルド長のスタンダードだと分かっているミーナはうろたえることなく、彼の質問に答えた。
「はい、ギルド長。どうやら数日前までは王都に居たようなんですけど、その後の目撃情報は特になく……」
ミーナの返事にもう一唸りしてから、ギルド長は次の質問を繰り出す。
「そうか。王都からの救援の方はどんな感じだ?」
「王都のギルド長は即座に国王に報告をあげて下さったようです。今、こちらに派遣する為の戦力を編成中だと。王都のギルドも独自に冒険者の部隊を募ってくれているようなのですが……」
「こっちに来るまでには、まだ時間がかかる、か」
「ええ。すぐに、というのは難しいでしょうね」
頼りの冒険者の所在は分からず、王都からの救援にはまだ時間がかかる。正直、お手上げである。
ギルド長は苦虫を噛み潰したような、普段よりも数十倍は怖い顔をした。
もし子供が目にしたら悪夢を見るレベルの怖い顔だが、慣れっこのミーナが怯える様子は無い。
「当座は、自分たちで何とかするしかねえって事か。頭の痛い話だぜ」
「ですねぇ。冒険者達は召集を受けて集まってくれてますが、報告されている亜竜の数から考えると、少し……いえ、かなり不安ですね」
「だよなぁ……亜竜とは言え、竜なんてもんは一対多数で戦うのが普通なレベルの魔物だしな。そんな奴らが大挙して押し寄せてくるかと思うと、正直おっかなくて逃げ出したくならぁな」
そんな絶望的な状況を改めて口に出して確認しあい、ギルド長とミーナは、暗い顔を見合わせて大きなため息を漏らした。
「あいつがいてくれりゃあ、大した問題でもねぇんだがなぁ」
「ですねぇ。出来れば亜竜達が、まだ山にこもっている間に、何とか来て貰いたいものですけど、こればっかりはどうなるか予測できませんね」
「だな。山の中に固まっててくれりゃあ、あいつだけでも対処できるだろうな。正直、あいつの強さは化け物レベルだしよ。だが、一旦山からあふれて四方にばらけた亜竜を、となると、あいつだけじゃあちょっと手が足りねぇよなぁ」
「そうなんですよねぇ」
うんうんと頷きあい、再びため息。
「早く、帰ってこねぇかなぁ。ヴィオラの奴」
「早く帰ってきませんかねぇ、ヴィオラってば」
二人とも同時に、ほぼ同じ内容の言葉をこぼす。脳裏に浮かぶのは、誰よりも頼りになる一人の規格外な冒険者の顔だ。
よりにもよって、彼女がいない時にこんな大事件が起きるなど、神様の嫌がらせとしか思えない。
(もし間に合わなくて死んじゃったら、絶対に化けて出てやるんだからね!?)
ミーナは肝心なときに不在のヴィオラに心の中で文句を言う。
そして、それがイヤなら早く帰ってきなさいよ、とどこにいるか分からないヴィオラに向かって、心の中で祈るように話しかけた。
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