EX-2 高遠瑞希の華麗なる日常~思いがけない再会~②
週末、久々に顔を出すなじみのバーに顔を出した桜は、入った瞬間わずかに顔をしかめた。
カウンターに座る顔の中に、ちょっと苦手な相手の顔を見つけたからだ。
(うわぁ。今日はこのまま帰っちゃおうかなぁ)
反射的にそう思ったのだが、そうは問屋がおろしてくれず。
「桜、いらっしゃい。ここが空いてるから座ったら?」
めざとく桜が入ってきたことに気づいたママに促され、仕方なく空いている席に腰を下ろした。
「はい、おしぼりどうぞ?今日はなに飲む??」
そんな言葉と共に、おしぼりが手渡され、受け取った桜をママが可笑しそうに見つめる。
「……なによ?」
「べぇつにぃ?何でもないわよ?で?飲み物は??」
「……コロナ」
「はいはい。すぐに用意するわね?お通しはどうする」
「……お腹すいてるから食べる」
「りょうかい。……大丈夫よ。あんたがあの子を苦手にしてることは知ってるから。ちゃんとうまいこと遠ざけといてあげる。だから安心して酔っぱらっちゃいなさい」
ぶっきらぼうな返事を返す桜に、ママがクスクスと笑って小声で告げる。
どうやら、彼女にはすべてお見通しだったようだ。
桜は肩をすくめ、
「うん、まあ、出来る範囲でお願い」
「うんうん。あたしに任せなさい。はい、コロナ。お通しはもうちょっと待ってね」
ママとのやりとりに頷くと、手渡されたコロナをちびちびと飲み始めた。
隣の席に座る客は、知り合いばかりの店には珍しくはじめてみる顔で、桜とは反対隣の人との話に夢中になっているようだった。
それを幸いに、桜はその陰に隠れるようにしてのんびり酒を楽しむことにした。
わいわい騒いで飲むのもまあ楽しいが、こうやってのんびり飲むのもやっぱり楽しい。
ここの面々とは、先日のこの店主催の花見イベントで大騒ぎしたから、今日は別に絡まなくてもいいやと思いつつ、一本目のコロナをあっという間に空ける。
ママに頼んで入れてあったボトルを出して貰うことにして、準備が整うのをぼんやりと待ちながら、先日の花見の時の出来事にふと思いを馳せた。
花見の席がぼちぼち終わりという頃、一人でふらふら歩いていた彼女の前に転がり出てきた、驚くほどに雰囲気のある綺麗な人。
だけど、綺麗なのに、なんだか残念な感じの人だった、と思い出しながらついつい口元を綻ばせる。
きっちりしたスーツのボタンが所々外れて、着崩したと言うよりは剥かれかけたという方が正しいような服装で人気のない道に寝ころんでいたその人は、通りかかった桜の顔をきょとんと見上げていた。
普通に考えたら、酔っぱらいに乱暴されかけたのかと心配するところだが、その時はそんな考えはかけらも浮いてこなかった。
理由は簡単。
彼女の顔の至る所を彩る、色鮮やかな口紅のキスマークがあったからだ。
(あれは絶対、女に襲われたんだろうなぁ)
だが、多分、彼女は桜と同類という訳では無いと思う。
彼女はきっと、こっち側の人間ではない。
だが、何というのだろう。
見た目が中性的だということもあっただろうが、妙に同性を引きつける、不思議な魅力のある人だった。
更にいえば、そのスタイルも顔も抜群で。
更に更にいえば、彼女の顔は桜の好みであると言えた。
(ああいう顔、結構好きなんだよねぇ。涼しげで、清潔感があって、綺麗なのにそれを鼻にかけてない感じもいいし。でも、まあ、素人さんに手を出すほど、飢えてはいないつもりだけどね~)
そんな事を思いながら、目の前のコースターに置かれたグラスを傾ける。
思い出すのは薄暗い中見下ろした、切れ長の瞳と整いすぎるくらいに整った顔。
それだけ見れば、人形のような冷たささえ感じさせるのに、笑うと妙に人なつこくて可愛らしく見えたことを良く覚えている。
なんだか放っておけなくて、普段は絶対にそんな事はしないのに、妙に甲斐甲斐しく世話を焼いてしまった。
お節介を焼きながら、少しだけ言葉を交わしたが、いうことがちょっとずれているというか何とも可笑しくて。久々に声を上げて笑ってしまった。
(ああいうの、天然っていうんだろうなぁ)
そんな風に評しながら、ついにやにやしてしまう。
あの日のやりとりを思い出して。
「どうしたのよ、桜?なんだかやけに楽しそうねぇ??何かいいことでもあった??」
「う~?ん~……あったといえば、あった……ような」
「ふうん?いいんじゃない。きょうのあんた、いい表情してるわよ?」
いいながら桜のグラスに酒を作り足し、すぐにまた他の客の元へと向かうママを見送りながら、桜はちびりと酒を飲む。
そんなにいい表情してるかな、と空いている方の手で顔を触ってみながら。
そして再び、花見の日に会った、妙に顔の良い天然ぼけのお人好しの事を考える。
(連絡先くらい、交換すれば良かったかな)
そうすれば、また会うことも出来たのに、ちらりとそんな事を考えて、桜は慌てて首を振った。
(……なに考えてんのよ。男が恋愛対象の奴と知り合いになっても良い事なんてないんだから。本当の自分を隠して誰かとつき合うのって結構疲れるし、これでよかったのよ)
そう自分に言い聞かせながら、半分以上あったグラスの中身をぐいっと飲み干す。
だが、いくら飲んでも頭に浮かぶ顔が消えることは無く、桜はあ~と呻くような声を上げ、自分の髪の毛を乱暴にかき乱すのだった。
「えっと、ですね?あの、お酒、もっと飲みます??」
「う~ん、飲む飲むぅ。瑞希ちゃんのお酌ならいくらでも飲むわよぅ?」
「そ、そろそろお水にしましょうか??」
「お水ぅ~~?いやぁよ、そんな無粋なもの。あ、でも、瑞希ちゃんの口移しでなら」
飲んでも良いかなぁ、などと言いながら潤んだ瞳で見上げてくる、自分より遙かに年上の女性に、瑞希は内心冷や汗を流した。
「え~っと、お酒、つぎますね?」
口移しの提案をさらりと流して、プロジェクトリーダーの女性のグラスに酒を継ぎ足す。
わぁい、瑞希ちゃんのお酒だぁと、嬉しそうに飲んでいるから一応は正解だと思うけれど、流石に飲ませ過ぎかなぁと心配になる。
ちらりと目線で、女史に助けを求めるが、彼女は彼女で酔いつぶれたメンバーのお世話で大変そうだった。
そろそろお開きの時間も近い今現在、酔いつぶれずに残っているメンツは数えるほど。
特に相手方は、瑞希が相手をしているリーダーさん以外はほぼグロッキーのようだった。
「ちょっと、お手洗いに行ってきますね」
相手に断り席を立つ。
早く戻らないと相手の機嫌が悪くなると、急いで用を足し、個室を出るとなぜかそこにリーダーさんの姿が。
「あ、お手洗いですか?すみません。空きましたよ??」
そう言って場所を空けるが、彼女がトイレに入る様子がない。
どうしたんだろうと彼女の顔をのぞき込むと、すごい勢いでがばあっと抱きつかれた。
そしてそのまま、洗面台に押しつけられるように抱擁される。
ちょっとおおらかな体型の方だったので、前体重をかけるように抱きつかれるのは正直きつかったが、何とか耐えて瑞希は彼女に話しかけた。
「時田さん?大丈夫ですか?もしかして、気分悪くなっちゃいました??」
「気分~~??んん~、気分は最高よぅ?瑞希ちゃんに抱っこして貰っちゃったぁ」
瑞希の心配をよそに、リーダーの時田はご満悦だ。
瑞希の胸元に頬ずりをし、妙に体をすり付けてくる。
「気分、悪くないんですね?なら良かった。じゃあ、私が支えますから一緒に席に戻りましょう」
「ええ~~?もうちょっと、ここで二人きりでいましょうよぅ。ね?いいいでしょ?」
「うーん。でも」
「じゃあ、ちょっと確認させてくれたら、戻ってあげる」
「確認??」
妙なことを言い出した時田を必死に支えながら、瑞希は首を傾げた。
なにを確認するんだろう?確認する事なんてあったかなぁ、と。
「え~と、業務に関する確認なら私じゃなくて、他の人の方が……」
「んもぅ、違うわよぅ。私が知りたいのはこっち!」
とんちんかんな事を言う瑞希にじれたように、彼女の手がいきなり瑞希の股間を鷲掴みにした。
余りのことに、固まってしまう瑞希。
彼女はそのままねっとりと彼女の大事な部分に指を這わせる。何かを確認するように、執拗に。
「う~ん。本当についてないのねぇ。瑞希ちゃん、かっこいいから、本当はついてるんじゃないかって疑ってたんだけど……ちょっと残念。ついてたら、食べちゃおうかと思ってたのに」
「ご、ご期待に添えずすみません。さっ、さあっ、気が済んだら……」
戻りましょう、とうわずった声で言おうとした瑞希は、その言葉を最後まで言えなかった。
彼女の指にぐっと力が入り、瑞希の大切なところに刺激が走る。
彼女はそのまま確かめるようにしつこく指を動かしながら、首を傾げた。
「ここに、私と同じのがついてるのかしら?想像つかないわねぇ。ズボンの上からだと、微妙に感触も分かりにくいし……」
じゃあ、止めましょうよ、と言おうとしたが、それより早く、彼女は次のアイデアを思いついてしまった。
「あ、ズボンを脱いじゃえば触りやすいんじゃない?ね?ちょっと脱いでみましょ??」
言いながら、にこにこと瑞希のズボンのファスナーに手を伸ばす。
瑞希はそれを阻むように慌てて自分のそこに手を伸ばすが、片手はぐでんぐでんの彼女を支えているため使えず、もう片方の手だけでの防御はかなりの苦戦だった。
ホックがはずされ、ファスナーも半ば下ろされる。
そんな危機一髪という状況で、かちゃりとドアが開いて誰かが入ってきた。
「はいはい。そこまでにして下さいねぇ、時田さん?うちの若いのがタクシー止めて待ってますから、早く出て下さいな」
「た、高木さぁん」
ナイスタイミングで割って入ってくれた救世主を見つめる瑞希は半泣きだ。
良いところで邪魔された時田さんは、ちっと忌々しそうに高木女史を睨んだが、流石に彼女の前でこれ以上続ける事も出来ず、渋々瑞希から離れてくれた。
そして、
「またね?瑞希ちゃん。今日は楽しかったわよ」
にっこりねっとり笑ってそう言い置いて、さっさとトイレから出ていってしまった。
残されたのは呆然として彼女を見送る瑞希と、呆れた表情を浮かべる高木女史である。
乱された服装のまま、たすかったぁと心底ホッとしながら、瑞希は感謝の眼差しで高木女史を見つめた。
高木女史はそんな瑞希の視線を受けて、ほんのちょっぴりほっぺたを赤く染め、それをごまかす様にあえてクールに言葉を紡いだ。
「ちょっと長いから、もしかして、と思ったけど、彼女もやるわねぇ。大丈夫?まだつっこまれてないわよね??」
「つっ……!?は、はい。大丈夫デス」
「そ。なら良かったわ」
言いながら、高木女史は母親のような優しい仕草で瑞希のズボンのファスナーとフックをとめてくれる。
「あ、す、すみません」
思わず顔を赤くして謝る瑞希を流し見て、高木女史は妖しく微笑む。
「いいのよ。瑞希クンの面倒をみるのは、むしろご褒美だから」
そんな事を言いながら。
彼女の言葉を受けて更に頬を赤くした瑞希の頭をぽんぽんと叩いて、高木女史はにっこり笑う。
「さ、今日はもう帰って良いわよ?今ならまだ、終電あるわよね??」
「あ、はい」
「じゃあ、さっさと帰りなさい。もう少し遊んでっても良いけど、明日が休みとは言え、羽目を外しすぎないようにね?」
「はい。じゃあ、お言葉に甘えて。お疲れさまでした」
「はい、お疲れさま。女の顔した狼に、くれぐれも気を付けるのよ~」
「お、女の顔した狼???は、はい、気を付けます」
女史の言うことに首を傾げながら、だがまじめな顔で頷いて、それからぺこりと頭を下げると瑞希も化粧室を後にする。
席に戻り、上着と荷物を取りながら、疲れた顔の上司に一応挨拶をして、それから店を出た。
相手先の時田さんはもうタクシーで帰ったようで店の前にその姿はなく、その事にほっとしながら腕時計に目を落とす。
時間はまだ意外に早くて、気晴らしにもう少しだけ飲んで帰ろうかなぁと思いつつ、瑞希はふらふらと新宿の街を歩き始めた。
それなりの時間をバーでつぶし、こっそり会計を済ませて外に出たら、後ろからやっかいな奴が追いかけてきた。
昨年の終わり辺りからバーに顔を出すようになった彼女は、桜に気があるようで、いつもつきまとってくる。
今日は、バーの中で話しかけてこなかったから、なんとかやり過ごせたと思ったが、そううまくは行かなかったらしい。
「桜さん。店、移すの?私も一緒に連れてってよ」
追いついてきた彼女の言葉に桜は思わず顔をしかめる。
確かに、彼女が美人なのは認める。
だが、桜の好みではないし、押しが強くて自分勝手な性格も好きじゃなかった。
正直、一緒に飲んで楽しい相手ではないというのが、桜の彼女に対する正直な感想だ。
そんな気持ちをいつも遠回しに伝えているつもりではあるが、それが伝わる気配は一向にない。
(もっとはっきりと言った方がいいのかしら。でも、はっきり告白された訳でもないし、微妙なのよね……)
小さく吐息を漏らし、
「今日はもう帰るつもりなの。だから、一人で遊びに行ってきたら?」
さっきまで考えていたことと逆な事を伝える。
本当は、もう一件くらいよって帰ろうと思っていたのに、彼女に付いてこられると思うと、その気も失せてしまった。
「じゃあ、私も帰ろうっと」
だが、そんな桜の思惑は身を結ばずに、彼女がそう言ってしつこくまとわりついてくる。
(うわ、面倒くさいなぁ)
そう思いつつも、おなじ店に通う常連だと思うとあまり邪険にも出来ない。
桜は嫌そうな顔をしつつも、仕方なく一緒に歩き始めた。
そうして一緒に歩き、少し大きな道に差し掛かったときだった。
正面から、何となく見覚えのあるような人が歩いてきた。
(ん?だれ、だっけ??)
ぱっと目を引く長身と、整った顔立ち。切れ長の綺麗な瞳が、ふっと桜を見つめて見開かれる。
そして、綻ぶように微笑んだ。
その瞬間、人形のように整った、美しいけれど冷たい顔立ちが、優しげに可愛らしく変わる。
それを見てはっと気づいた。
あ、この人、あの花見の時の人だ、と。
「あ、こんばんは……」
彼女がそう言ってへらりと笑う。
そんな風に気の抜けたような顔も悪くないなぁと思いつつ、
「あ、うん。こんばんは……」
つられたように返事を返す。
それが嬉しかったのか、彼女はまたちょっと笑って、それから桜の横をちらりと見た。
そんな彼女の様子を見て、桜は自分の隣にいる相手のことを思い出す。
(やば……誤解される)
なぜかそう思って、慌てて彼女を見上げて口を開いた。
「あ、これ、違うからね!?その、そんなんじゃないから!!」
なに言ってんだろう、私、と思ったが、すでに口から出てしまったものはもうどうしようもない。
そんな桜の言葉に反応したように、隣の相手が妙に体をくっつけてくる。
(あ~~~!!もうっ。うっとおしい!!!)
イライラしながら、なんとか引き離そうとするが、相手もそう簡単には離れてくれない。
困ったなと思いつつ、ちらりと花見の人を見る。
彼女は彼女で何かを考え込むような顔をしていたかと思うと、いきなりぱっと顔を上げて、
「えっと、お、お邪魔しました」
そう言って、その場を離れようと二人に背を向けた。
(ちょ、ちょっと待て!?何でそうなるのよ??もうっ)
内心、妙に鈍感な相手に文句をこぼしつつ、気がつけば桜は反射的に手を伸ばして彼女のスーツの裾を掴んでいた。
きょとんとした妙に可愛らしい顔で振り向いた彼女を、上目遣いに軽く睨む。
どうして引き留められ、睨まれているのか分からないのだろう。
不思議そうに困ったように、首を傾げる彼女の様子が妙に可愛くて困った。
(好きになってもダメな相手だと思うのに、どうしよう。なんだかドキドキする。やばいなぁ……)
そう思うものの、体は思うより早く動いていた。
隣で権利を主張するようにくっついているお邪魔虫を振り払って、訳が分からないと言う顔をしている目の前の人の腕に抱きつく。
見た目よりがっしりしている腕を胸に抱きしめて、それからさっきまで隣にいた相手をちらりと見て、
「……悪いけど、そう言うことだから」
と、あえて誤解させるような言葉を放った。
その言葉を受けた彼女は、プライドを傷つけられたのだろう。すごく悔しそうにこちらを睨んだ後、ふいっと顔を背け、くるりとこちらに背を向けると、足音高く元来た方へと歩いて行ってしまった。
すぐ横で、引き留めるように手を伸ばされた手が見えるが、せっかく追い返したものを引き留められてはたまらない。
桜は、絶対に逃がすものか、と彼女の腕をしっかりと抱き直した。
「い、行っちゃいました、ね?」
腕をつかまれたまま、困ったように彼女が言う。
「そうね。行っちゃったわね」
桜は、行ってくれてよかったわ、と内心喝采をあげつつも、それを表面には出さずにクールに返した。
そんな桜を、隣の人はとても心配そうに、気遣うように見下ろしてくる。
「よ、良かったんですか?友達、なんでしょう??」
彼女の唇から出たのは、そんなとんちんかんな心配。
だが、一応は桜のことを考えていってくれた言葉なので、桜は微笑み、説明と共にお礼の言葉を告げた。
「顔見知りなだけ。つきまとわれてちょっと困ってたから助かったわ。ありがとう」
「えっと?ど、どういたしまして??」
桜のお礼を受けて、戸惑ったような返事が返ってくる。
どうにもまだ、自分がお礼を言われるようなことをした感覚が無いようだった。
「これで、おあいこ、かしらね?」
あの日のことを連想させるように言葉をぶつけてみると、
「やっぱり、花見の時の人、ですよね??」
あちらもしっかり覚えていたのか、嬉しそうに顔をほころばせる。
その表情を見れば、会いたいと思っていたのは自分だけじゃなかったと感じられ、こみ上げてきた嬉しさのまま、桜も口元に柔らかな笑みを浮かべた。
「また会っちゃうなんて、縁があるのかもね。私達」
連絡先でも交換してみる?と冗談めかして問いかけてみれば、目を輝かせていそいそとスマホを取り出す相手の様子に、断られなくて良かったと思わずほっと息を付く。
お互いになれた作業をこなして連絡先を交換し、名前を打ち込む段になって手が止まった。
「名前、入れないとよね?私は横山桜っていうの。そっちは?」
「あ、高遠瑞希っていいます。桜、さん。良い名前ですね」
「呼び捨てで良いわ。年、たぶん同じくらいでしょ?私も瑞希って呼んで良い?」
「はい。もちろん!」
「あ、それから、敬語は禁止ね。他人行儀で嫌いだわ」
「は、はい……あ、えっと、うん。わかった。よろしくね、桜」
「こちらこそ、よろしく瑞希」
会話を交わしながら教えてもらった名前を打ち込み、相手の情報の登録を終えた桜は、ちらりと隣に立つ自分より少し背の高い相手の顔を見上げる。
次の言葉を告げようか、少し迷うように。
だが、迷ったのはほんの一瞬の事だった。
「私、もうちょっと飲んでくんだけど、よかったら瑞希も一緒に来る?」
内心ドキドキしながら、なんでもないことのように告げる。
その言葉に、再び瑞希が顔を輝かせた。
「いいの?」
「ばーか。ダメなら誘わないわよ。どうするの?」
「い、いくっ。いきたい!!」
食いつくように答える瑞希の様子に思わず笑みがこぼれる。
笑いながら、桜は瑞希に向かって手を差し出した。
「じゃあ、行こっか。明日って休みよね?遅くても良いでしょ?」
「うん!大丈夫!!」
瑞希はにこにこ笑いながら、一瞬も躊躇うことなく桜の手をぎゅっと握ってきた。
そんな様子を見ながら思う。これは一片たりとも意識されてないなぁ、と。
だが、それでいいとも思う。
女性が恋愛対象でない彼女の側にいるには、友人でいるのがきっと一番いい。
だから、友達として彼女の一番近くにいられるように努力しよう、桜は思う。
確かに瑞希は好みのタイプで、恋の芽は芽吹きはじめているかもしれないけど、枯れるしかない未来なら、芽を出さない方がいいのだ。
きっと良い友達になれる、そう思いながら、隣を歩く瑞希の顔を見上げる。
その視線に気づいたように、桜を見て微笑む瑞希。
心臓がドキンと跳ねるが、それを無視して桜も微笑み返す。
友達でいれば、ずっとずっと一緒にいられる。
出会ったばかりだけど、ずっと彼女と一緒に過ごしたいと思った。そうなると、思っていた。
夜の街を、二人は肩を並べて歩く。
そして、目に付いた居酒屋に適当に入って、飽きることなく言葉を交わし、朝まで一緒に過ごした。
それが、花見の夜に偶然であった二人の友情の始まりだった。
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