第百四十一話 精霊の愛し子④

※2017/10/17 内容を一部変更しました。



 深く、深くキスをする。

 そうしてキスをしながら、シュリは自分の中からアリアに向かって何かが流れていくのを感じていた。



 (……ふうん。魔力をあげるって、こんな感じなのか)



 シュリは思いながら、積極的にキスを続ける。

 気持ちがいいし、魔力を渡すことでの負担も特になかったから。

 アリアが放してくれないこともあり、結構な時間キスは続いて。このままずっと続くのかとぼんやりしてきた頭で思っていたら、ちゃあんと横槍が入った。



 「ずりーぞ!アリア!!」


 「そーだ、そーだ。独り占め禁止~~!!」


 「そ、そうだな。そろそろ、我らにも契約をさせて……いや、しかし、起きている主とキスか……ハードルが高いな」



 残りの三人の精霊達が口々に文句を言ってくる。

 それを受けてアリアは渋々シュリとのキスを切り上げて、恨みがましく三人を見上げた。



 「なんですの、三人して……せっかく気持ちよくなっていましたのに」


 「うっさい!お前ばっか気持ちよくなんな!」


 「そーだ、そーだぁ。横暴だぁ~~!!」


 「きっ、気持ちよく!?そっ、そぉかぁ……気持ちいいのかぁ……いいなぁ」



 赤い人と緑の人は、拳を振り上げて抗議をしている。

 後一人の茶色の人は、うらやましそうな顔をして指をくわえていた。

 シュリは、見た目はかっこいいい系でクールに見えるのに、なんだか純情発言を繰り返す茶色の人をちらりと見ながら、



 (……あの人は僕がリードしてあげた方が良さそうだなぁ)



 そんなことを思いつつ、さて次は誰だろうと三人の顔を見比べる。

 茶色の人はシャイそうだから、恐らく赤い人か緑の人か特攻してくると思うんだけど、と考えてると、予想通りに赤い人と緑の人が突進してきた。

 必死な表情でシュリに手を伸ばした二人の手がシュリに触れたのはほとんど同時。

 だが、ほんの少しだけ、赤い人が早かった。



 「「ど、どっち(だ)?」」



 問われたシュリは、ひいきをする理由もないので、素直に赤い人を指さす。



 「うおっしゃぁぁ!!アタシが先~~~!!」


 「うう~~~。じゃあじゃあ、イグちゃんの次は、今度こそうちだからね?」


 「へっへ~。情熱的なのをかましてくるからちょっと待ってろよ、シェル」



 赤い人はニヤリと笑って、シュリの前に立つ。

 そしてさっきのアリアと同じように膝をついて、シュリと目線をあわせてきた。



 「アタシもシュリって、呼んでいいか?主」


 「いいよ。主って呼ばれるような柄でもないしね?君の名前は?」


 「アタシは炎の精霊・イグニス。呼び方は好きにしてくれ」


 「わかった。イグニスって呼ぶね」


 「おう。じゃあ、早速本契約といくか?」


 「うん。イグニスの刻印はどこ?」


 「んっと、右手首の内側だな。赤いやつ」



 イグニスの言葉に頷いて、シュリは右手首の内側を上に向けた。

 そこにあるのは鮮やかな赤の刻印。



 「鳥さん?」


 「おう。可愛いだろ?」



 イグニスはにかっと笑い、それから少し照れたように目を泳がせた。



 「それにしてもよぉ、シュリ……」


 「ん?」


 「お前はノーパン主義なのか?なんつーか、目のやり場に困るんだけどよ」



 言われてシュリは、自分の体に目を落とす。

 着ぐるみを脱いでしまった今、シュリは生まれたままの姿……つまり、すっぽんぽんである。



 「えーっと、僕の趣味ではないんだけど、パンツがないからやむを得ず、って感じかなぁ。見苦しくてごめんね?」


 「や、見苦しいっつーか、むしろ動悸が激しいっつーか。で、でも、まあ、パンツがねぇなら仕方ねぇな!アタシも気にしないことにするぜ。んじゃ、始めるか!!」



 言いながら、イグニスは指先をシュリの右手首の内側に触れさせた。



 「炎の精霊、イグニスが再び誓いをたてる。我、シュリナスカ・ルバーノを主と認め、炎の力でシュリを守り戦い、常にお前の側にいることを誓うぜ!」


 「ん。許す」



 シュリの答えを合図に、右手首の刻印は鮮やかに赤く輝き、イグニスとの契約も無事に正式なものとなる。

 シュリはそれを確認して頷き、後はやっぱりキスなのかなぁと見上げれば、もうすぐ目の前にイグニスの顔が迫っていた。



 「んじゃ、キス!な?」



 そんな言葉を告げ、シュリの言葉を待たずに唇が押しつけられる。

 技巧的な意味で言えばアリアよりは少しつたない。

 だが、十分に情熱的なキスだった。

 炎の精霊らしい熱い舌をうけいれ、積極的に舌を絡める。

 そんなキスの合間に、もっとと言うように鼻をならすイグニスが可愛らしかった。


 顔立ちや口調は少年っぽいのに、そう言うところは女の子らしくて、そのギャップもいいなと思いつつ、イグニスとのキスもシュリは存分に楽しんだ。

 その後ろで、ヴィオラがヤキモキしている事など、気づきもせずに。

 そうして、無事に魔力を渡し終え、とろんとした赤い瞳のイグニスの頬を一撫でしてから、シュリは自分の番を今か今かと待っている緑の人に体を向けた。



 「お待たせ。えっと?」


 「うちは、シェルファ。風の精霊、だよ。よろしくね、シュリ!」



 屈託のない笑みに、シュリもまた微笑み返す。



 「うん。よろしく、シェルファ。で、シェルファの刻印はどこ??」


 「えっと~、たしか左手首の内側……」



 言われたシュリは、左の手首を差し出して内側を上に向ける。

 そこには緑色の刻印があって、それをみたシェルファがぱっと顔を輝かせた。



 「あっ、それそれ~!んと、契約しても、いい?」


 「うん。いいよ?」



 シュリが頷くと、待ってましたとばかりにシェルファの細い指先が伸びてくる。

 そして、シュリの顔をじぃっと見つめながら、



 「えーっと、風の精霊、シェルファがもう一度誓うよ。うちはシュリナスカ・ルバーノをご主人様にして、ずーっとずーっとシュリの側にくっついて離れないことを誓います!!」



 と何とも彼女らしい言葉で誓いを述べた。



 「うん。よろしくね。許す」



 シュリの言葉で刻印が緑に輝き、シェルファとの契約も無事に本契約となった。

 よし、これで三人とほっとしたのもつかの間、すごい勢いで飛びついてきたシェルファに唇を奪われた。

 嬉しくてたまらないとはしゃぐように押し付けられるシェルファの唇を微笑ましく思いながら、だんだんと慣れてきた魔力操作を駆使しつつ、シェルファの体に触れ合った部分を通して魔力を流してあげた。



 「シュリの魔力、すっごいねぇ……ふぃぃ……おなか、いっぱぁい」



 そう言って満足そうに唇を話したシェルファの頭を撫でてあげながら、シュリは最後の精霊の顔を見上げる。

 茶色の髪に茶色の瞳、チョコレート色の肌の大人っぽいその精霊さんは、どうしたらいいのか分からないと言うように、おどおどとシュリを見つめていた。

 そんな見た目とのギャップが可愛いなぁと思いつつ、シュリはにっこりと彼女に微笑みかける。

 その瞬間、チョコレート色の肌の色が濃くなったのは、きっと顔が赤くなったからだろうと思う。

 シュリはもう一度、シェルファの頭をよしよしと撫でてから、ゆっくりと最後の精霊の前に進み出た。



 「こんにちは」


 「こっ、こここここ、こんにちゅ……ったぁ!舌噛んだぁ!!」



 どうやらかなり緊張をしているようだ。

 ここは自分が頑張らないとと思いつつ、シュリは少しずつ、彼女との距離を積めた。

 だが、いかんせん身長差がありすぎる。



 「えーっと、だっこ」



 シュリは両手を広げて、だっこを要求した。

 そうでもしないと、彼女との距離は縮まりそうになかったから。

 緊張しきった様子の彼女は、他の三人のように膝をついてシュリと目線をあわせることも思いつかない様子だった。



 「だ、だっこ??」


 「うん。だっこ。……ダメ?」



 小首を傾げて、可愛らしくおねだりをする。

 これで落ちない女はいないといっても過言ではない、小さいうちしかできないであろう、現在のシュリの必殺技だった。

 当然、その効果が無いわけなく、茶色の人はおずおずとシュリに手を伸ばし、おそるおそるその小さな体を抱き上げた。



 「あ、主……」


 「ダメだよ。シュリって呼ばなきゃ。呼んでみて?」


 「う……どうしても?」


 「うん。どうしても」


 「わ、わかった……」



 茶色い人の肌の色がまた濃くなる。

 彼女の肌がもし白ければ、真っ赤な茹で蛸が出来上がっているに違いない。

 すーはーと深呼吸を繰り返す様子がまた可愛いと思いつつ、シュリはにっこり微笑んで促す。



 「シュリ、だよ」


 「……シュリ」



 蚊の泣くような声で、彼女がシュリの名前を呼ぶ。

 とてもとても、恥ずかしそうに。でも、すごく大切な相手を呼ぶように。

 シュリは、満足そうに微笑み、



 「うん。良くできました」



 と彼女の頭をそっと撫で、



 「じゃあ、次は自己紹介、だね?」



 そう言って、彼女の次の行動を促した。

 はっきり言って、他の三人の名前がわかった今、目の前の彼女の名前も判明はしている。

 でも、出来ることなら彼女の口から聞きたかったのだ。



 「わ、私は大地の精霊のグランスカ。主の……シュリの好きなように呼んでほしい」


 「ん。じゃあ、グラン。契約をすませちゃおうか。グランの刻印は左足、だね?このままで触れる?」


 「グ、グラン……シュリの声でそう呼ばれるのは、また格別だな……」


 「グラン?」


 「っ!こほん……もっ、もちろん、問題ないぞ?じゃ、じゃあ、はじめさせてもらう」



 名前を呼ばれてうっとりしていたグランは、シュリの呼びかけにはっとして、気を取り直すように咳払いをした後、片腕でシュリを抱いたまま、もう片方の手を器用にシュリの左足へのばした。

 そこに印されている、茶色の己の刻印へと。



 「我、大地の精霊、グランスカが再びの誓約を述べる。私のすべてを我が主、シュリナスカ・ルバーノに捧げ尽くすことを誓う。私の身も心も、すべてはお前のものだ」



 これで良いかと、シュリの様子をうかがうような、不安そうなグランの眼差しが愛おしい。

 シュリは微笑み、頷く。



 「もちろん、許す」



 その瞬間、グランの顔がぱああっと輝き、シュリの左足の刻印もそれに負けずに輝きを放った。



 「じゃあ、次はキスだね。魔力をあげるよ」


 「き、きす!?」


 「そうだよ、目を閉じて?」


 「い、いいいい、いや。私は、その、えっと、え、えんりょ……」



 する、と言い掛けたグランの頬に手のひらを当てる。

 そして、



 「他のみんなにもあげたんだから、もちろんグランにもあげるに決まってるだろ?僕はこう見えて、公正なご主人様を目指してるんだから、ね?」



 そうささやいて、目を泳がせるグランの返事を待たずに、彼女の唇を己の唇でふさいだ。


 キスの合間に抵抗する彼女の声を聞きながら没頭した結果、他の三人よりも遙かに長い時間キスをする事になってしまった。

 やっと満足して唇を話したときには、グランはシュリを抱きしめたまま、腰が砕けたように地面に座り込んでしまっていた。



 (あ……やりすぎた)



 そう思いつつ、とろんとした表情のグランの頬を撫でてあげる。

 そんな二人を、四組の瞳が非常にうらやましそうに見つめていることにも気づかないで。

 

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