第百四十二話 精霊の繭玉

 4人の精霊と無事に契約をすませたシュリは、一息つきつつヴィオラの腕の中にいた。

 四精霊はその前に控えているが、もちろんヴィオラの目には映らない。

 エルジャの目にはしっかり映ってはいるが。



 「私だけ見えなくてつまんなぁい」


 「ぐずぐず言うのはおよしなさい。まったく。いつまでたってもあなたは子供なんですから」



 エルジャはグズるヴィオラをたしなめつつ、シュリの頭を撫でることに余念がない。

 すっかり、初孫の魅力にメロメロのようだった。

 シュリはくすぐったそうにしつつも、大人しくエルジャの毛繕いを受け入れながら、



 「ほんとーに、おばー様には見えないんだねぇ。僕にはこんなにはっきり見えるのになぁ」



 そう言いながら精霊達に視線を移せば、みんな顔を輝かせて手を振ったり投げキッスをしたり。

 とにかく、シュリに構ってもらいたくて仕方がないらしい。



 (可愛いなぁ。でも、みんながもふもふの動物形態なら、もっと可愛いのになぁ……ああ。ふつうのテイムスキルさえ手に入っていれば……)



 晴れて自分のモノとなった精霊達を見つめながらそんなことを思う。

 通常とは違う形で手に入ってしまった面白テイムスキルに思いを馳せ、ため息を漏らしながら。



 「ヴィオラには見事なまでに精霊に関する能力というか、感受性がありませんからねぇ」



 仕方ありません、と言う祖父に、そうだよねぇ、とシュリが返す。

 だが、それに待ったをかける声があがった。

 グランスカである。



 「主……いや、シュリ。祖母殿に我らの姿を見せたいのか?ならば出来ないこともないぞ?」


 「ほんと?グラン」


 「ああ。ちょっと魔力の無駄遣いにはなるが、魔力を使って我らの質量を高めればいいのだ。そうすれば、実際の肉体を持つモノに近くなり、我らを見る力の無いものの目にも映るようになるだろう」


 「へえ……ちょっと、やってみてもらってもいい?グランだけじゃなくて、他のみんなも」


 「おやすいご用だ」



 グランが頷き、他のみんなからも承諾の返事が返ってくる。

 アリアだけは、後で魔力の補給をしてもらうけどいいのかしら、と流し目を送ってきたが、少しくらい魔力を分けたところで痛くもかゆくもないので、頷いておいた。

 全員が納得したところで、彼女達はそれぞれグランの言った試みを実行していく。

 もともと見えているシュリの目にはさほど変わっては映らない。

 せいぜい、輪郭がちょっとしっかりしたかな、と言った程度だ。

 だが、ヴィオラはそうじゃなかった。



 「わ、いきなり人が四人も!?えーと、この人たちがシュリの?」



 急に現れた四人の女性に驚きつつも、すぐに彼女達がシュリと契約した精霊なのだと察し、ヴィオラがまじまじと彼女達を見つめ、観察を始めるのが分かった。



 「そうだよ。青い人がアリア、赤いのがイグニス、緑がシェルファ、で、茶色っぽいのがグラン」



 シュリは頷き、ヴィオラに己の精霊の紹介をする。

 ヴィオラはじぃっと彼女達を眺め、それからちょっぴりジト目でシュリを見た。



 「ふぅん。美人ばっかりね?」


 「ん?そうだね??」



 シュリがなんでそんな風に見られるのか分からずに首を傾げると、エルジャがやれやれと肩をすくめながら、



 「精霊は美男美女と相場が決まっています。孫の契約精霊相手に、変なヤキモチを焼くのはおよしなさい。まったく……」



 そんな風に間に割って入ってくれた。

 それを聞いたシュリが、ヴィオラを見上げる。



 「ヤキモチ?」


 「う……ちょ、ちょっとだけよ。ちょっとだけ」



 図星を指されて唇を尖らせるヴィオラ。

 シュリは手を伸ばし、そんな彼女の頭を撫でた。微笑ましくもほっこりした気持ちで。



 「大丈夫。僕はおばー様も大好きだよ。おばー様も、美人でア……可愛いよ」



 うっかりアホ可愛いと言ってしまいそうになり、慌てて軌道修正しつつ、ヴィオラに対してにこにことそんな言葉を紡ぐ。

 孫の開けっぴろげな愛情に、ほんのりほっぺを赤くしつつ、



 「ふ、ふーんだ。誉めたってなにもあげないんだからね?……全く、天然の女ったらしなんだから……」



 ヴィオラは満更でもなさそうに、そんな言葉を返すのだった。



 「まあ、ヴィオラの精霊への複雑な感情はさておき、無事に精霊契約が出来て何よりでしたね、シュリ。それも、こんなに力の強い精霊が四人もあなたを選んでくれるとは、幸運でした」


 「はい、おじー様」


 「後は、シュリの魔法の威力に関しての事ですが……」


 「あ~、そのことなんだけどよぉ」



 エルジャの言葉に、歯切れ悪くイグニスが口を挟んでくる。



 「なんでしょうか、炎の精霊よ」


 「えーっとな、あたし達も、シュリときちんと契約して色々事情を理解したんだが……」


 「事情、といいますと?」


 「あ~、あれだ。シュリの魔法事情っつーか。シュリの魔力経路が極端に細い件に関してと言うか……」


 「さすが、上級精霊ですね。恐らく、もうその原因も察しているというところでしょうか?」



 エルジャがちょっぴり持ち上げつつ水を向けると、四精霊は何とも言えない表情で顔を見合わせていた。



 (お前が言えよ)


 (いいえ、あなたが)


 (でもでも、一番アリアが上手にお話出来そうじゃない?)


 (あ~、私が話そうか?)


 (((グランは緊張して失敗するからダメ)))



 小声でそんなやりとりをしばらくした後、不本意だけど仕方がないという表情で、アリアが一歩、前に進み出た。

 その腕の中には、なにやら金色に輝く大きな繭玉の様なモノを抱えている。



 「シュリの魔法がうまく行かない原因……それはズバリ、これのせいでしたの」



 アリアはもうどうにでもなれとその金色の繭玉を三人の方へずいっと差し出した。



 「はい?今、なんと??」



 私の聞き間違いでしょうか?とエルジャが問い返すと、アリアは苦虫を噛み潰したような顔で、その繭玉をエルジャに向かって突きつけた。



 「ですから、原因はこれだと言っているでしょう?あなたも精霊使いの端くれでしたら、感じることが出来るんじゃなくて?」



 そう言われ、エルジャは繭玉を手に取ってみた。

 手にとって初めて気づく。

 その繭玉が、精霊の気配を漂わせていることを。しかもその力はかなり大きい。



 「精霊、なんですか?これは」


 「どうやら、そうみたいですわね」


 「精霊が繭玉から羽化すると言う話は初耳なんですが」


 「奇遇ですわね。私も初耳ですわ」


 「……水の精霊よ。ふざけている場合じゃないと思うのですが」


 「ふざけてなんかいませんわ。私は至って真面目にお話していますわよ」



 エルジャとアリアがしばしにらみ合う。

 エルジャは己の手の中の繭玉に目を落とし、まじまじと見つめた。

 その繭玉からは、確かに精霊の気配がした。

 だが、それと同じくらいの強さでシュリの魔力の気配も感じさせていた。

 どうやらそこに、謎を解く鍵はありそうだった。

 エルジャは心を落ち着かせるように一つ息をつき、それから再びアリアを見つめる。



 「事情を、説明していただけますか?」


 「まあ、分かる範囲でしたら。とはいえ、私達もすべての事情を把握している訳じゃないんですの。なんといっても、当の本人がその状況ですから。その子自身、今はまどろみの中にいるような状態なんですわ。だから、みんなで何とか語りかけて断片的な事情を聞き出した内容をつなぎ合わせた感じでよろしければ説明出来ますけれど」



 それでもかまわないかしら?そう問われて、エルジャは頷く。

 アリアが話しても良いかと、シュリの許可を求めるように見つめてきたので、シュリも即座に頷きを返した。

 それを受けてアリアは話し始める。

 それは少々、突拍子もない話だった。




 時はシュリがまだ1歳の頃。

 アズベルグに来て、魔法を覚え、それを実行しようとしたときに遡る。


 あの日あの時、自分の部屋で一人魔法を使おうとしていたシュリを見守る存在があった。

 それはまだ小さな力しか持たない生まれたばかりの光の精霊。

 彼女はシュリの魔力に惹かれて、その当時、常にシュリの傍らにいた。

 まだ幼く、自我と言うべきものすらもたない様な存在であったが、彼女はシュリが好きだった。

 シュリの側にいると心地よく、幸せな気持ちになれたから。


 その日も、彼女はシュリの行動を見守っていた。

 ふわふわと曖昧な自我のまま、ただ茫洋と。

 しかし、シュリが魔法を発動した瞬間、急速にその意識が目覚めた。

 それほどにシュリの魔力は強大だった。

 そのまま無作為に発動してしまえば、大変なことになるのが目に見えるほどに。


 彼女は慌てた。

 このまま魔法を発動させてしまえば、シュリが大変な事になる、と。

 だが、小さな彼女にはシュリの魔法を外から押さえ込むことなど出来るはずもない。

 だから、彼女は己のすべてを使うことにした。

 外から押さえることが無理なら内側から、と。

 彼女はシュリの中へ入り込んだ。

 それがシュリにとっても彼女にとってもどんなに危険なことか、考える猶予さえ無いままに。


 シュリの中に入り込んだ彼女は自分を使ってシュリの魔力の通り道を狭めた。

 実体を持たぬ、精霊だから出来た荒技であった。

 魔力の通り道を細くすれば、一気に大量の魔力を放出することは出来ないだろうという彼女の思惑の通り、事は進んだ。

 シュリの魔力が大量に放出されることはなく、結果、シュリの魔法の威力は可愛すぎるくらいのものとなった。

 だが、思惑通り行かなかったこともある。

 己の身を使ってシュリの魔力経路を狭めた彼女は、そこに定着して動けなくなってしまった。

 せめて己の自我だけは何とか取り込まれまいと、なけなしの力で小さな繭玉を作り上げ、そこに己の意識を隠したまま、彼女はいつか助けが現れる時まで眠りについたのだった。

 そして、まどろむような時を過ごすこと数年、彼女の繭玉はシュリの余剰の魔力を吸い取り、かなりの大きさになっていた。

 このまま行けば、そう遠からず己を取り戻す事が出来る、そんな折り、シュリは四人の上級精霊と契約を交わし、それによってシュリと深い繋がりを得た四人がシュリの体に潜む同族の気配に気づいて助け上げたのがこの金色の繭玉、という訳らしい。



 「まあ、断片をつなぎ合わせた内容ですから、ちょっと真実と違う部分もあるでしょうけど、概ねはこんな感じですわ」


 「なるほど。この精霊は、シュリを助けようとして、結果、シュリの魔力の放出を制限する形になったと言うわけですね……」



 エルジャは頷き、シュリに金色の繭玉を手渡した。

 シュリは手渡された繭玉をまじまじと見つめる。

 大きさは、シュリが両手に抱えられるほど。

 これほどのものがシュリの中にあったと言うことが信じられなかった。



 「こんなに大きなのが、僕の中にあったの?」



 首を傾げてアリアを見上げれば、



 「大きいとは言え、その子も精霊ですから実体はありませんわ。だから、内側からシュリの体を圧迫することもありえません。実際問題、あなたのおばあ様には、その繭玉、見えていないはずですわよ?」



 そんな返事が返ってきた。

 繭玉を抱えたまま、本当に見えないんだろうかとヴィオラの顔を見上げれば、彼女は即座に頷いて、



 「彼女の言ってることは本当よ。シュリを見れば何かを抱えてるんだろうなって事は分かるけど、その何かは見えないわ。触ろうとしても……」



 言いながら、ヴィオラはシュリの抱える繭玉に手を伸ばす。

 だが、その手は繭玉をすり抜けてしまった。



 「うん。やっぱり触れないみたいねぇ」


 「そうなんだ……」



 シュリはつぶやき、再び自分の腕の中にある輝く繭玉に目を落とした。



 「シュリは、その時のことに覚えはありますか?初めて魔法を使おうとしたときのことに」


 「うん。覚えてる。でも、この子がしてくれたことには全然気がついて無かったけど。そっかぁ。助けてくれようとしたこの子を、僕が体の中に閉じこめちゃってたんだね。悪いこと、しちゃったなぁ」



 しょぼんと呟き、



 「ねえ、アリア。この子はずっとこのままなの?何とか助けてあげられないのかな??」



 アリアを見上げて問いかける。



 「ああ。それならなんの心配もありませんわよ?むしろ、シュリの中でシュリの上質な魔力を与えられ続けたその子は、かなりの力をもつ上級精霊になるでしょうね。まあ、長い間眠り続けていたせいで、その繭玉から出てくるまでにはもう少し時間はかかるでしょうけど、シュリが持ち歩いて魔力を注いであげれば、そう遠くなく新たな姿で生まれ出ると思いますわ」


 「そうかぁ。なら、よかった」



 ほっとしたように微笑むと、アリアはそんなシュリを、愛おしそうに目を細めて見つめ、その頭を優しくなでた。

 ヴィオラがちょっぴりむっとしたが、それに気づかない振りを装って。



 「私達もその子がきちんと生まれ出られるように協力しますわよ。一緒に頑張りましょうね?」


 「うん!ありがとう、アリア」


 (な、なんだかうまいところ、全部もってかれたな……)


 (説明を押しつけちゃったんだから、仕方ないよ~)


 (わ、私が説明をしていれば……)



 にこにことシュリと微笑みあうアリアを見つめつつ、他の三人がぼそぼそと小声でそんなやりとり。

 それに気づかないまま、シュリは腕の中の金色の繭玉をじっと見つめる。

 そして、



 (今まで気づかなかったとはいえ、助けてもらったんだから、きちんとお返しをしなきゃね。僕が責任を持って、君が素敵な精霊さんの姿を取り戻せるように頑張るからね!)



 そんな風に心の中で語りかけた。

 その瞬間、腕の中の美しい繭玉の光がわずかに増した、そんな気がした。

 

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