第百三十七話 精霊の泉

 その泉は、思っていたよりも小さな泉だった。

 だが、水は綺麗だし、花々が咲き乱れ、心地よい風が吹いて、日だまりがぽかぽかして、とても心地のいい空間だった。

 今、この場所に居るのはシュリ一人。

 ドグラはシュリを降ろすと、



 「オラは精霊様と気が合わないだよ~」



 とそそくさと居なくなってしまったし、アンクも、



 「セイレイサマハ、シュリ、トダケ、アイタイッテ、イッテル」



 そんな言葉を残して、いずこかへ飛び去ってしまった。

 そうして、シュリ一人残された訳だが、ここでなにをしろというのだろうか?

 黙って待ってたら、二人の言う、精霊様とやらが出てきてくれるのかなぁと思いつつ、日だまりに座り込んで待ってみる。

 しかし、いくら待っても精霊様が登場する気配は無く、ぽかぽか陽気になんだか眠くなってきてしまったシュリは、柔らかな草の上にこてんとその身を横たえた。

 程なく寝息を立て始めたその姿を、四人の視線が見つめていることに、かけらも気づくことなく。






 「……寝ちゃいましたわね」


 「……寝てしまったな」


 「……気持ちよさそうだねぇ」


 「……起きそうもねぇなぁ」



 心地よい空間に、そんな声が響く。

 だが、シュリには聞こえない。

 シュリを取り囲むようにしてその姿を見下ろしている四人の女性の姿も、もちろんシュリには見えない。

 なぜなら、彼女達が精霊と呼ばれる存在であるからだ。


 精霊を見て、その声を聞き、言葉を交わすには特別な資質が必要だ。

 シュリにはその資質が十分と言えるほど備わっているのだが、どうやら、その才能はまだ開花していないようだった。


 四人はシュリがこの森に入った瞬間から、シュリの希有な資質を感じていた。

 どうしても会いたいと、保護者らしき人物から一人離れたシュリを、日頃から懇意にしていた妖精・アンクに呼びに言ってもらった訳だが、やってきたシュリに喜んで話しかけてもなんの反応も返ってこない。

 四人は困ったようにお互いの顔を見合わせた。



 「普通、子供の方が精霊に関する感受性が強いはずなんですけれどね」



 そんな風に言ったのは、鮮やかな青い髪の女性。

 瞳は淡い水色で、目尻が優しげに下がっている。

 長いストレートの髪は腰の辺りまで伸びていて、緩やかに波打っていた。

 彼女は興味深そうにシュリの顔をのぞき込んでそのほっぺたを指先でぷにぷにとつつきながら、ちょっぴり唇を尖らせる。



 「うーん。どうやったら我々に気づいてくれるのだろうな。ここまで完全に無視されるとは」



 そう言ったのは、焦げ茶の髪に金茶の瞳、チョコレート色の肌をした女性だ。

 ストレートの髪を後頭部の高い位置で一つに縛った彼女は、切れ長の瞳でシュリを見つめ、困ったような吐息を漏らす。



 「何かいい方法はないかなぁ。早くしないと、この子のおじいちゃんとおばあちゃんが迎えに来ちゃうよ?」



 言いながら、うちもほっぺ触る~、と青い髪の女性の反対側のほっぺたをふにふに摘んだり揉んだりし始めた女性の髪はライトグリーン。

 瞳は濃い緑で、前の二人に比べると目の大きさが目立つ少し子供っぽい顔立ちをしていた。

 もちろん、体の方も然り。

 ほっそりぺったりした体つきの彼女は髪も短めで、肩につかない程度の長さの髪は、風に遊ぶように所々跳ねていてそんな様子も可愛らしい。



 「どうすっかぁ。保護者が来ると色々と話が面倒だよなぁ。もういいから、さっさと契約しちまおうぜ?上級精霊と契約できていやな顔する奴なんかいねーよ」



 面倒なのはごめんだとばかりに、そんな乱暴な意見を言いだしたのは、燃えるような赤い髪を短く切って、まるで少年のような容貌の女性。

 もちろん瞳も燃え上がるような明るい赤で、いたずらっ子のようなやんちゃな雰囲気を漂わせている。

 そんな風に、全体的には少年のような印象を与えるのだが、ある一部分だけがその印象を覆していた。

 どこ、とは言わないが。

 そんな彼女の意見に、青と茶の女性が反論をする。



 「勝手に契約は、ちょっと乱暴だとは思わなくて?」


 「うむ。勝手に、というのは、確かにどうかと思うな」



 大人な意見の二人に反論するのは、精神の成熟がやや足りない残りの二人だ。



 「でもでも、この子がうちらをみれるようになるのを待ってたら、他の上級精霊も、この子の事に気づいちゃうかもよ?」


 「そうだぜ?一人の人間と上級精霊との契約は、属性ごとに一人だけしかダメなんだろ?誰かに先越されたらどうすんだよ」


 「「そ、それは確かに……」」



 精神はちょっぴりお子ちゃまだが、言っていることはもっともだった。

 無駄な常識がないぶん、真理を突いているとも言える。


 この世界での精霊魔法は、大きく二つに分けられる。

 色々な場所に存在する小さな精霊達の力を借りて行使する一般的な精霊魔法と、上位の精霊と個人的に契約を結び、その精霊の力を使って行使する、特殊な資質を要する精霊魔法だ。


 後者の精霊魔法は、人と契約を結べるだけの力のある精霊と契約をすれば使えるわけだが、契約の枠は一つの属性につき、一人だけ。

 つまり、早く契約したもの勝ちと言うわけだ。


 この迷いの森で生まれ育った彼女達は、能力的には同じくらいの力を持つものの、属性はバラバラ。

 ということは、今であれば誰とかぶることなく、目の前の才能にあふれた幼児と契約を結ぶことが出来るわけだ。

 この機会を下手に逃して、他の上位精霊に先を越されるのも腹立たしいと、四人の視線がシュリの上に再び注がれる。



 「……してしまいましょうか」


 「……うむ。それも致し方がないことかもしれないな」


 「うん。しちゃおう、しちゃおう」


 「よっしゃ。じゃあ、早速アタシからいくぜ!」



 そう言った赤の女性は、眠るシュリの顔に自分の顔を近づけた。



 「へへ。可愛い顔してんなぁ。結構、アタシの好みだぜ?いい男になるまで、しっかり守ってやるからな?」



 熱っぽくささやいて、ちょっと薄めのその唇を、シュリの小さな唇にぐっと押しつけた。

 そしてしっかりと舌も絡め合わせてから唇を離す。



 「おしっと、これでお互いの認証はすんだから、後は刻印だな……ってこの服じゃやりにくいな。脱がせるか」



 言うが早いか、彼女はあっという間にシュリの着ぐるみを脱がせてしまう。

 そして、着ぐるみの下に下着をつけていなかったシュリを見て、ちょっぴり顔を赤くした。



 「パ、パンツはどうしたんだよ、パンツは。ったく、まだ可愛らしいからいいけどよ……」



 赤い顔でぶつぶつ言いながら、彼女はシュリの右手の内側に自分の指先を押し当てた。

 そして。



 「炎の精霊、イグニスの名において、ここに古の誓約を交わす。我、この者を主と認め、その身に宿り、常に炎の守りと力を与える事を誓う」



 誓約の言葉がイグニスの唇から紡がれ、シュリの右手首と彼女の指先が触れた部分が赤い光を放つ。

 そして、その光が収まった後、そこには小さな赤い鳥が刻印されていた。

 それを見つめ、イグニスが満足そうに笑う。

 そして、シュリを愛おしそうに見つめた。



 「イグちゃん、終わった?じゃあ、次はうちの番~」



 そう言ってイグニスを押しのけた緑の髪の女の子は、勢いよくシュリの唇に突撃した。

 唇を押し当て、舌をしっかりと絡ませて唾液の交換をし、顔を離した後はシュリの体を舐めるように眺め回す。

 自分の刻印はどこにつけようかなぁと言うように。

 大きな瞳でシュリを上から下までしっかり眺め、最後にその視線をシュリの中心に定める。

 可愛らしくもむき出しになったシュリの可愛らしい男の子の証へと。



 「う~ん。可愛いなぁ。うち、ここに……」



 大事な部分を指でつんつんつつきながら、大変な場所へ刻印を施そうとする彼女を、



 「……シェルファ。そこはやめてさしあげて」


 「……そうだぞ?お前を呼び出す度に股間が光るんだぞ?絶対、二度と呼び出してもらえなくなる」



 赤と茶の女性の声が押しとどめる。

 シェルファと呼ばれた少女は、ちょっと残念そうにシュリの股間を見つめつつ、



 「だめぇ?可愛いんだけどなぁ、ココ。でも、呼び出してもらえないのもイヤだから、ほかの場所にしよ~っと」



 言いながら、彼女は無難な場所を選んで己の指先を押し当てる。



 「え~っと。風の精霊、シェルファが誓約を交わす。我、この者を主と認め、その身に宿り、常に風の守りと力を与えることを誓う……あってるかな??」



 小首を傾げる彼女の目の前で、シュリの左手首の内側が緑色の輝きを放った。

 その輝きが収まった後には、緑色で刻印されたつむじ風の印が残る。

 シェルファはそれを見て満足そうに頷き、身を屈めてもう一度シュリにキスをした。

 今度は軽く、ちゅっと挨拶するように。



 「君が真っ白なお髭のおじいさんになるまで、うちが守ってあげるからね」



 シェルファはにっこり笑い、シュリの柔らかな銀色の髪を優しく撫でた。



 「こほん。つ、次は私だな」



 言いながら進み出たのは茶の女性。

 彼女は真剣な眼差しでシュリを見つめ、少しずつ顔の距離を積める。

 チョコレート色の肌がいつもより濃いのは、どうやら顔を赤くしているかららしい。

 彼女はおずおずとシュリの唇に己の唇を沿わせ、そして思い切ったようにシュリの口腔に己の舌を差し入れた。

 精霊の契約はどうしてこんなに恥ずかしいことをさせるのかと、内心思いつつ。

 そして、ぎこちないながらも舌を絡め合わせて唾液の交換をし、唇を離す。

 その際、お互いの唇同士をつなぐ唾液の糸の輝きに再び赤面しつつ、今度はシュリの体へと目を走らせた。

 そしてすぐさま目をそらす。

 顔の色はかなり濃い。

 つまりは真っ赤だと言うことだ。

 彼女はシュリの大事な部分をなるべく見ないように気をつけながら、何とか己の刻印を施せそうな場所へ指先を押し当てた。



 「だ、だだだ、大地の精霊、グランスカの名において、こ、こ、ここに古の誓約を交わす。わ、我、この者を主と認め、その身に宿り、常に大地の守りと力を与える事を誓う」



 これで大丈夫だろうかと、不安そうに見守るグランスカの目の前で、契約終了の光が輝く。

 ほっとしたようにグランスカがシュリの右足首を改めれば、そこにはデフォルメされた大地の獣の姿が刻印されていた。

 彼女はうれしそうに瞳を輝かせてそれを見つめ、それからシュリの顔を見下ろした。

 むき出しの大事な部分は決して見ないように気をつけながら。



 「どんなときもお前を守り、助ける。困ったら必ず、私を呼んでくれ」



 愛おしそうに微笑み、その頬をそっと撫でた。



 「では、最後は私の番ですわね」



 最後に進み出たのは青の女性。

 彼女は長い髪がシュリの顔にかからないようにそっと押さえながら身を屈めると、シュリの幼くも美しい顔をうっとりと眺めた。



 「アグニスのまねをするわけではないですけれど、本当にきれいな子。一目みた瞬間から、貴方以外の相手に屈するのはいやだと、そう思っていましたのよ?」



 そうささやいて、躊躇なくシュリの唇に自分の唇を押し当てた。

 舌を絡め、長く濃厚なキスを交わす。

 それを見てる後の三人が赤面するほどの。



 「こ、子供相手に、容赦ねーな……」


 「すご~い。なんだかえっちぃキスだよねぇ」


 「さ、流石だ。わ、私も見習わなくては」



 そんな三人の言葉を聞き流しながら、たっぷりしっかりキスを楽しみ、唇を離した彼女は、互いの唾液でてらてら光るシュリの唇をうっとりと見つめながら、



 「体の相性も、悪くなさそうですわね。将来が、楽しみですわ」



 小さなつぶやきをこぼし、それからねっとりとシュリの股間に視線を這わせつつ、その指先をシュリの左足首に定めた。



 「水の精霊、アリアンディの名において、ここに古の誓約を交わす。我、この者を主と認め、その身に宿り、常に水の守りと力を与える事を誓う」



 シュリの左足首が青い光を放ち、水の雫の刻印が刻まれる。

 アリアンディはそれを見て、満足そうに微笑んだ。眠るシュリの頬を愛おしそうに撫で、それからその耳元へ唇を寄せる。



 「今の幼い貴方も、これから大人になっていく貴方も、そしていつか年老いていく貴方も、私は変わらず愛し、ずっと貴方のそばにいると誓いますわ」



 柔らかくささやき、そして子供らしいふくふくのほっぺたにそっとキスをした。


 こうして、シュリが知らぬ間に四精霊達との契約は滞りなく行われた。

 彼女達は顔を見合わせ頷き合い、シュリの四肢に刻んだ刻印で、その身をしばし休めるのだった。

 シュリと本当の意味での対面を果たす、その瞬間まで。

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