第百三十六話 妖精族と巨人族

 お母さんクマのお腹で他の子グマと一緒に寝てたら、なにやら耳元で小さな声が聞こえて目が覚めた。



 「クマ?ニンゲン?ソレトモ、ヤッパリ、クマ?」



 不思議そうにのぞき込んでくる小さな顔。

 アーモンドの形の瞳は白目がなくてまるで宝石のよう。

 人とは違うその瞳にちょっぴり目を見張りつつ、シュリはその小さな人型の何かを見つめた。

 背中には透き通った羽が生えていて、上手に空を飛んでいるその姿は、なんとも愛らしかった。



 「ニンゲン?クマ?」



 首を傾げて尋ねてくる様子に思わず微笑みながら、



 「僕は人間だよ。シュリって言うんだ。君はだれ?」



 そう問えば、



 「ボクハ、アンク。フェアリー、ダヨ。ニンゲンガ、ドウシテ、クマトイルノ?」



 アンクと名乗った妖精族フェアリーは、にこりと笑ってから再び問いかける。



 「クマの子供と間違えられて連れてこられちゃったんだよ」



 その問いにシュリは苦笑しながら答えた。

 シュリの答えにうんうんと頷いたアンクは、

 「シュリハ、ココカラニゲタイ?」



 そんな風に問う。

 逃げたいかと問われれば、そりゃあ逃げたい。

 母性本能に溢れたクマさんを傷つけたくないからここにいるだけで、シュリには一人にしておくとちょっぴり心配なおばー様もいるし、ずっとクマとして生きていくつもりももちろん無いのだから。

 だからシュリは、アンクの顔を見上げてコクンと素直に頷く。



 「うーん。そうだね。逃げられるなら、そうしたいかなぁ」


 「ワカッタ。アンクニ、マカセテ」



 アンクはそう言ってにっこり笑うと、くるりと宙返りして方向を変えると、あっという間にクマの巣穴から出て行ってしまった。

 シュリはその小さな姿をぽかんと見送って、それから小さく笑う。

 アンクは戻ってくるかなと考えつつ、もう一度寝ちゃおうかと目を閉じてうとうとしていると、なんだか地面が揺れていることに気がついた。

 どしーん、どしーんと何かが近づいてくる音がする。


 なんだ、これ?と身を起こすと、クマ達も慌てたように起き出した。

 母グマが子グマを一匹ずつくわえて巣穴から逃げ出していく。

 もしや、今が逃げ時かな、とそろりそろりと巣穴を出たのだが、ちょうどそこで二匹の子グマを連れ出して最後にシュリを連れにきた母グマとばったり出くわしてしまった。

 母グマの瞳に溢れんばかりの母の愛情を見てしまったシュリは仕方ないなぁと諦め、その襟首を母グマがくわえようとした時、それよりも先にシュリの体をすくい上げる大きな手があった。

 驚いて見上げれば、そこには大きな大きな体と顔を持つ人が、純朴そうな瞳でシュリを見下ろしていた。



 「いんやぁ~、こりゃあ、可愛いクマっ子だなぁ~」


 「クマ、ジャナイヨ!シュリハ、ニンゲン!」


 「そうだったなぁ~。わりぃわりぃ。アンク、そんなに怒らねぇでくれや」



 大きな男の周りを小さなアンクがふわふわ飛び回ってぷんぷん怒る。

 アンクに責められた男は困ったように頭をかいて、自分よりはるかに小さな存在に頭を下げた。

 そんな大小逆転したような様子に、シュリは思わず微笑み、それからふと、母グマがいるはずの下を見下ろした。

 彼女はシュリを取り戻そうと大男の大きな足に組み付いている。

 大男が怒るんじゃないかと不安になって見上げると、シュリの視線に気づいた男はにこりと微笑んで、



 「ほれ、クマっ子。こりゃあ、おめぇの子供じゃねぇ。ほれ、見てみろ」



 言いながら、手のひらに乗せたシュリのフードを器用に指先で摘んで脱がせて、クマの母親に見せてやる。

 それをみたクマは、それでもしばらくクンクン鳴いていたが、最後にはシュリに背を向けて離れた場所へ隠した子グマ達の方へ帰って言った。

 何度も何度もシュリの方を振り向きながら。



 「騒がしてすまんかったなぁ~。親子三人、達者で暮らせよぉ~」



 男が手を振り、シュリも手を振った。

 そうして、クマ達の姿が見えなくなってやっと、シュリはきちんと男に向き直った。男の大きな手のひらの上で。



 「あの、助けてくれてありがとう」



 ぺこりと頭を下げると、男は照れたように笑う。



 「いんやぁ。いいんだで。オラの友達の、アンクの頼みだしなぁ」


 「ソウダヨ。ドグラ、ト、アンク、ナカヨシ」


 「ドグラって言うんだね。僕はシュリ」


 「シュリかぁ。ええ名前だで。よろしくなぁ。オラは巨人族ジャイアントのドグラだぁ」


 「シュリ、シュリ。アンク、ニハ?」


 「アンクも、ありがとう。ドグラを呼んできてくれたんだね。助かったよ」


 「フフッ、イイヨ。アンク、ト、シュリモ、トモダチ」



 アンクは嬉しそうにシュリの周りを飛び回る。

 シュリとドグラはそれを微笑ましそうに見つめて笑った。



 「だども、どうするよ、アンク。シュリさ、どこへ連れてってやればいいだかね?」


 「セイレイサマノ、イズミ。シュリ、ヨンデル」


 「精霊様……ああ~、あの泉だか。あそこなら、こっからすぐだなや。ほんじゃ、行ってみっぺ」


 「精霊様の泉?」



 聞き慣れない言葉に、シュリが首を傾げる。

 アンクはそんなシュリの肩にちょこんと座って、



 「セイレイサマハ、イロイロナ、セイレイノ、ナカデモ、スゴクエライ、セイレイ。シュリニ、アイタイッテ。ソレデ、アンク、シュリノ、トコロ、キタ」



 たどたどしい言葉で、一生懸命に説明してくれた。

 シュリもその言葉に耳を傾け、



 「えっと、精霊様は、色々な精霊の中でも偉い精霊で、その人が、僕に会いたがってるの?」


 「ウン、ソウ」



 問いかけると、アンクは可愛らしく頷いた。



 「あの精霊のおねーちゃんに呼び出されるとは、シュリもついてないだよ」


 「つ、ついてないって?」


 「オネーチャン、チガウ。セイレイサマ」


 「すまん。そうだっただなぁ。その精霊様だども、えらいおっかない姉ちゃんでなぁ。オラもよく怒られるだよ」


 「お、怒られるんだ?」


 「んだ。特に、青い髪の姉ちゃんが怖いだなぁ。赤い姉ちゃんは勢いだけだから、そんなに怖くないだがねぇ」


 「チガウ。ドグラガ、ウルサイカラ、セイレイサマハ、オコル」



 ドグラのため息混じりの言葉から、シュリは精霊様は複数いるらしいという情報を拾い上げる。

 その精霊様が、どうやら怒りっぽいらしいという情報も。

 まあ、それに反論するアンクの言葉からすると、ドグラがうるさいから怒られているだけという可能性も捨てきれないが。



 (精霊様かぁ。どんな存在なんだろうなぁ)



 まだみぬ存在に思いを馳せつつ、シュリはドグラの手のひらの上でただその揺れに身を任せる。



 (それにしてもヴィオラ、なにしてるんだろう?)



 と置き去り(?)にしたままの祖母の事も、その合間にちょっぴり思い出したりしつつも、シュリはドグラに連れられアンクと共に、至ってのんきに精霊の泉へと向かうのだった。

 

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