第百三十四話 エルフの隠れ里
その集落は、深い森の奥にひっそりと存在していた。
旅人などはほとんど訪れない。
そこはエルフ族と彼らの愛する精霊の住まう場所。
他の種族とのかかわり合いを嫌う少数の偏屈なエルフ達が、静かに暮らす小さな里だった。
そんな集落の片隅に、一人の男が住んでいた。
名前はエルジャバーノ。
この隠れ里出身のエルフ族であり、若い頃は里を飛び出して冒険者家業をしていた。
しかし、そんな生活に疲れ、故郷に戻り、隠遁してから十数年。
すっかり引きこもり生活に慣れ、快適な一人暮らしをエンジョイしていた彼の元へ、数年ぶりに娘からの手紙が届いた。
「ミフィーからの手紙も久しいですね……」
一人暮らしの生活の中、以前から乏しかった表情が更に少なくなってきたエルジャだが、愛しい一人娘からの手紙にほんのりと口元を緩める。
「えーと、なになに?」
いそいそと手紙の封を切り、愛娘の書いた文字に目を走らせる彼の表情が、徐々にもとの無表情へと戻っていく。
そして、すべて読み終わった後、とても疲れたように己の目頭をもんだ。
「いい年して娘に面倒をかけるとは、ヴィオラは相変わらずのようですね」
ため息とともにそんな言葉をもらす。
ミフィーからの手紙の内容は、こうだった。
久々に会いにきた母親が勝手に息子を連れ出してしまったので、もしそちらに来るようなら連絡をもらいたい、と。
別れた妻と最後に会ったのは随分昔の事だ。時折、連絡を取り合ってはいるものの、顔を合わせることはほとんど無い。
そんな元妻の顔を思い浮かべつつ、彼は首を傾げる。
「しかし、孫、ですか。ミフィーの子供ですからきっとものすごく可愛いんでしょうが……ヴィオラはここに来ますかねぇ」
ぽそりと呟いて、青い宝石をはめ込んだような涼しげな目元を優しく細めたその時、誰かがエルジャの家の扉をせわしなくドンドンと叩いた。
騒がしいですねぇ、と顔をしかめつつ外に出てみれば、ご近所の老人衆(といっても、みんなエルフなのでまだ若々しく見目麗しい訳なのだが)が、エルジャの家の玄関に勢ぞろいしていた。
エルジャは無表情のままに驚いて、
「おやおや、みなさんお揃いでどうしましたか?」
片眉を上げてそう問えば、彼らは声を揃えて言う。
迷いの森にグリフォンが舞い降りたのを見張りの里人が見つけた。面倒な事になる前に、何とかして欲しい、と。
それが本当の話であれば、対処出来るのはこの里にエルジャしかいないだろう。
里にいるエルフのほとんどは、生まれてからずっと里に引きこもっているような頭でっかちの世間知らずばかり。
精霊の力を借りることは出来るから、弱い魔物やら獣相手なら戦うことも出来るが、グリフォンともなると勝手が違う。
グリフォンは、頭も良くその強さはそこいらの魔物と比べるとけた違いだ。
里の者では手も足も出ないに違いない。
その点エルジャは冒険者として数々の修羅場をくぐってきているから、高位の魔獣であってもそれなりに対処出来る自信はある。
まあ、少々ブランクはあるが。
それでも相手がグリフォンくらいであれば、まだ遅れをとることはない……と思いたい。
そんな事を考えつつ、エルジャは頼ってきた里の人々にこっくりと頷いて見せた。
面倒ごとを彼が引き受けてくれると分かった里の者達は、ほっとしたように表情を緩め、一人、また一人とそれぞれの家へと戻っていった。
エルジャはそれを見送ってから、準備を整えにいったん家の中へ戻る。
「やれやれ。面倒な事ですが、小さな里の中では助け合いも必要ですからね。まあ、さっさと行って、ちゃっちゃと片づけてきましょう」
言いながら、冒険者時代に使っていた装備を引っ張り出して身につけ、家を出る。
(そう言えば、ヴィオラの使役する眷属が、確かグリフォンだったような……?でも、いくら彼女でも、こんなにタイミング良く来ませんよねぇ。それに、以前に迷いの森を通らずに里へ来れる秘密のルートも一応教えてますし……)
まさかねぇと思いつつ、エルジャは家を出て森へ向かう。
向かう先で、そのまさかの事態と遭遇するなどとは、思いもせずに。
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