間話 王都へ~三人娘の珍道中~②

 三人で相談し、まずはルバーノ家のお嬢様に挨拶がてら会いに行き、シュリの様子を聞いてみることに話は決まった。

 シュリの情報によれば、フィリアが通う高等魔術学院の学院長室に宿屋の女将がいる確率も高いようだから、様子を伺いがてら、そちらにも挨拶しておこうと、そんな風に話し合いつつ、魔術学院へと向かう。


 受付でフィリア・ルバーノへの面会を頼むと、ちょうど授業中であるとの事。

 あと30分もすれば昼休憩に入るので、それまで待って欲しいと言われた。


 ならば、と学院長室に宿屋の女将が来ていないか、尋ねてみる。

 すると、少し前に学院長室に上がっていったと教えられ、訪ねていいかと問えば返ってきたのは快諾の返答。

 三人はまずは学院長室を訪ねる事にして、受付嬢に道順を聞き、そろって学院長室があるという塔をせっせと上った。

 そして最上階。目の前に現れたドアを叩いて少し待つと、中から上品そうな老婦人が顔を出した。



 「あらあら。きれいなお嬢さんが三人も。どんなご用かしら?」



 礼儀正しく挨拶と自己紹介をそれぞれした後、三人はここを訪れた用件を伝える。

 自分達はシュリの従者で、シュリを追って来たが、すれ違ってしまったこと。

 そこで、この王都でシュリと関わりを持った人を訪ねて主がどんな様子だったか話を聞いている。

 ここにはシュリの泊まっていた宿の女将が来ているようなので、彼女の話を聞きたいのだ、と。



 「そう、大変だったわねぇ。あなた達のお探しのナーザなら確かにここにいるわ。立ち話もなんだし、よかったら入ってちょうだい」



 にこやかに促され、三人は学院長室のリビングへ案内された。

 そこに入ると、ソファーに座ってくつろいでいる、猫の獣人族の女性がいた。

 おそらく、彼女が宿屋の女将で、学院長のいっていたナーザという女性なのだろう。

 彼女は不思議そうに三人を眺め、



 「ん?アガサ、客人か??」


 「ナーザ、あんたにお客よ。あんたの宿のお客様ですって。あんたが夫婦喧嘩で宿を留守にしてるから迷惑してるんじゃないの?」



 三人は、老婦人とナーザが友人同士のように話をしている様子を見て、目を丸くする。

 二人は、友人と称するには、少々年が離れている気がしたから。

 だが、そんな三人の様子などまるで気にすることなく、ナーザが珍しいものを見るような眼差しを、三人に注ぐ。



 「うちの宿の客?あんた達、よく今のうちの宿に泊まる気になったな?怖かっただろ?」



 そして、無邪気とも言える口調でそう尋ねた。

 三人はそれをうけて苦笑を漏らし、学院長は咎めるような眼差しをナーザに注いだ。



 「なに他人事のように言ってるのよ?お客さんが来たんだし、今日はちゃんと家に帰りなさいよ?」


 「え~~」


 「え~、じゃないわよ。今日は流石に泊めないわよ?いつまでもこの部屋に居られても迷惑なんだから」


 「だって、面倒くさい……」


 「面倒くさいって、あんたの亭主でしょ?」


 「まあ、そうなんだけど。でかい図体してるくせに、うじうじしてるし、その割に鋭くて、なんか変に勘ぐってくるし……」


 「勘ぐるって?浮気とか??」


 「うん……まあ……」


 「あ~、あいつ、ナーザに未だにベタぼれだもんねぇ……疑われてるんだ?」


 「疑われてるっていうか、ドアの影から疑わしそうな眼差しをじーっと注いでくるだけなんだけど、なんつーか、イラっとして。ついグーで……」


 「で、また飛び出してきたって訳ね。まあ、たしかに、それはイラっとするわ。でもさ、正面から聞かれても困るでしょ?」


 「まぁなぁ。流石に、友人の孫に気がある、なんて、言うのは酷だって事くらいは分かるぞ。相手も小さいし、明確に浮気したわけでもないし?取りあえずは、シュリがもうちっと大きくなるまで誤魔化しておくかな~」



 もしエッチしちゃったら、流石に考える、ぺろっとそう漏らしたナーザの発言に、三人が食いついた。



 「「「シュ、シュリ!?」」」


 「あ?あんた達、シュリの知り合い?」


 「あ~、忘れてた。彼女達はシュリの従者らしいわよ?シュリを探してここまで来たけど、すれ違っちゃったから、この王都でシュリと会った人にシュリの事を聞いて歩いてるんですって」


 「ふぅん。大変だな。シュリの事かぁ。でも、あの晩は酔ってたから、ちょっと記憶が曖昧なんだよな」


 「そうねぇ。私もあの日は少し飲み過ぎたわ。覚えてる事って言えば、ねえ?」


 「ああ、そうだな」


 「「子供のくせにテクニシャンだって事くらいかな」」



 二人は声を揃えてそんな発言をした。頬を染め、明らかにシュリに心を奪われているのが丸わかりの表情で。

 三人の愛の奴隷は、声もなくそんな二人を見つめる。

 そして、心の中で呟いた。



 (((人妻に老女・・・・・・シュリ様(君)ってば)))



 狙ったように、異口同音に。

 テクニシャン、って、一体何をしたんだと思いながら。






 シュリの話を聞き、学院長室を辞した三人は、無言のまま階段を下りて、塔を出たところで顔を見合わせた。



 「取りあえず、二人、ね」


 「そうですね。シュリ様の魅力の前には夫が居ようと、年が離れていようと関係が無いようです」


 「これから先、どれだけの人数になるか、ちょっぴり不安ですけど、シュリ君は魅力的だから、仕方ないですよねぇ」



 そんな言葉を交わし、三人は何とも言えない顔で笑いあう。

 そして、次の目的地であるフィリアのところへと向かうことにした。

 もうすぐお昼休憩だからちょうどいいだろう。


 教室の場所は聞いているから、ひとまず教室に向かうと、ちょうど授業を終えたフィリアが教室を出てくるところだった。

 フィリアは、見覚えのある三人を目にして、目を丸くする。



 「あれぇ?ジュディスさんに、シャイナに、カレンさん??どうしてこんなところに??」



 三人はそろってフィリアに頭を下げ、それからさっき学院長にしたのと同じ説明を繰り返した。

 それを聞いたフィリアが頷く。



 「そっかぁ。シュリを追いかけて。三人とも、大変だったわね。お疲れさまでした。シュリの話をするのはいいけど、立ち話もなんだし、取りあえず食堂に場所を移さない?」



 フィリアの提案に従って、四人は連れだって食堂へ移動する。

 そして、それぞれ食事を購入して、食堂の端の方のテーブルに落ち着いた。



 「「「それでは、フィリア様、お願いします」」」



 三人に促されたフィリアが話し出そうとした時、



 「フィリア、一緒に食事でも……っと、すまない。お邪魔だったかな」



 そんな声をかけてくる人がいた。

 フィリアの親友とも呼べる人物。もふもふ好きのリメラである。



 「あ、リメラ。よかったらリメラも参加して?」


 「ん?参加、とは?」


 「この三人はシュリを追いかけてきた私の家で働いてくれてる人達なの。でね?王都でのシュリの様子を聞きたいんですって」


 「なるほどな。私でよければ協力しよう。じゃあ、こちらにお邪魔しますよ、お姉さま方」



 フィリアの説明に頷いて、リメラは初対面の三人ににっこり微笑みかけ、テーブルについた。



 「といっても、シュリのなにを話せばいいかな。ああ、アレなんかどうだ?フィリアを巡っての決闘、とか?」


 「「「け、決闘!?」」」


 「もう、リメラ。いきなり決闘なんていったら三人とも心配しちゃうよ。えっと、大丈夫よ、三人とも。決闘と言っても、シュリの圧勝だったから。ね?リメラ」


 「ああ、素晴らしい活躍だったな。私も惚れ直したよ」


 「あ、それは私も……」



 目を見合わせたリメラとフィリアが、その時の事を思い出したように頬を染めて微笑みあう。



 (((ここにも二人……)))



 そんな二人を半眼で見つめながら三人は再び思う。

 まあ、正確には新たな犠牲者は一人なのだが。

 フィリアは、ずっと前からもう手遅れの状態なのを、三人はよーく知っていた。


 その後も食事をしながら色々な話を聞いた。フィリアのあだ名の事とか、シュリがフィリアの部屋に一泊したこととか、フィリアがお風呂に行っている間にいつの間にかシュリとリメラが仲良く(?)なっていた事とか。


 そして昼休憩があっという間に終わりに近づき、お礼を言って立ち去ろうとする三人を呼び止めて、リメラが一番大事な事を言い忘れていたと言って教えてくれた。

 リメラが教えてくれたこと、それは、シュリがグリフォンの着ぐるみを着ていて、それがものっすごく似合っていたと言うこと。


 三人は教えてくれたリメラに笑顔でお礼を言って、普通に学院を出ていった後、物影でそろって崩れ落ちた。

 着ぐるみ姿のシュリ。そんな貴重な姿を見逃してしまったという事実に、激しい衝撃を受けて。

 崩れ落ちたまま、彼女達は思う。

 今度会ったらなんとしても、そのグリフォンの着ぐるみ姿を披露して貰わなくては、と。






 なんだか妙に疲れてしまって、今日はもう宿屋に帰ることにした三人は、とぼとぼ歩きながら、



 「シュリ様、モテるモテるとは思ってたけど……」


 「予想以上のモテでしたね……一カ所で少なくとも三人。フィリアお嬢様を抜いて、ですが」


 「表面にでているのは三人でも、潜在的にはもっとたくさんの人がシュリ君にメロメロになってる可能性も、あるんでしょうねぇ」



 そんなことをぼそぼそ話し合う。

 そして、三人は、揃ってため息をついた。



 「「「あ~……シュリ様(君)に会いたい……」」」


 「あなた方、シュリ君の知り合いなんですか?」



 不意にそんな風に声をかけられて振り向くと、そこには長身の美丈夫が。

 いよいよ、男性まで毒牙に!?と思ったが、よく見てみれば、その人は女性のようだった。

 彼女はまじまじと三人を見つめ、



 「あなた達のいうシュリ君って、シュリナスカ・ルバーノ君のこと、ですよね?」



 あってます?と首を傾げるその妙にイケメンな女性にこっくり頷いて、



 「そう言うあなたは?」



 問い返せば、彼女はにっこり素敵な笑顔で答えてくれる。



 「ああ、申し遅れました。私はアンジェリカ・レクリア。シュリ君のおばあ様のヴィオラ・シュナイダーの知り合いで、シュリ君の信奉者ですよ」


 「「「信奉者……ああ、シュリ様(君)に惚れちゃったって事ですか」」」



 ちょっと疲れていた三人は、ちょっと雑にそう返した。

 ここにも犠牲者が、としっかりカウントしつつ。

 それを聞いたアンジェの顔が一瞬で沸騰する。



 「ほっ、惚れっ!?な、な、な、なにをいきなり??」



 明らかに分かりやすく動揺するアンジュに、三人がうんうんと頷く。



 「まあまあ。シュリ様は魅力的ですから、仕方ありませんよ」


 「そうですね。シュリ様の魅力の前にひれ伏さない女性なんて、女を捨ててるも同然です」


 「そ、それは言い過ぎだと思うけどな~?でも、シュリ君が魅力的なのは本当だから、好きになっちゃうのは仕方ないと思います」



 うんうんと頷きながら口々にそう言う三人に追いつめられたように後ずさり、



 「ち、ちがうんです。わっ、わたしは、ノーマルで……大人の男性が好きなはずで ……」



 混乱したように呟く。

 そんな彼女の肩をぽん、と叩き、カレンがにっこりと微笑んだ。



 「大丈夫ですよ。あなたはちっちゃな男の子が好きなんじゃなくて、シュリ君が好きなんです。ちっちゃな男の子を好きなのと、シュリ君を好きなのは、似てるようで全く別の事なんですよ?」



 だから、安心してください、とカレンは言い切った。



 「わたしはちっちゃな男の子が好きなんじゃなくて、シュリが好き?」


 「そうですよ~?」


 「そ、そうだったんですね……わたしは、シュリが好きなんですね……」



 その事を初めて自覚したように、アンジェはふらふらと三人から離れていった。

 今の今まで、はっきりとシュリへの気持ちを認識していなかったようだ。

 三人は、彼女の後ろ姿を見ながら、



 (((……これで四人)))



 心の中で、カウントするのだった。







 「おー、お帰り。さっきぶり、だな」



 宿に帰ると、先に帰ってきていたらしいナーザがにっこり笑って出迎えてくれた。



 「「「ただいま戻りました……」」」


 「なんだか疲れてるみたいだな?少し休んでから食事にするか?部屋に運ぶことも出来るけど」



 どうする?と問われ、三人は顔を見合わせた。

 だが、結局首を振る。

 わざわざ持ってきて貰うのも申し訳なかったし、たぶん、宿の客は自分たちだけだろうという予感があったから。



 「いえ、食堂で頂きます」


 「じゃあ、あんまり遅くならないうちにおりてきてくれるか?いつでも出せるように、準備させとくから」



 そんなナーザの言葉に見送られ、階段を上る。

 だが、結局部屋でのんびりする事無く、すぐに食堂におりた三人は適当にテーブルについて、厨房の中にいる強面の宿の亭主に食事を注文した。

 しばらくして、食事を運んできたのは宿の亭主のハクレンでも、宿の女将のナーザでも無かった。

 ナーザによく似た面差しの、きりりとしたその美少女は丁寧に三人の前に食事を並べてぺこりと頭を下げる。



 「えっと、ここの娘さん?」



 ジュディスの問いに頷き、



 「はい。ジャズと言います。えっと、母から聞いたんですが、みなさんはシュリのお知り合い、なんですね?」



 そう言って、父親譲りの白い虎柄の丸っこい耳をぴくぴくと動かした。



 「はい、そうです。私達三人は、シュリ様に直接仕えている者です。あなたも、シュリ様をご存じなんですね?」



 シャイナが問うと、ジャズは再び頷き、



 「はい、あの……」



 そんな風に、ちょっぴり言いよどむ。



 「ん?どうしました??」



 カレンが小首を傾げると、ジャズを意を決したようにまっすぐに三人を見て、



 「あの、実はシュリとしっかりお別れを出来なくて……シュリに伝言をお願いしたいんです。ジャズがよろしく言ってたって。それで、その……えっと、また、会いに来て欲しいって」



 それだけ言うと、ジャズは顔を真っ赤にして、お願いしますと頭を下げ、逃げるように食堂を出て行ってしまった。

 三人はぽかんとその後ろ姿を見送り、それからもそもそと食事を始めた。



 「……アレは、間違いないわね」


 「……ええ。間違いありません」


 「うーん。確かに、そうとしか思えないわよねぇ」



 食べながら、そんな言葉を交わし、



 「「「ここにもシュリ様(君)の被害者が一人……」」」



 三人は同時にそう呟いた。


 その後は普通に食事を終わらせ、部屋に戻って早々に眠りにつく。

 明日は出来るだけ早く旅立とうと言うのが、三人の共通した見解だった。

 シュリを放っておくと、ライバルが際限なく増えそうと言う心配ももちろんあったが、色々な人からシュリの話を聞いて、シュリへの恋しさがまた増してしまったというほうが、理由としては強い。


 少しでも早く、少しでもシュリの近くに。


 三人はそんな決意とともに眠りに落ちた。

 今晩はシュリの夢を見れますようにと、三人が三人とも、そんな願いをひっそりと願いながら。

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