第百十三話 朝の一幕①

 「いやぁ、昨日はすまなかったね、シュリ。なんだか、ちょっとテンションがおかしくなってたみたいだ」



 朝起きると、リメラがやけに爽やかに笑いかけてきた。

 シュリは眠くてしょぼしょぼする目をこすりながら、



 (ってか、明け方まであんな騒いでいたのに、なんでこんなに元気そうなんだろう……)



 心底不思議そうな顔でリメラの顔を見上げた。



 「その、怒ってるかい?君に嫌われると辛いから、出来れば許して欲しいんだが、無理かな?」



 眉尻を下げて申し訳なさそうな顔をする彼女の様子に、シュリはふうっと息を吐き出す。

 正直、困った人だとは思う。

 だが、嫌いかと言われるとそうでもないのだ。



 (悪い人じゃないんだよな。悪い人じゃ)



 内心呟きつつ、



 「今度、あんな暴走をしたら本当に嫌いになるからね?」


 「全力で気をつけると約束する」



 誓うよ、とリメラは片手を胸に当て、これで許してもらえるだろうかと伺うようにシュリを見る。

 シュリは仕方ないなぁとちょっぴり微笑んで、



 「じゃあ、許す。だから、これからも姉様のいい友達でいてね?」


 「それは言われるまでもないさ。シュリのことがなくても、フィリアは得難い友人だと思ってるからね」


 「なら、いいよ。じゃあ、仲直りだね。リメラ、おねーさん」


 「いや、そこは呼び捨てで構わない。お姉さん呼ばわりは、ちょっとこそばゆい」



 そんなものかとリメラの言葉に頷き、シュリはさてと、とベッドに向き直った。

 正確には、ベッドの上にこんもりできあがった山に向かって。



 (それにしても、フィリアって寝起き悪かったんだな)



 なんだか、そんなところも新鮮だと思いつつ、シュリはフィリア入りの山へと歩み寄る。

 シュリの前でのフィリアは、いつも完璧なお嬢様であり、欠点の見えない姉でもあったから。

 そんなフィリアの新たな一面を見ることが出来て、前よりも彼女が近くなったような気がした。



 「ねえ、リメラ。もうそろそろ起こさないと、だよねぇ?」


 「そうだね。今日も朝から授業はつまっている。猶予は少ないな」


 「じゃあ、可哀想だけど、心を鬼にして起こそうか。姉様~?フィリア姉様~~??」



 声をかけながら、ぱしぱしと彼女がくるまる布団を叩く。

 だが、その防御力は完璧でシュリが軽く叩いたくらいではびくともしない。

 もちろん、本気を出せばもっといけるが、そうすると今度は手加減が難しくなる。

 さて、どうしたもんかなと腕を組んで首を傾げるシュリを面白そうに見ながら、リメラがずいと前に進み出て、



 「ふふ。さすがのシュリもフィリアの寝起きの悪さの前には形無しだな。よし、ここは私に任せて貰おうか」



 自信満々にふふんと笑った。

 そして彼女はそのまま大きく息を吸い込み、そして。



 「ああっ!シュリが私の胸に!!いくらフィリアが寝てるとはいえ、大胆すぎるぞ!?」



 そんな人聞きの悪いことを大声で叫んだ。フィリアの入った布団玉に向かって。

 ぎょっとして見上げれば、大丈夫、任せておいてと言わんばかりのウィンクが返ってくる。

 そして、再び一人芝居が再会された。



 「シュリ、だめだぞ!?そんなところを触ったりしたら。フィリアが起きたらどう言い訳するつもりだ!?」



 こんな事で本当に起きるのかと、シュリはじっと布団玉を見る。

 すると、リメラの声に反応するようにもぞもぞと布団玉が動き始めた。

 そして、それを確認したリメラがここぞとばかりに畳みかける。



 「そ、そんな可愛い顔をしてキスをねだるんじゃない。さすがの私でも、我慢の限界だ……いいのか?本当に?じゃあ、遠慮なく……いただきまー……」


 「だっ、だめ~!!そ、そんなに簡単に唇を許しちゃダメよ、シュリぃぃぃ!!!」



 そんな叫び声と共に、布団玉が弾けた。

 飛び出てきたフィリアは、きょとんとした顔で自分を見上げているシュリを見つけると、がばぁっと抱きついてきた。



 「キ、キスがしたいなら、私がしてあげるから!!他の人と簡単にキスなんかしちゃダメ……って、あれ??」



 言葉の途中で、くっくっと笑いながらこちらを見ているリメラと目が合い、フィリアは大きく首を傾げる。



 「あれぇ??」


 「ふふ。フィリアは本当に素直だな」


 「あ、あれぇぇ??」



 フィリアは寝起きのせいもあって、ちょっと混乱している。

 シュリは苦笑して、そっとフィリアのほっぺに可愛らしくちゅーをした。



 「大丈夫です。キスはちゃんと、フィリア姉様としますから。ね?」


 「ふえっ?」



 頬に触れた柔らかな感触に、フィリアの顔がみるみる赤くなる。

 そんな彼女を見つめて微笑んで、



 「それじゃ、起きたところで、ちゃっちゃと着替えて学校に行く準備をしましょ?まずは、顔を洗ってきて下さいね??」



 優しくそう促せば、フィリアは真っ赤な顔のままこくこくと頷き、ふわふわとした足取りのまま、洗面所へと消えていく。

 シュリはそれを見送って、それから何とも微妙な顔でリメラを見上げた。



 「どうだ?私の作戦は当たっただろう?」



 リメラは得意そうに胸を張る。

 そんなドヤ顔のリメラをあきれたように見ながら、



 (どうして僕の周りって変な人……もとい、変わり者が多いんだろうなぁ)



 シュリはそんなことを思い、はふぅ~っと子供らしからぬ重々しいため息をもらした。

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