第八十話 盗賊のアジト

 どれくらい馬に揺られていたのか。

 短かったような気もするし、かなり長い距離を走ったような気もする。

 籠に押し込められた状態では分かりようも無かったが、幸い、シュリには便利なスキルがあった。

 シュリは、視界の端に開いたままのレーダーの画面を見ながら己の状況を確認する。


 盗賊達のアジトは、どうやらルバーノの狩猟小屋からそう遠くない場所にあるようだ。

 覚悟はしていたが、周囲は黄色や赤の点に埋め尽くされている。かなり大規模な盗賊団の様だった。


 文字通り、籠の中の鳥状態で運ばれながら、シュリは忙しく念話を送る。

 ジュディスへは盗賊のアジトの場所と大体の規模を。

 シャイナにも場所を伝え、一度カレンと合流するように伝える。

 カレンは3人の追っ手を無事に返り討ちにしたようだ。特に怪我もないとの報告に、シュリはほっと胸をなで下ろした。


 ジュディスの報告によれば、討伐の部隊はもうアズベルグを出て、まずは狩猟小屋のある森へと進路を取って進んでいるらしい。

 シュリが、盗賊団のアジトの場所を伝えるまで待っていられなかったので、ジュディスは自分なら道案内が出来るとごり押しし、無理矢理同行しているようだ。

 シャイナよりは遅れるが、それなりの速さで到着する事が出来そうだと言うジュディスに、くれぐれも無理をしないように伝え、念話を終えた。


 ジュディスの機転で、討伐部隊はシュリが予想していたより早く到着しそうだった。

 後はタイミングを計り、カレンやシャイナと内部に混乱を起こすようし向ければいいだろう。

 そんなことを考えている間に、目的地に着いたようだ。

 籠のふたが開けられて、無精ひげの男が心配そうにのぞき込んでくる顔が見えた。



 「おい、坊主。大丈夫か?怪我してねぇか??今、出してやるからな」



 そんな言葉とともに男の手が伸びてきて、おっかなびっくりシュリを抱き上げた。

 そしてそのまま、部屋に備え付けられたベッドの上にシュリを下ろし、ほっと息をつく。

 それから不器用に微笑んでシュリの頭を撫でながら、一緒に部屋の中までついてきていた頭のザーズに話しかける。



 「お頭、この赤ん坊の世話はどうしやす?ほっとくわけにもいかんでしょう??」


 「確か、この間馬車からさらってきた女がいなかったか?」



 その言葉に、シュリははっと顔を上げた。馬車からさらってきた女。

 シュリ達が乗っていた、あの馬車の事だろうか。

 シュリは、そのさらわれた女の存在に、心当たりがあった。

 だが、彼女は一人では無かったはずだ。

 彼女には、小さな娘がいて、その娘共々、シュリの目の前でさらわれていったのだから。



 「ああ、子連れの女ですかい?」



 無精ひげの男がぽんと手を叩き、答える。

 その言葉に、シュリは確信する。男達が話しているのは、やはりシュリが知っている人達の事だ、と。

 小さなキキとその母親。

 彼女達も、ここに連れて来られているのだ。



 「おうよ。自分のガキがいるなら、赤ん坊の世話も手慣れたもんだろ?」



 ザーズの言葉に希望を抱く。

 シュリの世話をさせようというくらいなのだから、キキの母親は生きているはずだ。ならば、きっとキキも生きている。

 どうにかして、彼女達も助けてあげたいと、その算段に頭を働かせようとした瞬間、ため息混じりの無精ひげの男の言葉がシュリの頭に冷水を浴びせかけた。



 「いいアイデアですがね、お頭。肝心のその女はもう使い潰しちまったでしょう?お頭が散々可愛がって、その後、俺達に下げ渡してくれたじゃねぇですか。順番で俺達も世話になりましたがね、俺に順番が回ってくる前に死んじまいましたよ。乱暴な奴がいたんでしょうねぇ。もったいねぇ」



 使い潰したーその言葉の余りに残酷な響きに、握りしめた拳が震えた。

 そんなシュリに気づくことなく、男は更に言葉を繋ぐ。



 「娘の方は生きてますがね、母親がいないんで泣きっぱなしでうるさくて仕方ねぇ。どのみち、まだ小せえですから、この坊主の世話をさせる訳にもいかねぇでしょうがね。あの娘っこも、あと何年か育ってりゃあどうにでも使い道はあったでしょうが、今はただの役立たずですよ。早く売りとばすでもしねぇと、血の気の多い連中になぶり殺されちまいますよ?」


 「あー、金になるモノをみすみす壊させるのもつまらねぇ。若ぇ奴らにくれぐれも傷つけねぇように言い聞かせとけ。子供はそれなりに需要があるし、高く売れるからな。なるべく早く奴隷商と算段つけるから、それまでおまえが目を光らせとけ。いいな?」



 二人のそんなやりとりに、シュリは小さく安堵の息をもらす。

 どうやらキキはまだ生きているようだ。殺すつもりもとりあえずは無いらしい。

 母親は無理だった。だが、キキだけでも何とか助けてやりたい。

 そう考えて、さてどうしようかと頭をひねりかけたシュリの後ろ襟を、ザーズがつかんで持ち上げる。まるで猫の子をつまみ上げるように。

 シュリはきょとんとして、目の前にある凶相を見つめた。



 「世話する奴がいねぇなら仕方がねぇ。これから坊ちゃんに報告に上がる予定なんだが、こいつも一緒に連れて行くことにする。あっちには女手もあるだろうしな。それに、坊ちゃんの目で確認させた方が、後々面倒も少ねぇだろうしよ。万が一、よく似た別人だったなんて事になったら大変だからな」



 部下に説明するザーズの手により、シュリは再び籠の中へと放り込まれた。

 その余りに乱暴な扱いに、無精ひげの男が慌てたように籠へと走り寄って中をのぞき込む。



 「お、お頭!相手は赤ん坊なんだから!!お、おい。坊主。大丈夫か!?」



 ぶつけた頭を両手でさすりながら見上げると、男はほっとしたように顔を緩めた。



 「だ、大丈夫そうだな」


 「ったく、すっかり情が移っちまったみてぇだな」



 ぼやくようなザーズの言葉に、髭面の男はバツの悪そうな顔をする。



 「いや、赤ん坊なんかと関わるのが初めてなもんで。思ってたより、ずっと可愛いもんでしたね、赤ん坊ってもんは」



 そう言いながら優しげな顔をする髭面の男に、ザーズは呆れたようなまなざしを注いだ。



 「おいおい。血も涙も無いような殺人鬼がなに甘っちょろいことを言ってやがんだ。このガキがルバーノの跡取りなら、お前が殺した赤毛はこいつの父親なんだぜ?そうなりゃ、お前はこいつの親父の敵じゃねぇか」



 その言葉に、シュリの血が一気に冷えた。

 愕然と籠の縁からのぞく男の顔を見つめると、彼はそんなシュリを見つめ、申し訳なさそうに眉尻を下げた。



 「そうだなぁ。あの赤毛がお前の親父だとしたら、おれぁ、お前の親父の敵になるんだなぁ。こんな可愛い生き物に憎まれるのは辛ぇな。だけど、仕方ねぇんだよ。あの襲撃自体、お前の親父を殺さなきゃ終われなかったんだ。俺が殺さなくても、他の誰かが殺ってたはずだ。勘弁してくれよ。俺が殺したのは、たまたまなんだよ」



 男がそんな言い訳を言い募る。シュリは男が語る言葉の内容に目を見開いた。

 男は言ったのだ。

 ジョゼを殺さなければ、襲撃は終わらなかった。それはすなわち……



 「おいおい、ガキ相手になに言い訳してんだ?」


 「だってそうでしょう?あの襲撃は、あの赤毛の男を殺すために依頼されたんだ。赤毛の奴を殺さなきゃいけなかったからたまたま殺しただけで、別に俺が殺したくて殺したんじゃないのに、可愛いちび助に恨まれるのは割があわねぇよ」



 唇を尖らせて言い募る、無精ひげの男の顔を呆然と見上げながら思う。

 赤毛の男を殺すための依頼。ジョゼを殺すための。つまり、あの馬車の襲撃は仕組まれたものだったのだ。

 ジョゼを邪魔に思う、どこかの誰かの手によって。



 (誰だ……)



 シュリは思う。ふつふつとこみ上げる怒りのまま、幼い瞳をギラギラさせて。

 だがその答えはすぐにザーズがくれた。



 「ったく、訳がわかんねぇな。ま、これからそのご依頼主様に会ってくるわけだから、このガキにはせいぜい親父が死んだ元凶が誰なのか、教えておいてやるよ。ま、こんなガキに理解できるはずもねぇだろうがな」



 その言葉に、シュリは悟る。

 ザーズが先ほどから坊ちゃんと呼んでいる人物こそ、ジョゼを殺した人物なのだ、と。

 そいつはジョゼを殺しただけでは飽きたらず、シュリの排除も指示をした。

 その結果が今回の顛末なのだろう。



 「じゃあ、そろそろ行ってくる。アジトの事は任せるぜ?帰りは少し、遅くなるかもしれねぇからな」



 ザーズはそう告げ、シュリの入った籠を持ち上げた。

 揺れる籠の中でシュリは思う。ザーズのおかげで、労せず父の敵の前に連れて行ってもらえそうだ、と。

 そのことに感謝の念すら覚えながら、シュリは籠の底でそっと丸くなった。

 ジュディスとシャイナとカレンに、このことを伝えないとな、とぼんやりと考えながら。

 

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