第八十一話 その頃…

 シュリが盗賊に拉致されて、衝撃の事実を知ったのと同じ頃。

 ジュディスは、ジャンバルノの操る馬の後ろに乗って、街道を走っていた。


 すでに、盗賊のアジトの場所は伝えてある。

 最初は狩猟小屋を経由するつもりだったが、明確な場所が分かった今、無駄な回り道をせずに最短距離で向かう予定だった。


 シャイナとカレンも、別ルートでシュリを追いかけているはずだ。

 少しでも早く盗賊団を壊滅に追い込み、シュリを救い出さねば。そんな気持ちがジュディスを駆り立てていた。



 「もっとスピードは出ないのかしら?」



 ジュディスの言葉に、ジャンバルノは苦笑する。

 彼女にせかされ、ジャンバルノの馬も、彼が率いる兵士達の馬もかなりの速度を出している。これ以上急ぐのはさすがに難しい。



 「落ち着いてくれ、ジュディス。ちゃんと急いで向かってるから。で、シュリ様が盗賊の根城に連れ込まれたのは間違いないことなんだな?」


 「間違いありません。私の情報網で手に入れた情報ですもの。一応、カレンが追跡をしているはずですけど」


 「その情報網がどれだけ正確なのかはまだ判断出来ないが、まあ、シュリ様がカレンと出かけているのは確からしいからな。万が一と言うこともあるから確かめておくのは正解だろう。とにかく急いではいるが……目的地まで、あとどれくらいだ?」


 「もうだいぶ近いはずです。私の手の者が、先に忍び込んで場所を知らせてくれる手はずですけど……」



 その言葉にかぶせるように、兵士の一人が鋭い声をあげた。



 「隊長!向かって左前方に煙が上がってます」



 声に促されるように、細く立ち上る煙を見たジュディスは、不敵な笑みをその口元に刻む。

 そして、ずびしっとその煙の立ち上る場所を指さした。



 「ジャンバルノ、あれが合図です!あの場所に、シュリ様がいるはずです!!」


 「あそこか。結構近いな。おい、少しスピードを落とすぞ」


 「ちょ、何でです!?急いでください!!」



 ジャンバルノの出した指示に、ジュディスは容赦なくジャンバルノの後頭部をぺちんと叩く。

 だが、それが効いた風もなく、ジャンバルノは平然として、



 「盗賊の根城が近いなら、あまり派手に動かない方がいい。少し速度を落として、奴らに見つからないように近づくだけだ。大丈夫。あれだけ近ければ、ゆっくり向かったところですぐに着けるさ」



 そんな正論を吐く。

 それに反論する言葉も思いつかずジュディスは渋々納得して、煙の上る辺りをじっと見つめた。



 (もうすぐ助けにまいりますわ。シュリ様、もう少し、待っていてくださいね……)



 心の中でそう呟き、彼女の愛おしくも愛らしい主人の姿を、その脳裏に思い浮かべながら。








 ジュディスが、煙の合図を目撃した頃、シャイナとカレンは共に行動していた。

 場所は盗賊達のアジトの裏手の辺り。

 奴らは、放棄された古い砦に巣くっていた。



 「さて、合図はこれで良いでしょう。じゃあ、場所を移しましょうか、カレン」



 火をおこして汚れた手をぱんぱんと叩きながら、シャイナが言った。

 この合図に気づくのは、おそらく味方だけではないだろう。遠からず、砦の中の盗賊達も気付くはずだ。

 そうなる前にこの場を離れた方がいい。


 カレンも、そんなシャイナの意をくんで頷き、二人はそろって場所を移動する。

 砦の周りを囲む崩れかけた石壁に沿うように場所を移し、二人は顔をつきあわせて相談を始めた。



 「シュリ様はもうここにはいない。これは間違い無いですね?」



 シャイナの言葉にカレンは神妙な顔で頷く。



 「最後に貰った念話でそう言ってました。盗賊の首領に連れられて場所を移動する、と」


 「なるほど。シュリ様を追わなくていいのでしょうか?」


 「まずは、ジュディスさんが連れてくる討伐部隊と協力して砦を落として欲しいというのが、シュリ君のお願いでした」


 「シュリ様のお願いですか……それは逆らえませんね」


 「それからあともう一つ」


 「なんですか?」


 「シュリ君が言うには、ここにキキという3歳くらいの女の子が捕らえられているらしいんです。なんとしても、その子を助けてあげて欲しい、と」


 「3歳の女の子、ですか。シュリ様はお優しいですね。場所は?」


 「詳しくは分かりませんが、おそらく地下だろう、とだけ」


 「地下は攻めにくいですけど、何とか頑張ってみましょう。なんといっても、シュリ様のお願いですからね。ですが、確実かつ無事に助け出すとなると、出来れば討伐部隊の到着前に少なくともその子がいる場所までは忍び込んでおきたいところです」


 「そうですね。とりあえず、砦の中に入っちゃいます?」



 カレンが小首を傾げて提案すれば、シャイナもこっくりと頷いて、



 「ですね。入っちゃいますか」



 事も無げにそう答えた。そして目の前の石壁に向かって足を踏み出し、崩れて低くなった辺りをひょいと乗り越える。

 盗賊団の根城としている砦の警備は、はっきり言ってざるだった。

 正面こそはしっかり見張っているものの、裏に配置された人員はいないし、本来なら砦を守ってくれるはずの石壁は、年季が入ってぼろぼろ。

 森の中を分け入る労力さえ惜しまなければ、誰でも侵入できる様な状態だった。


 簡単に砦の敷地内に進入した二人は、そのまま砦の裏手の壁に開いた穴からこれまた軽々と砦内に進入を果たす。

 一応穴は板で塞がれていたものの、それはカレンがさくっと剣で切って捨てた。


 そうしてサックリと砦の中に入った二人は、流石に一応警戒しながら移動を開始する。

 だが、そんな心配もそれほど必要がないと言えよう。

 盗賊団の人数に対して、その砦は少々広すぎた。

 交代で見張りをしてもすべてをカバーすることは出来ず、しかも警戒の目は正面に集中していた。

 はっきりいって、裏からこっそり入り込んだ二人を発見できるような警備状況では無かったのである。



 「驚くほど、簡単に侵入できましたねぇ」


 「確かに。ですが、地下への階段はそう簡単にはいきそうにないですね」



 小さなカレンの声に、前に立って先導していたシャイナも小声で返事を返す。

 シャイナに促され、角からそっと廊下の先を伺えば、地下への階段があると思われる場所に二人ほど男の姿があった。

 一度顔を引っ込めてから、二人は小声で相談をする。



 「倒せないことは無いですが、仲間を呼ばれたらやっかいですね」


 「確かに。どうにかして油断させないと……」



 言いながら、シャイナはなぜかじっとカレンの胸を見た。

 そして何かを思いついたようにぽんと手を叩く。



 「それを使いましょう!!」


 「はい?」



 シャイナが指さしたのは、カレンの胸。

 カレンはきょとんと彼女の指の指し示す先に視線を落とした。



 「つかうって、どうやって??」


 「もちろん、こうやるんです!」



 首を傾げるカレンにきっぱりと答え、シャイナは手早くカレンの服のボタンを大胆にはずした。

 すると、カレンの大きな胸のほとんどが露わになり、カレンは慌てたように両手で胸を隠し、頬を赤らめた。



 「な、なにするんですか!?シャイナさん」


 「なにするもなにも、それを使ってあそこの見張りを二人撃退しようと言うわけです。いいですか?作戦はこうです」



 シャイナはカレンの耳に唇を寄せ、己の考えた作戦を耳打ちする。

 カレンは何で私が、と釈然としない思いを抱きつつも、



 「武器は大きい方が有利ですから!!」



 と断固として言い張るシャイナに押し切られ、渋々その作戦を受け入れるのだった。








 地下への階段の見張りは、正直退屈な仕事だった。

 地下には、牢屋がいくつかあり、いずれ奴隷として売り飛ばす予定の奴らが押し込められているだけ。

 従って人の出入りはほとんどなく、見張りなんかいらないんじゃないかと思うのだが、そうはいかないらしい。


 そんなわけで、今日の見張りを押しつけられた男達は、こみ上げるあくびをかみ殺しつつ、ぼーっと交代の時間を待っていた。

 その声が、彼らのことを呼ぶまでは。


 最初は幻聴かと思った。

 なぜかと言えば、それが女の声だったからだ。


 この砦に拠点を置く盗賊団は男所帯で、たまに女をさらってきても、中々長持ちせずに使い潰されてしまう。

 ちょっと前にも子持ちの中々色っぽい女がいたが、彼女も数日ともたずにいなくなってしまった。

 そんなわけで、今、この砦には女はいないはずなのである。

 正確には、地下に3歳の女児が居ることには居るのだが、女と言うには幼すぎる為、彼らの意識からは完全に除外されていた。


 そんなところに女の声。

 幻聴と思っても仕方が無いだろう。

 だが、その声は二度三度と聞こえてきて、まさかなと思いつつそちらに顔を向けて、男はあんぐりと口を開けたまま固まってしまった。


 そこには女がいた。

 しかもかなりのいい女である。

 胸も大きいし、その半分以上が服からこぼれ落ちているというサービスの良さ。

 夢じゃないかなと思い目をこするが、そんなことで女は消えず、むしろどんどん近づいてくる。捕らえた女達のおびえた表情とは違う、何とも友好的な微笑みを浮かべて。

 優しげな顔立ちの彼女は、派手な印象こそ無いが、右目の下の泣きぼくろが何とも色っぽかった。

 男はゴクリと唾を飲み込み、だがかろうじて己の職務を思い出して、



 「まて。あんた、何者だ?どこからきた??」



 そう誰何した。

 その問いかけに彼女は笑みを深め、



 「ここの一番偉い人に呼ばれて来てるの。ちょっと用足しに出たら、部屋に帰る道が分からなくなっちゃって……」



 本当に困ったようにそう答えた。

 この言葉を聞いて、男はほっと息をつく。

 なんだ、お頭が呼んだ女だったのか、と。

 特にそんな話は聞いてなかったが、彼らの頭は自分勝手なところのある男だった。

 勝手に女の一人や二人、招き入れていてもおかしくない。

 そう考えた男は、すっかり警戒心を解いて、近づいてくる女に笑いかけた。

 そしてじろじろと無遠慮に彼女の身体を眺めた。

 お頭のあとで構わないから、おこぼれを分けてもらえないもんかなぁなどと思いながら。

 にやにやする男に、



 「あの……?」



 と女が遠慮がちに声をかける。

 男ははっとして、



 「あ、ああ。お頭の部屋に帰るんだよな?お頭の部屋なら……」



 言いながら、通路の先を指さし説明してやろうとした。背中を無防備に、女にさらした状態で。

 そうしてふと思う。そう言えば、一緒に見張りをしていた相棒はどうしたのだろうか、と。

 だが、男が思考できたのはそこまでだった。

 次の瞬間には後頭部に強い衝撃が走り、彼の意識は暗転した。








 目の前に倒れた男を見つめながら、カレンはふぅと息を吐き出し、大きく開けていた胸元のボタンを留めなおした。



 「しまっちゃうんですか?もったいない」



 それを見ていたかのように、暗がりからするりとシャイナが現れる。カレンは恨みがましく彼女を見つめ、



 「しまいますよ!もう、恥ずかしかったんですからね」



 そう言って唇を尖らせた。

 そんな彼女を後目にシャイナはどこからともなく取り出した縄を使って、気を失った見張りの男をせっせと縛り上げる。

 目が覚めても声をあげられないように、しっかりと猿轡をかませながらちらりとカレンを見上げ、



 「でも、助かりました。見張りが二人ともあなたの胸に釘付けだったので、背後から襲うのが容易でした。あなたの演技は猿芝居でしたが、おっぱいの仕事ぶりは流石でしたね」



 褒めてるんだか褒めてないんだか分からない言葉と共に、ありがとうございますとどこまでも真面目に礼を言われ、カレンははーっと吐息をつく。

 そして、そこからは頭を切り替えてシャイナを手伝い、ぐったりした男を物陰に運んだ。

 そこには、すでにもう一人の見張りもしっかりと縛り上げられた状態で転がされていた。

 その隣にもう一人も転がして、



 「さ、じゃあ、シュリ様のお願い事を叶えに行きましょうか」


 「そうですね。捕まってる女の子を早く助け出して、一刻でも早く、シュリ君に合流しましょう」



 シャイナとカレンは顔を見合わせて頷きあい、地下への階段を急ぎ足で降りていった。

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