第七十九話 急展開

 スキルの有効時間が過ぎてシュリの着ぐるみ装備が解けると、カレンの興奮も徐々に落ち着いた。

 それを見計らって、そろそろ帰ろうとカレンに提案をする。

 スキルの検証はもう十分だし、この狩猟小屋はそれなりにアズベルグから遠い。

 まだ日は高いが、今のうちに出発しないと帰りがおそくなってしまう。

 カレンは即座に頷き、



 「じゃあ、私は馬の準備をしてきます。すぐに戻りますけど、この中で待っててくださいね?」



 そう言いおいて小屋を出ていった。

 二人で乗ってきた馬は、近くの水場に放してあるのだ。

 カレンが馬を連れて戻るまで大人しくしていようとシュリが床に座り直したとき、それは起こった。


 頭の中に響く鋭いアラーム音。

 それと同時に、レーダーが問答無用で起動される。


 いきなり鳴った音にちょっとドキドキしながらレーダーに目を落とし、そういえば索敵モードにしてたんだっけな、と思い出す。

 索敵モードはレーダーの機能の一つで、設定しておけば、敵意ある存在の接近を知らせてくれるのである。



 (魔物でも、近づいてきてるのかな??)



 小首を傾げながら、余り緊張感なくレーダーを確認してみれば、確かに複数の黄色い光点がこちらに近づいてきていた。

 黄色い光点、すなわちシュリにとって危険と思われる存在が近づいてきているということだ。

 それらは一塊の規律正しい動きで徐々に距離を詰めてきている。

 その動きから群れを作る魔物の集団か何かかなと思いつつ、指先でその光点群をタップしてみた。

 すると、そこに浮かび上がった名前は、予想もしていないものだった。


 そこに出たのは魔物の名前ではなく、盗賊団、という文字列。

 全体的に触ったため、集団としての名称が示されたようだ。


 しかし、基本的にはこのレーダーではたとえ後に敵対する相手だとしても、会ったことのない相手であればまずは緑の光点で示されるはず。

 なのになぜ、今回はいきなり黄色で示されたのか。


 疑問に思いながら、その集団の部分を少し大きくしてから、一人一人タップしていってみた。

 だが、当然の事ながら、名前も知らない相手の事だから、名前が表示される事もなく、シュリは次々に光点をタップしていく。

 そして、一番最後。

 先頭を進む光点を指先で触れた瞬間、そこに名前が表示された。その名前はザーズ。

 シュリは、その名前に覚えがあった。


 それは、シュリ達が乗る馬車を襲撃した盗賊団の頭領の名前。

 その事に気づいた瞬間、シュリはぎゅうっと拳を握っていた。


 すかさずカレンの位置を確認してみれば、カレンを示す光点は、シュリを挟んで盗賊団と反対側に。

 馬の準備をしているのだろう。彼女の点に、まだ動きはない。

 好都合だと、シュリは口元に笑みを刻み、カレンへと念話を繋いだ。



 『カレン?』


 『シュリ君、どうしました?』


 『落ち着いて聞いて。どうやらこの小屋に盗賊団が近づいて来るみたいなんだ』


 『盗賊団!!じゃあ、急いで逃げないと。今、迎えに……』


 『待って。カレンはそこで隠れて待機を』


 『シュリ君!?』


 『敵(かたき)なんだ。僕の、父様の。どうしても、逃がしたくない』


 『敵(かたき)って、何で?』



 どうしてそんな事が分かるのか?ーカレンの問いに、シュリは言葉少なに答えを返す。

 カレンと話している間にも、光点は少しずつ近づいてきていた。

 なぜだか分からないが、奴らは真っ直ぐにこの場所を目指してくる。

 だが、それはシュリにとっては好都合だった。



 『スキルだよ。今は、詳しく話してる時間はない。僕は、奴らに捕まってアジトへ乗り込む。カレンは、隠れて奴らをやり過ごしてから、後を付けて来て欲しい。応援は、念話でジュディスに要請しておく。同時にシャイナにも念話をとばすから、彼女もすぐに駆けつけるとは思うけど、くれぐれも無理はしないで』


 『シュリ君が捕まるなんてダメです!!だったら私が!!』


 『ダメだよ、カレン。奴らは盗賊団なんだ。そんな奴らが女の人を見たらなにをするか、そんなのいわなくても分かるでしょ?』


 『それでもいいです!!シュリ君を危険な目に遭わせるくらいなら、私が……』


 『それじゃあ僕がイヤなんだよ。そんな事、耐えられない。奴らはミフィーを傷つけて父様を殺した。それだけでも許せないのに、カレンまで傷つけられたら、僕は正気でいられる自信がない。だから、頼むよ、カレン』


 『シュリ君……』


 『危なくなったら必ず君を呼ぶって約束する。だから、今は僕の言う通りにして?お願い』


 『……わかりました。絶対に絶対ですよ?ちょっとでも危険なら、私の名前を呼んでください。必ず助けます』


 『わかった。約束する。じゃあ、いったん念話は終わらせるよ?でも、カレンからの声も届くから、何かあったらいつでも連絡して』


 『はい。シュリ君、気をつけて』



 カレンとの念話を終わらせ、続いてジュディスとシャイナに連絡を取る。

 ジュディスはすぐにジャンバルノに連絡を取り、シャイナは念話をしながらすでに屋敷を抜け出した様だ。

 二人の心配そうな声に、カレンがいるから大丈夫と返し、念話を終えた。

 そして、ちょうどそのタイミングを計ったように、狩猟小屋の外に馬と人の気配が。次いで柄の悪そうな男達の声が聞こえてきた。



 「しかし、本当にここにいるんですかい?」


 「坊ちゃんの話じゃ、確かな情報らしいがな。ま、扉をあけてみりゃあわかるこった。いなきゃあいねえで、そう報告すりゃあいいんだしな」


 「まあ、お頭がそう言うんなら。じゃ、開けますぜ?」



 その声を合図に、扉が開く。

 入ってきたのは複数の男達だ。

 中でも一際目立つのは、髭面で凶悪な人相の、がたいのいい男。

 そいつは、一人座ったまま男達を見上げるシュリを見て、驚いたように目を見張った。



 「こりゃあ、たまげた。本当にいたな」



 言いながら、男は懐からくしゃくしゃの紙を取り出して、



 「えーと、なになに。銀色の髪、菫色の瞳の赤ん坊……まちがいねぇな。こいつがどうやらアズベルグの領主の跡継ぎだ」



 シュリの顔をまじまじと見ながら確認した後、顎をしゃくって周囲の男にシュリを捕らえさせた。

 抵抗する気のないシュリは、大人しく男の腕に抱かれる。

 目があったのでじっと見つめると、無精ひげの男がぽっと頬を染めたので、これ以上はまずいとそっと目を反らしておいた。



 「や、やけに可愛らしい赤ん坊ですねぇ。連れて帰るんですかい?お頭」


 「おう。坊ちゃんが一度ツラを拝んでおきたいと仰せだからな。ま、その後はどっかに売り飛ばして、俺らの酒代にでもなってもらうさ」



 お頭と呼ばれた凶悪髭面は、そう言ってニヤリと笑った。

 その顔を、シュリは目を細め見つめた。

 こいつがザーズ。ジョゼを死なせた盗賊団の頭目か、と。



 「売り飛ばすんですか……こんなに可愛いのに。可哀想になぁ」



 ザーズの言葉を受けて、シュリを抱き上げている男がグスッと鼻をすする。

 [年上キラー]の影響だろうか。

 この一瞬ですっかりシュリに情が移ってしまったようだ。

 だが、そこまでだ。

 流石に、頭に逆らうほどの影響力はまだ出ていないらしく、男はザーズの指示に従ってシュリを小屋の外へと連れ出す。


 それでいい、そう思いながら、シュリは無闇に好感度を稼がないように気をつけながら慎重に行動する。

 盗賊団の連中から寄せられる好意など、虫酸が走るだけだ。

 奴らはジョゼを殺し、ミフィーを傷つけた。

 シュリの大切なものに手を出したのだ。

 誰一人として許すつもりも、見過ごすつもりも無かった。

 そんなシュリの怒りに気づくことなく、ザーズは馬にまたがり、配下の者へと指示を出す。



 「こんな赤ん坊が一人でこんな場所に来るはずもねぇ。護衛か何かが一緒のはずだ。ガド、二、三人連れてそいつを殺すか捕まえろ。応援を呼ばれたらやっかいだからな」



 シュリがすでに応援を呼んでいることなど知る由もないザーズの指示に、ガドと呼ばれた長身の男は、他に二人の男を連れて馬で走り去った。

 それを見送ったシュリは、そっとカレンに念話をとばす。盗賊が三人そちらに向かったから気をつけるように、と。

 カレンからはすぐに了承の意が返り、それを受けたシュリは小さな籠に入れられた状態で馬上の人となった。



 「よし、残ったヤロー共はアジトへ戻るぞ!!」



 ザーズの号令で、馬がすごい勢いで走り出す。

 馬にくくりつけられた状態の籠の揺れはすごく、その中に押し込められたシュリの小さな身体もまた激しく揺れたが、シュリは籠の底にしがみついて黙って耐えた。

 思いがけずに再会出来た敵への怒りを、静かに燃え上がらせながら。


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