第六十一話 隠密なメイド

 とっても密度の濃い一日を過ごした翌日、シュリは昨日の反動のようにベッドの上でゴロゴロして過ごしていた。

 とくにやることもなくぼーっとしていたが、少々退屈してきたシュリは、暇つぶしに[レーダー]のスキルを発動する。



 (おー、流石はホーム。緑の点ばっか)



 そんな当たり前のことに感心しつつ、シュリは動き回る緑の点を目で追う。

 そうしている内に、シュリはふとあることに気が付いた。



 (あれぇ?)



 一人首を傾げ、自分にだけ見える[レーダー]の画面をまじまじと見つめる。

 そこには何度見ても、自分を示すはずの青い光点が見つからなかった。

 おかしいなぁと思いつつ、表示する範囲を狭くして点を大きくする。

 自分の点は[レーダー]画面の中央に示されるはずだから、真ん中の辺りを集中して探すと、一個だけちょっと不自然な光点があった。

 それは、他のものと一緒で緑色に見えていたが、光点の端が少しぶれて見える。

 まるで二つの点が、重なって示されているように。



 (あ、これか)



 どうやら、シュリを示す青い光点に別の光点が重なって緑に見えているようだった。



 (なるほど。自分の真下か真上に誰か別の人がいるってことかぁ。青い色に重ねて緑に見える色っていうと……)



 そこまで考えて、シュリははっとした顔で周囲を伺った。

 青に重ねて緑になる色、それは黄色だ。

 [レーダー]に黄色で表示される人物は、敵あるいはこちらに悪意を持っている可能性が高い。



 (この屋敷内に、敵になるかも知れない人がいるのか)



 そんな事を考えながら、何気なく天井を見上げてぎょっとする。

 そこに、こちらをじっと見つめる目があった。

 もちろん、目、そのものが天井に張り付いている訳ではない。それでは質の悪いホラーである。


 その目は、天井の板がわずかにずらされた隙間から、こっそり伺うようにこちらを見つめていた。

 何となくだが、切れ長でクールな感じのその目に見覚えがある気がした。

 だが、あまりじぃっと見つめると気づかれてしまう可能性が高いと考えたシュリは、自然に寝返りを打つように目をそらして、再び[レーダー]を起動した。



 (うーん。これを見ても分かる訳ないよなぁ。名前とか、表示されると便利なのにね)



 そんな事を、ふと思った。その瞬間、シュリの思考に反応して進化したのか、それとも元々そう言う機能があったのか、[レーダー]の表示が変化した。

 光点のいくつかの横に文字が浮かび上がったのである。



 (おお!名前が出た!!なるほど。しってる人の名前は表示されるのか。でも字がちっちゃくて読みづらいな~)



 ちょっと唇を尖らせて、何気なく指先で光点の一つをタップしてみた。すると、


 ・ミフィルカ・ルバーノ(女・23歳・ハーフエルフ・狩人)

 ・状態:良好


 そんな情報がその光点のすぐ横に大きく表示された。

 性別や年齢、種族、職業、現在の身体状況までも記されるようだ。

 中々の情報量である。

 しかも、タップした光点は少し大きく光度を増して表示され、[レーダー]が勝手に追跡してくれる機能もあるらしい。

 新たに判明した便利すぎる機能に、シュリは興奮したように目を輝かせた。



 (ふうん。すごいな。でも、ミフィーが狩人だなんて情報、初めて分かったな。ハーフとはいえ、エルフだからかな?エルフって弓を使うイメージだしな。そのうち、弓の使い方でも教えてもらおっと)



 初めて知った事実に感心しつつ、その勢いで他の光点もタップしてみるが、情報表示も追跡機能も1個までらしい。

 別の光点を触ると、ミフィーの情報は見えなくなって彼女を表す緑の点も通常通りに戻ってしまった。



 (ま、そりゃそうだよな)



 シュリはその事実に納得しつつ、いまだ自分の上に重なったまま動かない、黄色の光点をそっと指でタップした。

 そして、そこに表示された情報を見て目を見開いた。


 ・シャイナ(女・19歳・人間・隠密)

 ・状態:魅了(弱)


 ……つっこみどころが満載だった。


 まず、天井裏から自分を覗いているのがシャイナだという事に驚く。

 その情報を得て冷静に思い返せば、さっき見覚えがあると思った目は、確かにシャイナのだと分かる。

 全身を見ればすぐ分かっただろうが、昨日あったばかりの人間を目だけで判別出来る程の能力は流石になかった。

 この[レーダー]の新機能が無ければ、天井裏に潜む相手が彼女と気づくことは出来なかっただろう。


 彼女の性別、年齢、種族に関しては特に気になる点はない。

 気になるのは職業だ。

 隠密というとあれだろうか。スパイとか、間者的な。

 まあ、単純にそう言う職種に就いているという考え方もあるだろうが、彼女が天井でシュリをのぞき見ている以上その可能性は低い。

 恐らく誰かに送り込まれて、この屋敷の事、あるいはシュリの事を探っているに違いない。

 誰が、何の目的でと言うところが気になってくるが、それは今はまだ探りようがないので置いておく事にした。


 そして最後に、彼女の状態について、だ。

 状態の項目の所には、魅了、と記されている。しかも弱。

 魅了というのは恐らくスキル、ないしは魔法か何かで付与された状態異常なのだと考えられる。

 弱という表記は、魅了のかかりが弱いという事なのだろう。

 これに関しては色々な考え方をする事が出来る。


 1、元々の彼女の耐性が強い場合。

 2、相手(てき)の能力が弱い場合。

 3、時間経過と共に、あるいは相手(てき)との距離によって弱まっている場合。


 どの可能性もありそうだが、出来れば3番目だと色々探りやすそうだと思う。

 時間経過が原因なら、彼女にかかった魅了はこれからどんどん弱まるだろうし、それを予測した相手(てき)が彼女に接触する可能性が高い。

 距離が原因ならば、相手(てき)はそれほど遠くない所に潜伏しているだろうし、そうなれば居場所も探りやすいはずだ。


 そんな事を考えながら、シュリはシャイナに気づかれないようにちらりと天井に視線を走らせる。

 彼女の瞳からは、敵意や殺意のようなモノは感じられない。

 だが、彼女の目的や真意、背後関係は探る必要があると思えた。


 もし、彼女の目的がシュリに無いとしても、シュリはもうルバーノ家の一員だし、この家のみんなを家族として大事に思い始めている。

 彼女の狙いがシュリ以外の誰かだとしても、放置する気はさらさら無かった。



 (さて、どうやって探りを入れようかな)



 そんな事を考えながら、シュリは再びシャイナと接触する方法を模索するのだった。

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