第六十話 新人メイドのお仕事は……?

 眠ってしまったミリシアに掛布をかけ、そうしてからシャイナは改めてもう一人の幼子を観察した。

 シュリという名の、新たにルバーノ家の跡継ぎとして迎えられた、ちっぽけな赤ん坊を。

 カイゼルの弟の息子らしいが、まだ家族以外にはお披露目されたおらず、その存在を知るものは少ない。

 が、シュリを跡継ぎに据えるに当たって、親戚関係にはすでに連絡が届いていた。


 その連絡に慌てたのは、カイゼルに娘しかいないことにつけ込もうとしていた腹黒い親戚連中である。

 親戚の全てがそうであるわけではないが、息子を持つ近親達は、ほぼカイゼルの跡継ぎの地位を狙っていたと言っても過言ではない。


 ルバーノ家は、地方の一貴族であったが、過去にそれなりに功績をあげており、国王の覚えも良かった。

 うだつの上がらない親戚筋から見れば、ルバーノ家の跡取りという地位は、のどから手がでるほど欲しいものであったのである。


 だが、そこに邪魔者が現れた。

 カイゼルの甥であり、直系に近い血筋を持ったシュリという邪魔者が。

 男であるシュリが跡継ぎとなってしまっては、もう付け入る隙がなくなってしまう。

 そう考えて焦った腹黒親戚達は、それぞれで邪魔者を何とかする算段をし始めた。


 シャイナは、そんな腹黒親戚の家の内の一つから送り込まれた刺客だった。

 刺客と言っても、最初はシュリに対しての駒ではなかったのだが。

 彼女が送り込まれた理由、それはズバリ主の息子への好感度UPを仕組む為だった。

 同じく、カイゼルの跡取りの地位を狙う他の家の息子達よりも先に、4人の娘のいずれかの心を射止める為の布石、それがシャイナだったのだ。


 主の息子の名前はガナッシュといい、今年で17歳になる甘いマスクの女よくモテる、もとい、女にだらしがない青年だった。

 シャイナの好みのタイプではないはずなのだが、彼の目に見つめられると何故か胸がざわざわして、彼のいう事を何でも聞いてあげたくなる。

 恋なのかといわれると何だか違うような気がするのだが、やはり恋なのかもしれない。

 今回の仕事も、わざわざ凄腕のシャイナがやるべき仕事でもないのだが、ガナッシュにどうしてもと頼まれて断りきれなかった。

 それで、たまには子供のお守りをしながらのんびりするのも良いかと、休暇のつもりで受けたのだが、数日前、秘密の連絡が届いたのだ。

 ルバーノ家の跡継ぎとなった赤ん坊を殺せ、と。


 正直、シャイナは困ってしまった。

 隠密の仕事を生業とし、暗殺も場合によっては行う彼女だが、子供を殺すような非道だけはしてこなかった。

 それに、ガナッシュから離れてしばらく過ごしている内に、彼に感じていた強烈な愛情もなんだか薄れてきている。

 自分の信念を曲げてまで、彼の命令を聞きたいとは思えなくなっていた。


 ふぅと小さく吐息を漏らしシャイナはすやすやと眠る赤ん坊に目を落とす。

 そしてその無邪気で無防備な寝顔に、ほんのりと口元を緩めた。


 銀色の髪はサラサラで、ほっぺはぷにぷに。手足はふくっとしていて、どのパーツも完璧なまでに愛らしい。

 シャイナは19年間生きてきた中で、これほどまでに可愛い赤ん坊を見たことがなかった。


 うっとりとシュリを眺めながら、シャイナは指先でちょんとシュリの手の平をつつく。

 すると、シュリの小さな手がシャイナの指をぎゅっと握って、彼女の胸を何とも言えずほっこりさせた。


 ガナッシュなどより、目の前のこの小さな存在の方がよほど愛おしい。

 殺したくない。殺せない。

 そう思うのだが、そう思う度に胸の奥の方で嫌な感じが渦巻いて、ガナッシュの事を思い出させるのだ。

 ガナッシュを裏切れない、そんな気持ちにさせる。

 シャイナは眉尻を少し下げ、クールな目元を少しだけ曇らせた。



 (殺したくないですが、ガナッシュ様も裏切れない。私は一体、どうしたら……)



 シャイナは揺れる思いに迷いながら、とりあえず結論を出すのは先送りにすることにする。

 幸い、届いた命令書には期日の指定はなかったから、もう少し誤魔化しておけるだろう。

 彼女はそんな事を考えながらシュリの体にもそっと掛布をかけて、サラサラの髪を指先で優しく整えた。


 そしてシュリの顔をじっと見つめる。

 見れば見るほど愛らしく、成長すればきっとガナッシュとは比べ物にならないほどに美しい青年になることだろう。

 だが、そんな事を考えた瞬間に頭がキリリと痛み、シャイナはかすかに顔をしかめる。

 ガナッシュを否定するようなことを少しでも考えると、いつもこうだった。

 それは異常な事だったが、シャイナはそうは感じていないようだ。

 というか、それが異常だという事にすら気づいていないのだろう。


 小さな二人があどけなく眠る光景は、何とも心温まるものだった。

 だが彼女はそんな光景を、二人が目を覚ますまでのしばしの間、何とも言えない憂い顔でそっと見守り続けるのだった。


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