第三十四話 ジョゼの死、シュリの行く末②
風呂に入り、食事を終え、深夜の寝室で。
カイゼルは妻のエミーユと向かい合っていた。
決して色っぽい雰囲気ではない。むしろギスギスした雰囲気であると言っても過言ではない。
エミーユは難しい顔をして、カイゼルを睨むように見つめていた。
カイゼルはそれを困ったように見返している。
寝室にある小さめのテーブルを囲んで、2人は向かい合わせに座っていた。
「で、あなたは弟の息子にこのルバーノ家の家督を譲るというのね?自分の娘達の誰かでは無く」
「まあ、簡単に言ってしまえばな。シュリに家督を譲り、娘達のいずれかを娶らせるつもりだ」
「なぜ、そこまで?あなたがジョゼ様を大切に思ってらしたのはもちろん知っていますけれど……」
「それもあるが、幸いわしには息子はいないからな。娘に家督を譲って見知らぬ男を婿に取るより、シュリに娘を嫁がせた方がいいと思ったのさ」
「……私が、男の子を産めなかったことを、責めていらっしゃるの?」
俯いたまま、エミーユがそんな事を言い出した。
跡継ぎたる男子を出産出来なかった事を、彼女が気に病んでいることには薄々気がついていた。
だが、カイゼルはそのことで妻を責めるつもりなどみじんもなかった。
「そんなつもりはないし、そんな風に聞こえてしまったのだとしたら謝ろう。お前はすばらしい娘を4人もわしに与えてくれた。そのことはちゃんと感謝しているよ。だが、シュリは特別なんだ」
心からの言葉を彼女にささやく。
彼女はまだ半信半疑のようだ。
シュリがルバーノの血を引いた男子だから、カイゼルがここまでこだわっているとそう思っているらしい。
だが、単純に考えてどうしても息子を跡継ぎに据えたいなら、もっと子供を作れば良いだけの話だ。
しかし、カイゼルはその必要性を特に感じていなかった。
娘達はそれぞれ素晴らしい才能を得て誕生したし、それこそ婿を取らせて跡を譲ればいいと考えていた。
シュリと、出会うまでは。
「特別って……まだ1歳そこそこの赤ん坊でしょう?それに会ったばかりで、その子の何が分かるって言うの?」
エミーユの言葉に、思わず苦笑が漏れる。
彼女の疑問ももっともだ。
カイゼルとで、知り合いの誰かがいきなり同じような事を言い出したら全力で止めようと思うだろう。
だが、カイゼルはシュリと言う存在に出会ってしまった。
見た瞬間、恐らく弟の子だと知る前から、この子だと思ってしまったのだ。
しかし、その感覚を言葉で他人に伝えるのは難しい。
少なくとも、今、どんなに言葉を尽くしたところで、妻には分かってもらえないだろうという事だけは分かっていた。
「まあ、いい。今、この場で分かって欲しいとは言わないよ。ただ、明日の午後に弟の妻のミフィー殿と息子のシュリと話し合いをする事になっている。共に来て、そこで判断して欲しい。シュリは私の跡を継ぐ器となり得るか、そして娘達の夫にふさわしいかどうか」
きっぱりと、カイゼルは妻へ告げた。すべては明日、シュリを実際に見てから決めて欲しいと。
その提案にエミーユは渋々といった様子で頷いた。そして、まだ納得いかない様子で夫の寝室を後にする。
そんな彼女の姿を、カイゼルは黙って見送った。
妻の出て行ったドアを見つめながら、カイゼルはニヤリと笑う。
明日、妻にシュリを会わせるのが楽しみだった。
あの無垢で魅力的な赤ん坊を一目見てしまえば、妻の思いも180度変わる事だろう。
そんな事を考えながら、カイゼルは可愛くて仕方がない甥の事を考える。
今頃はどうしているだろうか。きっと、もう眠っていることだろう。
その天使のような寝顔をいつか直接見たいものだと思いながら、カイゼルはグラスに残った酒を、ゆっくりと飲み干すのだった。
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