第二十八話 深夜の会談

 深夜。

 部屋の扉がノックされ、まだ起きていたカイゼルは訪問者へ入室の許可を与える。

 入ってきたジャンバルノは疲れ果てたような顔をしていた。


 カイゼルは、宿の者に頼んで用意しておいた軽食をテーブルに並べ、働きづめの家臣をイスに座らせた。

 まずは報告をと生真面目に訴える男を黙らせてまずは食事をとらせる。


 ジャンバルノは複雑な顔をしていたが、やはり腹は空いていたようで、すごい勢いで皿の中身を平らげていった。

 カイゼルはグラスに注いだ赤ワインを、ちびちびと飲みながら、そんな部下の様子を見るともなしに見ていた。

 ジャンバルノが料理の最後のひとかけらを飲み込むのを待って、カイゼルは静かに問いかける。



 「それで、見つかったのか?」



 その問いを聞いたジャンバルノは小さく頷き、懐に手を差し入れた。

 そこから取り出されたのは誰かの手で作られた素朴で優しい色の腕飾り。所々についた汚れは、恐らく血の色だろう。

 ジャンバルノはそれを、テーブルの上にそっと置いた。



 「ジョゼット様の腕に巻かれていたものです。ミフィー様から聞いてたものと特徴が一致していますから間違いないでしょう」


 「そうか……」



 カイゼルはテーブルの上に目を落とし、そっと手を伸ばして弟の形見でもある腕飾りを手に取った。



 「体は?」



 腕飾りを手の中でもてあそぶように転がしながら、何気ない調子で尋ねた。

 だが、少しだけ、声が震えた。

 ジャンバルノが、首を横に振る。



 「その腕飾りを巻いた右腕しか見つけることが出来ず……申し訳ありません」



 うなだれた男のつむじのをぼんやりと見た後、再び手の中の腕飾りに目を落とす。

 そうか、弟の体は見つからなかったのかーそんなことを思いながら。

 遺体を見ていないせいか、弟が死んだのだという実感がどうしてももてなかった。

 弟は本当に死んだのだろうか。この腕飾りを巻いていた腕というのは、本当に弟の腕だったのだろうか。



 「腕は、どうした?」


 「魔法を使う者がおりましたので、凍らせてお持ちしました。ごらんになりますか?」



 そう問われ、反射的に頷いた。

 ジャンバルノは立ち上がり、部屋の隅に置かれた荷物の中から、布に包まれた棒きれのようなものを持って戻ってきた。

 彼はとても丁寧にそれをテーブルの上に置いて、主の顔を見た。

 カイゼルは、ひどい顔色をしていた。家臣の心配そうな眼差しにも気づくことなくごくりとつばを飲み込み、それから、



 「布を、開いてくれるか?よく、見えるように」



 小さな声で、そう命じた。

 ジャンバルノは頷き、主の指示通りに布のあわせ目をそっと開いて見せた。


 そこにあったのは、たくましく無骨な腕だった。

 ジャンバルノの記憶にある弟の腕はもう少し細かったようにも思うが、あれからもう何年も時は過ぎている。

 見覚えが無いように思えても無理はない。



 「ジャンバルノ、腕を裏返してくれないか?ジョゼの……弟の腕なら、手首の少し上の辺りに痣があった筈だ。小さな、花に似た痣が」



 主の言葉を聞いたジャンバルノが、そっと手を伸ばす。

 その手が腕をつかみ、裏返す様子をじっと見守った。そこに、痣などなければいいと、そう思いながら。だがー。



 「……痣とは、この様な形のものでしたか?」



 ジャンバルノの指の指し示す先に、記憶の中のものと同じ、可憐な花の様な形をした痣があった。

 感情の抜け落ちた目でそれを見つめながら、かつての記憶を思い出す。


 昔、可愛らしい痣をからかわれて憤慨していた弟に、カイゼルはよく言ったものだ。

 将来、好きな女を口説くときにでも見せて見ろ。役に立つぞ、と。


 目の前の、冷え切った腕はジョゼのものに間違いなかった。

 震える手を伸ばし、そっと触れる。

 いつの間にか大人の男のものとなっていた弟の腕は、とても冷たく固くなってしまっていた。



 「……すまないが、席を外してもらえるか?」


 「わかりました。大部屋にいますので、必要な時は呼んで下さい。すぐに参ります。酒は、足りますか?」


 「大丈夫だ。まだ、瓶の半ば以上残っているよ。残りの報告は明日の朝、出発前に聞く。……すまんな」


 「いえ。では、明日、朝食の後にこちらに伺います」


 「そうしてくれ」



 頷いたカイゼルに、ジャンバルノは一礼し、静かに部屋を出ていった。

 カイゼルは黙って立ち上がり、戸棚からグラスをもう1つ取り出してきて真っ赤な酒を注いだ。

 そのグラスをジョゼの腕の傍らに置き、自分のグラスも赤い酒で満たす。



 「ずっと会いたいと思っていたが、こんな形での再会を、わしは望んでなかったよ、ジョゼ」



 もう返事を返すことが出来ない弟に、ほろ苦い笑みと共にそんな恨み言を小さく告げる。

 すまない、兄さんーとそんなジョゼの声が聞こえた気がしたが、それはもちろん気のせいで。

 カイゼルは、唇を震わせて、自分のグラスの酒をぐっと飲み干した。

 のどが焼けるような感覚。だが、まだ足りない。もっと飲み、もっと酔いたかった。


 杯を重ね、酔いつぶれ、テーブルに突っ伏した瞬間、今度こそ、弟の声が聞こえたと思った。



 (ミフィーとシュリを、頼みます。何より愛する、俺の妻と息子を)



 そんな声が。

 勝手に死んでしまって、なにを勝手なことをーそう思いながらも、夢見心地のまま頷く。

 愛する弟が愛した者を、どうして蔑ろに出来るだろう。

 そんな当たり前の事を頼まなくてもいい。お前の妻と子は任された。だからー。



 「心おきなく、安らかに逝くんだぞ、ジョゼ……」



 呂律がまるで回ってない口調でムニャムニャと呟き、今度こそ完全に撃沈し、カイゼルは泥のような眠りに落ちた。


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